今話題の映画『わが母の記」を観てきました。
普段あまり日本映画は観ないのですが、なぜこれを観たいと思ったかと言えば、モントリオールで受賞していること、樹木希林さんのファンであること以外に、実はこの映画の舞台になっている伊豆で長く暮らしていたので、湯ケ島もワサビ田もなつかしかったからです。
この映画のプレヴューを読むとたくさんの方が好意的な書き込みで、感動したというコメントも多く、もしかしたら「名作」として歴史に残るのかもしれませんが、私自身の正直な感想を言うなら、心はともかく「魂」を揺さぶられる程では無かったです。すなわちこれを観て今後の生き方が変わるとか、考え方が変わるという程の影響は受けなかった気がします。
それよりも井上靖という作家の書いたものに若い頃の私は随分影響を受けたように思います。
それは『天平の甍』や『敦煌』といったシルクロードシリーズでは無く、私が読んだのは『氷壁』とか、『通夜の客』、『その人の名は言えない』『あした来る人』などです。
もうすっかりあらすじも忘れているのですが、井上靖の文章のうまさ、女性心理のよくわかっている?ところ、複雑な人間関係(三角関係?)などが印象に残っています。
それは若かったその頃の私に恋愛や結婚に関してかなり深い影響力を残したと思います。
今から考えるともっと「ハッピーエンド」の小説を読んでいれば、夢や希望や幸せを未来に思い描くことも出来たかもしれないという気もします。
その頃は推理(心理)小説を読むような感じでただ夢中になってその世界に没頭していましたが、そういったものの持つ影響力というのは、知らないうちに脳裏に沁み込んでいるようで、それがその後ネガティブでマイナーな考え方をするきっかけにもなっているとしたら、ほんとに「何を読むか」「何を観るか」そして「何を聴くか」はとても重要だと改めて感じました。
今回この映画を観て「井上靖とはこういう作家だったのか!?」とその「実像」?に驚きました。
これまではその著作が好きで尊敬していたのですが、実は愛人がいたりとかということも知って、かなりショックです。
(映画ではお母さんを中心にあたたかい家族愛が描かれているようですが、、)
役所広司さんの演技の巧さには好感が持てましたが、「井上靖」に関してはかなりがっかりして、反発すら感じてしまいました。観なければよかったとは思いませんが、個人的には「夢破れて」(まるで失恋したかのように?)本当に残念でした。
ところで映画で最も印象に残ったのは、「せりふのスピード」です。
冒頭からその速さに付いていけず、意味が聞き取れなくて「わが耳を疑う」ありさまでした。
これは、もしかして現代の場面ではわざとスピードを速くしていて(早送りのように?)そして昔の場面ではゆったりとした雰囲気を際立たせているのか?とも思ったのですが、それにしても、この年代、この歳の人たち(その若い頃も含めて)の話言葉は昔はもっとゆっくり、のんびりとしていたのではないかと感じたのですが、、果たしてどうなのでしょうか?
また映画の中の言葉遣いで意味不明のことがたくさんあり、(これは認知症になっていく過程でその言葉があやふやになっていくということもあるかもしれませんが、、)例えば若い娘役の宮崎あおいが秘書役の三浦貴大に向かって、「父を取るか、私を取るか」と(暗に結婚の)決断を迫る場面で、『ぶーぶーにいちゃんやめる?』と聞くところがあるのですが、私はこの「ぶーぶーにいちゃん」というのが何なのか?さっぱりわからず、「えっ、これって何だろう?」と考えているうちに次の場面になってしまい、結局最後までわかりませんでした。
(余談ですが三浦貴大はなかなかの好演で「はまり役」でした)
そして映画館を出てずっとそれについて考えていて、しばらく経ってから、そうか、「ぶーぶーにいちゃん」というのは、秘書役だけではなく、彼が「運転手役」もやっていたからなのか、とやっと気が付いたのです。
その他にも、そういう暗喩というか、比喩というか、シンボルとして遣われているものの意味について、後からいろいろな映画評をネットで読んでようやくわかりました。
私自身は「右脳人間」?で、どちらかと言えばものごとを感性や感覚で直観的に好き嫌いで判断してしまうタイプの人間だと思っていたのですが、なぜかこういう映画に関しては自分の中で「腑に落ちないこと」があると、「あれは一体どういうことなのか?」といつまでも気になってしまうところもあるということを、今回初めて発見して我ながら驚きました。
人を深く理解するためにはまず「吾を知る」ということかもしれませんね。
一緒に観ていた相棒は何と途中で居眠りをしていて、そのいびきに私はヒヤヒヤ(汗)。彼は観終わった後、「やっぱり日本映画より外国の映画の方が、、」などとほざいていましたが、もちろんこの感想はスルーです(笑)。
ところで、日本映画で今も鮮明に印象に残っているのは『私が棄てた女』(遠藤周作原作)です。
この映画をいつ観たのかは忘れましたが、浦山桐郎監督がまだご存命の頃で、上映会場での彼の舞台挨拶が忘れられません。
それは「この映画には当時の日本の風景や社会の雰囲気が撮り込まれフィルムに映り込んでいる」ということです。
その頃の映画は、ほとんどが(特殊撮影とかスタジオ撮影などでは無く)ロケだったからこそそれは可能だったことで、そういう「時代や社会の記録になっている」ところに真の価値があるのだと、彼は誇り高く言っておられましたが、その深い意味が今になってよくわかります。
(確かに実写ではもうこういう映画は日本では二度と撮れないでしょう、、)
実は映画『わが母の記』はあの3・11の前日にクランクアップしたそうで、役所広司さんが舞台挨拶でそのことに触れられたそうですが、それを知ると何かさらに感慨深いものがあります。
(放射能汚染を知る前の「美しかった日本」の最後の姿!)
話を元に戻しますが、『私が棄てた女』のあらすじなどについては(興味のある方は)ネット検索して調べていただくこととして、この映画はまさに「日本の青春」を描き切り、あの60年安保の挫折から日本が経済成長を遂げ、近代化していくその前兆(予兆)をすでに暗示していたというか、その前夜を彷彿とさせます。
この映画は、「万博」前の、あの「1969年」という時代の、まさしく申し子(落とし子)なのです!
歌声喫茶が流行り「東京ドドンパ娘」がヒットしていた頃の「時代そのもの」が、ここにはそのまままるごと映っているのです。それがどんなに貴重なものであるかということに、私はつい最近になって気づいたのです。
(この映画を観ていた当時は全くそういうことは意識にありませんでしたし、その価値もわかりませんでした)
この映画では、森田ミツ(小林トシ江)という田舎娘が主人公(河原崎長一郎)に弄ばれ棄てられ、あっけなく死んでしまうのですが、それこそが「その時代を象徴していた」のだということを知りました。
そしてこの森田ミツが現代の「木嶋被告」(何人もの男性を騙し、殺して見棄てた)となって(時代を超えて)甦ってきたのではないかと、ふと思ったのです!
つまり、男たちは日本の近代化路線に走り、お金や良い生活を得るために、女や自然や「愛」を犠牲にする生き方を選び、その行き着いた先こそが「原発」だったと言えるのではないでしょうか。
そう思ってもう一度よく見ると木嶋被告の容貌もその雰囲気も何と森田ミツにそっくりではありませんか!?
これはもう女たちの男への個人的復讐?というよりは、日本人として、また人間としてのほんとうの生き方、その真実の方向性への再転換を迫られているという気がします。
この映画には浅丘ルリ子さん(社長の姪役/主人公の男が出世のための「ぶらさがり用」として選ぶ女性)が、まぶしいばかりの若さと美しさに輝いて登場していますが、その彼女が最近の『でんでら』という映画では、老婆となり「姥捨て」され、雪山で生き残りを賭けて熊との壮絶な闘いに挑むというのも、何か皮肉というか、さもありなんというか、人生の不思議を感じます。
(私はこの映画はコワクて見逃してしまいましたが)ここに「女性のしたたかさとしなやかさ」を見て「女って凄いなぁ~」と拍手を送った人も多かったのではないでしょうか。
(これからの日本の再生と復興は、このような女性のたくましい腕によって助けられるのかもしれません)
そして今やあの時「棄てたもの」が何だったのか?を、もう一度私たちは見つめ直す時に来ているのかもしれません。
愛しても愛しても、どんなに尽くしても報われなかった森田ミツの「愛」。女を踏み台にして出世していったかつての男たちの自分勝手な「愛」。そして「愛」のかけらも無い?木嶋被告に簡単に騙されてしまう現代の男たちの「愛」って?
うっとうしくまつわりつくような、重苦しい「所有」の「愛」ではなく、また軽い薄っぺらな「愛」でもなく、「愛の本質」とは何かということを真剣に考えさせられます。
そしてこのことは、「愛さない時に愛される」という逆説にも繋がる気がします。
私はキリスト教の「原罪」という考え方が好きではありませんが、人は「そのままの自分でオッケー!」と、良いも悪いも全部ひっくるめて「ありがままの自分を愛する」ことが出来た時にはじめて真の意味で他者の存在をもゆるし、認め、愛することが出来、また愛されることにもなるのではないかと思います。
そのような「自尊心」(自己尊重)こそが、愛の本質にも通じるのでは、と。
(これはややもすれば人と比較して落ち込みやすい自分に対して言い聞かせていることでもあるのです)
何を棄て、何を選ぶのか?
これまでの自分が何を棄ててきたのか?そして今何を選ぼうとしているのか?
「絶縁こそが善縁に通ず」(「映画芸術」NO.263/石堂淑朗)ではありませんが、原発との「腐れ縁」を断ち切り、「美しい日本の私」として「ほんとうの幸い」を見つけたいものです。
普段あまり日本映画は観ないのですが、なぜこれを観たいと思ったかと言えば、モントリオールで受賞していること、樹木希林さんのファンであること以外に、実はこの映画の舞台になっている伊豆で長く暮らしていたので、湯ケ島もワサビ田もなつかしかったからです。
この映画のプレヴューを読むとたくさんの方が好意的な書き込みで、感動したというコメントも多く、もしかしたら「名作」として歴史に残るのかもしれませんが、私自身の正直な感想を言うなら、心はともかく「魂」を揺さぶられる程では無かったです。すなわちこれを観て今後の生き方が変わるとか、考え方が変わるという程の影響は受けなかった気がします。
それよりも井上靖という作家の書いたものに若い頃の私は随分影響を受けたように思います。
それは『天平の甍』や『敦煌』といったシルクロードシリーズでは無く、私が読んだのは『氷壁』とか、『通夜の客』、『その人の名は言えない』『あした来る人』などです。
もうすっかりあらすじも忘れているのですが、井上靖の文章のうまさ、女性心理のよくわかっている?ところ、複雑な人間関係(三角関係?)などが印象に残っています。
それは若かったその頃の私に恋愛や結婚に関してかなり深い影響力を残したと思います。
今から考えるともっと「ハッピーエンド」の小説を読んでいれば、夢や希望や幸せを未来に思い描くことも出来たかもしれないという気もします。
その頃は推理(心理)小説を読むような感じでただ夢中になってその世界に没頭していましたが、そういったものの持つ影響力というのは、知らないうちに脳裏に沁み込んでいるようで、それがその後ネガティブでマイナーな考え方をするきっかけにもなっているとしたら、ほんとに「何を読むか」「何を観るか」そして「何を聴くか」はとても重要だと改めて感じました。
今回この映画を観て「井上靖とはこういう作家だったのか!?」とその「実像」?に驚きました。
これまではその著作が好きで尊敬していたのですが、実は愛人がいたりとかということも知って、かなりショックです。
(映画ではお母さんを中心にあたたかい家族愛が描かれているようですが、、)
役所広司さんの演技の巧さには好感が持てましたが、「井上靖」に関してはかなりがっかりして、反発すら感じてしまいました。観なければよかったとは思いませんが、個人的には「夢破れて」(まるで失恋したかのように?)本当に残念でした。
ところで映画で最も印象に残ったのは、「せりふのスピード」です。
冒頭からその速さに付いていけず、意味が聞き取れなくて「わが耳を疑う」ありさまでした。
これは、もしかして現代の場面ではわざとスピードを速くしていて(早送りのように?)そして昔の場面ではゆったりとした雰囲気を際立たせているのか?とも思ったのですが、それにしても、この年代、この歳の人たち(その若い頃も含めて)の話言葉は昔はもっとゆっくり、のんびりとしていたのではないかと感じたのですが、、果たしてどうなのでしょうか?
また映画の中の言葉遣いで意味不明のことがたくさんあり、(これは認知症になっていく過程でその言葉があやふやになっていくということもあるかもしれませんが、、)例えば若い娘役の宮崎あおいが秘書役の三浦貴大に向かって、「父を取るか、私を取るか」と(暗に結婚の)決断を迫る場面で、『ぶーぶーにいちゃんやめる?』と聞くところがあるのですが、私はこの「ぶーぶーにいちゃん」というのが何なのか?さっぱりわからず、「えっ、これって何だろう?」と考えているうちに次の場面になってしまい、結局最後までわかりませんでした。
(余談ですが三浦貴大はなかなかの好演で「はまり役」でした)
そして映画館を出てずっとそれについて考えていて、しばらく経ってから、そうか、「ぶーぶーにいちゃん」というのは、秘書役だけではなく、彼が「運転手役」もやっていたからなのか、とやっと気が付いたのです。
その他にも、そういう暗喩というか、比喩というか、シンボルとして遣われているものの意味について、後からいろいろな映画評をネットで読んでようやくわかりました。
私自身は「右脳人間」?で、どちらかと言えばものごとを感性や感覚で直観的に好き嫌いで判断してしまうタイプの人間だと思っていたのですが、なぜかこういう映画に関しては自分の中で「腑に落ちないこと」があると、「あれは一体どういうことなのか?」といつまでも気になってしまうところもあるということを、今回初めて発見して我ながら驚きました。
人を深く理解するためにはまず「吾を知る」ということかもしれませんね。
一緒に観ていた相棒は何と途中で居眠りをしていて、そのいびきに私はヒヤヒヤ(汗)。彼は観終わった後、「やっぱり日本映画より外国の映画の方が、、」などとほざいていましたが、もちろんこの感想はスルーです(笑)。
ところで、日本映画で今も鮮明に印象に残っているのは『私が棄てた女』(遠藤周作原作)です。
この映画をいつ観たのかは忘れましたが、浦山桐郎監督がまだご存命の頃で、上映会場での彼の舞台挨拶が忘れられません。
それは「この映画には当時の日本の風景や社会の雰囲気が撮り込まれフィルムに映り込んでいる」ということです。
その頃の映画は、ほとんどが(特殊撮影とかスタジオ撮影などでは無く)ロケだったからこそそれは可能だったことで、そういう「時代や社会の記録になっている」ところに真の価値があるのだと、彼は誇り高く言っておられましたが、その深い意味が今になってよくわかります。
(確かに実写ではもうこういう映画は日本では二度と撮れないでしょう、、)
実は映画『わが母の記』はあの3・11の前日にクランクアップしたそうで、役所広司さんが舞台挨拶でそのことに触れられたそうですが、それを知ると何かさらに感慨深いものがあります。
(放射能汚染を知る前の「美しかった日本」の最後の姿!)
話を元に戻しますが、『私が棄てた女』のあらすじなどについては(興味のある方は)ネット検索して調べていただくこととして、この映画はまさに「日本の青春」を描き切り、あの60年安保の挫折から日本が経済成長を遂げ、近代化していくその前兆(予兆)をすでに暗示していたというか、その前夜を彷彿とさせます。
この映画は、「万博」前の、あの「1969年」という時代の、まさしく申し子(落とし子)なのです!
歌声喫茶が流行り「東京ドドンパ娘」がヒットしていた頃の「時代そのもの」が、ここにはそのまままるごと映っているのです。それがどんなに貴重なものであるかということに、私はつい最近になって気づいたのです。
(この映画を観ていた当時は全くそういうことは意識にありませんでしたし、その価値もわかりませんでした)
この映画では、森田ミツ(小林トシ江)という田舎娘が主人公(河原崎長一郎)に弄ばれ棄てられ、あっけなく死んでしまうのですが、それこそが「その時代を象徴していた」のだということを知りました。
そしてこの森田ミツが現代の「木嶋被告」(何人もの男性を騙し、殺して見棄てた)となって(時代を超えて)甦ってきたのではないかと、ふと思ったのです!
つまり、男たちは日本の近代化路線に走り、お金や良い生活を得るために、女や自然や「愛」を犠牲にする生き方を選び、その行き着いた先こそが「原発」だったと言えるのではないでしょうか。
そう思ってもう一度よく見ると木嶋被告の容貌もその雰囲気も何と森田ミツにそっくりではありませんか!?
これはもう女たちの男への個人的復讐?というよりは、日本人として、また人間としてのほんとうの生き方、その真実の方向性への再転換を迫られているという気がします。
この映画には浅丘ルリ子さん(社長の姪役/主人公の男が出世のための「ぶらさがり用」として選ぶ女性)が、まぶしいばかりの若さと美しさに輝いて登場していますが、その彼女が最近の『でんでら』という映画では、老婆となり「姥捨て」され、雪山で生き残りを賭けて熊との壮絶な闘いに挑むというのも、何か皮肉というか、さもありなんというか、人生の不思議を感じます。
(私はこの映画はコワクて見逃してしまいましたが)ここに「女性のしたたかさとしなやかさ」を見て「女って凄いなぁ~」と拍手を送った人も多かったのではないでしょうか。
(これからの日本の再生と復興は、このような女性のたくましい腕によって助けられるのかもしれません)
そして今やあの時「棄てたもの」が何だったのか?を、もう一度私たちは見つめ直す時に来ているのかもしれません。
愛しても愛しても、どんなに尽くしても報われなかった森田ミツの「愛」。女を踏み台にして出世していったかつての男たちの自分勝手な「愛」。そして「愛」のかけらも無い?木嶋被告に簡単に騙されてしまう現代の男たちの「愛」って?
うっとうしくまつわりつくような、重苦しい「所有」の「愛」ではなく、また軽い薄っぺらな「愛」でもなく、「愛の本質」とは何かということを真剣に考えさせられます。
そしてこのことは、「愛さない時に愛される」という逆説にも繋がる気がします。
私はキリスト教の「原罪」という考え方が好きではありませんが、人は「そのままの自分でオッケー!」と、良いも悪いも全部ひっくるめて「ありがままの自分を愛する」ことが出来た時にはじめて真の意味で他者の存在をもゆるし、認め、愛することが出来、また愛されることにもなるのではないかと思います。
そのような「自尊心」(自己尊重)こそが、愛の本質にも通じるのでは、と。
(これはややもすれば人と比較して落ち込みやすい自分に対して言い聞かせていることでもあるのです)
何を棄て、何を選ぶのか?
これまでの自分が何を棄ててきたのか?そして今何を選ぼうとしているのか?
「絶縁こそが善縁に通ず」(「映画芸術」NO.263/石堂淑朗)ではありませんが、原発との「腐れ縁」を断ち切り、「美しい日本の私」として「ほんとうの幸い」を見つけたいものです。