英語な日々

京都在住の英語講師のと猫と英語と美味しいもののお話。
時々、脳動脈瘤のお話もね。

無惨(3)

2013-04-04 | 旅行



美しい知覧の町を、車は記念館へと向かう。

前回とは違い、三角兵舎とは逆の方向から正面玄関に入る。

丁度、語り部による特攻隊の悲劇の講話が始まるところだった。

夫に促されて、部屋に入りかけたが、無理矢理出てしまった。

資料館に入る勇気がない。

20分ほど、外のベンチで座っていた。

その間、ずっと考えていた。

なぜ私は資料館に入れないのか。

決して亡くなった特攻隊員たちが恐ろしいのではない。

恐怖の気持ちはかけらもない。

写真の向こうからやってくるのは、強烈な哀しみだ。

私の中の何かは、その哀しみと共振しようとしている。

それなのに、それ以外の私は、その哀しみに捕われてしまうことを恐れている。


すこし落ち着いてきた。

資料室に足を踏み入れる。

以前の様な、透明の「なにか」は、やって来なかった。

右の壁から中央へと続く、遺影の前をゆっくりと歩く。

遺影を直視することは出来ない。

遺影の青年たちに目を合わすことができない。

ひとたび目が合うと、そこから強烈な「哀しみ」が放たれることがわかる。

心の中で手を合わせながら、ひたすら受け入れる。

あと少しですべての遺影の前を通り終わる、というところで、ある写真に呼ばれた。

まだ幼さの残る隊員が、制服姿で、子犬を抱いて笑っている。

とたんに、あらゆるところから、「なにか」が溢れ出してきた。

それは、前回のような、「触れられる存在」となって、私に集中する。


 無惨

 無惨

 無惨

心から若い命を悼む。




以前は、これは霊体験だと思っていた。

ある意味そうだったのかもしれない。

そうではないのかもしれない。

彼らが私に求めたのは、あるいは私がそう錯覚したのは、「母性」だったのかもしれない。

そうではないのかもしれない。



誰かがその哀しみに触れること

忘れないこと

そのメッセージを大切にすること

それだけは理解できたように思う。


敷地内にある神社で、手を合わせた。

何も考えず、心をそのまま差し出す。

「なにか」がすとんと腑に落ちた気がした。


この経験が、霊体験であろうと、私の単なる激しい思い込みであろうと、そんなことはもうどうでもいい。

私は一生この経験を忘れない。

ことあるごとに、いろんな人にこの経験を話すだろう。

突然、理不尽とも思われる不思議な方法で経験した、この「なにか」を。

それがある意味で、私に課せられた役割だと、今は思うのだ。


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コメント (2)
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