
東海道線はね。
東京駅に到着すると、折り返す前に
数分間、車内清掃するのです。
その間、下りに乗る乗客は
ホームで清掃が終わるのを
並んで待つのです。
(BGM:世界の車窓から)
いや、別に「鉄道まめ知識」ではありません。
その日は「ニュースパレード」終わりで
横浜の我が豪邸(軽量鉄骨)に帰るべく
スーツ姿で東海道線のホームに
並んでいたのでした。
僕は一番前、このままなら絶対に座れます。
清掃が終わって扉が開く、
・・・と同時に
後ろの人は座れる保障がないから
わーって押してくる。
車内に踏み込んだとき、
違和感を感じました。
あれ。
なんで僕ちん、右足だけ
靴を履いていないの?

あわてて車内の床を見渡す僕、
しかし椅子のしたにも
靴はどこにもありません。
あんまり
きょろきょろしていたら
向かいのサラリーマンが怪訝な顔をして
見ています。
片足が靴下の
長髪メガネの男が
人の足元を必死で凝視しているわけですから。
きょどってるように見えまさあね。
でもね
車内のどこかに
蹴り飛ばされた可能性大なわけですわ、
ここで見つけないと
僕の靴(右)は
おそらく小田原あたりまでいっちゃうのよ。
あっ!沼津行きだ!
しかし無常にもベルがなる・・・
あわててプラットホームに戻る僕。
それでも外から車内の床を見つめてしまいます。
ぷしゅー。
ドアは閉まり、列車はすべりだしていきました。
「今、万感の想いを込めて汽笛がなる・・・」
(注:銀河鉄道999より抜粋)
「メーテルーっ!
・・・じゃなくて靴―っ!(右)」
君が去ったホームに残り・・・
(歌詞ではありません)
取り残された僕は途方にくれながら
線路を見下ろすと
「いた」

どうやら
電車とホームの隙間から
落ちたようで
奇跡的に怪我もない様子。
どうしよう。
そうだ、コメヒョーへ(中部地方限定ギャグ)
・・・じゃなくて
駅員さんに頼んで
マジックハンドで取ってもらおう!
見渡すと
駅員なんていやしねえ。
掃除のおじさんに聞くと
ホームの端っこに事務所があるとのこと。
走りましたよ。
片足靴下なのに。
長げえよ、東京駅のホーム。
駅員呼んで引き返すのも一苦労だよ。
まあ、右足は
駅員さんが貸してくれた
便所スリッパを履いているので
歩きやすくはなったがな。
「何号車あたりですか?」
「ええと9号車」
そのとき
再び列車がホームに滑り込んできたのである。
東海道線はね。
東京駅に到着すると、折り返す前に
数分間、車内清掃するのです。
その間、下りに乗る乗客は
ホームで清掃が終わるのを
並んで待つのです。
(BGM:世界の車窓から)
その間、待つのかよ!
しかし駅員さんはプロだね。
その細―い隙間に
器用にマジックハンドを突っ込んだ!
はっ!
並んでいる人々の視線に気がついた。
みんなが考えていることは手にとるようにわかる。
「何が落ちたのだろう」
マジックハンドの先と
傍らに立ち尽くす僕を見比べる目、目、目。
「取れましたよ!」
ああ、今は、
いっそ取れなければいいのに。
見慣れた靴が姿をあらわすと
一瞬、オーディエンスの目は僕の右足に注がれ
「ポン」と手を打ったかと思うと
皆、後ろを向いて
震え出した。
ぼくは
「いやー」とかいいつつ
靴をはいて
駅員にお礼をいい、
その電車に乗れば帰れるのに
喝采を浴びながら
ホームをいったん離れたのであった。
数分後。
ほっとぼりさめたかにゃー?と
再びホームに上がった僕は
「やれやれ」と
いとしい靴(右)に目をやりながら
なるべく9号車乗り場から離れて
ホームの端から乗ることにした。
「まもなく、ホームに列車がまいります」
駅のアナウンスが響く。
「黄色い線の内側まで・・・お、お、ぷぷ」
振り返れば。
マイクを握り笑いを堪える
あの駅員さんの瞳に
僕の姿が揺れていました。
