立ち眩みは、私たちの日常に突然訪れる予期せぬ瞬間だ。
朝や仕事中の忙しくて慌ただしくしている時、急に立ち上がった瞬間に世界がぐらりと揺れる。
視界が白くぼやけ、足元がふらつき、しばらくの間、自分の身体が自分のものではないように感じる。
この短いが衝撃的な瞬間は、私たちに身体と心の繋がりを強く意識させる。
立ち眩みは、身体が私たちに送るサインの一つで、血圧の急激な変動や、疲労、脱水、ストレスなどが原因で引き起こされる。
これらのサインは、自分が無理をしていること、休息が必要であることを教えてくれている。
明らかに私は日常生活の中で、高齢にもかかわらず自分の限界を超えて働き、身体の声を無視しがちだ。
しかし、立ち眩みの瞬間に立ち止まり、自分の状態を見つめ直すことは、経験するにつれて健康を維持するために重要なことだと感じるようになった。
娘も高校生の頃、授業中に長時間座っていた後、休み時間に急いで教室を出ようと立ち上がった瞬間、立ち眩みになったと言っていた。
目の前が真っ白になり、まるで自分が浮いているかのような感覚に包まれたとか。
確かに若かった娘は弾けていて、貧血症なのに食生活や睡眠などの生活習慣の乱れていた。、
立ち眩みは、一瞬の出来事であるが、その背後には私たちの身体が発する重要なメッセージが隠されている。
この小さなサインを見逃さず、自分の身体と心の声に耳を傾けることが、健やかな生活を送るための鍵となる。
立ち眩みの経験を通じて、私は自分自身をより深く理解し、食生活を大切にすることの重要性を再認識した。
※慕嬢詩(ボジョウシ)=亡くした娘を慕う気持を綴った詩・文。私の創作語。
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