小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

健康診断(医療エッセイ)

2024-02-04 11:01:53 | 小説
健康診断

今日、健康診断のバイトをはじめてやった。ある会社の従業員の健康診断である。小説書いてて、リストラされ、内科が十分できない、はぐれ一匹精神科医となった医者にできるバイトといえば、コンタクト眼科と健康診断くらいしかない。健康診断のバイトなんてカンタンだ、と思っていた。じっさい、学生の時、実習で二日、県のはずれの村へ行って、健康診断をした経験がある。農家のおばさん相手にきまった質問事項を聞くカンタンなものだった。ただ、その時は血圧は測れなかったので、血圧測定は手こずった。今度もそんなもんだろうと思っていた。ただ朝が7時半に行ってなければならないのが、朝がニガ手な私には、つらかった。それで、前日、近くのカプセルホテルにとまった。しかし、じっさいは、かなり予想とちがった。午前中は、男の患者(オット患者じゃなかったんだ。健康者のスクリーニングだった。)ではなく職員が多かった。結膜で貧血をみて、顎下リンパ節を触れて、甲状腺をふれて、さいごに胸部聴診だった。フン、フン、フン、とながしてやっていた。しかし、である。カーテン一枚へだてたとなり、で女のドクターもやってて、診察の声がきこえる。キャリアのある内科医である。患者の質問には全部正しくテキパキ答えてる。知識が多い。きらいなコトバだが、一人前である。私は小説を書きたいため時間にゆとりのもてる精神科をえらんだ。二年もやったので精神医学のことは、ある程度わかる。もちろん、精神科医も内科的シッカンをもっている患者をみなくてはならないので、内科的能力がゼロではない。しかし、糖尿病と脳卒中と水虫とターミナルケアの全身管理とイレウス、くらいである。しかし、おどろいたことに甲状腺シッカンが、少しある。頸肩腕障害や子宮筋腫の人、もおり、内科的質問をされる。となりの内科医は、的確な返答をしている。もちろん私とはくらべものにならないほど内科の知識がある。しかし私だって二年の臨床経験のある医師だ。ライバル意識がおこる。しかし私は精神科にいても、内科シッカン患者がいると、症例経験がふえるので、興味をもってとりくんだ。といっても経過観察くらいだけだったが。あとは国家試験の内科知識である。国家試験の知識があれば、それで内科は、ちっとは何とかなると、思っていた。もちろん国家試験はコトバの知識にすぎないが。しかし、考えがあまかった。実際に内科を研修し内科患者をみていないと、患者の質問に正確に答えられない。内科もやはり経験が全てだ。実戦経験がなく、本の知識で、答えているから、かなりトンチンカンになった。実戦経験の前には、本の知識ではたちうちできない。しかし私は喘息で胃病もち、なので必然、内科に関心は向いていた。さらに、健康な内科医をみると、そらぞらしくみえ、内科患者の本当の苦しみなどわからないだろうとつい思ってしまうこともあった。
山奥の健康診断の時とちがうことが二つあった。それは都心の会社の検診では、悩ましいOLもみなくてはならないかったのである。考えてみれば、当然のことだが、念頭になかった。しかもである。胸部聴診をしなくてはならなかった。今まで、長期入院の老人患者ばかりみていた。ひきさきたい欲求に悩まされているOLの聴診なんて、したことがない。内科医なら、女の体をみることになれてて、何ともないのだろうが。
検診のバイトを紹介してくれたのは、ある医師だったが、「女の胸の聴診は気をつけろよ。さわっただ、何だって、うっせーからよ。」と言った。「では、どうすればいいんですか。」と私がきくと、「聴診しますから、少し上着をあげて下さい。」って言う。「それで胸の下のできるだけ下の方をササッとあてる。ほとんど腹部聴診みたいになるけど、それでいいから。形だけ、やったふりをすればいいんだよ。男の場合は、バッと上着をあげさせて、ちゃんとやらなきゃだめだよ。」私はどうも神経質で、医学的責任感はあるので、というか、融通がきかない、というか、すばやい機転がきかない、というか、「女性は、うしろを向いてもらって背中で聴診してはどうですか。」といったら、「そんな時間ない。」と言った。じっさい、短時間にたいへんな数をこなさなければならず、確かにそんな時間はなかった。しかし胸部聴診といって、腹に聴診器をあてて、きくのも変なものだと思った。それに、かりにも医師が健康診断で、胸部聴診したからって、さわった、スケベだ、なんて女は言うもんだろうか、と思った。今はもう4月の中旬でポカポカあたたかく、うすいブラウスやTシャツの女なら服の上から上肺野をきけばいいや、と思った。薄い服でない人は先生に言われたようにブラジャーの下をササッとやろうと思った。
で、実際、行ったら半分は男でやりやすいが、確かに女はやりにくい。学生の時、県のはずれの村に健康診断の実習に二日、行ったことがあったが、高齢の農作業のおばさんばかりで、また聴診はなかった。だが、考えてみると、過疎化で、村では若者は都会に出て行き、村は高齢者だけ、という日本の実情が、実習の時は実感できていなかった、だけにすぎなかった、ということに気がついた。
だが今回は都会の会社の健康診断である。若いOLがいるのは当然ではないか。マニュアル通り、眼瞼結膜で貧血を見、(これは、採血でRBC、Hbをみりゃ、わかるんじないか、と思った。しかし採血しない人もいたのか、よく知らんが、検診はじめてで、若い女の貧血は、ばかにできん、というバクゼンとした理解はもっていた。)頚リンパ、顎下リンパ、の触知、甲状腺の触知、そして胸部聴診だった。尊敬してた小児科の教授の診察と同じである。おどろいたことに女では甲状腺キノー低下症やバセドー病の治療をうけている人がいて、甲状腺疾患は頻度の低いものではない、ということを知ることができた。そういえば、学生の検診の実習の時も甲状腺疾患の人は数人いた。ただ都会の会社では一日中パソコンの画面をみているので、ほとんど全員、目のつかれ、と、肩こりがひどい、腰痛の項目には自分でチェックしていて、目がつかれない人や、肩こり、に、チェックしてない人の方が少なかった。検診は、かなり、現代人のかかえる体の不調の実態を知れるので勉強になる。新聞を読んでても、頭の理解にすぎず、現場の声をきくことによって、はじめて実感できる。あと、高血圧がかなりいた。上が150をこしてる人がけっこういる。のに自覚症状がないから、(高血圧はサイレントキラー)問診しても、運動はあんまりしないし、食事(塩分)にもあまり気をつかっていない。わらいながら、うす味では、どうも食べられなくて、へへへ、などと言っている。検診のかなめはここらへんだと思った。ここで、びしっと、高血圧の人に、運動、食事、夜更かししない、自覚症状がなくても定期的に健康診断を受け、高血圧に気をつけるよう、言うことだと思った。さもないと、高血圧→糖尿病→動脈硬化→破裂→脳卒中ということになる。
さて、きれいなOLがきた。ので、眼瞼からの診察まではよかったが、ブラウスの上にブレザーをきていたので、ブラウスの上から上肺野を聴診しようと思って、「では、ちょっと胸の音きかせて下さい。」と言ったら、ブレザーのボタンをはずしたのはいいが、ブラウスのボタンも下からはずしだしたので、内心「おわわっ。」と、あせって、「ああっ。そこまではしなくてもいいです。」といったら、ニヤッと笑われ、ベテラン内科医でないことがばれた。内科医なら、男も女も聴診してるから、もう、こだわり、などないのだろうが、精神科二年では、女の胸部聴診は経験がなく、わからない。私は小説家としての自覚と責任感はあっても、内科医としての、その能力はない。しかし、人間として、やっていいことと、いけないことのモラルは人後におちない自信はある。悩ましいOLのブラウスの下なんてものは、写真であれ、ビデオであれ、実体であれ、金を払ってみるべきものであり、金をもらってみるべきものではない。
ちなみに自覚症状の欄、で、「肩こりがひどい」「目がつかれる」の項目には、ほとんどの人がチェックしていて、一日中パソコンの画面をみていると、それも無理はない。だろう。病院リストラされて、コンタクト眼科のバイトもはじめたのだが、コンタクト眼科も深い理論があって実に興味深く、一コトでいうと、角膜は生きて、呼吸している細胞で、コンタクトは、いわばヒフ呼吸をシャダンしてしまう危険性がある。角膜が息苦しい状態なのである。その点メガネは安全である。ので酸素を透過しやすいコンタクトレンズを努力して開発しているのだが、コンタクトである以上、100%安全なコンタクトというのは、ない。コンタクトは手入れが多少メンドーで、手入れしなかったり、また、長く使っていたりすると、よごれてきて、異物がついて、それが抗原になってアレルギー性結膜炎になったりする。そのため、最近は一日使い捨て(ディスポ)や二週間つかいきり、が、主流になってきている。コンタクトの本の中で、瞬目のことがかかれてあったが、涙は角膜をカンソーから守るものであるが、人は一分に何回瞬目するか、意識していない。が、パソコン画面をみている時、人は瞬目回数がぐっと減る。のであるが、そのことは自覚できていない。一日中パソコンと向き合う仕事である以上、目のつかれ、や、肩こり、は、仕事による生理的な疲れである。だからといって、みんな病名をつけて有病者にしてしまっては、これも変である。健康診断というのは、基本的に大多数は健康である、という確認と証明をするものであり、そして、少数の有病者をみつけ出すのが、本来的であり、検診した結果、全員、有病者なんて診断したら、医者の頭を疑われかねない。ので、これには困った。それで「つかれが、翌日までもちこされ、蓄積されていくか。」「整形外科に通院するほどひどい肩こりか。」というように質問し、それにひっかかるほど重症だったら、有病者としようと思った。さもないと全員、有病者になる。有病者の基準を高くすると、さすがにそこまでひっかかる人はぐっと減った。だが、ある人(お客さまセンター)が、ニコニコして、「肩凝りのため整形外科に通院している。つかれが翌日まで持ち越す。」と訴えた。これなら、あてはまると思ったはいいが、精神科という医療の中でも異質的な、専門に、どっぷりつかっていたため、内科は、かなり忘れている。「頸肩腕症候群」と書こうと思ったが、でてこない。しかし、時間をかければ、思い出せる自信もあった。まさか医者にしてこんな基本的な漢字も知らないとあっては、ヤブ医者どころかニセ医者と思われかねない。内心あせりながらも、
「エート。頚肩腕。はっはは。ちょっと、ど忘れしちゃったな。」
といって、カンロクをつくって、時間をかせいでいるうちに思い出そうとしたが、でてこない。むこうも医者に医学用語をおしえることは、はばかられている。しかし、どうしても出てこない。ので、とうとう、相手に、
「頚椎の頚ですよ。」
といわれて、第一語を知れた。第一語がわかれば、連想で全部思い出せると思ったが、第二語も出てこない。
「エーと、けん、は月へんに健康の健だったかなー」
とひとり言のようにいったら、
「肩ですよ。」
といわれ、赤っ恥をかいた。第三語の「わん」もでてこない。
(わん?わん、なんて犬みたいに、どんな字だっけ)
と思っていてたら、
「腕ですよ。」
といわれた。
「はっはは。ど忘れすることもたまにあるんだよなー。」
なんて言ってつくろった。ちなみにこのお客さまセンターの女性は、三浦あや子がいうところの原罪をもっていない人である。

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