小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

監禁物語(小説)(下)

2021-05-20 03:54:50 | 小説
1時間ほど、経った。
地下室の扉が、ギイー、と開いた。
そして、哲也が、コツコツと階段を降りてきた。
「あっ。先生。もどって来てくれたんですね。有難うございます。助かった」
千田祥子は、哲也を見つけると、涙を流しながら、言った。
哲也は、檻の中に入って来て、鍵を閉めた。
そして、丸裸で、縛られている千田祥子の前に立った。
「ふふふ。千田祥子さん。こわかったですか?」
哲也が聞いた。
「え、ええ。でも、先生は、優しいですから、きっともどって来てくれると思っていました」
千田祥子が言った。
「ふふふ」
哲也は、黙って、千田祥子の片足を吊っている縄を解いた。
スルスルと足が降りてきて、足が床に着いた。
哲也は、次に、千田祥子の、後ろ手の縄も解いた。
これで、千田祥子は、手足が自由になった。
「先生。ありがうとう。優しい先生のことだから、きっと、戻って来てくれると思っていました」
彼女は、座って、嬉しそうに言った。
「千田祥子さん。もう、今日のSМプレイは、終わりにしましょう。服を着て下さい。僕は、後ろを向いていますから」
哲也は、後ろを向いた。
丸裸なのだから、服を着るのを、見られても、変りはない、とも考えられるが、SМプレイ、は、一種の遊び、スポーツの様なもの、とも、言えるので、「プレイが終わった」、と言った後は、女性に対して紳士的に対応するべき、と、考える人もいる。
哲也は、そう考える方の人間だった。
それに、画家は、女性のヌードを、描いている時には、性欲を感じないが、デッサンが、終わって、女性が、服を着だした時、ムラムラと性欲が起こる、とは、よく言われることである。
ガサガサ、と、千田祥子が、服を着ている音がした。
「先生。もう、着ましたよ」
千田祥子の声がした。
哲也は、クルリと、体を回して元に戻した。
ビキニを着た、千田祥子が、嬉しそうな顔で立っていた。
「ああ。千田祥子さん。きれいだ」
それは美しい芸術品を見た時の感嘆の言葉だった。
女性のビキニ姿、しかも、千田祥子ほどの、スラリとしたプロポーションのビキニ姿が美しいのは、当然ではあるが。
「ふふふ。ブラウス、と、スカート、を着ても、よかったんだけど、ビキニにしました。先生に見せたくて」
悪戯っぽい口調で、千田祥子が言った。
「千田祥子さん。ベッドに寝てくれませんか?」
哲也が言った。
「はい」
千田祥子は、何も無い、檻の中で、唯一、ある、布団に乗った。
「うつ伏せになって下さい」
「はい」
千田祥子は、うつ伏せになった。
哲也は、ビキニ姿の、千田祥子を、マッサージし出した。
ふくらはぎ、太腿、尻、腰、背中、肩、腕、と、指圧していった。
「ああ。先生。気持ちいいわ」
「ふふふ。千田祥子さん。虐めてしまった、おわび、です」
そう言って、哲也は、一心に、千田祥子を、マッサージした。
20分くらいかけて、じっくり、マッサージした。
嫌がる女の体を触る時には、男は、ムラムラするが、マッサージでは、女は、完全に、脱力して、単なる物体になっているので、哲也は、マッサージしても、興奮しなかった。
千田祥子も、哲也に身を任せて、心地よさそうな、笑顔で目をつぶっていた。
「さあ。マッサージは終わりです」
十分、マッサージした後、哲也が言った。
「先生。ありがとう。気持ちよかったわ」
千田祥子は、起き上がって言った。
「千田祥子さん。今日は、これで帰ります」
哲也が言った。
「先生。今度は、いつ、来てくれますか?」
千田祥子が聞いた。
「それは、言えません」
そこは、哲也は、ピシャ、と厳しく断った。
哲也は立ち上がって、檻から出て、檻のカギをした。
「さようなら。千田祥子さん」
哲也は、軽く手を振った。
「さようなら。先生。今度、会える日が楽しみです」
千田祥子も、笑って、手を振った。
その態度には、監禁されて、「死」の恐怖におびえている様子は全くなく、その態度は、恋仲の男女で、自分の家に来てくれた、男、が、帰る、と言った時に、女が男を見送る挨拶と同じだった。
哲也は、地上に出る、階段を登り、そして地下室の蓋を閉めた。
哲也は、車に乗って、エンジンを駆け、アパートに向かって、車を走らせた。
アパートに着くと、哲也は、布団に寝転がった。
千田祥子の笑顔を思い出して、哲也は、ふふふ、と笑った。
「すべて、計算通りだ」
と、哲也は、勝ち誇ったように、つぶやいた。
哲也の計算とは、ストックホルム症候群の心理の利用だった。
ストックホルム症候群とは。
誘拐犯と、誘拐された女が、二人っきりでいると、誘拐犯は、自分に、食料を与えてくれたり、生活の面倒を見てくれたり、しているうちに、誘拐犯と、誘拐された女の間に、ある種の、人間関係が、出来る。
これを、ストックホルム症候群という。
ストックホルム症候群の由来は。
1973年8月、ストックホルムにおいて発生した銀行強盗人質立てこもり事件(ノルマルム広場強盗事件)において、人質解放後の捜査で、犯人が寝ている間に人質が警察に銃を向けるなど、人質が犯人に協力して警察に敵対する行動を取っていたことが判明した事件。による。
犯罪学者で精神科医でもあるニールス・ベジェロットは、この時の事件の、人質に、様々な、質問をして、その心理を研究し、その心理を、ストックホルム症候群、と命名したことによる。
ストックホルム症候群の特徴として。
「人は、突然に事件に巻き込まれて人質となる。そして、死ぬかもしれないと覚悟する。犯人の許可が無ければ、飲食も、トイレも、会話もできない状態になる。犯人から食べ物をもらったり、トイレに行く許可をもらったりする。そして犯人の小さな親切に対して感謝の念が生じる。犯人に対して、好意的な印象をもつようになる」
と、ニールス・ベジェロットは、結論づけた。
哲也は、千田祥子は、必ず、ストックホルム症候群になって、自分に好意を持つようになる、という確信を持っていた。
その確信が見事に的中したのである。
それと。
哲也には、もう一つの、確信があった。
それは。
「女は全て、ナルシストであり、悲劇のヒロインになりたい願望がある」
という確信だった。
女は皆、アイシャドウし、ピアスをつけ、魅惑的なファッションで、自分を飾り立てる。
これをしない女は世の中にいない。
そして、全ての女は、シンデレラの話が好きであり、自分も、シンデレラのように、悲劇のヒロイン、になりたい願望がある。
だから、千田祥子も、最初は嫌がるだろうが、いつか、自分が、悲劇のヒロインになっているのに、気づき、そのナルシシズムの快感に酔うように、なるだろう、という確信である。
千田祥子は、哲也の計画通り、悲劇のヒロインのナルシズムに酔うようになった。
「女なんて単純だな」
哲也は、ははは、と笑った。
・・・・・・・・
次に哲也が千田祥子に会いに行ったのは、その2日後だった。
哲也は、ジュエリーショップに寄って、18カラットのダイヤモンドの指輪を買った。
そして、車を飛ばして、千田祥子が監禁されている、プレハブに行った。
そして、ルイヴィトンの、フューチャーバック、の、カバンも買った。
哲也は、車を止め、プレハブに入った。
そして、地下室の蓋を開け、地下室への階段を降りて行った。
ベッドに横になっていた千田祥子は、哲也を見つけると、
「あっ。先生が来てくれた。嬉しいわ。待っていたんです」
と笑顔で言って、ベッドから起きた。
哲也は、檻の前に来た。
「千田祥子さん。檻の奥に行って下さい。そして、ホールドアップして下さい」
哲也が言った。
「はい」
千田祥子は、檻の奥に行って、ホールドアップした。
いくら、千田祥子が哲也を、ストックホルム症候群、によって、好きになった、とはいえ、哲也は、用心深かった。
檻の扉に来られては、檻の扉を開けた、瞬間に、千田祥子が、逃げようとする、可能性はあり得る。
哲也には、男と女の体力差、から、千田祥子が逃げようとしても、取り押さえる自信はあった。
しかし、そういう、ドタバタ事は、みっともなくて、したくなかった。
なので、用心のため、千田祥子を、檻の奥に行かせ、ホールドアップさせたのである。
哲也は、檻の扉を開けて、檻の中に入って、鍵を閉めた。
これで、もう安全である。
千田祥子が哲也の所に走ってきた。
「先生。来てくれて有難うございます。待ちに待っていました」
千田祥子が哲也に抱きついてきた。
「ま、まあ。千田祥子さん。2日、保存食だけで、お腹がすいているでしょう。ビーフステーキ弁当を、買って、持って来ましたので、食べて下さい」
そう言って、哲也は、ビーフステーキ弁当を千田祥子の前に置いた。
「有難うございます。先生」
千田祥子は、単調な保存食に飽きて、美味しい物を食べたかったのだろう。
美味しい、美味しい、と言いながら、パクパクと、ビーフステーキ弁当を食べた。
「千田祥子さん。ほんの、ささやかな、物ですが、あなたのために、これを買って来ました」
そう言って、哲也は、ルイヴィトンの、赤い、バックを差し出した。
20万円の、高価なバッグである。
「あっ。先生。これ、私、咽喉から手が出るほど、欲しかったんです。有難うございます。でも、どうして、私が、欲しがっている物がわかったんですか?」
「それは、あなたの友達の、順子さんに、さりげなく聞きました」
「そうだっんですか。確かに、私、何回か、順子に、ルイヴィトンの、赤いカバンが欲しい、と言ったことがあります」
哲也は、微笑ましい顔で、千田祥子を見た。
「先生。ルイヴィトンの、カバンを買って下さる、ということは、いつかは、私をここから出してくれる、ということですね。だって、ブランドもの、のカバンも、人に見せるための、ファッション、ですから。地下室では、誰も、見てくれる人がいませんから、ここで、ルイヴィトンの、カバンを持っていても、無意味です」
千田祥子は、続けて言った。
「先生。今日も、SМプレイをしますか?今日は、どんなことをして、虐めてくれるだろうかって、私、ワクワクしていました」
哲也は、優しい微笑みで、手を振った。
「千田祥子さん。今日は、SМプレイはしません」
「そうですか。それは残念です」
千田祥子は、ガックリと首を落とした。
千田祥子は、哲也の手を握りしめた。
そして、涙を流しながら、話し出した。
「先生。私、先生が好きになってしまいました。どうか、私と結婚して下さい」
「私は、先生に、あんなに、意地悪、したのに、先生は、私、に優しくしてくれました」
「私は傲慢でした」
「失って、初めて、自由であることの、幸せを、先生は、私に教えてくれました。間違いなく、先生には、そういうことを、私に気づかせようという意図があったのだと思います」
「私、今、とても、幸せです。私にとって、最愛の男性は、先生だったのです。私は、ここを、出られなくても、ここで、死んでも、幸せです。なぜって、最愛の男の人に、私は愛されたんですもの」
「自由って、外に出ることではなく、心の問題だったんですね」
「先生。私と、結婚して下さい。私、先生と、一緒に、死ぬまで、暮らしたいんです」
「私にとって、先生のいない人生なんて、考えられないんです」
「人を愛する、って、こういうことだったんですね」
「私は、本当の人の愛を知りました」
千田祥子は、立て続けに喋った。
哲也は仏のような、慈愛に満ちた顔を千田祥子に向けた。
「千田祥子さん。私も、あなたを愛しています。では、ここで、結婚式をしましょう」
哲也は、そう言って、ポケットから、ジュエリーショップで買った、18カラットのダイヤモンドの指輪を取り出した。
「何ですか?その指輪は」
千田祥子が聞いた。
「ジュエリーショップで買った、18カラットのダイヤモンドの指輪です。あなたと結婚するための証の、エンゲージリングです」
哲也が言った。
「では。千田祥子さん。今から、結婚式を挙げましょう」
「牧師なんて、いませんよ。どうやって、するんですか?」
千田祥子が聞いた。
「まず、僕が、牧師の役になって、誓いの言葉を言います。なので、千田祥子さんは、それに答えて下さい」
哲也が言った。
「はい」
哲也は厳かな口調で喋り始めた。
「千田祥子。汝、山野哲也を夫とし、その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
哲也が言った。
「誓います」
千田祥子が言った。
「千田祥子さん。では、次に、あなたが、牧師のセリフを言って下さい」
哲也が言った。
はい、わかりました、と言って、千田祥子は喋り始めた。
「山野哲也。汝、千田祥子を妻として娶り、その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
千田祥子が言った。
「誓います」
哲也が言った。
「千田祥子さん。手を差し出して下さい」
哲也が言った。
「はい」
千田祥子は、右手を差し出した。
哲也は、千田祥子の、小指に、18カラットのダイヤモンドの指輪をはめた。
「先生。これで、私たち、本当に、結婚できましたわね。私、最高に幸せです」
千田祥子が涙を流しながら言った。
哲也も嬉しかった。
「千田祥子さん。今日で、この監禁プレイもお終りです。僕は、あなたを、この地下室の檻の中から解放します。僕のアパートは、広いですから、一緒に過ごしましょう」
「はい」
「先生。ハネムーンは、どこですか?」
千田祥子が聞いた。
「そうですね。ヨーロッパ、で、地中海の見える、イタリヤ、などは、どうでしょうか?」
「嬉しい。私、イタリヤには、行ったことがないので。ぜひ行きたいわ」
「では、手をつないで、一緒に、この檻から出ましょう」
「はい」
哲也は、檻の扉の鍵を開けた。
そして、地下室の檻の扉を開けた。
哲也は、千田祥子、と、腕を組んで、檻の中から、外に出た。
哲也は、ほんわか、とした、上ずった、最高に幸福な気分だった。
その時である。
千田祥子は、哲也の手から、檻の扉のキーをひったくると、急いで哲也の体をドンと押して、檻の中に入れた。
哲也は、突き飛ばされて、檻の中で、つんのめって倒れた。
千田祥子は、急いで、檻の扉を閉めた。
千田祥子は、黙って、檻の扉の、キーをして、檻の扉を開かないようにした。
「ああっ。千田祥子さん。何をするんですか?」
哲也は、あわてて、檻の扉の鉄柵を、揺すって、千田祥子に聞いた。
「ふふふ。先生。よくも、今まで、私を、こんな、地下室の檻の中に、2週間も、閉じ込めてくれたわね。わずかな、保存食だけ置いてって。ふふふ。立場の逆転よ。これからは、私が、先生を、この地下室の檻の中に、閉じ込めるわ。こんな監禁生活が、どんなものだか、うんと味わうがいいわ」
千田祥子は、刺すような、鋭い目つきで言った。
「千田祥子さん。愛は。僕たちの愛は。今、永遠の愛を誓い合ったばかりじゃないですか?」
哲也は、顔を青ざめて叫んだ。
「ふふふ。何が愛よ。私を裸にして、縛って、蝋燭を垂らしたり、革靴で顔を踏んだりと、さんざん、私を嬲りものにしておいて・・・・よくも、そんなことが言えたものね」
千田祥子は、冷血な目で、哲也を見た。
「ふふふ。先生。どうせ、先生は、この地下室の檻の中で死ぬんだから、冥途の土産として教えてあげるわ。私は、ここに、閉じ込められた時、どうしたら、ここから出られるか、必死で考えたのよ。最初の頃は、気が動転していたから、警察に訴える、と、言い続けたけど。それは、先生の計算どおり、現実的には、確かに出来ないわ。やはり警察に訴えて裁判沙汰にすることは出来にくいし。また力づくで抵抗しても、力の無い私では、腕力のある先生に、取り押さえられるだけだし。そこで、最初に、先生が、言った、コレクターの映画のことを、思い出したの。私は、あの映画は、観ていないけど。松田美智子の書いた小説、『女子高校生誘拐飼育事件』、を映画化した、『完全なる飼育』の映画は観たわ。少女がネクラ男に監禁されても、ネクラ男に、優しくされているうちに、少女は、ネクラ男を好きになるでしょ。その心理を、ストックホルム症候群、って言うんでしょ。そこで、私は、ストックホルム症候群におちいったふり、を演じたの。そうして、先生を好きになったように、演じていれば、きっと、油断して私の演技をホンモノだと信じるようになると思ったの。私は、女優に憧れていた時もあって、映画のエキストラに、何回か、出たり、映画の、ちょい役、も、何回か、やった経験があるから、演じることには、慣れているの。先生は見事に、ひっかかったわね」
千田祥子が、勝ち誇ったように言った。
「愛は。今、愛を誓い合ったじゃないですか。あれも、お芝居だったんですか?」
哲也は必死に訴えた。
「私は、映画、や、テレビドラマ、の撮影で、ちょい役、をやったことがあるわ。そのなかで、好きでもない男に、愛を告白したことは、何回も経験があるの。だから、平気で演技できるの。私、本当は女優になりたかったの。でも、なれなかったから、仕方なく、中央コンタクトに就職したの。だから、毎日がつまらなく、イライラしていたの。先生に冷たくしたのも、そういう、欲求不満もあるわ」
千田祥子が言った。
「そ、そんな・・・・」
「ところで、先生。着ている物を全部、脱いで裸になって下さい」
千田祥子が命令した。
「ど、どうしてですか?」
哲也が聞いた。
「だって、先生は、財布、とか、ポケットの中に、この檻の扉の、合鍵を持っているかもしれないじゃないですか」
哲也は、千田祥子の、用意周到な、用心深さに驚かされた。
哲也は、仕方なく、着ている服を脱いだ。
ワイシャツを脱ぎ、ズボンも脱いだ。
哲也は、ランニングシャツ、と、パンツだけになった。
「先生。下着も脱いで下さい」
千田祥子の命令に従って、哲也は、ランニングシャツ、と、パンツも脱いだ。
哲也は、丸裸になった。
「さあ。先生。それらを、鉄格子の隙間から、檻の外に出しなさい」
千田祥子に言われて、哲也は、仕方なく、着ていた服を、全部、鉄格子の隙間をくぐらせて、檻の外に出した。
「さあ。先生。手錠があるでしょ。私を最初に、ここに閉じ込めた時にした、手錠が。それを、手にとりなさい」
千田祥子に言われて、哲也は、手錠をとった。
「さあ。先生。手錠の片方を、先生の左足の足首にはめなさい」
言われて、哲也は、手錠の片方を、自分の左足の足首にはめた。
「それでは。手錠のもう片方を、檻の奥の鉄柵に、はめなさい」
言われて、仕方なく、哲也は、手錠のもう片方を、檻の奥の鉄柵に、はめた。
地下室には、もう一つ、手錠があった。
「じゃあ、もう一つの手錠を自分で右手にかけなさい」
言われて、哲也は、手錠を自分の右手にかけた。
「じゃあ、左手にも、手錠をかけなさい」
言われて、哲也は、その手錠のもう一方の輪を自分の左手にかけた。
「ああっ」
哲也は、手錠をかけて、しまったので、手が使えなくなった。
「ふふふ。これで、もう安全ね」
千田祥子は、不敵な冷徹な笑いをした。
彼女は、哲也が檻の外に出した、服を手にとった。
そして、ズボンのポケットの中から、財布を取り出した。
そして、財布の中を調べ出した。
千田祥子は、財布の中にある、運転免許証、銀行のキャッシュカード、クレジットカード、などを見つけた。
財布の中には、いくつかの鍵も入っていた。
「これは、何の鍵かしら」
そう言って、千田祥子は、一つの鍵を、檻の扉の鍵の部分に当てた。
ピッ、と音がして、扉が開いた。
「やっぱりね。合鍵をもっていたのね。財布をとっておいて、よかったわ」
千田祥子が言った。
「先生。銀行のキャッシュカードの暗証番号は?」
千田祥子が聞いた。
「そ、それは・・・・・・・」
哲也は言いためらった。
「教えてくれたら、いつか、ここを出してあげるわよ。教えてくれないのなら、永久にここから出さないわよ」
千田祥子が言った。
哲也の顔が蒼白になった。
「4321です」
哲也が言った。
「じゃあ、先生。私は、ここから出るわ。それじゃあ、先生。さようなら」
そう言って、千田祥子は、地上に出る階段の方に向かった。
「千田祥子さん」
哲也は千田祥子を、呼び止めた。
「なあに。先生?」
「い、いつ、来てくれるんですか?」
「さあ。それは、わからないわ」
千田祥子は、空とぼけた口調で言った。
「千田祥子さん」
また、哲也は千田祥子を呼び止めた。
「何?」
「お願いがあるんです」
「何?」
「こうやって、檻に手錠で、足をつながれてしまっては、保存食が食べられません。保存食の缶詰を僕の手の届く所に置いて下さい」
哲也は、生命の危機を感じて訴えた。
「近くにあるんだから、何とか、工夫して、とってご覧なさいよ」
千田祥子は、冷たく突き放した。
「それじゃあ、先生。さようなら」
そう言って、千田祥子は、地上に出る、階段を登った。
そして、地上に出ると、地下室の蓋を閉めた。
あとには、一人、哲也が残された。
哲也は、「死」の恐怖におそわれた。
千田祥子がやって来たのは、かなり経ってからだった。
時計がないので、何日、経ったか、わからない。
哲也は、空腹と、裸で、檻に足錠をされているため、ろくに眠ることも出来ず、頭が朦朧としていた。
地下室の蓋がギイーと開いた。
そして、千田祥子が、階段を降りてきた。
カツーン、カツーン、という、乾いた音が、静まり返った、地下室に響いた。
「あっ。千田祥子さん。来てくれたんですね。ありがとう」
哲也は、千田祥子を、見つけると、檻の中で、千田祥子に近づこうとした。
「千田祥子ちゃん。今日は、令和何年の何月ですか?」
「今日は、令和3年5月8日です」
「そうですか。すると、僕は、1週間、ここに、閉じ込められていた、ということになりますね」
「ええ。そうよ。私、解放された時に、さんざん弄ばれた、仕返しに、1週間は、先生を監禁しようと、思いましたもの」
「千田祥子さん。僕は、1週間、飲まず食わず、で、腹ペコです。ベッドに寝ることも、出来ず、気が狂いそうです」
「ふふふ。どう。これで、監禁される、苦しみがわかったでしょう」
「は、はい。とくと」
「先生。キャッシュカードで調べたら、先生は、500万円、貯金してありましたね。その内、300万円、引き下しました。でも、全額は、引き下しません。家賃、水道料、電気代、など、自動引き落としになっていますからね。ある程度は、銀行にお金を残しておかないと、自動引き落とし、が、ストップして、家賃の催促、が来て、怪しんで、警察沙汰になるでしょうから」
「は、はい。千田祥子さま。300万円、は、千田祥子さまに、差し上げます。ですから、どうか、何か、食べ物を下さい。お腹が、ペコペコで死にそうです」
「わかったわ。どうせ、そうだろうと、ホカホカご飯の入った電子ジャーを持ってきたわ」
哲也は左足を、檻の鉄柵につながれているので、千田祥子に触れることが出来ない。
仮に出来たとしても、1週間、飲まず食わず、なので、体力も気力も、極度に低下して餓死寸前だった。
なので千田祥子は檻の扉を開けて、檻の中に入ってきた。
千田祥子は、電子ジャーを開けて、大きな丼に、ホカホカのご飯を盛った。
「あ、有難うございます。千田祥子さま。やはり、あなた様は、優しいお方だ」
「ふふふ。それはどうかしら」
「えっ。それは、どういう意味ですか?」
「先生。ちょっと、後ろを向いて下さい」
「どうしてですか?」
「私。ちょっと、オシッコがしたくなっちゃったの。だから、スカートをはしょって、パンティーを降ろさなきゃならないでしょ。だから、見ないで」
「は、はい」
哲也は後ろを向いて目をつむった。
何か、ゴソゴソと音がした。
シャー、という音がした。
その音が何かは、明らかだった。
「さあ。先生。もう、こっちを向いてもいいわよ」
言われて、哲也は、千田祥子の方を見た。
彼女は、大きな丼に、入った、ご飯を、哲也の前に、トン、と置いた。
「さあ。先生。食事よ」
哲也は、丼の中を見て、驚いた。
丼の中は、ご飯に、湯気の出ている、黄色がかった水が、加わっていたからである。
「こ、これは?」
「ふふふ。先生。ご飯だけでは、味気がないでしょ。だから、塩味のリゾットにしてあげたの。どう。食べる?それとも、食べない?」
それは、間違いなく、千田祥子の、オシッコだった。
哲也は、一瞬、迷ったが、背に腹はかえられない。
「た、食べます」
そう言って、哲也は、千田祥子の小水が、かかった、リゾット、を食べた。
「どう。美味しい?」
千田祥子が聞いた。
「は、はい。美味しいです」
哲也は、答えた。
その時。
千田祥子が、うっ、と、顔をしかめて、腹を押さえた。
「どうしたんですか?千田祥子さん。お腹の具合が悪いんですか?」
哲也が聞いた。
「何でもないわ。それより、先生。ご飯、もっと食べたい?」
千田祥子が聞いた。
「は、はい」
哲也は、答えた。
当然である。1週間、全く何も食べていないのである。
ご飯一杯では、腹は満たされなかった。
「じゃあ、ご飯を、もう一杯、食べさせてあげるわ」
千田祥子が言った。
そして、丼の中に、電子ジャー、から、杓文字で、ホカホカの、山盛りご飯を盛った。
哲也は、それを見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ふふふ。ただのご飯じゃ、味気ないでしょ」
千田祥子が言った。
哲也は、千田祥子は、また、オシッコをかけるのか、と思った。
しかし、違った。
「さあ。先生。後ろを向いて。そして、目をつぶって」
「どうしてですか?」
「私、スカートをめくって、パンティーを降ろさなくちゃならないの。女なら、男に、そんな姿を見られたくないのは、当然でしょ」
言われて、哲也は後ろを向いて、目をつぶった。
「ふふふ。先生。私。今朝、下剤を飲んできたの。そして、水もたくさん、飲んできたの」
千田祥子が、思わせ振りな口調で、哲也の背後から、声をかけてきた。
「ま、まさか・・・」
一瞬、世にも、おそろしいこと、が哲也の頭をよぎった。
ガサゴソと、服と肌が擦れ合う、衣擦れ、の音がした。
千田祥子がスカートをはしょって、パンティーを降ろしているのだろう。
しばしして。
ブリブリブリー。
激しい爆発音が聞こえた。
哲也は、真っ青になった。
この弾けるような、噴出音は、人生で、何度も聞いているので間違いない。
そして、ティッシュペーパーで、カサコソと、拭く音が聞こえた。
そして、また、服と肌が擦れ合う、衣擦れ、の音がした。
「先生。もう、こっちを向いていいわよ」
哲也は、振り返って、千田祥子を見た。
千田祥子は笑って立っていた。
そして、丼のご飯には。
ああ。神よ。
それは、人間がしてはならないことだった。
丼の中の、ご飯には、茶色い、ドロドロした流動物が、かけられていた。
一見すると、それは、カレーライスに似ていた。
「さあ。先生。どうぞ」
そう言って、千田祥子は、丼を哲也の前に置いた。
「こ、これは・・・」
哲也は、その先を言うことが出来なかった。
「食べる?それとも、食べない?」
千田祥子が、意地悪な目で聞いた。
哲也の腹が、グー、と鳴った。
背に腹は代えられない。
「た、食べます」
哲也は、やけくそになって、千田祥子の排泄物のかかった、ご飯を、貪り食った。
「やだー。先生って、ウンチまで食べちゃうのね」
千田祥子は、カラカラと悪戯っ子のように笑った。
哲也は、あらためて、千田祥子の残忍さに、気づかされた。
「も、もう、意地悪しないで下さい」
哲也は泣きながら、訴えた。
「ふふふ。先生。先生は、私を監禁した日から、順子に、しゃぶしゃぶ、を奢ったり、一緒にボウリング場に行ったりしたのね。順子から、聞いたわ」
「クリニックはどうなっているのですか?」
「代診の先生に来てもらって、診療しているわ」
千田祥子は哲也に近づいた。
哲也は、手錠を体の前で縛られているので、手を使うことは出来る。
だから、哲也は千田祥子が近づいて来たら、彼女の手や足をつかむことは出来る。
それを察してか、千田祥が、こう言った。
「先生。私をつかもうとしても無駄ですよ。私。ある親しい友達に封筒を渡して、言っておいたんです。もし、私が、1週間以上、いなくなったら、封筒を開けて下さい、と頼んでおいたのです。封筒の中には、『私は先生に監禁されています。警察に通報して下さい』と書いた手紙があります。ここの住所も書いておきました。先生は、私が監禁されている時、私を裸にして、縛って、SМプレイをしたでしょ。先生は、スマートフォンで、恥ずかしい私の姿を撮影したでしょ。その写真も同封しておきました。この地下室も、写真には、写っています。だから、警察も、私のいう事を信じて捜査するでしょ。だから。先生は、私を、つかまえることは、出来ませんよ」
哲也は、千田祥子の用心深さ、に感心した。
「そ、そんなこと、しません。僕は、1週間、飲まず食わず、で、体力が弱っています。とても、あなた、と格闘することなんて、出来ません」
哲也が言った。
「ふふふ。先生。丸裸でみじめですね。立場の逆転ね。監禁されていた女が、監禁した男を、逆に、監禁しかえすなんて。何て愉快なんでしょう」
千田祥子は、ふふふ、と勝ち誇ったように笑った。
千田祥子は、こういう気の強い女なのである。
千田祥子は、ハイヒールを哲也の顔の前に差し出した。
「さあ。お舐め」
千田祥子は、女王様のように、哲也に命じた。
「は、はい」
哲也は、千田祥子の差し出した、ハイヒールに顔を近づけた。
そして、舌を出して、ハイヒールを、ペロペロ舐めた。
「ふふふ。いい様ね。私、一度、先生を、こうして、虐めてみたかったの」
そう言うと、千田祥子は、ハイヒールで、哲也の顔を踏んだ。
彼女は、体重を乗せて、グリグリと遠慮なく、哲也の顔を踏みつけた。
「ああー」
哲也は踏みつけられて歪んだ顔の中から、苦しげな表情で声を出した。
「ふふふ。先生。先生は、私が好きなんでしょ」
「は、はい。そうです」
「なら、私の足を舐めながら、オナニーしてご覧なさい」
そう言って、千田祥子は、ハイヒールを脱いで、素足になった。
そして、その素足を哲也の顔に突き出した。
「は、はい」
哲也は、千田祥子の、足指を舐め出した。
「もっと、足指の根元まで、しゃぶりなさい」
千田祥子が非情な言い方で言った。
「は、はい」
哲也は、千田祥子の、足指の根元まで、しゃぶった。
だんだん、哲也の、おちんちん、が勃起してきた。
「ふふふ。先生。おちんちん、が勃起していますよ。変態ね。先生はマゾなんでしょう?」
「は、はい。そうです」
「じゃあ、オナニーしなさい」
「は、はい」
哲也は、千田祥子の足指を舐めながら、勃起した、おちんちん、を握った。
そして、しごき出した。
千田祥子は、ふふふ、と笑い、素足で、哲也の顔を、グリグリと踏みつけた。
「こんなこと、されても私が好き?」
「は、はい。好きです。千田祥子様」
哲也は、だんだん、ハアハアと、息が荒くなっていった。
そして、
「ああー。出るー。千田祥子様。愛しています」
と、叫んで、大量の、精液を放出した。
精液は、放射状に、勢いよく、飛び散った。
「わあ。すごく、いっぱい、出したわね。こんなことされて、興奮して射精するなんて、先生は、すごいマゾなのね」
千田祥子が言った。
「じゃあ、私は帰るわ。帰って、順子とボウリングして、その後、和食さとの、しゃぶしゃぶ、を食べて、それから、アパートに帰って、柔らかくて、温かい、西川の布団に入って、寝るわ」
そう言って、千田祥子は、檻の中から出て、檻の扉に鍵をかけた。
「待って下さい。千田祥子さん。今度は、いつ、来てくれるのですか?」
哲也が聞いた。
「さあ。いつかしら。わからないわ。先生だって、私を監禁した時、次、いつ来てくれるか、教えてくれなかったじゃない」
そう言って、千田祥子は、地下室から地上に出る階段を登って行った。
そして、千田祥子は、1階に出ると、地下室の蓋を閉じた。
あとには、丸裸で、手錠をして、足錠によって、檻の鉄柱に結びつけられて、動けない哲也が残された。
・・・・・・・・・・
その次に、千田祥子がやって来たのは、かなり経ってからだった。
時計がないので、何日、経ったかは、わからない。
哲也は、空腹と、裸で、檻に足錠をされているため動けず、そのため、ろくに眠ることも出来ず、頭が朦朧としていた。
地下室の蓋がギイーと開いた。
そして、千田祥子が、階段を降りてきた。
カツーン、カツーン、という、乾いた音が、静まり返った、地下室に響いた。
「あっ。千田祥子さん。来てくれたんですね。ありがとう」
哲也は、千田祥子を、見つけると、檻の中で、千田祥子に近づこうとした。
しかし、哲也は、左足を手錠で、檻の鉄柵につながれているため、檻の中を自由に動けない。
「千田祥子さん。今日は、令和何年の何月ですか?」
「今日は、令和3年5月15日です」
「そうですか。すると、僕は、前回から、1週間、ここに、閉じ込められていた、ということになりますね」
「ええ。そうよ」
「先生。お腹が空いているでしょう?」
「は、はい。何か、食べさせて下さるのでしょうか?」
また、オシッコやウンチのかかった、ご飯を食べさせられるのだろうが、極度の空腹の哲也には、それでも構わなかった。
劉邦の妻の呂后は、劉邦に愛されず、劉邦は、戚という女性を寵愛した。
劉邦が死ぬと、嫉妬に狂った呂后は、戚を厠に入れて、人糞を食わせて飼う、という残酷なことをした。
千田祥子も、呂后に、負けず劣らず、残忍だと哲也は思った。
しかし千田祥子は以外なことを言った。
「先生。今日で、監禁は、終わりにしてあげます。今日で、この地下室から出してあげます」
哲也は、耳を疑った。
「あ、有難うございます」
「でも、先生。自由になっても、もう、私を、監禁することは、出来ませんよ」
「そんなこと、しません。でも、どうしてですか?」
「前にも言ったけれど。先生。私をつかもうとしても無駄ですよ。私。ある親しい友達に封筒を渡して、言っておいたんです。もし、私が、1週間以上、いなくなったら、封筒を開けて下さい、と頼んでおいたのです。封筒の中には、『私は先生に監禁されています。警察に通報して下さい』と書いた手紙があります。ここの住所も書いておきました。先生は、私が監禁されている時、私を裸にして、縛って、SМプレイをしたでしょ。先生は、スマートフォンで、恥ずかしい私の姿を撮影したでしょ。その写真も同封しておきました。この地下室も、写真には、写っています。だから、警察も、私のいう事を信じて捜査するでしょ。だから。先生は、私を、つかまえることは、出来ませんよ」
哲也は、千田祥子の用心深さ、に感心した。
「わかっています。もう、千田祥子さんを、監禁したりしません」
「私も、先生に監禁されたことは、言いません。監禁された仕返しとはいえ、私も先生を監禁しちゃったし。私も犯罪を犯しちゃったし。先生の銀行預金から、300万円も、盗ってしまったし。300万円なんて、私にとっては一年分の給料だわ。だから警察沙汰には、したくありません。そもそも、先生が私を監禁したのは、私が好きだからでしょ。私も、先生を、そんなに嫌いじゃないし・・・」
「あ、ありがとう。千田祥子さん」
千田祥子は、檻の扉を開けた。
そして、檻の中に入ってきた。
そして、彼女は、僕の、手錠、と、足錠、を外してくれた。
「はい。先生。服よ。先生のアパートから持ってきたわ」
そう言って、千田祥子は、哲也に、服を渡してくれた。
もちろん哲也がよく着ている服である。
哲也は、渡された服を着た。
「さあ。先生。出なさい」
千田祥子に言われて、哲也は、千田祥子と一緒に、檻から出た。
もう、哲也は、千田祥子を、仕返しの仕返し、で、力づくで、彼女を監禁する気はしなかった。
彼女を監禁しても、1週間したら、誰かは知らないが、彼女の親しい友達が、封筒を開けて、警察に通報されるからだ。
封筒を渡した親しい友達、とは、誰だかは、わからないが、順子さんか、高校の同級生か、あるいは、彼女の父親か、母親、か、だろう。
それに、哲也は、2週間も、飲まず食わず、で、手錠で、手足を拘束されて、身動きのとれない監禁生活のため、筋力も落ち、体を動かす体力も気力もなかった。
哲也と千田祥子は、地下室から地上に出た。
哲也は、体力が弱っていたので、千田祥子は、哲也を助手席に乗せ、彼女が車を運転し、哲也のアパートまで、連れて行った。
「ありがとう。千田祥子さん」
哲也は、千田祥子にお礼を言った。
「先生。300万円の内、200万円は、返しましょうか?ちょっと、先生に悪いです」
「いえ。いいんです。元々、僕が、あなたを、拉致監禁したのが、悪いのですから。どうか、受け取って下さい」
「じゃあ、お言葉に甘えて、頂きます」
そう言って、千田祥子は、車を降りて、歩き出した。
哲也は、家に入った。
久しぶりの家である。
哲也は、腹が減って死にそうだったので、ピザハットに電話して、大きなピザを届けてもらった。
哲也は、それを一気に貪り食べた。
そして、歩いてすぐ、近くの、コンビニに行って、たくさんの、食料を買って、家に持ち帰って、貪り食った。
哲也は、パジャマを着て、布団の上に横たわった。
「ああ。柔らかくて、温かくて、布団は、いい物だな」
地下室の檻の中では、ずっと、裸で、冷たく、固い、床の上、で、しかも、手錠、足錠を、されていたので、柔らかい布団は、最高に、心地よかった。
2週間の監禁生活の疲れのため、哲也は、泥のように眠った。
哲也は、丸一日、爆睡した。
・・・・・・・・・・・・
翌日、起きると、哲也は、腹一杯、食べたことと、十分、眠ったことで、体力は回復していた。
哲也は、携帯電話で、千田祥子に電話した。
仕事の連絡上、哲也の携帯電話には、千田祥子の携帯電話の番号は登録されていた。
「千田祥子さん。お会い出来ないでしょうか?」
「ええ。いいわよ」
千田祥子は、容易に哲也の頼みを聞いてくれた。
「どこで、お会いしましょうか?」
哲也が聞いた。
「私が先生の家に行きます」
千田祥子が言った。
「ありがとう。待っています」
・・・・・・・・・・
哲也は、千田祥子が来るのを、この上なく楽しげな気分で待った。
1時間ほどして、千田祥子が、来た。
「やあ。千田祥子さん。来てくれて有難う」
哲也は笑顔で言った。
「お邪魔します」
そう言って、千田祥子は、哲也の家に入った。
六畳の畳の部屋で、哲也は千田祥子と向き合った。
「千田祥子さん」
哲也は、あらたまった口調で切り出した。
「はい。何でしょうか?」
「では、僕の計画したこと、僕の思い、を、正直に述べましょう」
と、言って哲也は話し出した。
「僕が、あなたを、監禁しようと決断するのには、すごい勇気が要りました。なにせ犯罪ですから。僕は、あなたに警察に訴えられたら、新聞にも載るし、テレビでも報道されて、社会的地位を失うでしょう。ですから、あなたを、監禁するのには、すごい勇気が要りました。しかし、僕と、あなたは、仕事上で付き合っている関係です。お互い、見知らぬ間柄ではありません。なので、警察沙汰には、しないでくれると思いました。僕はあなたが好きです。なので、監禁しても、親切にしてあげれば、ストックホルム症候群によって、きっと僕に好意を持ってくれる、と、考えました。あなたが、僕を、「好きです。結婚して下さい」、とまで言ってくれて、僕は、自分の計画が成功して、大喜びしました。しかし、あなたを、檻から出す時には、不安もありました。案の定、あなたは、ストックホルム症候群を知っていて、それを逆手にとって、演技していましたね。迫真の演技でした。僕は、あなたの演技を、90%、本当だと確信しました。しかし、あれは、あなたの演技で、僕は、まんまと、だまされて、逆に監禁されてしまいましたね。しかし、僕は、その可能性も、10%くらいは、あり得ると、最初から思っていました。しかし、僕は、それでもよかったんです。それも、計算の内だったんです」
哲也は言った。
「どういうことですか?」
千田祥子が聞いた。
「僕は、あなたが好きです。あなたが、僕に、好意を持ってくれなくても、冷たくされても、僕はあなたが好きでした。ないものねだり、とでも言いましょうか。そして、僕は、マゾです。僕は、あなたに、むごく、虐められれば、虐められるほど、嬉しかったんです。あなたは、マゾの心理がわからないでしょうが、マゾとは、そういうものです。虐められてもいいから、好きな人と関係を持ちたいんです。いや、好きな人に、むごく虐められれば虐められるほど、マゾは快感を感じるんです。だから、僕は、あなたに、地下室の檻の中に、閉じ込められて、ほったらかしにされて殺されても、幸せだったんです。しかし、あなたは、僕を殺さないでくれました。あなたは、気が強くて、僕を嫌っていますが、あなたには、どんなに、僕を虐めても、僕を殺すまでの勇気はない、とも思っていました」
哲也は語った。
千田祥子は、あっけにとられたような顔で哲也を見た。
「せ、先生。そこまで計算していたんですか。知りませんでした。確かに、私は、ストックホルム症候群におちいったかのような演技をしました。それしか脱出する方法は無いと思ったからです。しかし、あれは、演技だけではなかったんです。私は本当に、ストックホルム症候群に、なって、先生が来てくれると嬉しかったんです。でも、まさか、先生を監禁した時に、先生が、そんなこと、を感じていたなんて、知りませんでした」
千田祥子は、一気に喋った。
千田祥子の目に涙が浮かんでいた。
「先生。私のことを、そこまで、想って下さっていたなんて・・・。嬉しいです」
そう言って、千田祥子は、哲也の手を、ギュッ、と握りしめた。
・・・・・・・・・・・・・
翌日から、哲也は、眼科クリニックの院長に復帰した。
哲也のいない間に診療してくれた、代診の先生は、哲也の復職と、入れ替わるように、辞めた。
全てが元にもどった。
千田祥子は、哲也に結婚して欲しい、とまでは、言わなかった。
それは、哲也もわかっていた。
哲也にとって、「愛」とは、奪うものではなく、与えるものだった。
哲也は、千田祥子が、将来、本当に、好きな人が出来て、結婚して、幸せになってくれることを、心の内に、願っていた。
唯一、変わったことと言えば。
千田祥子が、患者のカルテを、哲也に渡す時、「はい。先生」と、ニコッと笑顔で渡すようになったことくらいである。
以前は、千田祥子が哲也にカルテを渡す時は、無言で、カルテ入れの箱に、置くだけだった。


2021年5月20日(木)擱筆

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