経堂めぐみ教会

日曜礼拝のメッセージ動画です。

1月17日礼拝

2021-01-18 14:27:05 | 礼拝
マタイの福音書4章1~11節 「神の口から出る一つ一つのことば」

(1)「それからイエスは、悪魔の試みを受けるために、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。」
 イエス様はこれから公生涯をスタートする前に、御霊に導かれて荒野に上って行かれました。「試み」ということばは、「誘惑」ということですが、「御霊に導かれて」とあるように、ここでは「試練」という性格も持っていることがわかります。(2)イエス様は四十日四十夜、荒野で断食をしました。イエス様は非常に空腹を覚えておられました。その時に、試みる者が近寄って来たのです。そして次のように言いました。(3)「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい。」悪魔は神の子としての力を自分の空腹のために使い、神のみこころを行わないように誘惑してきたのです。神の御子イエスにとって、石をパンに変えることなど簡単なことでしたが、イエス様は(4)「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」と答えました。人間は肉体的な必要を満たす食べ物が必要ですが、神のことばという魂の食物によって真に生かされる存在だとおっしゃいました。人を真に生かすのは「神の口から出る一つ一つのことば」であることを、主は身をもって示されました。

 次に、悪魔はイエス様をエルサレムの神殿に連れて行き、屋根の上に立たせて言いました。(6)「あなたが神の子なら、下に身を投げなさい。『神はあなたのために御使いたちに命じられる。彼らはその両手にあなたをのせ、あなたの足が石に打ち当たらないようにする』と書いてあるから。」今度は悪魔も同じように聖書のことばを使って誘惑してきました。高い神殿の屋根の上から飛び降りて、み使いに守られたら、人々は驚くでしょう。そのようにして注目を集めて、自分が救い主だと示せばよいではないかと誘惑してきました。悪魔の主への誘惑はすべて、十字架による救いの道を閉ざそうとするものです。イエス様は言われました。(7)「『あなたの神である主を試みてはならない』とも書いてある。」自分に都合よく聖書のことばを使うのではなく、神様のみこころにかなうように正しくみことばを用いて誘惑を退けたのです。

 今度はイエス様を高い山に連れて行き、世界のすべての国々とそのすばらしさを見せて、(9)「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」と言いました。神様のご計画に従って十字架で苦しむことで人を救うようなことをしなくても、悪魔にひれ伏すだけで、全世界の人を従えることができると誘惑してきたのです。しかし、イエス様は言われました。「あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい」というみことばを挙げて、「下がれ、サタン」と強く悪魔を退けました。神の国はこの世の王国ではありません。神の支配によってもたらされる王国なのです。すると、悪魔はイエス様から離れていき、御使いたちがイエス様に近づいて仕えました。
 イエス様に対する誘惑はすべて十字架の救いの道を邪魔しようとするものでした。しかし、主は一貫して神のみことばには「~と書いてある」と答えることによって退けました。イエス様は悪魔の誘惑にとっさに聖書のことばで言い返しています。そのことからも、イエス様自身、旧約聖書をよく読んでおられたことが分かります。私たちも現実生活の中でいろいろな誘惑や試練に遭うものです。自分は大丈夫と油断することなく、みことばに従い勝利することができるのです。私たちは今コロナという荒野の試練の中に置かれています。でも神の口から出る一つ一つのことばによって勝利させていただきましょう。悪魔の誘惑に勝つために、さらにみことばを心の中に豊かに宿らせることができますように。

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