前回に続いて古い話。
平成が始まった頃の話をつい最近のことのように話してしまうのだが、
昭和40年頃だと戦時中の話をつい最近のことのように話す大人がけっこういた。
そんなわけで、今のうちに、
昭和40年頃の大人が話していた戦時中の話しを書き残しておこうと思う。
どこに住んでいた人なのかは覚えていないが、空襲で防空壕に入っていたときの話だと言う。
近所の人が集まって1つの壕に入るのだけれど、女の人と子供だけが壕に入っていると、
男の大人が1人入ってきたという。
男はみんな外に出て働いて、女の人でも大人より子供優先でいたというのに、
その人はブルブル怖がって子供たちと一緒に奥の方にかたまっていたと言う。
壕の中はとても暑くて、濡れた大きな布、布団から綿を抜いた、シーツか何かを
水に濡らしたものらしく、それを子供たちに被せていたという。
しかし、濡らした布と言っても、すぐに熱くなってしまって、何度も交換したと言う。
しばらくそれが続いて、空襲がおさまったら、震えていた男の人はいつのまにか
いなくなっていたということ。
それを見ていた当時は大人の男のくせに子供に混ざってだらしないとか思っていたが、
戦争が終わって普通の暮らしが続いてみると、
そんなふうに思ってはだめなんじゃないか?
これはわからない話なんだ、と、考えても変わってきたという。
平成が始まった頃の話をつい最近のことのように話してしまうのだが、
昭和40年頃だと戦時中の話をつい最近のことのように話す大人がけっこういた。
そんなわけで、今のうちに、
昭和40年頃の大人が話していた戦時中の話しを書き残しておこうと思う。
どこに住んでいた人なのかは覚えていないが、空襲で防空壕に入っていたときの話だと言う。
近所の人が集まって1つの壕に入るのだけれど、女の人と子供だけが壕に入っていると、
男の大人が1人入ってきたという。
男はみんな外に出て働いて、女の人でも大人より子供優先でいたというのに、
その人はブルブル怖がって子供たちと一緒に奥の方にかたまっていたと言う。
壕の中はとても暑くて、濡れた大きな布、布団から綿を抜いた、シーツか何かを
水に濡らしたものらしく、それを子供たちに被せていたという。
しかし、濡らした布と言っても、すぐに熱くなってしまって、何度も交換したと言う。
しばらくそれが続いて、空襲がおさまったら、震えていた男の人はいつのまにか
いなくなっていたということ。
それを見ていた当時は大人の男のくせに子供に混ざってだらしないとか思っていたが、
戦争が終わって普通の暮らしが続いてみると、
そんなふうに思ってはだめなんじゃないか?
これはわからない話なんだ、と、考えても変わってきたという。