硬い話題を柔らかくどうでもいい話を真面目に語ることをモットーに書いています。
引き続き東京のことを書き記す。
浅草よりもよくぶらぶらしたのが
両国である。ちゃんこ鍋が
美味しいのでついつい立ち寄って
いたものだ。
昔ここは武蔵の国と下総国との
国境で両国の名前の由来になった
と聞いた。元々湿地帯で人が住む
には適していなかったようだが、
江戸の大火事で多くの人が火の手
を逃れるため、川に飛び込んで
命を落とした。そこで橋を架けた
のが両国橋であるらしい。
当時は住居地よりも大道芸など
見せ物小屋、動物園、大相撲
などエンターテイメントの街
につくり上げて賑やかな街に
なった。
両国国技館が移設される前の
土地の近くには回向院があり、
昼間は誰でも入れることができる。
一方で夜の両国橋から見る巨大な
川は深い闇に引き込まれそうな
怖さを感じるが何か悲しい歴史と
関係があるのだろうか。
つづく…。
以前東京に住んでいたことに
少し触れた。その在京中に一度
東大へ散策に行ったことがある。
赤門は重厚ではあるものの、
開放的で誰でも入れる大らかな
門に思えた。
休日とあって学外から来た
一般人があちらこちらに。
私もその一人であるが。
中には犬の散歩中の人もいて
公園にでもいるような雰囲気。
たいていは安田講堂を見に行く
ようだが、嗚呼写真の通りだなぁ
で留めた。
キャンパス中央に原生林のような
散歩道があり、坂道を下ると
夏目漱石に由来する「心」と
形をした池があるが、近くでは
何処から見ても「心」に見えない。
それよりも裏返った大きな亀の
骸がゆっくりと流れて来たのを
暫く生死を確認するのに時間を
費やしたのであった。
再び赤門を出ると街中は沢山の
小路があり、そこには樋口一葉が
使っていた小井戸や啄木が
息を引き取った家の跡、
宮沢賢治が営業マンで大きな鞄を
持って駆け走ってた場所など
時代のズレはあれど、本郷には
何かが息づいている。
東大との関連は分からないが
本郷周辺は大きなパワースポット
に違いない。
いよいよ出張の朝。
空港バスは人がまばら。
ほ〜んの数人だけ。
バスの車内はそれぞれ
自然にソーシャルディスタンス
が出来ており、だ〜れも
喋らない静かな空間だった。
暫く走ると関空到着
まん延防止の最中
空港はガラガラだったが
何故か飛行機には便が
少ないせいかかなりの人数が
乗り込んできた(・・;)
それでも6割弱といったところ。
経営目線でみると相当厳しい。
これがマンボウの現実か。
クローゼットに冬のコートを
しまおうとした時に上から
ドサっと物が頭に落ちてきた。
これはカップ麺🍜!
よく見ると賞味期限が切れている。
それも半年以上も経っていたのか。
いざという時に食べるには
多少躊躇するに違いない。
保存食の管理
免許更新の期限
眼科の次の予約
大事なのだけど覚えていられない
案件は意外と多い。
2週間前にそろそろ出張も再開
しようとしたら瞬く間に
感染者が増加。
社員のご家族で濃厚接触者が
出てくるなど急展開。
来週に千葉の出張を入れて
いるのだが。この週末は
落ち着きそうもない。
ウェイウェイ貿易のマスクが
不評!柔らかマスクを取り出して
4枚連続耳が切れたのは明らかに
不良品。50枚入っていて歩留
は8割くらい。中国語で
合格証が入った紙が虚しい。