170819 養育費を考えてみる <貧困阻止 養育費の新算定>などを読みながら
最近手のしびれが気になるようになってきました。ブログを再開してまだ一年ならないのですが、そろそろ連続運転が厳しくなってきたかもと少し不安になっています。このブログは最初は三日坊主ならぬ2日で断念。当時はとりわけ体調がよくなかったのだと思います。
その後fbで何度か半年近く継続したのですが、その都度痛みがひどくなり、長い休養となりました。その休養中にブログを再開したのですが、意外と長文がを書いても大丈夫となり、最近は気の向くまま内容の脈略は関係なく長文で体というか手を鍛えてきました。が、ちょっとやりすぎたかもしれません。
そんなわけでしばらく1000字以内を目標に書いてみようかと思います。昨日もその気で始めたら、調子に乗って痛みも忘れて少し長めになりました。ともかくこういう無駄な文は避けて、1000字文をしばらく続ける努力をしてみようかと思います。
さて、見出しのテーマ、以前に日弁連新基準を紹介しましたが、それから半年も過ぎ、実際に利用例というか弁護士から提案が出された例があるということが毎日朝刊<くらしナビ・ライフスタイル貧困阻止 養育費の新算定>で紹介されています。
基本的な仕組みは従来の基準ですが、その算定額があまりに低いというのが女性側の意見として強かったと思います。その意見を少しでも反映する形で長年研究した成果が新基準です。
新基準は記事で概要が説明されていますし、詳細は日弁連のウェブサイトで入手できるので、それを参考に検討されたらよいと思います。
ところで養育費という問題はなぜ発生したいのでしょうかね。法制度ですので、基本、誰のためにつくられたものでしょうか。当然、子どものためというのは答えでしょうが、どうも離婚問題と関係すると、その当たりが曖昧になってくるように思うのは私だけでしょうか。
なぜこういった問題が生じたのか、答えは簡単ではないかもしれませんが、離婚当事者のどちらかがこの養育を担う以上、他の当事者がその費用負担を担うのが公平ということで、資本主義経済の社会では、費用という金での解決となったのでしょうか。
この最初の構造は、本来多様であってよいと思うのですが、とりわけわが国では離婚時に子どもの将来の養育の在り方(ここでは担い手と費用負担者)を決めてしまいます(事情変更はありますが)。
そして多くの場合子どもの養育に当たるのは母側、父側は費用負担となり、養育費の算定もそのような構造の中で一部裁判官によって現行基準が作られ、多少の修正があっても、現在まで活用されてきています。
むろんこれは指針的な物で、現行基準もこれで機械的に決めるということはありません。
それに多くの個別事情が検討されないと行けないことがあります。それに当事者の意思・合意が尊重されます。
たとえば支給期間ですね。これは特に定めていません。成年までとか、あるいは18歳までとかが多いかもしれませんが、他方で大学卒業が普通になってきた最近では22歳とか、卒業年月も射程に入るでしょう。いや、大学院も入ってもいいでしょう。
もう一つ、障がいのある子など特別事情があると、支給額も支給期間もそれに応じて増加してもよい要素と考えられるのではないかと思います。実際、私が担当したケースでは、年齢制限を設けないとか、あるいは支給額を基準額に比べかなり高額にするとか、経験しました。そういった個別事情は当然検討されるべきでしょう。
それにいつも問題になるのが履行の確保です。父親側も母親の生活費になるのではないかとか、あるいは離婚をめぐる心理的な影響が残るためか、養育費履行責任を免れようと画策することもあり、親としての責任感の欠如を感じます。
この間、政府もさまざまな法律改正等で、履行手段の確保・充実を図ってきたことは確かですが、それでも責任感の欠如した親には有効ではありません。
給料差し押さえもかなり便利になったと思いますが、夫側がさまざまな支出が多いといって、差押異議申立をして差押金の減額させた事例にも出会いました。
ウィキペディア・養育費ではアメリカの例として<非監護者(主に父親)の養育費徴収強力に推進され、養育費は給与天引きが行われ、養育費サービス機関は、福祉、税務、司法、検察・警察等の各種の行政機関、民間機関等と情報連携・行動連携を取りながら子どもの養育費確保のために動き、滞納者には免許停止やパスポート発行拒否など公権力が行使されている。>と行政の積極的な関与が勧められています。
そこまでいくかどうか、子どものための養育費の在り方として、検討してみる価値はあるでしょう。
ただ、強いて言えば、それよりも何より、子を育てる責任を持つ親の意識を育てる社会、そして養育費支払いを困難にしている大きな問題、経済的貧困の克服という課題解決へも目を向けることが大事でしょう。
大ざっぱな話になりました。字数制限を超えてしまい、何をいいたかったか、ちょっと中途半端になりましたが、痛みが強くなってきたので、この辺で終わりとします。