姫路城つくった、の妄想の原理
研修病院にいた時、難しい症例の患者をよく任された。
私は、人の心理を分析して得意になろう、などという性格の人が大嫌いである。
ドラマにせよ、漫画にせよ、小説にせよ、私は、そういうのは見ない。そもそも精神科は薬理学であって、心理学ではないのである。フロイトの精神分析は一昔前のものである。だが、世の人は、精神科医というものを、非常に素直に誤解されておられており、精神科医は人間の心理を分析する医者と思っておられるので、その神秘性から面白がり、そういうドラマはこれからもいくらでも、つくられつづけるだろう。
そもそも、私は、精神科はラクだから、という理由でなったに過ぎない。
ただ、多少、役に立つだろうと思う事は書いておきたい。
まず、精神科は、統合失調症の患者が、9割りをしめた。だから、精神科医になるという事は、統合失調症に、詳しくなる事である。特に、患者にあった薬の選び方を知る事が大切である。
統合失調症の患者では、ICD10分類で、色々なタイプに分けられている。
だが、大きく分けて、幻聴型と妄想型に分けられる。
もっとも、妄想と幻聴は、ほとんどの場合、つながっている。だが、妄想だけ、の患者もいるし、妄想は軽度で、幻聴が強い患者というのもいる。
また、妄想の内容にしても、一つの事だけの患者もいる。こういう患者は、医者からすれば、わりと対応しやすい。また、こういう患者は、一見したところ、普通の人とかわりない。また、病院を退院して社会復帰可能な場合が、多い。医者も、その人と、話していても、その人が妄想を持っているとは、わからない。妄想の事を聞きだして、やっとわかる場合が多い。
しかし、多くの場合、妄想は一つだけではない場合が多い。いくつもの妄想を持っている患者が多い。妄想の内容はガッチリと患者の頭の中で固定してしまっていて、容易にとれるものではない。薬で、妄想がとれたり、軽減されるケースもあるが、薬が効かない治療抵抗性の患者も多い。
研修病院で、色々なタイプの患者を診たが、その中で、一人、興味深い患者の事を書いておこう。その人は、かわっていて、妄想の内容が、ころころ変わるのである。特定の妄想というのは無く、毎回、違った妄想を訴えるのである。昨日、「姫路城は私がつくった」かと言えば、今日は、「自分は江戸時代の与力だった」などと言うのである。明日は、また違う妄想を言うだろう。妄想の内容がユーモアなものなので、ベテラン精神科医は、患者の妄想に合わせて、「ああ。そうなの」と、ユーモアで対応していた。
私は、なぜ、この患者にこういう妄想が起こるのか考えてみた。
私は書く事で考える事が、多いので、患者のカルテは、ほとんど私の考察文になってしまった。この患者の私の考察を書いておこう。そして、それは、おそらく当たっていると思っている。
統合失調症の患者には、色々な精神の症状が、あるのだが、その中で、identityの喪失という症状がある。自分が自分でないような感覚である。自分が一体、何者なのか、わからなくなる感覚である。これは、患者にとっては、非常につらい症状である。
彼は自分のidentityがわからない、という症状が根本にあるのである。そして、それがわからない精神状態というのは、非常に不安なものである。彼は、その不安から、のがれようと、自分のidentityを、求めているのである。彼は、色々な物事に対して、とらわれてしまう。「姫路城は誰がつくったのか」という、問題意識が、起こると、それにとらわれて、そればかり考えてしまう。わからない、という事は、自分のidentityだけでなく、何事にしても、すっきりしないものである。彼は、その疑問に悩まされる。彼は歴史を、しっかり知っている人ではなかったが、仮に歴史をしっかり知っていても同じだろう。歴史を知っている人でも、「自分は天皇である」とか、自分は歴史上のある人物である、という妄想は、多くの患者に起こる妄想である。そういう妄想は、どう丁寧に説明しても、とれるものではない。精神科医が疲れるのも、こういう妄想を強く訴える患者に対してである。
さて、彼は、「姫路城は誰がつくったのか」という疑問にとりつかれ、悩まされる。そして、必死に考える。だが、答えは見つからない。そこで、「姫路城は誰がつくったのか、わからない」という結論になる。そこで彼の自分のidentityを求める気持ちが、その疑問と結びついて、確固たる一つの結論が出来るのである。「姫路城をつくったのは、自分である」という結論である。わからない疑問が解消されると同時に、自分とは、姫路城をつくった人間なのだ、という自分のidentityが生まれ、二つの疑問が無くなって、精神が落ち着くのである。
ただ、彼の妄想は弱く、一晩たてば、忘れてしまうので、妄想が、ころころ替わるのである。彼は、基本的にいつも、identityが、わからない不安に悩まされていて、絶えず自分のidentityを求めており、また、観念奔放もあって、色々な事に疑問を持って、それにとらわれてしまうので、こういう変わった症状が起こるのである。こういう患者は極めて少ない。
研修病院にいた時、難しい症例の患者をよく任された。
私は、人の心理を分析して得意になろう、などという性格の人が大嫌いである。
ドラマにせよ、漫画にせよ、小説にせよ、私は、そういうのは見ない。そもそも精神科は薬理学であって、心理学ではないのである。フロイトの精神分析は一昔前のものである。だが、世の人は、精神科医というものを、非常に素直に誤解されておられており、精神科医は人間の心理を分析する医者と思っておられるので、その神秘性から面白がり、そういうドラマはこれからもいくらでも、つくられつづけるだろう。
そもそも、私は、精神科はラクだから、という理由でなったに過ぎない。
ただ、多少、役に立つだろうと思う事は書いておきたい。
まず、精神科は、統合失調症の患者が、9割りをしめた。だから、精神科医になるという事は、統合失調症に、詳しくなる事である。特に、患者にあった薬の選び方を知る事が大切である。
統合失調症の患者では、ICD10分類で、色々なタイプに分けられている。
だが、大きく分けて、幻聴型と妄想型に分けられる。
もっとも、妄想と幻聴は、ほとんどの場合、つながっている。だが、妄想だけ、の患者もいるし、妄想は軽度で、幻聴が強い患者というのもいる。
また、妄想の内容にしても、一つの事だけの患者もいる。こういう患者は、医者からすれば、わりと対応しやすい。また、こういう患者は、一見したところ、普通の人とかわりない。また、病院を退院して社会復帰可能な場合が、多い。医者も、その人と、話していても、その人が妄想を持っているとは、わからない。妄想の事を聞きだして、やっとわかる場合が多い。
しかし、多くの場合、妄想は一つだけではない場合が多い。いくつもの妄想を持っている患者が多い。妄想の内容はガッチリと患者の頭の中で固定してしまっていて、容易にとれるものではない。薬で、妄想がとれたり、軽減されるケースもあるが、薬が効かない治療抵抗性の患者も多い。
研修病院で、色々なタイプの患者を診たが、その中で、一人、興味深い患者の事を書いておこう。その人は、かわっていて、妄想の内容が、ころころ変わるのである。特定の妄想というのは無く、毎回、違った妄想を訴えるのである。昨日、「姫路城は私がつくった」かと言えば、今日は、「自分は江戸時代の与力だった」などと言うのである。明日は、また違う妄想を言うだろう。妄想の内容がユーモアなものなので、ベテラン精神科医は、患者の妄想に合わせて、「ああ。そうなの」と、ユーモアで対応していた。
私は、なぜ、この患者にこういう妄想が起こるのか考えてみた。
私は書く事で考える事が、多いので、患者のカルテは、ほとんど私の考察文になってしまった。この患者の私の考察を書いておこう。そして、それは、おそらく当たっていると思っている。
統合失調症の患者には、色々な精神の症状が、あるのだが、その中で、identityの喪失という症状がある。自分が自分でないような感覚である。自分が一体、何者なのか、わからなくなる感覚である。これは、患者にとっては、非常につらい症状である。
彼は自分のidentityがわからない、という症状が根本にあるのである。そして、それがわからない精神状態というのは、非常に不安なものである。彼は、その不安から、のがれようと、自分のidentityを、求めているのである。彼は、色々な物事に対して、とらわれてしまう。「姫路城は誰がつくったのか」という、問題意識が、起こると、それにとらわれて、そればかり考えてしまう。わからない、という事は、自分のidentityだけでなく、何事にしても、すっきりしないものである。彼は、その疑問に悩まされる。彼は歴史を、しっかり知っている人ではなかったが、仮に歴史をしっかり知っていても同じだろう。歴史を知っている人でも、「自分は天皇である」とか、自分は歴史上のある人物である、という妄想は、多くの患者に起こる妄想である。そういう妄想は、どう丁寧に説明しても、とれるものではない。精神科医が疲れるのも、こういう妄想を強く訴える患者に対してである。
さて、彼は、「姫路城は誰がつくったのか」という疑問にとりつかれ、悩まされる。そして、必死に考える。だが、答えは見つからない。そこで、「姫路城は誰がつくったのか、わからない」という結論になる。そこで彼の自分のidentityを求める気持ちが、その疑問と結びついて、確固たる一つの結論が出来るのである。「姫路城をつくったのは、自分である」という結論である。わからない疑問が解消されると同時に、自分とは、姫路城をつくった人間なのだ、という自分のidentityが生まれ、二つの疑問が無くなって、精神が落ち着くのである。
ただ、彼の妄想は弱く、一晩たてば、忘れてしまうので、妄想が、ころころ替わるのである。彼は、基本的にいつも、identityが、わからない不安に悩まされていて、絶えず自分のidentityを求めており、また、観念奔放もあって、色々な事に疑問を持って、それにとらわれてしまうので、こういう変わった症状が起こるのである。こういう患者は極めて少ない。