ブログ版渡辺松男研究2(13年2月)【地下に還せり】『寒気氾濫』(1997年)9頁~
参加者:崎尾廣子、鈴木良明、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放
9 八月をふつふつと黴毒(ばいどく)のフリードリヒ・ニーチェひげ濃かりけり
(レポート)
ニーチェの肖像写真には彼の思想の一端を垣間見ることができる。ニーチェは強度の近視のため、絵画など視覚に訴えるタイプの芸術には関心を欠いていたが、自分自身を被写体にした肖像写真には大層興味を示した。写真がまだ安価とはいえない時代に、髭をはやし始めた大学時代以降、様々なポーズで頻繁に写真を撮っている。髭の濃さは半端ではなく、鬱蒼として暑苦しい攻撃的な口鬚。髪も眉も口髭も生来やわらかく明るい褐色であり、肉体も繊細でしなやかで女性的な容姿なのに、本質を過剰に埋め合わせるような鬚である。八月という季節もその過剰な髭にふさわしい。作者は、ニーチェの相矛盾した過剰な面に共鳴し、自己に重ね合わせて、第一歌集の冒頭歌として配置したのではないか。なお、ニーチェの精神錯乱と進行生の麻痺の原因については、二十世紀前半までは黴毒説が有力だったが、これが原因だとほとんどが三年以内に死亡しており、ニーチェは十一年後に死亡したので、現在は支持されていない。(鈴木)
(当日意見)
★第一歌集の冒頭にニーチェを置いているのはそれだけ思い入れが強いからだろう。(ニーチェの髭の
濃い写真の本を示して)渡辺さんは哲学科だから、ニーチェは身体にしみこんでいるのだろう。私は
高校時代にこの本(高橋健二・秋山英夫訳『こうツァラツストラは語った』……以後『ツァラツスト
ラ』と略記)を読んでいるが、最初は詩として読んで陶酔したり、永劫回帰をリアルに怖がって震え
上がったりした。それ以後もただ読み流してきただけなので身に付いていない。渡辺さんの歌を読ん
でいると、今に至るまで、ああこれはニーチェだと思われる歌がたくさんある。(鹿取)
★渡辺さんが小さいときから考えてきたことと、ニーチェの言っていることが符合したのだろう。
影響を受けたというよりも、自分の考えたことを歌にしていたら、ああニーチェも同じようなこ
とを言っていると発見したのではないか。だから、ニーチェとは別な視点がある。(鈴木)
★もちろん渡辺さん自身の思索もすごい。またニーチェからだけではなく様々な思想家や作家から
影響を受けている。それらみんなひっくるめてオリジナルなものになっている。(鹿取)
★鈴木さんの話を聞いていると、渡辺さんはゆとりをもって詠んでいらっしゃると思える。ちゃ
んとニーチェを咀嚼している。(崎尾)
★「ふつふつと」というところが渡辺さん独特のとらえ方。生々しくとらえている。(鈴木)
★ニーチェが爆発して狂気に至る内面を「ふつふつと」で表現している。ニーチェの圧倒的な力と
いうものを表している。(鹿取)
★ニーチェをうたったどの歌も渡辺さんはニーチェに呑み込まれていない。乗り越えている感じが
する。(鈴木)
★そうですね、同感です。渡辺さんはいちいちニーチェを念頭に置いて作っている訳ではなく、歌
は彼独特の生活とか思考から導き出されている。(鹿取)
★ニーチェにかなり自分を重ねているのだろう。精神を病んだところもニーチェと渡辺さんは共通
している。(鈴木)
★大井学さんの評論に「ニーチェとの対話―渡辺松男」(「かりん」一九九八年八月号)がありま
す。鈴木さん同様渡辺さんの歌とニーチェを関連させて読んでいます。また、坂井修一さんの第
一歌集『ラビュリントスの日々』の冒頭歌は「雪でみがく窓 その部屋のみどりからイエスは離
(さか)りニーチェは離る」です。第一歌集の冒頭歌に二人ともニーチェを詠っているのですが、
渡辺さんのニーチェは生々しく自己に迫っていて、坂井さんは意志的にニーチェを遠ざけている
感じがします。ふたりの生の姿勢かな、違いが分かって面白いと思いました。(鹿取)
(後日意見)(15年4月)
キリスト教的道徳を批判し「神は死んだ」と語ったニーチェは、それまでの価値観を覆したという以上に、スキャンダラスであった。それは哲学に、ニーチェという生身の人間を登場させたことである。これまでの著作は個人的要素を排除し、客観的な表現をすることで、哲学の学問が成立していたが、ニーチェは過剰なまで自分の肉声を響きわたらせた。『ツァラトゥストラ』の主人公はニーチェその人であり、語り口は不気味で、挑発的である。
歌は、ふつふつというオノマトペによって、黴毒の病原菌(スピロヘータ)が増殖して、体ばかりではなく、精神を蝕んでいく様子を伝えてリアルである。8月というのは、ニーチェが亡くなった月であるが、病原菌や髭が夏草のように繁茂し、増殖してゆくような生々しい季節でもある。(石井彩子)
参加者:崎尾廣子、鈴木良明、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放
9 八月をふつふつと黴毒(ばいどく)のフリードリヒ・ニーチェひげ濃かりけり
(レポート)
ニーチェの肖像写真には彼の思想の一端を垣間見ることができる。ニーチェは強度の近視のため、絵画など視覚に訴えるタイプの芸術には関心を欠いていたが、自分自身を被写体にした肖像写真には大層興味を示した。写真がまだ安価とはいえない時代に、髭をはやし始めた大学時代以降、様々なポーズで頻繁に写真を撮っている。髭の濃さは半端ではなく、鬱蒼として暑苦しい攻撃的な口鬚。髪も眉も口髭も生来やわらかく明るい褐色であり、肉体も繊細でしなやかで女性的な容姿なのに、本質を過剰に埋め合わせるような鬚である。八月という季節もその過剰な髭にふさわしい。作者は、ニーチェの相矛盾した過剰な面に共鳴し、自己に重ね合わせて、第一歌集の冒頭歌として配置したのではないか。なお、ニーチェの精神錯乱と進行生の麻痺の原因については、二十世紀前半までは黴毒説が有力だったが、これが原因だとほとんどが三年以内に死亡しており、ニーチェは十一年後に死亡したので、現在は支持されていない。(鈴木)
(当日意見)
★第一歌集の冒頭にニーチェを置いているのはそれだけ思い入れが強いからだろう。(ニーチェの髭の
濃い写真の本を示して)渡辺さんは哲学科だから、ニーチェは身体にしみこんでいるのだろう。私は
高校時代にこの本(高橋健二・秋山英夫訳『こうツァラツストラは語った』……以後『ツァラツスト
ラ』と略記)を読んでいるが、最初は詩として読んで陶酔したり、永劫回帰をリアルに怖がって震え
上がったりした。それ以後もただ読み流してきただけなので身に付いていない。渡辺さんの歌を読ん
でいると、今に至るまで、ああこれはニーチェだと思われる歌がたくさんある。(鹿取)
★渡辺さんが小さいときから考えてきたことと、ニーチェの言っていることが符合したのだろう。
影響を受けたというよりも、自分の考えたことを歌にしていたら、ああニーチェも同じようなこ
とを言っていると発見したのではないか。だから、ニーチェとは別な視点がある。(鈴木)
★もちろん渡辺さん自身の思索もすごい。またニーチェからだけではなく様々な思想家や作家から
影響を受けている。それらみんなひっくるめてオリジナルなものになっている。(鹿取)
★鈴木さんの話を聞いていると、渡辺さんはゆとりをもって詠んでいらっしゃると思える。ちゃ
んとニーチェを咀嚼している。(崎尾)
★「ふつふつと」というところが渡辺さん独特のとらえ方。生々しくとらえている。(鈴木)
★ニーチェが爆発して狂気に至る内面を「ふつふつと」で表現している。ニーチェの圧倒的な力と
いうものを表している。(鹿取)
★ニーチェをうたったどの歌も渡辺さんはニーチェに呑み込まれていない。乗り越えている感じが
する。(鈴木)
★そうですね、同感です。渡辺さんはいちいちニーチェを念頭に置いて作っている訳ではなく、歌
は彼独特の生活とか思考から導き出されている。(鹿取)
★ニーチェにかなり自分を重ねているのだろう。精神を病んだところもニーチェと渡辺さんは共通
している。(鈴木)
★大井学さんの評論に「ニーチェとの対話―渡辺松男」(「かりん」一九九八年八月号)がありま
す。鈴木さん同様渡辺さんの歌とニーチェを関連させて読んでいます。また、坂井修一さんの第
一歌集『ラビュリントスの日々』の冒頭歌は「雪でみがく窓 その部屋のみどりからイエスは離
(さか)りニーチェは離る」です。第一歌集の冒頭歌に二人ともニーチェを詠っているのですが、
渡辺さんのニーチェは生々しく自己に迫っていて、坂井さんは意志的にニーチェを遠ざけている
感じがします。ふたりの生の姿勢かな、違いが分かって面白いと思いました。(鹿取)
(後日意見)(15年4月)
キリスト教的道徳を批判し「神は死んだ」と語ったニーチェは、それまでの価値観を覆したという以上に、スキャンダラスであった。それは哲学に、ニーチェという生身の人間を登場させたことである。これまでの著作は個人的要素を排除し、客観的な表現をすることで、哲学の学問が成立していたが、ニーチェは過剰なまで自分の肉声を響きわたらせた。『ツァラトゥストラ』の主人公はニーチェその人であり、語り口は不気味で、挑発的である。
歌は、ふつふつというオノマトペによって、黴毒の病原菌(スピロヘータ)が増殖して、体ばかりではなく、精神を蝕んでいく様子を伝えてリアルである。8月というのは、ニーチェが亡くなった月であるが、病原菌や髭が夏草のように繁茂し、増殖してゆくような生々しい季節でもある。(石井彩子)