北海道・鈴木は「竹下型」、大阪・吉村は「純一郎型」ポスト安倍に影響する人気2知事の真贋は?
新型コロナウイルスをめぐる対応で知事たちの活躍が続いている。なかでも注目されているのが、北海道の鈴木直道知事(39)と大阪の吉村洋文知事(44)だ。2人は政治家として本物なのか?
「顔が映るだけで視聴率が上がる」
いま政治の世界は、中央政府ではなく全国の知事が権限を持って活躍する「知事主導型」になっています。思い起こすのは150年前の明治維新です。あのときも「中央政治が官僚化」し、「司令塔不在」のところに、若きリーダーたちが地方から登場しました。スケールは違っても、あのときと状況は似ています。その中でも、北海道の鈴木知事と大阪の吉村知事は「東西の出世頭」というべき存在です。
2人は政府の先を行くことで、国を動かしました。公立小中学校の一斉休校も、緊急事態宣言も、2月末の時点で鈴木知事が北海道ではじめて打ち出し、安倍政権が追随する形になった。吉村知事は、5月5日に自粛要請解除の基準として「大阪モデル」を打ち出し、安倍首相が翌日夜、緊急事態宣言解除の判断基準を作成すると明言せざるを得なくなりました。
そんな2人は地元からの支持も絶大です。北海道新聞が行った4月の世論調査では、鈴木知事の支持率はなんと88%。吉村知事も20代後半~30代の女性の圧倒的な支持がある。在阪のメディア関係者に言わせると、毎日のように彼をニュース番組に出演させるのは、彼の顔が映るだけで視聴率が必ず上がるからだそうです。
しかも、その支持は全国に広がっています。プロンプターで原稿を読み上げるだけの首相会見に失望した国民が、自分の言葉で話し、自分の責任を明確にして行動にうつす2人に期待を寄せているのです。
苦労人・鈴木が築いた「叩き上げ」人脈
そんな2人は、一見すると共通点が多いように見えますが、似て非なる者同士。私は全く違うタイプの政治家だと考えています。
まず鈴木知事からみると、彼を分析するうえで欠かせないのが、やはり「夕張」の存在です。
鈴木知事は都庁職員時代に財政破綻した夕張市に派遣されたことから、北海道でのキャリアをスタートさせます。実は夕張市に派遣されていた当時の彼に取材で会ったことがありますが、「地方に飛ばされた」などという意識は全くなく、「やれることを前向きにやろう」と意欲的に動いていた姿が印象に残っています。ここでの経験が彼の政治家としての原動力です。
そこから夕張市長、北海道知事と階段を登っていきますが、彼の「強み」はスマートな外見とは違う「叩き上げ」の経歴と、その経験を活かして人脈を築いたことです。
実際に、地元では家具大手「ニトリ」の似鳥昭雄会長や、調剤薬局業界大手「アイングループ」の大谷喜一社長など一代で地位を築いた叩き上げ経営者を惹き付け、「鈴木応援団」を形成しています。
さらに政界でも、鈴木知事が頼ったのは、秋田から叩き上げで政界での地位を築いた菅義偉官房長官。鈴木知事は高卒で都庁勤務の傍ら法政大学に通って卒業しましたが、菅氏も同じ法政出身。その縁から鈴木知事は夕張市長時代から上京する度に、何かと理由をつけて菅氏の事務所の門を叩いています。
菅氏もそんな鈴木知事を高く評価し、目をかけてきました。鈴木氏が知事に就任すると、北海道庁には、財務省、厚労省、国交省から優秀な官僚が3人出向し、実働部隊として今回のコロナ対応でも活躍しています。これも菅氏が直接送り込んだもの。いわば“菅商店・札幌支店”とでも言うべき連携が続いているのです。
一方の吉村知事は対照的に、一言でいえば英才教育型の「プリンス」です。
九州大学を卒業した年の司法試験に合格した吉村氏。出身地の大阪で弁護士として活躍していました。当時を知る地元の人によれば、彼は裁判が終わったあとも「その後どうですか」と折に触れて声をかけたといいます。アフターケアが万全で、クライアントから絶大な信頼が寄せられていたようです。そんな彼が政治の世界に出るきっかけは、やしきたかじん氏。維新の会の“創業者”橋下徹氏が「誰かいい人おらへんかな」と口にしたとき、「うちの弁護士先生、ええよ」とたかじん氏が推薦したのが、彼の顧問弁護士だった吉村氏だったというわけです。
橋下氏と同じ「元ラガーマン」で「弁護士」の吉村氏は気に入られ、2011年に大阪市会議員に当選し、2014年の衆議院選では比例復活で当選。看板施策である「大阪都構想」の制度設計でも中心的な役割を果たし、「橋下氏の右腕」とも呼ばれました。2015年には政界を引退した橋下氏の後任で大阪市長に就任。2019年から大阪府知事をしています。
こうした経緯から、その政治手法は維新、とりわけ橋下氏のDNAをそっくり引き継いでいます。手ぶらで会見に現れ、全てのメディアをしっかりと相手にする。「維新直系」の政治手法です。
橋下氏同様、ケンカも上手い。GW中、休業要請解除の基準を巡って、西村康稔経済再生担当相と揉めた時にも、吉村知事はすかさず「謝罪のポーズ」をとった。そうすることで政権側に貸しを作り、都構想や万博などに向けて、政権との柔軟なパイプを維持する布石を打っている。さらに実質的には、西村大臣の方が大人げなく見えて印象を悪くしました。松井一郎・大阪市長の知恵ではないかという人もいますが、大したものだと思います。
「弁護士の論理」で真っ正面から切り込む吉村
コロナ対応も、よく見ると2人の対応は対照的です。鈴木知事を「調整型」とするなら、吉村知事は「切り込み型」。それぞれのキャリアを背景に、政治手法は全く違います。
鈴木知事のコロナ対策のハイライトは、なんといっても2月28日に北海道として独自の「緊急事態宣言」を出したことでしょう。ただ、私が鈴木知事の政治的なセンスを感じたのは、むしろ宣言を出した翌日。鈴木知事が総理官邸を訪れて安倍首相に会ったことです。
官邸に単身乗り込んで官邸とのつながりをアピールできたことで、その後のコロナ対策がどれだけやりやすくなったか。道民には人気のある鈴木知事ですが、北海道のエスタブリッシュメントである道議会自民や札幌の経済界とは微妙な関係です。実際、知事選でも道議会自民は対立候補を擁立しようとしていた。それがこの官邸訪問によって、抵抗勢力になり得る道内の「反・鈴木勢力」を早い段階で抑え込めたのです。
もう一つ「政治巧者」だと思ったのは、4月12日に「第2波」を警戒して再び緊急事態を宣言するにあたって、札幌の秋元克広市長を巻き込んで、道と市の「緊急共同宣言」としたことです。北海道すべての中心地である札幌をないがしろにしては、何も上手くいかない。札幌市長の顔を立てつつ、自分の政策も進めているのです。
このように、北海道がいつも最初に新しい局面に直面していながら、鈴木知事は、柔らかい人当たりでコツコツと調整しつつ政策を実現していく。歴代総理でいえば、匍匐前進しながら目標を達成していく「竹下登型」の指導者だと思います。
一方の吉村知事は、周りに目を配りながら判断する鈴木知事とは違って、「真っ正面から切り込む」タイプ。そこまで思い切ったことができるのは、橋下氏や松井一郎市長ら「維新の第一世代」が必ず援護射撃をしてくれるという安心感があるからでしょう。
そんな吉村知事のハイライトは、5月5日に自粛要請解除の基準を示した先述の「大阪モデル」の提示でしょう。背景には、緊急事態宣言の下で約1カ月、苦しい時間を耐え抜いた国民に対して、何の希望も示さず「宣言1カ月延長」を表明した安倍首相の無策ぶりがありました。世論には絶望感が広がっていた。有権者に近い首長らしく、そんな雰囲気を察知して、大阪からすかさず「こうすれば次の地平にいける」というビジョンを前のめりに打ちだし、全国から喝采を浴びたのです。
ここには、弁護士出身の吉村知事らしい思考法があるように思います。訴訟対応さながらに「Aコース」「Bコース」……と、状況に合わせて対処法を提示する、論理的なわかりやすさが世論に届いた。
真っ正面から自分の言葉で切り込んだ吉村知事のカラーと政治センスが光った場面でした。“ジジイ殺し”という側面を持ちながら、劇場型政治も演出できる。過去の指導者でいえば「小泉純一郎型」なのかも知れません
2人は「宰相の器」か?
思えば、過去にも「知事の時代」がありました。1993年、細川連立政権が成立した時です。熊本県知事だった細川護煕氏が首相に、滋賀県知事だった武村正義氏が官房長官となって政権が運営されました。
中央政界でリーダー不在が叫ばれる今、あのとき以来の「知事の時代」が起きつつあるのかもしれません。
実際に、鈴木知事と吉村知事の活躍は中央の政局にも影響を及ぼしています。たとえば「ポスト安倍」レースです。
鈴木知事と吉村知事の背後には、「ポスト安倍」の一人、菅官房長官の存在があります。鈴木知事との関係は先述の通りですし、維新の橋下氏・松井氏は、年末に安倍首相・菅氏と毎年会食する間柄。菅氏本人も吉村知事と密に連携をとっていると語ります。一方、「ポスト安倍」の有力候補で、安倍官邸が推す岸田文雄政調会長は、鈴木、吉村両知事にやられっぱなしの安倍官邸の尻拭いをする役回りに追い込まれています。
つまり、「2人の人気知事」を影響下に置く菅氏と、「安倍官邸」に足を引っ張られる岸田氏という構図の戦いになっている。「ポスト安倍」同士が直接ではなく、間接的にコロナ問題で対立する“リモート政局”になっているのです。
では、鈴木知事と吉村知事は「ポスト安倍」になりえるかといえば、やはり知事という立場を超えると、有望な2人にも「物足りなさ」が見えてきます。細川内閣のときは、細川氏も武村氏も国会議員として国政でも経験を積んでいました。一方、今回は国政経験のある吉村知事でも衆議院議員を11カ月ほど務めただけ。いきなり「ポスト安倍」というのは飛躍があります。
ただ、長いスパンで考えれば、2人が国政に上がってくる可能性は十二分にあります。実際に鈴木知事は、地元で「2期知事をやったあとは国政に進出するだろう」とまことしやかに語られています。 宰相を目指すなら、鈴木知事は、コロナ後に疲弊する北海道経済で観光振興に加えて別の目玉を作って活性化できるのか。まずは何か一つ道知事として実績を残せるかどうかが分岐点になるでしょう。
一方の吉村知事は、「維新」という母体が足かせになります。ステップアップするには、大阪の近隣府県とも密に連携して近畿圏全体を影響下におき、地域政党という枠を超えた普遍性のある政策を打ち出せるかに懸かっています。そういう意味では、維新の「第一世代」のしがらみを超えられるかが鍵です。
新型コロナウイルスという世界的な未曾有の危機を乗り越える社会を彼らが地方から作り上げられたなら、それが“アフターコロナ”の日本全体の戦略になりえます。
レーガン大統領やクリントン大統領のように、アメリカでは州の知事から一気に大統領に上り詰めていく政治の流れがあります。日本も、コロナという前代未聞の事態を経験して、政治の新しい流れが生まれるかも知れません。