教室のこと・速読のこと・受講生のスコア・SEG講習生のスコア等々について書いています。
クリエイト速読スクールブログ
実は自分の集中次第だったのだ
Tさんは再入会です。
2007年7月に一度入会しています。
50代に入ったばかりの男性です。
エネルギー・資源関連企業に勤務しています。
Tさんの再入会1回目スコアと第1回受講後アンケートです。
「Tさんの再入会1回目の主なスコア20/6/21」たてサッケイド29 数字ランダム16・15 漢数字一行〇→810、四→570、一→300 たて一行ユニット37・33 スピードチェック22・24 ロジカルテストAタイプ25/26(3分)・24/24(3分)イメージ記憶16/40(2分)35/40(2分)倍速読書『本を読む人だけが~』7,200字/分・理解度A
「Tさんの再入会1回目受講後アンケート20/6/21」・「体験感想」約13年ぶりの復帰で、いろいろ思い出しました。どこまでやれるか分かりませんが、納得のいくレベルまで体得できるよう、頑張ります。・「入会を決めた理由」(記入なし)
以下は、Tさんの受講10回~30回目アンケートと、最新スコアです。
「Tさんの受講10回目アンケート20/8/2」
マイナス・(記入なし)
プラス・私には読書に関して、忘れられない感覚が2つあります。それをお伝えしながら、レッスンとの関連性について考察します。クリエイトのメソッドを知りもしない、30年も前のことです。
当時の読書はほぼ小説で、没頭できるときと、文字が上滑りしてまったく入ってこないときがありました。
上手く入り込めたときは決まって、書かれてもいない背景までもが鮮明にイメージされていました。本の中へと吸い込まれていくような、物語と一体化していくような感覚に身を委ねると、あっという間に時が過ぎ、まるで気絶していたか時間が失われたか、呼吸すら忘れていたようになっていました。
当時はそのムラの原因を作品との相性のせいにしていましたが、実は自分の集中次第だったのだと、レッスンを受けたいまではわかります。
また同じく30年前の、これは英語学習、英文読書の話です。
大学受験を終えた時点でもまだ私は英文を口の奥で無声音読していました。
時事英語研究部に入ってからは、ひたすら語彙の学習と読み込みです。毎日かなりの英文を読んでいるうちに、いつしか口の奥で呟くような読み方はなくなっていました。そして1年あまりが経ったある日、驚くような感覚に見舞われました。
それは『TIME』の湾岸戦争の記事でした。英文を眺めるだけで、内容が全部頭に入ってくるのです。いつもやっている脳内音読のほうがまったく追いつきません。先へ先へと目が勝手に動きます。1行ずつ読むのがもどかしく、気がつけば2行を同時に捉えていました。最初は驚き、戸惑いつつも、その後は猛スピードで読み進めながら、心の中ではただ(うん、うん、うん)と書かれている内容に頷いていたのをよく憶えています。
試しに別のトピックスも読んでみましたが、同じように読めてしまいました。いちいち日本語に訳すのも煩わしく、英語を英語のままダイレクトに理解し、いつの間にか日本語よりも速いスピードで読めるようになっていたのです。
それは私にとって、はっきりと感じられたブレイクスルーでした。
『TIME』に掲載されるほどしっかりとした構造の文章であったことも理由のひとつでしょう。
他にも考えられる理由のひとつに、日々積み重ねた経験量によって、さまざまな構文や語彙、表現パターン、英文を読むこと自体と相当お馴染みになれていたことが挙げられるかと思います。人は知らない分野の読書には時間がかかっても、周知のことはかなりのスピードで読みこなすことができます。それが英文という分野自体で自分の身に起こったかのようです。
なぜ日本語ですらできない読み方を、なぜ先に英語でできてしまったのか、一つ仮説を立ててみるとすれば、受験読み(=私の造語です)が原因かもしれません。それは語・句・節でSVOCを特定して線で結んだり、前置詞プラス名詞をカッコで囲んで副詞句Mとしたりといった具合に、文を要素に分解し、常に品詞や構造を意識する、受験勉強で徹底的に叩き込まれる読み方です。
そういう分解・構造分析的な読み方をたくさんやりすぎたからこそ、日本語よりもずっと経験の浅い英語のほうが、読むスピードが上がってしまったのかもしれません。日本語は慣れに任せて頭からそのまま受け入れていくだけです。
「集中」と「もっと文章自体に馴染む」は、クリエイトの方針に共通のことを感じます。教室での限られた時間で行うのは主に認知視野の拡大と脳内処理速度のアップで、松田さんは「家では教室と同じトレーニングをする必要はありません。それよりもたくさん読んでください」と仰います。それは「日本語の文章そのもの、語彙や構造、読むこと自体に、もっともっと、もっと馴染みましょう」と仰っているように聞こえます。
本当はその三つが必要で、「日本語の文章を読むことにもっと馴染む」のは自宅で、ということなのでしょう。それがいかに大切かは、いくら認知視野を広げ、処理速度を上げても、素養のないアラビア文字やタイ語は読めないことからもわかります。
「もっと馴染みましょう」とは、つまり「練習する→上達する」=「飽くなき反復練習でさまざまなパターンの経験を積み重ねる→反射に近づける」ことと考えます。天才でない限りむしろ上達への道はそれしかありません。それは武術や球技、古文や数学、プログラミングや経理の仕訳、楽器演奏や工事件数など、さまざまなことにも当てはまります。
もう何十年も読み、話し、使ってきた母国語である日本語に、まさか自分がまだ馴染んでいないとは誰も思わないのでしょう。私自身この歳まで数千冊、人よりもたくさん本を読んできたほうだと自負しながら、現状程度の速度でしか読めないのは、こなした量が単純に少ないのだと改めて自覚しました。
取組み方によって早い遅いはあれ、量はいつか質に転化します。教室でのレッスンは、いま自分の持っているエンジンを高性能なものに積み替えるように、強力な武器として働くでしょう。従来必要だったはずの時間や回数を、半分や三分の一くらいに減らせるかもしれません。しかし最も大事なことは、読書も勉学も自身のこなす量自体を増やすことだと、この歳でますます思いを強めました。
そう考えると、速読を習得する真のメリットは、同じ量を少ない時間で済ませることではなく、同じ時間で2倍、3倍の修練を積めることではないかと思えます。
もし1時間、2時間の読書や勉学をしていた人が、その時間で従来の2倍、3倍をこなすことができれば、1日に25時間や27時間を過ごせたことになります。さらに言い換えれば、その人はそれだけ長く生きたことにもなるのではないでしょうか。
「Tさんの受講20回目アンケート20/8/30」
マイナス・〈メニューによって出来不出来の差が大きい〉内容によって成長がまったく違います。サッケイドは全くダメで、ランダムシートやBPシートは蝸牛の歩みです。特にサッケイドは目の動きがもつれたり硬直したりしますし、すべての基本である脱力を心がけつつも、気がつけば全身に力が入っています。また、ペンを持つ手がシートを隠してしまうこともあり(そういう問題ではないのかもしれませんが)、中盤のメニューの中でもスピードチェックとランダムチェックがもたついています。これらはまだまだ時間がかかりそうです。
プラス・〈中盤トレーニングについて〉 ロジカルテストやスピードボード、イメージ記憶などがどんどんレベルアップしています。入会時から考えるとそんなの無理だと思える制約に、何とかついていっていることが信じられません。
・〈その他〉1)読書のスピード 責任の生じない趣味の読書(小説や社会科学、人文科学など)は、自宅で随時算出している数値によると、1.5~1.8倍程度まで速くなっているようです。しかし「速く走れるようにはなっているが、飛べる気がまったくしない」という印象です。まずはおそらく脳内音読が速くなり、その後しばらくそれが続いて、いつの間にか脳内音読が追いつかなくなるのではないか、と想像しています。
2)〈読書量はポイント制〉 私は15年ほど前から、読む本に必ず「分量×独自の難易度係数」で勝手にポイントを設定しています。
「何冊読む/読んだ」という冊数ベースのあり方に、学生のころから疑問を持っていました。薄い・厚い、平易・難解に関わらず一律で1冊とカウントすることに強い違和感があったのです。多少なりとも量にこだわりを持ちながらも冊数以外に指標を持たないと、1冊の中に複数の長編作品が収録された全集スタイルのものなどは、どうしても避けたくなってしまいます。
そんな引け目など感じずに済むような、もっと腑に落ちる別の尺度を模索した結果、30代半ばでやっと思いついたのが独自のポイント制度です。「分量(=文字数)」は1,000で割って小さくするので、多くの本は最終的に1冊250~800ポイント程度と算出されます。それを1時間当たり何ポイント分読めるか? 入会前は60~80だったのが、現在は100~120ポイントくらいまで上がっています。
ポイント計算はいかにも面倒ですが、条件を入力すれば簡単に算出できるExcelシートを作っていますし、好きな読書での自分のアイディアなので、楽しくやっています。
3)〈まとめ〉15回目くらいから少し停滞感がありますが、それは何事においてもあり得ることです。各訓練メニューで好成績をマークすることが最終目標ではなく、習得してどうしたいのかを忘れてはならなりません。そのための意味ある訓練であり、指標としてスコアが存在するのですから。しかしそのことは同時に、幕末のある人の言葉を思い起こさせます。
「道場で強い者が実戦でも強いとは限らない。しかし道場で弱い者は、間違いなく実戦でも弱い」
例えば学校の中間テストで点を取れない人が、入試で合格点を取れるはずなどないのです。例えば外国語で練習用に用意された講読テキストをモタモタ誤読している人が、原書の大海原を自在に泳げるはずなどないのです。
まだ初級レベルの私は、まずは道場訓練に専念し、基礎的な力をもっと上げていく必要があります。
今後もきっと伸び悩んだりスコアが低下したりといった壁にぶつかるでしょう。そのときは、どうしたらそれを乗り越えられるか、必死で考えて根気よく挑戦すればいいのです。人生の残り少ない時間を思うと、落ち込んだり腐ったりしている暇なんてありません。
「Tさんの受講30回目アンケート21/1/31」
マイナス・<スコアが停滞中のもの>・かなBP、県名BP 15~20回目付近までゆるやかに伸び、それ以降また下がって低空飛行中の印象です。「見えているのに見えていない」状態をどうすれば解消できるのか、認知能力向上にはまだ数段の工夫と修練が必要だと感じています。
・イメージ記憶 「2つの単語を結び付けた映像を思い浮かべる」というアドバイスを初回から戴いていたものの、なかなかスムーズにできませんでした。私だけではなく多くの人がおそらく、最初の数回は言葉同士の結びつきだけで何とかしようと奮闘するのではないでしょうか。
アドバイス通りに組み合わせ映像を思い浮かべることができてから、一気にスコアが伸びました。あとは映像の立ち上がりをいかに短縮するかです。 45秒/30秒の制約でずっと足踏みが続いているのは、「①2語を脳内ではっきりと音読 → ②組み合わせ、こじつける(ここで映像化) → ③焼き付ける」の3段階を、まだ踏みしめるように実施しているせいだと推測します。1回目の45秒では、いまだに22~23問目までしか進めません。
一連の流れを短縮すべく、スコア低下を覚悟で試行錯誤を重ねようとしていますが、今のやり方をなかなか捨て切れず、思い切ったジャンプができずにいます。最も難しいのは、①の脳内音読を根本的に改善することです。教室でも、まずは最初の時間内に全部読み切ることを目指しましょうと教わりました。45秒で全問捉えきる「スピード優先」を試したところ、スコアは 45秒−3と30秒−10、映像が立ち上がる前に次へ目が移ることになり、ほぼなにも記憶に残りませんでした。
いったんいままでの手法を壊して、全部捉えきってスコア一桁というところから構築し直すべきなのか、あるいはいまの精度を維持しつつ、少しずつ多くこなせるよう努力する方向で取り組むべきなのか、とても迷っています。まるで「スピード優先」と「精度維持」の標識の分岐点に立っているようです。スピード優先道は、いかにも険しそうです。滑落して大怪我をしそうにも見えます。精度維持の道は、なだらかで通りやすそうです。
過去のブログやアドバイスをつなぎ合わせますと、「スピード優先」が正解に思えるのですが……。「イメージなら、今までだって数々の小説を読んできて、書かれてもいない辺りの光景まで、絵に描けるほど鮮明に思い浮かべてきたじゃないか」と自分にいい聞かせ、奮い立たせていますが、こうして瞬間記憶の課題にされると、また別の話になるのでしょう、本当に難しいです。
プラス・<スコアが上がってきたもの>・たてサッケイド、よこサッケイド 認知視野が拡がったという自覚はまったくありませんが、教室のシートが小さく感じられるようになりました。
・ランダムチェック4x4 まったく歯が立たないものでしたが、最近はときどき時間内に終われるようにもなってきました。
・スピードボード、イメージボード 教室では機会の少ないメニューながら、これだけはなぜか、初めから苦手意識がありませんでした。なお、読み上げのイメージボードはここまで無敗です。
・ロジカルテストCタイプ 最近ようやく時間内に終えることができるようになりました。Cタイプより上では、文をただ左端から順に捉えるのではなく、先に最後の問いを把握し、あとは序列が繋がるように、読む順番を入れ替えればいいと気付いた途端、一気に50秒短縮できました。問いによっては瞬殺できるものも。
・〈その他〉1)読書のスピード 1月中旬に測定した値によると、入会前の2.2倍になっていました。それでもまだ一行全体や複数行を同時に捉えるにはほど遠く、脳内音読は抜けていません。
2)読書ノート 6年前から、2種類の手書き読書ノートをつけています。
一つは書名、著者、訳者、編者、発行所、叢書名1、叢書名2、発行日、初刊年、(読書量カウントとしての独自の)ポイント、評点、開始日・終了日など、書誌情報や日付について見開きで一行を使い、一覧表形式に記すもの。
もう一つは内容を抜き書きするものです。批評や感想は書きません。そう決めてからとても楽になりました。どちらも100枚のキャンパスノートを使用しています。
書誌ノートは読み始めたらとにかく記録します。読み終えなかったものは、終了日が空白になるだけです。
十歳で日常的に本を読み始めた最初から自分の意志で読書ノートをつけていましたが(今も手元に残っています)、記録方法が子供っぽいと18歳で中断しました。以来、ときおり思い出したように新しい方法を模索しつつ、パソコンでもルーズリーフでもない、キャンパスノートに手書きという今のやり方にやっとたどり着いたのは40代半ばでした。せめて書誌ノートだけでもどんな形であれ続けていれば、人生の本当にいい記録になっただろうにと、大いに悔んでいます。
その読書ノートも、もし親に強要されていたら、その時点で間違いなく読書そのものを大嫌いになっていました。全部、自分の意志だからできたことです。親がやっていいのは、こういう方法もあるよと最初に紹介することくらいでしょう。どんなに子のためを思ってのことでも、それ以上、それ以降の干渉は「支配」にしかならず、子の心をどこかねじくれさせるようなマイナスの結果しか生みません。読書ノートのような生死に関わらない付帯事項ではなおさらです。「今は嫌がっていてもきっとこの子はあとで感謝する」は多くが身勝手な親の支配欲からくる幻想です。検閲めいた中身のチェックなど最悪極まります。自分で選択し、試し、失敗するチャンスを、読書についてだけは奪われずに済んでよかったと心底思っています。
抜き書きのための目印には三分の二が透明になっている極細の付箋を使います。付箋はもちろん、あとで外して何度も再利用します。小説の場合は、書き出しと結びの数行は必ず書き写します。抜き書きがノート十数ページ分に及ぶなど、読むよりも書くほうにずっと時間がかかることも多々あり、大変ではありますが、自分で納得して決めたことなのでなんとかやっています。それも今この歳だからできることです。若い頃にはとてもできなかったし、やらなくてよかったと思います。
しかし能力の向上で記憶定着のあり方が変われば、このノートの作り方も変わり、抜き書きに費やしている時間をもっとたくさん読むことに使えるのでは、という期待を密かに抱いています。
「Tさんの受講32回目の主なスコア21/2/13」たてよこサッケイド7 数字ランダム49・49 漢数字一行〇→4,170、二→440、八→215 たて一行ユニット76・70 スピードチェック37・34 ロジカルテストCタイプ28/30(3分)・29/30(2分13秒)スピードボード5×525/30(2分52秒)・23/25(3分)イメージ記憶17/40(45秒)19/40(30秒)倍速読書『陰陽師東海寺迦楼羅の事件簿』7,150字/分・理解度A-※スピードチェック・ロジカルは、前回のスコアです。
goo文字数の関係で、文字の拡大とかできませんでした。
Tさんからも、教室用に使ってくださいと、本を大量にいただいています。
ありがとうございます 真
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