小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

ドラマのロケ

2016-01-30 22:15:08 | Weblog
今日の、夜、いつも、行っている、バッティング・センターの前で、何かの、ドラマのようなものの、ロケをやっていた。

車に運転席と、助手席に、それぞれ、人が乗っていて、運転席の人は、学生で真面目そうな雰囲気の役で、助手席の人が、途中から、ドンと、車の窓を叩いていた。

私が、「何の撮影ですか?」と、聞いたが、タイトルは、教えてくれなかった。

まあ、ともかく、「私のブログに書いて、宣伝してあげますよ」、と言ったので、一応、書いておく。

私は、映画を作りたい、とは全く思っていない。

ただ、子供の頃から、アクションの、殺陣師とか、カラミとか、は、職業として、なりたいとは思ったことは、ないが、一度、やってみたい、と思っていた。(今でも、思っている)

それより、私の、書いた小説には、ドラマ化できるものが、多くあるよー。

私に、無断で、かってに、ドラマ化、してもいいよー。

(何て、私は、親切な人なのだろう)

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おでん(小説)

2016-01-28 04:08:32 | 小説
おでん

大東徹は、体の弱い、孤独な男だった。
シャイで、憶病で、内気で、友達なと、一人もいなかった。
彼は、孤独には、強かった、とも言えるかもしれないが、女の友達は、欲しくて欲しくて、しょうがなかった。
しかし、彼は、シャイなので、彼女の、作り方を知らなかった。
性格が、憶病なので、女に声をかけることなど、とても出来なかった。
彼は、今までの人生で、彼女を、一度も、もったことが無い。
彼は、腕を組んで、町を歩いている、カップルを見ると、
「はあ。僕も、きれいで、やさしい、彼女が欲しいなあ」
と、溜め息をつくのであった。
彼は、自律神経失調症だった。
彼は、便秘と、不眠との戦いの毎日だった。
そのため、ほとんど、毎日、アパートから、車で、20分くらいの所にある、整形外科医院に通っていた。
もっと近くにも整形外科医院は、あるのだが、そこの医院は、リハビリの医療器具が、たくさん、そろっていたからである。自律神経失調症だと、肩が凝ったり、色々な部位の、筋肉が、凝ったり、して、そのための、電子針とかがあり、また、アクアベッドという、細かい振動をする、ベッドがあり、それは、全身の筋肉の緊張を、ほぐす効果が、あったが、その細かい振動によって、便意が起こってくれる、ことが、よくあった。からである。
アパートから、整形外科医院へ、車を運転することによっても、車の振動で、便意が起こることがあった。
それで、ほとんど、毎日、その、整形外科医院に通っていた。
アパートから、整形外科医院の間には、いくつも、ローソンや、セブン・イレブンや、ファミリーマート、ミニストップ、などの、コンビニがあった。
医院からの、帰りには、腹が減ることもあり、コンビニに寄ることも、多かった。
コンビニでは、ブルーベリーのヨーグルトや、食物繊維の多い、サプリのブルーベリーの玄米ブランなどを買った。
買う店は、いつも、大体、決まっていた。
アパートに近い、コンビニである。

ある日のことである。
彼は、整形外科医院には、多くは、午前中に、行っていたが、その日は、午後に行った。
午後の、受け付けは、6時30分で、受け付け時間、ギリギリに行った。
首の電子針、と、腰のトプラと、ウォーターベットの、3つの治療を受けた。
一つの治療時間は、10分で、合計、30分である。
診療報酬の関係で、リハビリの治療機器は、3つまでしか、受けれなかった。
どんな、治療を受けても、自律神経が安定する、効果があった。
医院は、混んでいる時もあれば、わりとすいている時もあった。
その日は、1時間くらい、かかり、帰りは、7時30分を過ぎていた。
しかし、帰りの道で。
いつもの、アパートの近くの、コンビニでは、この時間では、遅くなると、ブルーベリーのヨーグルトは、売り切れになることが、ある。
なので、彼は、手前に見えるローソンの駐車場に、車を入れ、コンビニに入った。
彼は、このローソンには、一度も、入ったことがなかった。
「いらっしゃいませー」
澄んだ、美しい女の店員の声がした。
彼は、チラッと、その店員の方を見た。
彼は、びっくりした。
なぜなら、その店員は、まるで、天女かと、見間違うほど、美しかったからである。
その笑顔も、天真爛漫で、明るかった。
彼女は佐々木希の100倍、美しかった。
彼は、あまりの綺麗さに頭がクラッとして、一目ぼれしてしまった。
彼は、顔を赤くして、ブルーベリーのヨーグルトと、ブルーベリーの玄米ブランを、レジに出した。
そして、手を震わせながら、千円札を出した。
彼女は、ニコッと笑って、千円札を、受けとった。
彼女は、凛とした眼差しを彼に向け、笑顔で、
「ただいま、おでん全品70円均一セール中です。いかがでしょうか?」
と聞いてきた。
彼は、彼女の勧誘にひきずり込まれてしまっていた。どうして彼女の勧誘を断ることなど出来ようか。
「で、では、下さい」
彼は、酩酊した意識の中でこう答えた。
「ありがとうございます。何に致しましょうか?」
彼女は、嬉しそうに聞き返した。
「あ、あの。全部、下さい」
彼は、酩酊した意識の中で、そう答えていた。
「はっ?」
彼女は顔を上げ、彼の顔を疑問に満ちた目で訝しそうに覗き込んだ。
「あ、あの。何と何でしょうか?」
彼女は、眉間に皺を寄せて聞いた。
「あの、ですから全部です」
レジの横のおでんの、大きな鍋には、大根、ゆで卵、白滝、こんにゃく、がんもどき、さつま揚げ、焼きちくわ、ちくわぶ、ロールキャベツ、牛すじ、ごぼう巻、昆布巻、はんぺん、などか、それぞれ、七個くらいづつ、鍋一杯にぐつぐつ煮えていた。
彼女は、当惑した表情で、箸で、おでんをすくって、大きな容器に入れていった。
「あ、あの。本当に、いいんでしょうか。お客さま」
「ええ」
彼女は、困惑した表情て、おでんを、大きな、容器に、入れていった。
ついに。おでんの鍋は、空っぽになり、おでんを入れた大きな容器が16個、レジに置かれた。
「いくらでしょうか?」
彼は聞いた。
「あ、あの。12300円です」
彼は12300円、レジに差し出した。彼は、おでんの容器を車に運び出した。
「あ、あの。お客様」
彼女は声をかけた。
「はい」
彼は彼女に呼び止められて、立ち止った。
「あ、あの。何か、私が無理に勧めてしまったようで申し訳ないです」
女店員が言った。
「い、いえ。そんなことないです。僕、おでん、好きですから」
大東は、顔を赤らめて言った。
「でも、そんなに食べられるんですか?」
女店員が聞いた。
「ええ。食べられます」
そうは言ったものの、彼は、とても、そんなに、たくさんの、おでんを食べられる自信は全くなかった。
おでんを全部、車に運ぶと、彼は再び、店にもどって、レジに行った。
「これ。少ないですけど・・・」
と言って、彼は、彼女に一万円札のチップを渡した。
ここは日本である。チップを渡す習慣はない。
そして、店を出て、車に乗った。
「あっ。あの。お客様」
そう言って、彼女は、店を出て、彼を追いかけてきた。
彼は急いで、車のドアを閉め、車のエンジンをかけた。
彼女が、金魚のように口をパクパクさせて車をノックするので、彼は、仕方なく車の窓を開けた。
「なんでしょうか?」
彼が聞いた。
「あ。あの。お客様。こんなに頂くわけにはいきません」
そう言って彼女は、一万円を返そうとした。
しかし彼は手を振った。
「いいんです。僕のほんの気持ちです。どうか、受け取って下さい」
そう言って彼は、彼女の手を押し返した。
「それよりも・・・」
そう言って彼は、一瞬、言葉を出しためらったが、
「あ、あの。また、来てもいいでしょうか?」
と彼女に小声で言った。
客が店に商品を買いに来るのを拒む理由は、どこを探してもない。それで彼女は、
「は、はい」
と答えた。しかし、その顔は赤らんでいた。
「うわー。嬉しいな。では、また、必ず来ます」
そう言って彼は、嬉々として、車を出した。

彼は、家に帰って、おでん、を食べた。
はじめは、美味しかったが、だんだん、腹一杯になってきたが、それでも、彼は食べ続けた。
そして、全部、残さず、食べた。
食べ終わった後は、腹がパンパンに張って、動くことが出来なかった。

その日から、翌日も、その翌日も、雨の日も、嵐の日も、彼は、彼女に、会いたさに、コンビニに行った。
そして、彼女の、おでん勧誘の言葉に従って、おでん、を全部、買っていった。
彼は、どんどん太っていった。
晩年のエルビス・プレスリーのように。
それでも、彼はおでんを買い続けた。

ある日のことである。
彼は、おでんの食べ過ぎで、体を壊し、フラフラな状態だった。
彼は、いつものように、ブルーベリーのヨーグルトと、ブルーベリーの玄米ブランを、レジに出した。
女店員は、青ざめた顔をしながら、
「あ・・・、あの・・・。ただいま・・・おでん全品・・・70円均一・・・セール中・・・です。あ、あの・・・いかが・・・」
彼女は、そう、つっかえ、つっかえ、言いそうになった。
すぐに彼は、
「では、下さい。全部」
と言った。
「あ、あの。お客様。無理なさらないで下さい。お客様には、このセリフは言いたくないのです。ですが、お店に来るお客様には、必ずそう言うように、と店長に言われているので、言わないと、私、店を辞めさせられてしまうので、仕方なく言っているのです。私の本意ではありません」
彼女は、あせって、早口でそう言った。
「それに、おでん、の売れ行きがいいので、店長が、喜んで、たくさん仕入れるもので、一介の店員である私には、店の仕入れに口をはさむことは出来ないんです。許して下さい」
女店員は、必死の形相で訴えた。
「いえ。いいんです。気にしないで下さい」
大東は、微笑して言った。
女店員は、泣きそうな顔をしながら、おでんを、大きな容器に移していった。
容器は15個で、おでんの鍋は、空っぽになった。
彼は、それを、車に、運ぼうとした。
しかし、その時、すでに、彼は、おでんを運ぶ体力もなくなっていた。
彼は、おでんを、フラフラした足取りで、車に運ぼうとした。
しかし、一個目の容器を運ぼうとした、その時である。
彼は、ドッと床に、倒れてしまった。
容器の中の、おでん、が、床に散らばった。
「お、お客さん。大丈夫ですか?」
女店員が、急いで、駆け寄ってきた。
「え、ええ。大丈夫です」
大東は、微笑して言った。
「そんなこと、ありませんわ。待っていて下さい。今すぐ、救急車を呼びます」
そう言って彼女は携帯電話を取り出して119に電話した。
ピーポー、ピーポー。
けたたましいサイレンの音が鳴って、すぐに救急車が到着した。
「この方ですね。危篤の方というのは」
救急隊員が言った。
「わかりました。では、すぐに、受け入れてくれる病院を探します」
そう言って、救急隊員は、本部に連絡をとった。
しばしの後。
「受け入れ病院が見つかりました。茅ヶ崎徳洲会病院です」
救急隊員が言った。
「あ、あの。私も乗せて連れて行って頂けないでしょうか?」
玲子が聞いた。
「あなたは、この患者と、どういう関係の方なのですか?」
救急隊員が聞いた。
「あ、あの。この方が、体を壊した原因に関わっている者です」
玲子が言った。
「そうですか。では、いいでしょう」
ピーポー、ピーポー。
大東と彼女を乗せた救急車は、すぐに通行中の車をかき分けながら、茅ヶ崎徳洲会病院についた。
「大東さん。死なないで」
そう言って、彼女は、大東の手をギュッと握りしめた。
大東は、病院のストレッチャーに移し替えられた。そして、すぐに、ICU(集中治療室)に運び込まれた。
すぐに「手術中」の赤いランプが点灯した。
しばしして。
医師が憔悴した顔つきで出て来た。
「先生。大東さんは、どうでしょうか?」
玲子が聞いた。
「あなたは?」
医師が玲子に聞いた。
「付き添いの者です」
「そうですか。・・・まことに申し上げにくいことですが・・・最善の手は尽くしたのですが・・・残念ながら、助かる見込みはありません」
医師が言った。
「死んだのですか?」
玲子が聞き返した。
「いえ。まだ、意識はあります。しかし、あと一時間か、二時間が山でしょう。お会いになられますか?」
医師が聞いた。
「ええ。ぜひ」
彼女はICU(集中治療室)に入った。
「大東さん」
彼女は、まろぶように大東に駆け寄った。
大東には、点滴が取り付けられ、口には酸素マスクがとりつけられていた。
モニター心電図が、ピコーン、ピコーン、と心臓の律動の波形を示していた。
そして、医師一人と、三人の看護師が、大東を取り囲んでいた。
「大東さん」
彼女は、大東の手をヒシッと握りしめた。
「何か、お話になられますか?」
看護婦が聞いた。
「ええ」
玲子は二つ返事で答えた。
看護婦は、大東の酸素マスクを外した。
「・・・や、やあ。玲子さん」
大東は、息も絶え絶えに言った。
「大東さん。どうして、私と付き合って、と言ってくれなかったんですか。私は大東さんが好きですし、それは、大東さんも感じておられたと思います。どうして言ってくれなかったのですか?」
玲子が聞いた。
「どうしても、・・・ハアハア・・・言えなかったんです」
「なぜですか?」
玲子が聞いた。
「あ、あなたは・・・ハアハア・・・若い。僕とは・・・ハアハア・・・歳が離れ過ぎている」
「歳なんて、たいした問題じゃありません。加藤茶と綾菜は45歳も歳が離れているのに、結婚したじゃありませんか」
玲子は、唾を飛ばしながら言った。
「・・・ず、ずっと以前のことですが、ハアハア・・・あなたが、店で男のアルバイトの人と親しく話しているのを、・・・ハアハア・・・私は見て知っています。彼は、・・・ハアハア・・・あなたに、『玲子。今度の日曜、箱根ユネッサンに行こうぜ』と言って、あなたは、『うん』と嬉しそうに返事していました。あの人は、その後、店を辞めたようですけれど、・・・ハアハア・・・彼は、あなたの恋人でしょう」
大東が聞いた。
「・・・い、いえ。彼は単なる、大学の同じサークルだった単なる友人です。恋人というほどの仲ではありません」
玲子が、そう答えた。
「そうだったんですか。ははは・・・ハアハア・・・信じましょう・・・。僕は、・・・ハアハア・・・ともかく・・・ハアハア・・・あなたと彼との関係を壊したくなかったんです。だから、・・・ハアハア・・・僕があなたと、付き合う方法は、・・・ハアハア・・・おでんを買うことしか、なかったんです」
大東は、息も絶え絶えに言った。
「でも、おでんを全部、買って、それを全部、食べるなんて無茶苦茶ですわ」
「そうでしょうね。ははは。僕も・・・ハアハア・・・自分でもバカだと思っていました。・・・でも、あなたが、よそってくれた、おでんを捨てることは、・・・ハアハア・・・どうしても出来なかった」
「優し過ぎます。大東さん」
「・・・ハアハア・・・そうかも、しれませんね。でも、・・・ハアハア・・・あなたに看取られて死んでいけるのは、・・・ハアハア・・・最高に幸せです」
「死なないで下さい。大東さん。あなたは、死んではならない人間です」
「ぼ、僕には・・・ハアハア・・・二千万円、貯金があります。あ、あなたに、・・・ハアハア・・・全部あげます。・・・ハアハア・・・どうか、・・・ハアハア・・・彼と、・・・ハアハア・・・幸せになってください」
「大東さん。大東さんのくださった、そのお金を使って、私が、幸せになることなんて、とても出来ません。度を過ぎた、優しさは、残酷です」
玲子は、涙を流して、訴えた。
「い、いえ、・・・ハアハア、・・・気にしないで下さい・・・ハアハア・・・あなたの・・・幸せが・・・ハアハア・・・僕の・・・ハアハア・・・幸せ・・・ハアハア・・・なんです」
そう言うや、大東は、意識を失って、ガクッと、首が横に傾いた。
「どいて下さい」
そう言って、医師が、玲子を大東から、引き離した。
そして、医師は、彼の耳元に、顔を近づけた。
「大東さん。大東さん」
医師が、大東の耳元で、怒鳴るように、叫んだ。
しかし、大東は、全く答えない。
医師は、大東の頬をピシャピシャ叩いた。
だが、反応は無い。
医師は、グリッと、拳で思い切り、胸を押した。
だが、反応は無い。
「意識消失。JCS300」
医師が、確認の合図のように、言った。
「先生。血圧が、下がりだしました」
男の看護師が、心電図のモニターを見て、言った。
「心臓マッサージだ。私がやる。ボスミン6ml入れろ。対光反射を調べて」
そう言うや、医師は、大東の胸に掌を重ね合わせて、当て、肘を突っ張って、物凄い激しい勢いの全身のピストン運動で、心臓マッサージを開始した。
看護婦が、急いで、輸液からつながっている点滴チューブの、三方活栓から、薬液を注入した。
「ボスミン6ml、入れました」
看護婦が言った。
「対光反射、(+)です。が、さっきより弱くなりました。血圧が、どんどん下がって行きます」
ペンライトを、大東の目に当てていた看護師が言った。
「気管挿管だ。私がやる。その間、心臓マッサージを、代わってくれ」
医師が言った。
「はい」
医師は、心臓マッサージの手を離した。
代わりに、看護師が、心臓マッサージを、始めた。
医師は、患者の口を大きく開けて、マッキントッシュの喉頭鏡を口に突っ込んだ。
そして、気管チューブを口の中に、スタイレットと共に、挿管していった。
その姿は真剣そのものだった。
医者は、スタイレットをとった。
「シリンジをつけて」
医師が、言った。
「はい」
看護師が、挿入した気管チューブに、シリンジをつけた。
医師は、聴診器を大東の胸に当て、シリンジを押して、気管チューブに、空気を送り込んだ。
そして、次には、腹に、聴診器を当て、シリンジを押して、気管チューブに、空気を送り込んだ。
「よし。ちゃんと、気管に入った。私が、心臓マッサージをやる」
そう言って、医師は、看護師に代わって、心臓マッサージを、始めた。
「先生。血圧が、上がりません」
看護師が言った。
医師は、必死で心臓マッサージを続けながら、
「ボスミン12ml、追加注入」
と、言った。
看護婦が、急いで、三方活栓から、薬液を注入した。
「ボスミン12ml、入れました」
看護婦が言った。
「対光反射は?」
医師が聞いた。
「ありますが、弱くなってきいてます。血圧も、どんどん、下がっていきます」
看護師が言った。
「あっ。先生。心電図が異常です。心拍数が減ってきました」
看護師が言った。
ピコーン、ピコーンと、鳴っていた、心電図の波形の間隔が、だんだん、そして、どんどん、長くなっていった。
それでも、医師は、心臓マッサージを続けた。
しかし、ついに、心電図が、ツーと平坦になった。
「ああっ。死なないで。大東さん」
玲子が叫んだ。
しかし、医師が、いくら、激しく、心臓マッサージを、しても、心電図は、ツーと、平坦のままだった。
それでも、心臓が、動き出すのを、一抹の期待をかけてか、医師は、心臓マッサージを、続けた。
しかし、いくら、心臓マッサージを、続けても、心電図は、いつまでたっても、ツーと、平坦のままだった。
「先生。瞳孔が完全に散大しました。対光反射も、消失しました。」
看護師が言った。
それを聞いて、とうとう、医師は、心臓マッサージのピストン運動を、やめた。
そして、自分で、睫毛反射と対光反射を調べた。
そして•聴診で心音・呼吸音がないことを確認した。
そして、頸動脈を触れないことを確認した。
医師は、おもむろに、玲子に、振り向いた。
「ご臨終です」
医師が恭しく言って、玲子に一礼した。
「ああっ。大東さん」
玲子は、ワアワア泣きじゃくりながら、大東の手をギュッと握りしめた。
大東の顔には、微かな微笑が浮かんでいるように見えた。
「大東さん。大東さんのくださった、そのお金を使って、私が、幸せになることなんて、とても出来ません。度を過ぎた、優しさは、残酷です」
「あーん。あーん」
玲子は、泣きながら、彷徨うように、フラフラと病院を出た。
病院の前には、大きな車道があった。
玲子は、その車道を、渡ろうと歩き出した。
横断歩道の信号は、赤だというのに。
泣いて目が曇っていたのだろうか。
大型のダンプカーが、ゴーと、勢いよく、やって来た。
玲子は、それに気づいて、ダンプカーをチラッと見たが、足がすくんでしまったのか、動かなくなってしまった。
ダンプカーは、急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。
バーン。
玲子は、はねられ、勢いよく、吹っ飛ばされて、アスファルトの地面に叩きつけられ、頭部を激しく打った。
即死だった。
玲子の死体は、病院に運び込まれ、死体安置所に置かれた。
大東の死体も、玲子と並んで、死体安置所に置かれた。

翌日の新聞の三面記事に、小さな記事が載った。
「おでんを食べ過ぎて死んだ男と、自殺したコンビニエンス・ストア―の女店員」
という見出しだった。
「バカな男と、女だ。男は、おでんの食い過ぎで、死に、女は、つまらんフリーターで、バカな男のために、ほとんど自殺したんだからな」
と、世間の人々は、嘲笑いました。

天上から地上を見ていた、天の、神さまが天使たちの二人に、
「世界中で最も貴いものを、二つ持ってきなさい」
と言いました。
天使は、フランスに、向かおうとしました。神さまは、
「こらこら。お前たちは、どこへ行こうとするのだ?」
と聞きました。二人の天使は、
「はい。金箔を剥された、幸福な王子の像、と、それを、貧しい人達に運んで、エジプトに渡り損ねて死んだ、一羽のツバメこそが、この世の中で最も、貴い物だと思います」
と言いました。
神さまは、手を振りました。
「あれは、オスカー・ワイルドの、作った、作り話しだ。そんな物、ありはしない」
と、諌めました。
天使たちは、神さまに、諭されて、しばし、迷って、キョロキョロと、世界を見回していましたが、すぐに、顔を見合わせて、無言で、頷き合いました。そして、急いで、日本に向かいました。
そして、二人の天使は、おでんを食べ過ぎて死んだ、愚かな男と、コンビニの女店員の屍骸を、天国に、持ってきました。
神さまは、
「よく選んできた。お前たちの選択は正しかった」
と言いました。
「天国の庭園でこの二人の男女は、手をつないだまま、永遠に安らかに眠るだろう」
と神さまは、言いました。



平成28年1月28日(水)擱筆






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おでん

2016-01-28 04:05:44 | 小説
「おでん」

という小説を書きました。

ホームページにアップしましたので、よろしかったら、ご覧ください。

(原稿用紙換算40枚)

ブログにも、入れておきます。

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脊山麻理子

2016-01-27 20:35:37 | Weblog
脊山麻理子は、魅力的。

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押尾学の復活

2016-01-27 20:30:28 | Weblog
「元俳優の押尾学氏(37)が、音楽活動を再開した。23日、東京・渋谷グラッドで行われたライブイベントに出演。自身のバンド「LIV」のボーカルとして、熱唱した。」

(日刊スポーツ 1月23日(土)21時19分配信)

保護責任者遺棄致死をしておきながら、のうのうと、ライブで、復活しようという、そのあつかましい、根性が気に入った。

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焼きリンゴ(医師国家試験小説)(上)

2016-01-21 06:44:47 | 小説
焼きリンゴ(医師国家試験小説)

それは、ある冬のことだった。
哲也は、医学部の6年生で、3ヶ月後には、医師国家試験が、ひかえていた。
哲也は、毎日、毎日、猛勉強の日々だった。
哲也は、自分のアパートで、勉強する、ことが出来なかった。
ストレート・ネックで、肩や腰が凝りやすいため、アパートの机だと、前かがみの、猫背になり。また、哲也は、副交感神経優位型の、人間なので、一人だと、アドレナリンが出ないため、気合いが、入らない。なので、人のいる所でしか、勉強できなかった。
これは、医学的に言うと、「人のいる所でないと、だらけて勉強できない症候群」と言う。
そのため、昼は、大学の図書館で、勉強した。
大学が休みの日は、市の図書館で、勉強した。
そして、図書館が、閉まった後では、24時間、営業の、マクドナルドとか、ファミリーレストランで、勉強した。
しかし、アパートに近い、マクドナルドが、閉店してしまったのである。
そのため、彼は、ある、アパートに近い、ガストで、夜、遅くまで、勉強した。
彼が、夜、いつも、来るので、レストランの、アルバイトの女に、顔を覚えられてしまった。
彼女は、彼が来ると、
「いらっしゃいませー」
と、彼女は、笑顔で、挨拶した。
しかし、彼は、きまりが悪く、感情を入れず、注文をした。
彼は、いつも、ガストの、リブロステーキを注文していた。
なぜ、リブロステーキを注文するか、といえば、彼の目的は、お腹が減って、レストランで、何か、食べるのが、目的ではなく、三時間、以上も、ねばって、レストランで勉強するのが、目的だったから、である。しかし、ファミリーレストランは、食事をする所であって、勉強する所ではない。
レストランとしては、あまり、粘られては、困るのだ。
レストランが、どう思っているかは、わからない。
まあ、一時間くらいなら、レストランも迷惑ではないだろうが。
そして、実際に、食事目的で、レストランに入って、ついでに、ちょっと、食後の食休みとして、文庫本を、少し読んでから、出で行く客もいる。
そういう客は、レストランとしても何の問題もない。
また、恋人同士とか、友達同士が食事目的で入って、その後、長々と、一時間、以上、長話し、する場合だってある。
しかし、レストランは、そういう客を迷惑だとは、思っていない。
男女に限らず、人間が、二人、入ったら、無限に、お喋りは、続きうる。
しかし、レストランとしては、それは、異様なことではない。
しかし、食事をするテーブルの上に、教科書を、堂々と、開き、ノートで、カリカリと、勉強するとなると、これは、明らかに、レストランに、不似合い、である。
実際、彼は、ある別の、ファミリーレストランで、5時間、以上、粘って勉強して、「お客さん。申し訳ありませんが、レストランで、勉強するのは、ひかえて下さい」と、言われたことも、あった。
その時は、ショックだった。
それで、それ以来、彼は、腹が減っていなくても、ある程度、値段のする、料理を注文する、ことで、レストランで、勉強することを、断られないように、したのである。
時間も、3時間まで、と、決めた。
レストランも、値段のする、料理を注文されたなら、儲かるのだから、「勉強しないで下さい」とは、言いにくくなる。というか、言いにくく、しようと、いうのが、彼の作戦であった。
そして、食事を食べて、3時間、したら、出て、他の、ファミリーレストランで、勉強することにした。
彼の作戦は、成功した。
というか。
ファミリーレストランでも、店長によって、考え方が、違っていて、別に長く居てもいいよ、と、思っているような、のんびりした性格の店長もいれば、食事以外のことで、長居されたら、困るな、と思っているような、神経質な性格の店長もいる。
あるファミリーレストランの店長が、どういう性格なのか、それは、客の側からは、わからない。
ただ。一度でも、「あまり、長居して、勉強しないで下さい」と、言われたら、もう、その店では、長居でなくても、20分とか、短時間でも、勉強できにくい、雰囲気になるから、ヒヤヒヤものであった。
店長は、厨房の奥にいて、出てこないから、どんな人か、わからないのである。
そういうわけで、彼は、昼は、図書館で勉強し、(といっても、大学の方でも、図書館を遅くまで利用したい人が多いので、アルバイトを雇って、夜7時まで、開けてくれていた)、図書館が閉まってからは、ガストで、勉強した。
彼が店に入ると、
「いらっしゃいませー」
と、ある、女のアルバイトのウェイターが、愛想よく、笑顔で、挨拶した。
彼女は、いつも、小さなハート型のピアスをしていて、それが似合っていた。
しかし、彼は、黙って、事務的に、テーブルに着き、リブロステーキ・セットを注文した。
彼女は、きれいで、彼女に会えるのは、彼にとって、嬉しくもあるのだが、彼は、不愛想に事務的に答えて、彼女と、感情的には、話さなかった。
それは、彼は、彼女のような、きれいな、女には、声をかけられたことなど、ないから、たとえば、旅で、余所の遠い土地で、そういうふうに、聞かれたら、彼も、笑顔で、感情を入れて、友好的に、対話できるのだが、ここの、レストランは、勉強のために、ほとんど毎日、使わなくてはならない。なので、彼は、事務的に不愛想に答えた。彼女は、彼に好意をもっているようなので、親しい態度をとったら、「勉強、たいへんですね」などと、彼女なら、言いかねない。しかし、そんなことを言われたら、彼にとって、決まりが悪くて仕方がない。
彼女との、感情的な関係を持つか、勉強をとるか、といったら、もちろん、彼は、勉強の方をとった。もちろん、女に無縁な、彼は、女を求める欲求は、人一倍、強いが、学問の価値に比べたら、女の価値なんて、紙クズみたいに、小さなもの、というのが、彼の価値観なのである。
それを、察してか、彼女の方でも、「いらっしゃいませー」と、「ご注文は、何になさいますか?」と、店を出る時に、「ありがとうございました」、という、挨拶しか、しなかった。

ある日のことである。
冬のメニューに、焼きリンゴが、加わった。
めずらしいな、と、彼は思った。
彼は、子供の頃、焼きリンゴが、好きだった。
生の、リンゴは、酸味が強く、あまり好きではなかったが、砂糖で味つけして、甘く焼いた、焼きリンゴは、歯ごたえの感触が、よく、酸味が、砂糖で味つけされて、美味しくなり、それは、天国の美味だった。
それで、彼は、ガストの、焼きリンゴは、どんなものかと、注文してみた。
食べてみると、美味い。特別、美味い、というわけではないが、子供の頃、食べた、焼きリンゴの懐かしさ、が思い出され、また、食べる機会は、これを、除いては、無い。
ちょうど、綿アメ、や、焼きトウモロコシ、や、ケバブ、は、お祭りの時の、出店でしか、食べられないのと同じである。
それで、メニューに、焼きリンゴが、加わってから、彼は、リブロステーキ、だけでなく、焼きリンゴも、注文するようになった。
まず、リブロステーキだけを注文し、食べてから、さりげなく、国家試験の教科書を開いて、勉強し、一時間くらいしてから、テーブルにある、ボタンを押して、焼きリンゴを注文した。きれいな、アルバイトの女が、トコトコと、やって来る。そして、
「はい。ご注文は何でしょうか?」
と、笑顔で聞いてくる。
彼は、メニューを開いて、焼きリンゴを、指さして、
「焼きリンゴ、お願いします」
と言う。彼女は、
「はい。わかりました」
と、言って、厨房に向かう。
しばしして、彼女は、焼きリンゴ、を、持って、彼のテーブルにやって来る。
待っている間は、彼は、医学の教科書は、カバンの中にしまう。
それは、店へ、来るのは、勉強するのが、目的ではなく、あくまで、食事するのが、目的であり、勉強は、その、ついで、と、思わせるためであった。
その目的も、もちろんあったが、勉強で、疲れた頭を、一休みする目的もあった。
(はあ。疲れた。焼きリンゴを食べて、酷使した脳にブドウ糖を送らねば)
そう重いながら、彼は、焼きリンゴ、が、来るのを待っていた。
すぐに、アルバイトの女が、焼きリンゴ、を持ってきて、ニコッと、笑い、
「はい。どうぞ」
と、一礼して、おもむろに、テーブルに焼きリンゴ、を置いた。
彼は、いかにも、泰然自若として、紳士然として、焼きリンゴ、を食べた。
それは、もちろん、焼きリンゴ、を味わうためであることは、間違いないが、彼が、店に来るのは、こうして、食事をするためだ、ということを、協調するためでもあった。

しかし、ある時である。
それは、木枯らしが、ふいて、特に寒い夜だった。
彼が、毎回、焼きリンゴ、を注文するので、アルバイトの女は、焼きリンゴ、を持ってきた時、笑顔で、
「焼きリンゴ。美味しいですか?」
と、聞いてきた。
彼は、内心、おわわっ、と、あせった。
毎日、毎日、勉強に明け暮れ、さらには、俗なる世事に関心が向かわぬ、道学者なる彼にとって、世の女の心など、知る由もなかった。
ただ、彼女の態度から、彼女が、彼に好意を持っていることは、気づいていた。
彼は、彼女が、聞いてきたのは、焼きリンゴ、が、美味しいのか、どうか、と、いうことを、知りたい、という理由からではなく、彼に、話しかける、キッカケのためだと、感じとった。そして、それは、まず、間違いないだろう。
彼は、レストランで、勉強するのが、目的だったから、彼女の好意は、嬉しかったが、彼女と、親しくなりたくなく、それで、
「ええ」
と、小さな声で、厳格さを装って、答えた。
彼女は、彼が、無機的な態度をとったので、さびしそうに、厨房にもどっていった。
彼女が、彼に、好意を持ってくれていることは、無上に嬉しかった。
こんな機会は、彼の人生でも、めったになかった。
だから、勉強目的ではなく、単に、食事のためだけに、ガストに入っているなら、彼は、彼女と、うちとけて、心を開いて、話すことも、出来る。
自分の携帯番号と、メールアドレスを彼女に教え、また、彼女の方でも、彼女の、携帯番号と、メールアドレスを彼に教えてくれた、だろう。
というか、彼女に、メールアドレスを教えれば、きっと、彼女は、彼に、メールを送ってくれるだろう。彼に、メールを送ることで、彼女の、メールアドレスも、わかる。
そして、「一度、会いませんか」ということになって、どこかの喫茶店で会って、話して、意気投合して、親しくなり、彼の、夢である、大磯ロングビーチに、セクシーなビキニ姿をした彼女と、行くことも、出来たに違いない。
しかし、彼には、医師国家試験に通るまでは、勉強が何より、あらゆることに、優先するので、残念ながら、それは、出来なかった。

年が明け、いよいよ、勉強がラストスパートに入った。
国家試験は、二月の中旬だった。
彼は、昼間は、大学の図書館で、勉強し、図書館が閉館した後は、ガストに行って、勉強した。
そして、二月に入り、勉強は、今までの、復習と、模擬試験の復習の、ラストスパートに入った。

そして、とうとう医師国家試験の前日になった。
朝から、気合いが入った。
試験会場は、近畿大学だった。
彼は、試験会場に近い、ホテルを、あらかじめ、予約しておいた。
ホテルには、イヤーノート、パターンで解く産婦人科、100%小児科、チャート式の公衆衛生、の、教科書を持っていった。
医師国家試験の模擬試験の結果から、まず、自信は、あったが、今回から、それまでの、総合点、6割、合格、から、今回から、採点方法が、変なふうに、変更されていた。医師国家試験は4年ごとに、改定があるのだが、今年は、その年だった。総合点、6割、合格は、変わりないが、まず、必修問題というのが、決められて、それは、8割、取らなくてはならず、また、マイナー科目では、4割、以上、取らないと、足きりを、すると、厚生省は、発表していた。
彼の模擬試験の成績は、7割を切ったことがなく、合格は、まず自信があったが、必修問題で、8割、取らなくてはならない、となると、これは、油断できない試験だった。
ホテルには、他の医学部の受験生も、多く、来ていた。
国家試験が近づくと、今年は、どんな問題が、出そうだとかいう、予想問題の本が出て、彼らは、噂によると、試験前日でも、夜遅くまで、勉強するらしかった。
しかし、予想問題など、たいして当たらない、ということも、彼は、噂で聞いて知っていた。
模擬試験で、まず、合格点が出ているのだから、彼は、持ってきた、参考書を、サラサラ―と、通し読みして、ゆったり風呂に、浸かって、軽い夕食をとって、早めに寝床に入った。
彼は、朝が弱いので、モーニング・コールと、目覚まし時計をかけて、寝床に入った。
寝つきの悪い彼ではあったが、睡眠をとっておかなくては、という意識が強く働いてか、いつの間にか、眠りに就いた。

翌朝。試験第一日目である。
目が覚めると、7時、少し前だった。
モーニング・コールも、目覚まし時計のセットも、必要がなかった。
彼は、机に、向かって、サラサラッと、昨日と、同じように、参考書に目を通した。
そして、軽いトーストと、ゆで卵と、紅茶の朝食を食べてから、少ししてホテルを出た。
少し早めにホテルを出たので、試験会場は、まだ、受験生は少なかった。
彼は、自分の席の番号の席についた。
ここでも、参考書を、再度、サラサラッと見直した。
だんだん、受験生が入ってきた。
この試験を落とすと、もう1年、暗い浪人生活を送らねばならないかと、思うと、嫌が上でも、緊張感が高まっていった。
試験監督が入ってきて、試験用紙を配った。
ガヤガヤ話していた、受験生たちも、しんと静かになった。
「はじめ」
の合図で、受験生は、一斉に、パラパラと試験用紙をめくった。
第1日は、一般問題、2つと、量の少ない、臨床問題、一つだった。
試験が、始まるまでは、緊張感で張りつめていたが、いざ、問題を解き出すと、だんだん、落ち着いてきた。
試験問題は、5者択一だが、しぼりきれず、二者択一となる、問題が、結構、多かった。
そういう問題は、模擬試験の時も、そうしていたが、一応、一番、正しいと思われる、ものに、マークして、△マークをつけて、後で、熟考することにしていた。
最初の問題が、終わると、ほっとした。
その後の、2つの試験は、リラックスして受けれた。
だいたい、大丈夫、だという感触があった。
ただ、必修問題で、しっかり、取れているか、が、気にかかった。
試験会場を出ると、すでに、今日の問題の、正解を配っている人がいた。
国家試験の予備校の人である。
どうして、そんなに、すぐに、解答を配れるのかは、わからなかった。
試験問題は、試験が終われば、持って帰れる。
しかし、試験問題を持って帰れるのは、受験生だけである。
厚生省が、国家試験の予備校にも、試験問題を一部、試験終了とともに、配っているとも思えない。
ただ、試験が終わったら、受験生は、試験問題を持っているので、それを、予備校の講師が、見せてもらって、猛スピードで、解いて、解答を出しているとしか思えない。
しかし、実際のところは、どうなのかは、わからない。
もちろん、彼も、解答の紙を受けとって、電車に乗り、ホテルにもどった。
1日目の問題は、2日目の問題の傾向が、わかりやすい、と、言われているが、彼は、1日目の、問題の、答え合わせは、しなかった。
他の人なら、答え合わせする人の方が、圧倒的に多いだろうが、彼はしなかった。
それは、もう、済んでしまった試験であり、採点して、いたずらに、気持ちが動揺しないように、という理由からである。
気持ちが、動揺して、眠れなくなることのリスクの方が、大きいとも、思っていた。
それに、模擬試験の結果から、まず、合格できる実力はあるのだから、小賢しいことに気を使わず、堂々と、していた方が精神的に、いいと、思ったからである。
精神の安定が、彼にとって、何より大事だった。
1日目の試験が終わって、高まっていた緊張感が、ぐっと解けていた。
彼は、風呂に浸かり、参考書を、パラパラッと、見直して、軽い夕食を食べて、モーニング・コールと、アラームをセットして、寝床に入った。
気持ちが、リラックスしていたので、その晩は、すぐに寝つけた。

2日目の朝となった。
泣いても、笑っても、今日で、試験は終わりである。
朝は、昨日と、大体、同じに、7時頃に目が覚めた。
彼は、机に向かって、パラパラッと、参考書に目を通した。
そして、軽い朝食を食べて、カバンを持って、ホテルをチェック・アウトした。
2日目は、ぐっと、気持ちがリラックスしていた。
2日目は、2つの試験で、2つとも、臨床問題である。
一般問題より、臨床問題の方が、頭を使うが、1日目の、3番目の試験は、量は少ないが、臨床問題なので、それが、予行練習となっていたので、それほど、緊張しないで解くことが、出来た。
1日目と、同様、試験問題は、5者択一だが、しぼりきれず、二者択一となる、問題が、結構、あった。
そういう問題は、1日目と同様、一番、正しいと思われる、ものに、マークして、△マークをつけて、後で、熟考することにした。
2番目の問題も、終わった。
試験が終わった時には、
(ああ。全力を出し切った)
という満足感があった。
ともかく、張りつめ続けていた、気持ちが、全部、吹っ飛んだ。
採点していないが、手ごたえは、十分、あった。
試験場を出ると、昨日と同じように、今日の試験問題の解答を配っている人がいたので、それを、受け取った。
手ごたえは、あったが、必修問題で、8割、取れているか、は、すごく気にかかっていた。
今すぐにでも、採点したい気持ちを押さえて、彼は、近くの喫茶店に入り、急いで、採点した。
総合点は、6割合格の試験で、7割5分、あったので、問題は、全くなかった。
しかし、必修問題を採点すると、78%だった。
彼はあせった。
(総合点で、十分、取っているのに、必修問題で、2点、足りないだけで、落とされるんだろうか?)
まさか、と思いつつ、その悩みは、深刻だった。
しかし、まさか、そんな理不尽なことは、しないだろう、という考えも、一方で、強くあった。試験後、すぐに配られる国家試験の予備校の解答は、必ずしも、100%、正確というわけではない。また、国家試験は、不適切問題、というのが、毎年、2~3問、ある。
試験は、マークシート形式だから、採点は、早く出来るはずだが、国家試験の合否の発表は、1ヶ月後である。国家試験の模擬試験の、全国の平均点は、ちょうど、6割くらいであり、それは、本試験でも、同じである。ちょうど、合否をわける60点、前後をとった受験生が、圧倒的に多く、そのため、厚生省としても、合否の決定は、慎重にする。
不安な思いのまま、彼は、アパートに帰り、コンビニの幕の内弁当を買って食べて寝た。

翌日になった。
彼は、必修問題で、2点、足りないことが、気にかかって仕方がなかった。
それで、彼は、医師国家試験の模擬試験や、医師国家試験の予備校、医師国家試験用の参考書などを出版している、大手の、(株)TECOMに電話してみた。
すると、(株)TECOMでは、
「総合点は、6割、越しているが、必修問題で、8割、取れていない、私と、同じような人からの、問い合わせが、殺到している」
「今回の試験では、必修問題での、8割、での、足きり、や、マイナー科目での、4割、以下、の足きりは、しないだろう」
という答えが、かえってきた。
彼は、それを聞いて、ほっと、胸を撫で下ろした。
医師国家試験は、資格試験であるから、運転免許試験と同じであり、規定の点数が取れていれば、合格となるはずなのだが、それは、建て前的な、要素があるのである。
国家試験の、過去の合格率でも、大体、いつも、9割、に近い、8割台で、続いている。
医師国家試験は、合格率、9割の、選抜試験的な面があり、受験生100人に対し、10人、落とす試験、と、毎年、なっている。
そのため、厚生省としても、合否の決定は、1ヶ月かけて、慎重にする。
しかし、TECOMで、私と同じように、総合点では、合格点なのに、必修問題で、8割、取れていない受験生が多い、ということと、今年は、必修問題での、8割、の、足きりは、無いだろう、という、ことを聞いて、彼を悩ませていた、不安は、一気に、取り除かれた。
まず、合格できる、だろうと、彼は、強く確信した。
総合点で、75%も、取っているのに、それでも、落とせるものなら、落としてみろ、という、開き直り、の気持ちに、彼は、なっていた。
不安が、一気に吹っ飛んだ。
それまで、医学部の中間試験、期末試験、そして、国家試験と、試験に次ぐ、試験の日々を送ってきたが、もう、これで、試験はなくなるのだ。
そう思うと、試験、という今まで、のしかかっていた重圧が、全て吹き飛んだ。
彼は、歌でも歌い出したい気分になった。
医者になっても、たえず、進歩する、医学の勉強は、一生、しなくては、ならないが、合否を分ける試験というものは、もう、無いのだ。
あらゆる、束縛から、解放されて、彼は、自由の身になった喜びを感じていた。
思えば、医学部に入ってからというもの、試験に次ぐ、試験の毎日だった。
それが、試験のない時でも、潜在意識として、彼の心の重荷になっていた、学生生活だった。
いつの間にか、それが、当たり前の、生活と思うようになっていた。
しかし、国家試験が、終わって、潜在意識で、絶えず、彼を圧していた、重荷から解放されて、彼は、羽が生えて、飛べるかのような、解放感、自由の有り難さを、あらためて、ひしひしと感じた。
医学部といえども、入学して2年間の教養課程は、比較的、楽であり、遊ぶゆとりの時間があった。
特に、1年は、楽で、実習もなく、ほとんど、みな、車の免許を取り、授業には、出ず、アルバイトに励んでいた。
100人のクラスで、授業に出ているのは、10人もいない授業も多かった。
1年の時は、法学だの、美学だの、人類学だの、の授業があったが、講師が、早口で、まくしたてるだけで、何を言っているのか、さっぱり、わからなかった。
それでも、彼は、数人の、授業に出ている、真面目な生徒と、出席し、そして、彼らと、友達になった。
3年からは、基礎医学が始まって、一気に、医学一辺倒の勉強になった。
もう、3年からは、遊べなかった。
ひたすら、分厚い医学書で、医学の知識の、詰め込みである。
人間は、机に向かって、頭ばかり、使っていると、体を動かしたくなるものである。
他の生徒は、部活の運動部で、その生理的欲求をはらしているのだろうが、彼は、集団に属することが嫌いで、部活には入らなかった。

彼は、久しぶりに、琵琶湖バレースキー場に行った。
琵琶湖バレースキー場は、2年の冬に行ったのが、最後だった。
彼は、うんと、思うさまゲレンデを滑った。
スキーの技術は、衰えていなかった。
一度、身につけた技術が、衰えるということはない。
それで、その後には、近くにある、テニススクールに、スポットレッスンという、スクール生でなくても、随時、一回、一定の料金を払えば、スクール生と、一緒に、レッスンを受けられる、テニススクールがあったので、そのテニススクールで、久しぶりに、テニスをやった。
彼は、大学一年の頃、しばしば、スポットレッスンで、そのテニススクールで、レッスンを受けたことがあった。
そして、大阪へ行って、市内観光バスで、大阪市内を見学した。
国家試験直後に、十分、休みをとったら、また、脳に、活動したい欲求が起こってきた。
それで、彼は、毎日、小説を読んだ。
医学の、ややこしい、本を読み続けてきた、ために、頭の回転が、良くなっていて、小説、や、文学書は、一気に、かなり速く読めた。

そうこうしている内に、卒業式が行われた。
男は、スーツに、ネクタイで、女は、着物だった。
彼は、スーツを持っていないので、友達に、スーツを借りた。
長い、勉強一色の六年間だった。
しかし、もう、これで、クラスメートと会うことも無い。
彼は、本当は、実家に近い、横浜市立大学医学部に入りたかったのである。
国公立は、二校、受験できたが、横浜市立大学医学部は、東京に近いためか、偏差値が、少し高く、もちろん、彼の第一志望で受験したが、最終的には、合格できなかった。
それで、彼は、第二志望として、群馬大学医学部も、考えた。
群馬大学医学部は、国立だが、なぜか、偏差値は、そう高くなく、模擬試験でも、十分、合格の判定が出ていた。
しかし、彼は、第二志望として、群馬大学医学部は、考えなかった。
なぜか、というと、群馬大学医学部は、二次試験が、なぜか、数学と国語だったからである。それと、小論文であった。
彼は、ガチガチの論理的思考型理系人間なので、英語や、数学や、理科、は、得意だったが、物事を大づかみに理解する、文科系学問である、国語や社会は、苦手だった。もちろん、小論文も苦手だった。
模擬試験の総合偏差値の結果では、入れる可能性が十分あったが、それは、理系の学科で、点数をかせいでいる、のであって、二次試験の、国語や小論文で、入れるか、どうかは、非常に不安だった。
彼は、カケをしない性格であった。
彼は、危険なバクチは、しない。
東北や沖縄の国公立医学部では、遠すぎる。
それで、彼は、本州の国公立医学部で、家から、大学まで、新幹線で、五時間で、行ける、奈良県立医科大学を、第二志望に選んだ。
奈良県立医科大学の、二次試験は、英語、数学、理科二科目、で、小論文もなく、彼にとって、得意な学科で、勝負できた。しかも、奈良県立医科大学は、一次試験よりも、二次試験の配点の方が、高かった。
なので、彼は、第二志望に、奈良県立医科大学を選んだのである。
そして、合格した。
もしかすると、第二志望で、群馬大学医学部を受験していても、入れたかもしれない。
しかし、それは、わからない。
彼は、危険な賭け、は、しない主義だった。
試験は、合格か不合格かの、全か無か、なのである。
そのため、彼は、安全策をとって、奈良県立医科大学を第二志望として受験し、そして無事、合格した。
しかし、彼は、関西が肌に合わなかった。
そのため、彼は、卒業前の6年の夏に、横浜市立大学医学部の内科に、入局の願いをしていたのである。そして、大学の方でも、それを、快く認めてくれたのである。

卒業式が終わって、数日後に、国家試験の発表の日が来た。
発表の場所は、大阪の、厚生局事務所だった。
近鉄大阪線に乗って、彼は、大阪の、厚生局事務所に行った。
受験番号「4126」
彼は、まず、大丈夫だろうと、思いつつも、一抹の不安も、持っていた。
必修問題で、8割、行かず、78点だったからだ。
しかし、掲示板に、彼の番号はあった。
ほっとした。
「やった。これで、オレは、医者になれたのだ」
「もう、厳しい試験勉強をしなくてもいいのだ」
そういう思いが、胸から、沸き上がってきた。
これで、彼は、完全に、ほっとした。
彼は、近鉄大阪線で、アパートに帰った。

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焼きリンゴ(医師国家試験小説)(下)

2016-01-21 06:42:36 | 小説
アパートに着いた彼は、久しぶりに、彼は、ガストの、焼きリンゴ、を食べたくなった。
リブロステーキも。
そのため、彼は、ガストへ行った。
国家試験が終わって、合否の発表まで、一ヶ月あり、その間、一度も、ガストには、行かなかったので、一ヶ月ぶりである。
もう、勉強するためではなく、食事を味わうためである。
しかし、食後、小説を読もうと、カバンに、小説を数冊、入れて、持っていった。
久しぶりに、彼に、好意を持ってくれている、アルバイトの女性に会えるのが、非常に、楽しみだった。
彼は、事務的な、受け答えではなく、彼女に話しかけられたら、彼も、感情を入れて、対話しようと思った。
レストランで、受験勉強をしていた時は、試験に、合格できるか、どうかの、一世一代の、大きな、試練だったので、彼女に、心を開けなかったのだが、今は、もう、医師国家試験に合格した、立派な医者である。
まだ、一人前ではないが、法的には、医者である。
彼女が、「焼きリンゴ、美味しいですか?」と、聞いてきたら、「ええ。とっても、美味しいです」と、笑顔で、嬉しさを込めて、答えようと思った。
そして、彼女との、会話も、弾んで、携帯電話の番号や、メールアドレスも、教えあって、「いつか、どこかの、喫茶店で、お話しませんか」ということになって、どこかの喫茶店で会って、話す。そして、意気投合して、夏には、リゾートプールで、抜群のプロポーションのビキニ姿の彼女と、手をつないで、プールサイドを歩く。などという、想像が、どんどん、ふくらんでいった。
高鳴る気持ちを押さえながら、ガストのドアを彼は、開けた。
「いらっしゃいませー」
アルバイトの女の店員が声を掛けた。
しかし、そのアルバイトの店員は、彼女ではなかった。
彼は疑問に思いながらも、あるテーブルについた。
「何になさいますか?」
アルバイトの女が彼の所に来て聞いた。
「リブロステーキを、お願いします」
そう彼は、注文した。
しばしして、アルバイトの女が、リブロステーキを持ってきた。
彼は、リブロステーキを食べた。
受験前の勉強の時は、疲れた頭を休める休息のための食事だったが、潜在意識に、受験の緊張感が、いつもあったので、料理を、ゆっくり味わう、ことが出来なかったが、全ての肩の荷が降りて、純粋に、食事のために、味わう、リブロステーキは、格別に美味しかった。
リブロステーキを食べ終わると、彼は、カバンから、文庫本を取り出して、読んだ。
彼は、森鴎外の、「渋江抽斎」の続きを、読み始めた。
彼は、学生時代中に、森鴎外の、素晴らしさに、気づき、森鴎外の、歴史の短編小説を読んでいたが、「渋江抽斎」は、長く、国家試験の勉強が、始まってからは、勉強一色の毎日になってしまったので、とても、長編小説は、読む時間がなくなり、国家試験が終わってから、読もう、と、思っていた。
「渋江抽斎」は、特に、ストーリーのある、話しではないが、森鴎外の、文章は、読んでいて、心地良い、不思議な魅力があった。
しかし、彼は、一方で、あの、アルバイトの女は、どうしたんだろう、と、そのことが、気にかかっていた。
もう少し、待てば、来るかもしれない、と、思いながら、彼は、小説を読んだ。
一時間くらい経った。
しかし、彼女は、来ない。
彼は、読書の一休みとして、テーブルのブザーを押した。
アルバイトのウェイトレスがやって来た。
「はい。ご注文は何でしょうか?」
新しいアルバイトのウェイトレスが聞いた。
「焼きリンゴ、を、下さい」
と、彼は言った。
「はい。わかりました」
そう言って、アルバイトの女は、厨房に戻って行った。
しばしして、ウェイターは、焼きリンゴ、を、持ってきた。
そして、焼きリンゴ、を、テーブルの上に置いた。
「あ、あの・・・」
アルバイトのウェイトレスが話しかけてきた。
「はい。何でしょうか?」
彼は、聞き返した。
「お客さま。もしかして、一ヶ月、ほど前まで、毎日、夜に、ここへ来ていた、お客さまでは、ないでしょうか?」
アルバイトの女が聞いた。
「え、ええ」
彼は、どうして、彼女が、それを知っていて、そんな質問をするのだろうか、と疑問に思いながら、聞いた。
「やっぱり、そうでしたか」
アルバイトの女が納得したような口調で言った。
「一体、どういうことでしょうか?」
彼は、どういうことなのか、さっぱりわからず、疑問に思って聞いた。
「お客さまが、来ていた時、髪の長い、ハートのピアスをした、女のウェイトレスが、いたのを、お客さまは、覚えていらっしゃるでしょうか?」
アルバイトの女が聞いた。
「ええ。覚えています。今日は、彼女は、休みなのでしょうか?」
彼は聞いた。
「いえ。一週間前に、やめました」
アルバイトの女が言った。
「ええっ。そうなんですか?」
彼は、驚いて、思わず、大きな声を出した。
「ええ。それで、ここで、求人の広告があったので、私が、一週間前に、彼女がやめる日に、彼女と、入れ代わるように、私が、勤め始めたんです」
と、アルバイトの女が言った。
「私は、彼女と、一日だけですが、一緒に働きました。彼女が、やめる日です。そして、彼女は、さびしそうな顔で、こう言ったんです。『もし、私が辞めたあとに、万一、リブロステーキと、焼きリンゴ、を、注文する、学生くらいの歳の男のお客さまが来たら、この手紙を渡して下さい』と。そう言って、彼女は、辞めていきました」
これがその手紙です、と彼女は言って、一通の封筒を、テーブルの上に置いた。
そして、アルバイトの女は、厨房に戻って行った。
彼は、急いで、封筒を開けた。
中には、手紙が入っていた。
それには、こう書かれてあった。
「焼きリンゴ様。こういう、呼び方をすることを、お許し下さい。私は、あなた様の、名前を存じませんので。あなた様が、店に来られるのは、私の、密かな楽しみでした。率直に、言いますが、私は、あなた様を好きでした。あなた様が、店に来られる時、私の胸は高鳴りました。しかし、一方、あなた様が、私のことを、どう思っているのかは、どうしても、分かりませんでした。私が、あなた様と、懇意になりたくて、親しく話しかけても、あなた様は、感情を出さないで、事務的に、答えるだけで、あなた様の、私に対する気持ちは、どうしても、分かりませんでした。しかし、もしかすると、私に好感を持って来ていてくれるのではないか、とも思っていました。毎日、店に来て下さるのですから。外食は、値段が高く、自炊したり、自炊しないのであれば、コンビニ弁当を買って食べた方が、ずっと、安いはずです。それでも、来るのは、私が目的、なのではないだろうか、と、私は、思いました。男の人は、特に、気難しい、神経質な性格の人は、女の人を、心の中で、好いていても、それを、素直に感情に表わさない、または、表せない人もいる、ということは、聞いて、知っていました。あなた様は、そのタイプなのだろうかと思いました。しかし、あなた様は、とうとう来なくなりました。私は、その時、確信しました。あなた様は、私に対して、特別な感情は、持っていないのだと。そして、あなた様には、親しくしている女の人が、いるのだろうと。それで、三週間、来なかったら、店を辞めようと思いました。私も生活が楽ではなく、田舎に帰って、見合いすることを、親に勧められていました。それを、断って、店のアルバイトを続けていたのは、あなた様に、会いたい一念からでした。しかし、あなた様は、来なくなりました。さびしいですが、私は、田舎に帰ります。私の実家は熊本です。ただ、私の、切ない胸の内は、どうしても、告げておきたくて、手紙を、新しく入った、アルバイトに、渡して、あなた様が、万一、来たなら、渡して欲しい、と、頼みました。さようなら。幸せになって下さい。かしこ」
読み終えて、彼は、顔が真っ青になった。
彼は、テーブルのブザーを押して、ウェイトレスを呼んだ。
ウェイトレスは、すぐに、やって来た。
「はい。ご注文は、何でしょうか?」
ウェイトレスが聞いた。
「いや。注文ではありません。この手紙の女の人の住所か、連絡先は、わかりませんか?」
彼は聞いた。
「・・・い、いえ。わかりません」
ウェイトレスが言った。
「そうですか。店長は、いますか?」
「はい。います。厨房の奥にいます」
「店長と、ちょっと、話しがしたいのですが、呼んでいただけないでしょうか?」
「どんなご用件でしょうか?」
「それは、会ってから、話します」
「わかりました」
そう言って、ウェイトレスは、厨房に戻って行った。
すぐに、中年の男が、やって来た。
ウェイトレスと一緒に。
「私が、この店の店長です。お客さま。ご用は何でしょうか?」
中年の男の店長が聞いた。
「まあ、掛けて下さい。といっても、あなた店ですが・・・」
そう言って、彼は、店長に、座るように、手を差し出して、促した。
言われて、店長は、彼のテーブルに、彼と向かい合わせに座った。
「ご用は何でしょうか?」
店長は、再び、同じ質問をした。
無理もない。客が、店長を、呼び出して、話す、ということなど、まずない。料理に、ケチをつける客なら、もっと、乱暴な口の利き方をするはずである。
彼は丁寧な口調で話し出した。
「一週間前まで、この店で、働いていた、アルバイトの女の人が、いましたよね。耳にハートのピアスをした。そして、彼女は、一週間前に、この店を辞めましたよね」
「ええ。それが何か?」
店長は、彼を、訝しそうな目で見た。
「彼女の、住所か、電話番号か、何か、彼女の身元は、わかりませんか?」
彼は聞いた。
「それを、調べて、どうするのですか?」
店長が聞き返した。
「彼女に会いたいんです。お願いします」
そう言って、彼は頭を下げた。
店長は、困惑した表情になった。
「・・・しかし、そう言われましても。お客さまに、店員の個人情報を、お教えすることは、出来ないのですが・・・」
店長は、困った様子で言った。
「そこを、何とか、お願いします。さっき、ウェイトレスから、彼女からの、手紙を、受け取りました。これが、それです。ちょっと、これを読んでください」
そう言って、彼は、手紙を店長に手渡した。
店長は、手紙を、受けとると、すぐに、手紙に目を走らせた。
そして、読み終えると、彼に目を向けた。
「そんなことが、あったんですか。全然、知りませんでした。それで、お客様は、何のために、彼女に会いたいのでしょうか?」
店長が聞いた。
「彼女の誤解です。私は、彼女を好きでした。今でも、好きです。彼女が誤解したまま、田舎に帰って、見合いしてしまうのは、私にとっても、彼女にとっても、やりきれないことです。ですから、どうか、彼女の身元を知っていたら、教えて欲しいのです」
彼は、熱心に、そう店長に頼んだ。
店長は、しばし、思案を巡らしている様子だった。
しかし、少しして、店長は、口を開いた。
「わかりました。そういう事情なら、特別に、お教え致しましょう。ちょっと、待っていて下さい」
そう言って、店長は、厨房に戻って行った。
そして、また、すぐに、彼のテーブルに戻ってきた。
店長は、テーブルに、彼と、向き合うように座った。
そして、彼にメモを差し出した。
メモには、住所が書いてあった。
「これが、彼女の住所です。彼女の履歴書をまだ捨てていませんでした」
そう店長は、言った。
「どうも、有難うございます」
彼は、深々と頭を下げると、彼女の住所を、スマートフォンに入力した。
彼は、レシートを持って立ち上がった。
そして、レジで、リブロステーキと、焼きリンゴの代金を払って、店を出た。
店の前の、道路を待っていると、すぐに、空車の赤ランプ、のついた、タクシーがやってきた。
彼は、手を上げて、タクシーに乗り込んだ。
「この住所の所まで、お願いします」
そう言って、彼は、タクシーの運転手に、彼女の住所のメモを渡した。
「わかりました」
そう言って、タクシーの運転手は、車を走らせた。
10分、ほど、タクシーは、走って、その住所の所に着いた。
同じ市内だが、そこは、彼の行ったことのない場所だった。
二階建ての、10棟の、集合住宅だった。
彼は、彼女の、部屋番号である、203号の前に立った。
表札には、「安藤美奈子」と、書いてあった。
彼は、勇気を出して、チャイムを押した。
ピンポーン。
チャイムが、部屋の中で響く音が聞こえた。
「はーい」
女の声がして、パタパタと、玄関に向かって、走ってくる音が聞こえた。
「どなたさまでしょうか?」
ガチャリ。
戸が開いた。
「こんにちは。いや、はじめまして。いや、はじめて、ではないですね」
と、彼は、笑って挨拶した。
「あっ」
彼女の顔は、真っ赤になった。
彼女は、何と言っていいか、わからない様子で、困っている。
「あの。おじゃまして、よろしいでしょうか?」
彼の方から聞いた。
「は、はい。どうぞ。お入り下さい」
彼女は、あせって言った。
彼は、彼女の部屋に入っていった。
部屋は、まるで、入居前のように、きれいにかたづけられていて、段ボールが、何箱も、積まれていた。
「私のことを、覚えていて下さっているのでしょうか?」
彼女がおそるおそる聞いた。
「ええ。はっきりと、覚えていますよ。ガストで、アルバイトしていた人ですよね」
彼は、余裕の口調で堂々と言った。
「あの。さっき、ガストへ、行ってきたんです。そして、あなたと入れ替わりに、新しく入ったアルバイトのウェイターから、あなたの、私に宛てた手紙を受け取りました。それで、店長に、あなたの住所を聞いて、そのまま、やってきたんです」
彼は、穏やかな口調で言った。
「そうだったんですか。お手数を、おかけしてしまいまして、申し訳ありません」
彼女は、丁寧な口調で言った。
「手紙、読みました。このように、荷物がまとめられているのは、実家の熊本へ帰るためですか?」
彼は聞いた。
「え、ええ。明日、宅配便で、実家に送って、明日、ここを出る予定です」
彼女が言った。
「そうだったんですか。それは、ちょうど、よかった」
彼が言った。
「何が、良かったのでしょうか?」
彼女が聞いてきた。
「美奈子さん。僕は大東徹と云います。あなたの手紙、読みました。私は、あなたを、悩ましていたのですね。申し訳ありませんでした」
そう言って、彼は、両手をついて、彼女に深々と、頭を下げた。
「いえ。変な手紙を、お渡しして、しまって、申し訳ありません。あんな手紙を読まれてしまって恥ずかしいです」
彼女は謝った。
「いえ。私の方こそ、あなたに、変な態度をとって、あなたを、悩ましてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
彼も謝った。
「変な態度、って、どういうことでしょうか?」
美奈子が聞いた。
「つまり、あなたが、親しく話しかけてくれたのに、私が不愛想な態度だったことです」
彼は言った。
「いえ。私に、気がないのですから、変でも、何でもありません」
美奈子が言った。
「美奈子さん。正直に言います。実は、僕も、あなたの、笑顔や、温かい心が、とても、嬉しかったんです。僕も、あなたと、親しくなりたいと思っていたんです」
そう言って、彼は、彼女の手をとった。
彼女の手は、冷たかった。
「ええっ。本当ですか?」
彼女の表情が、一気に変わった。
「ええ。本当です。あの時、僕は、人生の生死を分けるほどの、試験である、医師国家試験の勉強が最大のことだったんです。僕は、実は、ガストへ、毎日、行っていたのは、勉強するのが目的、だったんです。僕は、一人では、緊張できなくて、勉強できなくて。あなたが親しく話しかけてきても、合格するまでは、勉強を最優先にしたい、と、思っていたんです。そのため、あなたの、親しげな、話しかけも、合格するまでは、感情を現さないように、と、勤めていたんです。それで、試験に合格できて、やっと、あなたと、親しく話せると、思ったら、こういうことになっていて、あせって、やってきたんです」
彼は、強い口調で、一気に言った。
「本当ですか?」
彼女は、まだ信じられない、という感じだった。
「ええ。本当です。僕は、ストレート・ネックで、肩が凝りやすく、また、意欲が出にくいため、人のいる所でないと、勉強できないんです」
と、彼は言った。
だが、彼女は、まだ信じられない、という顔つきだった。
「美奈子さん。よろしかったら、お付き合いして頂けないでしょうか?」
彼は、そんな大胆な告白をして、彼女の手を、そっと、握った。
「本当なんですね?。本当なんですね?」
彼女は、何度も聞き返した。
「ええ。本当です」
彼は、キッパリと答えた。
ここに至って、やっと、彼女は、彼の言っていることを信じたようだった。
「嬉しいわ。大東さん」
そう言って、美奈子は、泣いた。
「では、田舎へ帰るのは、思いとどまって、くれますか?」
「ええ。もちろんです。田舎へ帰るのも、親のすすめで、見合い結婚するのも、私の本意では、ありませんもの」
彼女の目からは、涙がポロポロ流れていた。
「よかったー」
彼は、美奈子の手を力強くギュッと握った。
「大東さん。ちょっと、待っていて下さい」
と、言って、彼女は、台所に向かった。
彼は、座ったまま、彼女を待った。
オーブンが鳴って、彼女は、何やら、料理しているようだった。
しばしして、彼女は、皿をもって、戻ってきた。
そして、それを机の上に乗せた。
それは、焼きリンゴだった。
「はい。大東さん。焼きリンゴです。大東さんが、焼きリンゴが、好きなので、付き合うようになったら、私が作ってあげたい、と、思って、作り方を、覚えたんです」
彼女は、ニコニコ笑いながら言った。
「美奈子さん。そんなことまで、してくれていたなんて、嬉しいです」
彼は言った。
「いえ。そんなことよりも、召し上がって下さい」
「はい」
彼は、彼女の作った焼きリンゴを食べた。
「うーん。レーズンと、シナモンの味が、美味しいです。ガストの、焼きリンゴより、美味しいです。もっとも、ファミリーレストランの料理は、冷凍してあるものを、解凍するだけですから、当然ですが」
「お気に召して下さって、嬉しいです。大東さんに、食べて頂くことが、楽しみだったんです。それが、出来なくなって、とても、さびしかったんですが、食べて頂けて、すごく嬉しいです」
彼女は、ウキウキした、顔で言った。
「美奈子さん。僕は、地元の神奈川県に引っ越します。そして、横浜市立大学医学部の医局、に入局して、二年間、研修することになります。ですから、僕は、横浜に引っ越します。美奈子さんは、こっちに残りますか。それとも、横浜に来ますか?」
「私も、横浜に行きます」
美奈子は、即座に答えた。
「お仕事とか、住まい、とか、大丈夫ですか?」
彼が聞いた。
「ええ。何とかします」
彼女は、即座に答えた。
彼女は、そう言ったが、彼女が仕事を見つけられるか、大丈夫だろうかと、彼は不安に思った。
しかし、あまり、立ち入ったことを聞くのも、彼女に対して、失礼だと思って、彼は、具体的なことは、聞かなかった。
それに、彼女は、しっかりした性格のように見えて、彼女なら、きっと、何かの仕事を見つけられそうにも見えた。
「そうですか。研修医の二年間は、給料は、少ないですが、二年の研修が、終わって、病院勤めの、勤務医になれば、給料は、ぐっと、高くなります。二年間、辛抱して頂けませんか?」
「はい」
彼女の、彼を慕う強い思いを、彼は感じとった。
「美奈子さん。さっそく、明日にでも、どこかへ行きませんか?」
彼も、自分の彼女に対する想いが、本当であることを、できるだけ早く、彼女に実感させたくて、そんな提案をした。
「は、はい」
彼女は、二つ返事で答えた。
「僕、京都には、行ったこと、ないんです。京都でいいですか?」
「はい」
美奈子は、即座に答えた。

翌日、大東と、美奈子は、早春の京都に行った。
二人は、清水寺や、平安神宮、金閣寺、嵐山、などを見て回った。
彼は、家から、奈良へ行く時、東海道新幹線で、京都で降りて、近鉄京都線で、橿原市に行っていた。京都は、乗り換えで、プラットホームからは、いつも見ていたが、勉強が忙しく、六年間で、一度も、京都、見物をしたことがなかった。
京都は、大阪と違って、心が落ち着く町だった。
特に、初めて見る、金閣寺に、彼は、圧倒された。
彼は、寺の建築美が好きだった。
しかし、彼は、人の来ない、さび、のある、無名の、古寺、荒れ寺、などの方が好きだった。
そういう、さびしい物の方が、幽玄さ、や、想像力を、かきたてられた、からである。
しかし、金閣寺は違った。
彼は、金閣寺の美しさに、胸が震えるほどの感動を覚えた。
三層作りの、この寺は、一層は、貴族の寝殿造り、二層は武家造りで、三層は禅宗様式である。二層、三層は、まぶしいほどの金箔であり、寺というには、あまりにも、優美すぎた。
その、違和感が、金閣寺の魅力なのかもしれない。
また、寺に面した、物音一つしない、小さな鏡湖池は、明らかに、金閣寺から眺めてみて風流を楽しめるのが、一目瞭然だった。
釣り殿など、家に居ながら、釣りを楽しもうなどと、何と、贅沢な優雅な発想なのだろう。
それは、寺でありながら、優雅な別荘であった。
見ているうちに、自分の意識や視線が、その別荘の中に、引きこまれていくような錯覚に、一瞬、彼はなった。
金閣寺は、室町幕府、三代将軍、足利義満が、自分の権威を示すために、最高の、優美さと、荘厳さ、を、示すために、美と風雅の限界を求めて作った、という、故人の意志が、はっきりと、伝わってきた。
「いやー。綺麗ですね」
と、彼が言うと、美奈子は、
「そうですね」
と、相槌を打った。
歩きながら、美奈子の手が、彼の手に触れると、彼女は、そっと、彼の手を握った。
彼も、彼女の手を、彼女以上の握力で、握り返した。
こうして、京都の観光旅行は無事、終わった。

数日後、彼は、大学に近い所にあるアパートに引っ越した。
美奈子も、彼のアパートに近い所の、アパートに引っ越した。
忙しい、研修が始まった。
しかし、やりがいもあった。
学生時代の、机上の勉強と違って、やりがいもあった。
研修医といえども、れっきとした医者である。
指導医が、あれこれ、事細かく、指導してくれるから、ちょうど、運転免許で言えば、それまで、小さな教習所の中を走っていた、生徒が、仮免許を取って、一般車道を、走れるように、なったような、そんな感覚だった。
毎日、自分の、医学の実力が、目に見えて、ついていくような、実感があった。
そして、休日には、美奈子のアパートに行った。
美奈子は、彼の好きな、リブロステーキと、焼きリンゴを作って、待っていてくれた。
夏季休暇には、大磯ロングビーチにいったり、した。
美奈子のビキニ姿は、美しかった。
またディズニーランドにも行った。
二年の研修が、終わると、彼は、横浜市立医学部の関連病院、の総合病院に勤務した。
研修医の年収は、300万、と少ないが、勤務医として、病院に就職すると、給料は、非常にいい。
彼は、広い、二人で住めるくらいのアパートに、移り住み、美奈子と、一緒に暮らすようになった。
そして、二人は、結婚した。



平成28年1月21日(木)擱筆





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焼きリンゴ(医師国家試験小説)

2016-01-21 06:34:17 | 小説
「焼きリンゴ(医師国家試験小説)」

という小説を書きました。

ホームページにアップしましたので、よろしかったら、ご覧ください。

(原稿用紙換算80枚)

ブログにも、入れておきます。

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医者の斡旋業者

2016-01-20 21:40:40 | 医学・病気
ある医師斡旋業者である。ある日、用事があって、代診医の手を借りたい病院やクリニックを募集する。そして、医師に来て働いて欲しい日にちと、場所、給料などを提示する。そして、その日に、そのクリニックで、働いて給料を得たいと、思っている医師が、その案件に応募する、という形態の斡旋業である。斡旋業者は、仲介の手数料で儲ける。そういう医師斡旋業者は、日本に、優に100社、以上、あるだろう。200社、以上あるかもしれない。

ある医師斡旋業者である。そこでは、以前、絶対、損をしない方針を考えた。それは。医師が、ある仕事に応募したら、そこで、確実な決定とすることにした。医師が、その後、気が変わったり、用事が出来たり、あるいは、雪とか台風とかの天候によって、行けなくなっても、取り消しできず、確実に損をしない方法を考えた。それは、応募した時点で、決定とし、その後、取り消す、と医師が言ってきた場合、医師に、ペナルティーの金を支払え、という方法である。支払う金の量は、予定の仕事の勤務日が、近づくにつれて、比例して高く設定することとした。こうすれば、理屈からいって、斡旋業者は、絶対、損をしないことになる。医師が、予定通り働いた場合は、普通に、斡旋料を受け取れるし、医師が、気が変わって、キャンセルした場合にも、医師が斡旋業者に支払うペナルティー料で、儲けることが出来る。

この方法で、始めて、会社は、順調に確実に利益を上げていた。
しかし、会社は、運営しているうちに、だんだん、ある事実に気づいた。
それは、仕事に応募した医師が、キャンセルするケースは、ほとんど無いということである。ほとんど100%、医師は、応募したら、確実に、働くという事実である。

医師の方からしてみれば、応募した後、キャンセルして、働いてもいないのに、金を支払うのは、バカバカしいから、絶対、キャンセルすることはないのである。

しかし、斡旋業者としては、そうは、受け止めなかった。
単なる数字から、応募した後で、キャンセルする医師は、絶対、いない、と斡旋業者は確信した。

そこで、応募した後、キャンセルした場合の、ペナルティー制という方法は、やめることにした。ペナルティー制というと、イメージが悪い。また、ペナルティーを、おそれてしまって、医師が、応募するのを、ためらってしまうことも、あり得るだろう。ペナルティー制をなくせば、もっと、応募が増えるだろうと、斡旋業者は考えたのだろう。また、数少ないキャンセルした医師に指定の銀行口座に、ペナルティー料を支払うよう催促するのも、出来にくい。(銀行の、取りたて人のような人もいない。土地のような担保も無い)そもそも、医師が、ペナルティー料金を、支払わない場合、さらに、重いペナルティーを科す、ようにしても、医者が、振り込まなければ、それまでである。では、ペナルティー料を払わない場合、この斡旋業者の会員を辞めて下さい、というペナルティーを課したら、医師は辞めるだけである。医師の斡旋業者など、無数に、いくらでもあるからである。それに、会員は、医師免許を持った医者だけなので、会員が、どんどん、減ってしまう。それは、会社の経営上、不利である。この会社は、医師が、ちゃんと、仕事をしたつもりでも、医師の仕事の欠点を調べて、給料を振り込まない、ということもする。会社としても、キャンセルした医師に、ペナルティー料金を振り込んで下さい、と言っても、医師が、振り込まなければ、それまでである。振り込む、というのは、医師の能動的な行為なので、しなければ、それまでである。まあ、最初に、100万円とか、会社に預けておいて、キャンセルした場合には、そこから、引き落とす、というふうにすれば、会社は、ペナルティー料金は、確実に獲得できる。しかし、そんな、えげつないことまで、するのなら、医師の斡旋業者など、いくらでもあるのだから、別の斡旋業者で仕事を探す、となるだけである。しかも、今は、ネットで検索すれば、医師を募集しているクリニックは、いくらでも探せる。斡旋業など介さないでも、仕事は探せる。そもそも、医者が、どこかの病院に就職するのは、人事権を持っている医局の教授の意向で、決められ、医者は、博士号が欲しいから、そのためには医局に属していたいから、教授の意向には、さからえず、教授の命令で、どこかの大学の関連病院への常勤医としての就職となるか、あるいは、数年して、技術が身についたら、独立して、どこかの病院の常勤医となるか、クリニックを開業するというパターンであり、常勤医となると、収入は十分あるから、アルバイトする必要などないし、しない。つまり、斡旋業者に頼んで、仕事を探す医師の数は、極めて少ないのである。一生、一度も、斡旋業者と関わらない医者は、非常に多い。というか、その方が普通である。斡旋業者としては、数少ない、お客さん(医師)を、手放したくないのである。

だから、そもそも、この、キャンセル制の方法は、潰れるだろうと、思っていた。

そして、実際、その斡旋業者は、ペナルティー制をやめてしまった。ところが、これが誤算だった。ペナルティー制をなくしてしまったことで、医師は、安易に、いくつもの仕事の案件に、気軽に応募し、そして、都合が悪くなれば、安易に、応募を取り消した。斡旋業者としては、商談成立が、滅茶苦茶になってしまった。
そして他の、ペナルティー制をしていない、斡旋業者と、変わりなくなってしまった。

それは、単発の、一回きりの、仕事の斡旋の場合である。

週一回とか二回とかの、決まった医療機関での、レギュラーの仕事の斡旋もあるが、これは、斡旋業者としては、あまり、嬉しくないのである。なぜなら、斡旋料は、商談が成立した時の、最初にだけ、斡旋業者は、受けとるわけだから、レギュラーとして、話がまとまってしまうと、その後、斡旋料は、受けとれない。しかも、レギュラーとして、働くとなれば、医師としては、将来の、給料の保障が出来るから、単発の、一回きりの、仕事の応募は、しなくなる傾向が強い。
しかし、斡旋業者としては、単発の、一回きりの、仕事の応募を、ちょこちょこ、して欲しいのである。その方が、毎回、斡旋料が取れるからである。
レギュラーの募集も、出しているが、それは、会社の規模を大きく見せるための、みせかけ的な面が強く、本気で取り組んでいない面がある。ちょうど、たくさん野菜が置いてあるように見せかけるために、八百屋で、野菜の後ろに、カガミを置いているのに似ている。

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エロティシズム

2016-01-18 00:18:26 | 考察文
エロティシズムという、女の裸や、セックスのことだと、思っている人が多い。

しかし、エロティシズムは、そんな物とは、無関係である。

エロティシズムとは、人間の、精神のことなのである。

そもそも、単なる、女の裸や、セックスには、エロティシズムなんて、全く無い。

特に、セックスなんて、エロティシズムなんて無い。

なぜ、セックスにエロティシズムが無いか、というと、それは、性欲の、完全な解放だからである。

単なる、肉体的な、快感を、当事者同士が、楽しんでいるだけに過ぎない。

なので、この頃の、エロ動画は、見ても、ほとんど、何も感じない。

それは、世間、社会が、「性」を解放しているからだ。

「性」が自由になると、エロティシズムは、死ぬ。

現代は、エロティシズムが、死んだ時代である。

禁欲的であることの方が、エロティシズムが生きてくるのである。

宗教、絶対者、タブーを破ること、神聖なものに対する、服従、あるいは、反逆。音楽の酩酊、そういった、日常の、あらゆる物にエロティシズムは、あるのである。

それでも、日本は、エロティシズムが、まだ、ある国の方である。

日本人は、「言いたくても言えない」、シャイな感性を持っているからだ。

六年前、一週間、ハワイに行ったことがあるが。

その時、つくづく、欧米人は、エロティシズムが、全く無い、人種だと感じた。

男も女も、恥じらいがないのである。

女が堂々と、セックスアピールするような、精神には、エロティシズムなど、全く無い。

エロティシズムとは、色々と、定義できるが、非常に粗削りに、大雑把に言って、「もどかしさ」、と言っても、いいと思う。

たとえぱ、音楽のエロティシズムとは、「もどかしさ」、があるから、エロティック、とも、言える。

「見たいけど、見れない」から、エロティックなのである。

だからといって、僕は、人間や、社会が、エロティックになるべきだとは、全く思っていない。

むしろ、エロティックな感性を持っていない人間の方が、健全だと思う。

これは、もう先天的な感性の問題である。

ただ、僕は、エロティシズムに、美しさを感じているだけである。

たとえば、映画を例にして、言うと、エロティシズム的でない、普通の人間は、結末がはっきり、わかる映画、特に、結末が、ハッピーエンドで終わる、映画を好みやすい。

しかし、エロティシズム人間にとっては、そういう映画は、つまらない。映画は、あるストーリーの物語を、二時間でまとめた、ものだが、「その後、どうなるのか、わからない」ラストの映画の方が、面白いのである。

「その後、どうなるのか、わからない」映画は、「わからない、もどかしさ」があり、その、もどかしさ、を、「面白いと思うか」、あるいは、「結末がわからないと落ち着かない」、と、思うか、という、感性の違いである。

わからない方が、色々と、想像力をめぐらせることが出来る。それを、面白いと思うか、落ち着かない、と思うかの違いである。


恋愛においても、相手の女の全てが、わかってしまうと、つまらない、と思う感性か、好きな女の全てを知りたい、と思うか、という感性の違いである。

まあ、しかし、風姿花伝には、「秘するが花」、ともあり、また、「魅力は不可知にあり」という、格言もある。

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戦争体験をした人の戦争に対する認識と、後世に生まれて戦争体験をしていない人の違い。

2016-01-16 13:17:42 | 考察文
戦争体験をした人の戦争に対する認識と、後世に生まれて戦争体験をしていない人の違い。

ここでは、太平洋戦争を例にとる。日本の国家総動員法とか、学徒出陣とか、神風特攻とか、天皇制とか、大本営発表とか、敵は鬼畜米英とか、原子爆弾とか、一億総玉砕とか、とかは、ちょっと、ここでは問題にしない。

「戦争の時間」、ということだけを問題にする。

戦後生まれで、戦争を体験していない人は、太平洋戦争を体験した人(特に、戦争時に子供で田舎に疎開した人)に対して、太平洋戦争は、いくら、過酷な戦争だったから、といっても、三年半だけ、の体験だったじゃないか、と思いやすい。

過酷な戦争といっても、三年半の我慢だったと思いやすい。

しかしである。

それは、結果論である。

戦争をしている時の国民は、この戦争は、いつまで続くのか、わからないのである。

将来が、わからない、ということは、大抵の場合、将来に対して、楽観的な気持ちにはなれず、悲観的な気持ちになる方が、圧倒的に多い。

つまり、永遠に続く、と思ってしまいやすい。

だから、太平洋戦争を体験した人は、三年半の過酷な生活を我慢した人ではなく、永遠に続く戦争を体験した人と、言うべきである。

今のイスラム国にしたって、そうである。

イスラム国が、いつまで続くのかは、わからないのである。

私もそうだが、多くの人も、イスラム国は、永遠に続く、と思っているのでは、ないだろうか。

戦後の、東西冷戦にしたって、まさか、ソ連が崩壊すると思っていた人は、いなかっただろう。

東西冷戦は、永遠に続く、と思っていただろう。

ベトナム戦争にしたって、アメリカは、朝鮮戦争の経験があるから、まさか、あんな長期のドロ沼の戦争になる、とは、予想していなかっただろう。

イスラム国も、いつまで続くのかは、先が見えないのである。

ただ、宗教が、からんだ戦争というのは、やっかいで、簡単には、解決せず、まず長引くだろう。

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知ったかぶり

2016-01-15 23:30:54 | 考察文
世事、物事をよく、知っている、と、思われている人、や、知っていると、自分で思っている人、は多い。

そういう人は、外向的で、社交的、な性格で、友達も多く、友達とよく話し、情報の源は、友達との、会話から、という場合が多い。

確かに、一人でも、親しい、よく話せる友達がいると、その人から、世界のことは、何でも、聞けてしまえる。

人間は、自分の視点で、世界を認識しようとしているから、一人の人間の、持っている知識量は、莫大な量である。

だから、一人の友達を、作れるか、作れないか、ということは、非常に大きい。

しかし、会話で得た、知識なんて、いい加減な物が多い。

友達の知識の信頼度なんて、あてにならないからだ。

情報源の信頼性が、いい加減だからだ。

人間は、正確に、わからないことでも、自分の憶測や、極めて、わずかな見聞から、話してしまう。

それを、あたかも、事実と、受け止めてしまう。

友達との会話で得られる知識も、大事だし、友達が多い人ほど、有利だが、疑うこと、自分で調べること、を、おろそかにする人は、「オレは何でも知っている」、と思い込んでしまいやすいが、実際のところは、「知ったかぶり」、人間に過ぎない。

その点、友達がいない人間は、本や、ネットなどで、自分で、知ろうとする、というか、自分で調べるしか方法が、ないから、自分で調べる、という習慣が、嫌がうえでも、身につくという利点がある。

内向的な人間も、他人に聞くこともあるが、あくまで、情報収集の手段として、意志的、能動的に、しているので、精神の根底に、「本当かな」という、疑いの気持ちがあるから、聞いたことは、鵜呑みに信じなく、人から聞いた情報を、他の情報源と、比べて吟味する。

本を読まず、ネットで調べず、友達との会話で、物事を知っていて、それ以上のことは、面倒くさくてしない人は、自分で調べる、という態度がなくなっていきやすい。面が非常にある。

というか、それは、もう、事実である。

だから、僕から見ると。

世間は、常識(常識は真理ではない)と、言われている、極めて曖昧な認識で、つながっている、人間の集団の共同体(烏合の衆)に見えてしまう。

そして、何と、自分で調べようともしない、物事を疑おうともしない、自分で物を考えようともしない人間ばかりに見えてしまう。

し、実際、そうである。

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久しぶりに新宿へ行く

2016-01-13 23:18:41 | Weblog
久しぶりに、新宿(都心)へ行った。

紀伊国屋に医学書を買いに。

昔は、電車で、都心に、結構、行っていたが、最近は、生活のパターンが、昔と変わって、ほとんど、都心に行くことがなくなっていた。

ネットショッピングでは、中身がわからないから、中身を確かめるためにも、行って、買う必要がある。

医学書のコーナーでは、一番、目立つ所に、一番に、ドン、と、イヤーノートが置いてあるじゃないか。

やはり、医師国家試験に落ちてる人は、イヤーノートを使ってないのだと、絶対、思う。

(イヤーノートは、一見すると、最悪に、つまらない参考書に見えるが、私も、初めはそうだった。しかし、これを使わないで勉強する人は、絶対、医師国家試験に通れない。私が保障する。ゴリ押しが、むごい、などと、ネットで書かれたが、ゴリを押す。旧帝国大学医学部卒でも、浪人の合格率は、極めて低い。イヤーノートを使ってないのと違うか?また、国家試験の参考書は、毎年、わかりやす、使いやすい、参考書が出るから、そっちの方に目が行ってしまうのでは、なかろうか?)

昔は、運動の習慣が、なかったが、今では、運動が習慣になっているので、さほど、疲れない。

昔は、広尾の、中央図書館に行っていたことも、あったが。そして、中央図書館の近くのテニスコートで、テニスをしている人を見ると、とても、テニスをやる体力などない、と思っていた。(今は、違う)

今は、小説、文学書は、あまり、売れていない。

私は、芥川賞受賞者とか、膨大な著作をしている作家に、それほど、どころか、ほとんど、嫉妬しない。

私は、自分が書いている時だけが、幸福で、逆に、書けなくなることだけを、一番、おそれる。(というか、うつ病になる)

そもそも、芸術は、個性の世界だから、私の書いた小説は、二つと、この世にない。

今は、いくつも、書きかけの作品があるので、(今は、寒いので、筆が進まない)そう、困ってもいない。

まあ、文学賞に投稿すれば、認められる作品もあるかもしれないが、一年とか、半年とか、待たされて、結局、最終選考で落とされるのは、バカバカしいので、そんなことは、しない。

そんなこと、考えるよりも、作品を書きたいだけである。

「そもそも、作家になりたい、と思っている人は、ニセモノが多い。本物は、作品を書きたいと思っている。そういう人は、書くな、と言われても、書いてしまう」

という、ことが、書かれていた。

私にとっては。

小説をいくら読んでも、自分が、書けるようには、ならない。

小説を書けるのは。

一に、体調(肉体的、精神的健康。観念奔放も私には起こる)。小さなことでも、(一瞬、見た光景でも、構わない)経験すること。(これが、インスピレーションになることが多い)。旅行をすると、確実に、旅行記(小説ではないが)、が書ける。旅行は、マンネリ化した、日常と違う体験だから、記憶に焼きつく。のである。旅行も、体験の一つである。

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ピッチング

2016-01-12 00:39:28 | 武道・スポーツ
バッティング・センターで、打っていれば、バッティングの技術は、上手くなっていく。

(もっとも、これは、バッティング・センター用のバッティング技術であり、生きたピッチャーに通用するか、どうかは、わからない)

しかし、バッティング・センターのボールを、拾って、いくら、投げても、ピッチングの技術は、上手くならない。

これは、どうして、だろうと考えた。

それで思い当たることがあった。

運動のため、テニスのサービスを、壁打ちで、やっていても、上手くならないのである。

運動にはなるが。

技術は、上達しない。

テニスのサービスも、一人で、練習できるが、サービスの技術は、ネットのあるコートで、やった方が(多少)上手くなり、(いや、上手くならない、と言った方がいいかもしれない)さらには、レシーバーが、いる時が、一番、技術が上達する。

精神の緊張感によるのだろうが。

レシーバーがいない、コートで打つと、ほぼ、90%、サービスコートに入れられるが、レシーバーが、いると、コートに入る確率が、明らかに低下する。

緊張するからだ。

それと、同じように、投げる技術も、相手がいて、キャッチボールをしないと、上手くならないのではないだろうか。と思う。

キャッチャーのミットに、ズドンと、入る手ごたえ、を感じとることが、フォームの技術を上達させることになる、のだろう。

プロ野球や、高校野球、その他、あらゆる、レベルの野球において、「投げる」、練習は、一人でも出来る。しかし、投手が、一人で、壁に向かって、投げる練習など、全く行われていない。のが、いい証拠である。

「投げる」、練習では、必ず、ボールを受け止めてくれる、キャッチャーをつけた、投球練習しか、していない。

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2016-01-12 00:30:10 | Weblog
車検が、あと一ヶ月で、切れるので、車検を通すのに、いくら、かかるのか、見積もってもらってみた。

18万だった。

ので、新しい車に買い替えることにした。

ボロボロの状態の、車を、部品を、やたらたくさん、交換して、乗るのは、バカバカしい。

さっそく、ガリバーに行って、新しい車を購入することを決めた。

今度は、軽自動車である。

普通車だと、燃費がかかって、イライラしていた。

たぶん、車検、10万くらい、だと思っていた。

いつも、車検は、ギリギリになるので、たまたま、気がむいて、早めに、見積もってもらって、よかった。

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