幕末の国学者・歌人・書家である橘曙覧(あけみ)は「独楽吟」52首を残している。1994年、当時の天皇、皇后両陛下がアメリカを訪問した折、ビル・クリントン大統領が歓迎の挨拶の中で、「独楽吟」の一首「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を引用してスピーチをしたことで、一般にも橘曙覧の名が知られるようになり、「独楽吟」も有名になった、という話を以前に書いた。
もう20年ほど前、高校の国語の授業でこの本歌取りを作らせたら大変面白い作品が作られたので、ほんの一部を紹介したい。
まずは10首くらい、橘曙覧の歌を生徒に紹介してから、作らせた。
b たのしみは銭なくなりてわびをるに人の來たりて銭くれしとき
橘曙覧
c たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひのほかに能くかけし時
d たのしみはまれに魚煮て兒等皆がうましうましといひて食ふとき
生徒作品
① たのしみは私の自転車抜いたバス信号待ちで抜き返すとき
高校生らしい素直で誰でも共感できる作品。こういう競争心ってあるなあ。
② たのしみは何にもなんにもないけれどこの空の下生きているとき
初めて作ったのにリズム感がとてもよい。2句目繰り返しがここちよく響いて8音なのに気にならない。たのしみはというテーマで否定から入るのもなかなかの技だが、何よりも生きるということをきちんと捉えていて感動させられた。
次にちょっとアレンジして「かなしみは~とき」というのも作らせてみた。
③かなしみは推理ドラマのトリックを常よりはやく見破りしとき
この歌は少し解説がいる。というのは、橘曙覧の歌だけでは現代性に欠け、真似がしにくいだろうと何首か私が見本を示す為に書いた歌の中に次のような歌があった。
④ たのしみは推理ドラマのトリックを常よりはやく見破りしとき
だから最初生徒がこの歌を書いてきたとき、「駄目じゃん、こんなズルしちゃ!」と怒った。でもしばらく見ているうちに分かった!!なるほど、推理ドラマのトリックって最後まで分からずにはらはらするのが楽しいので、早く分かっちゃったらつまらないかもなあ。「たのしみは」より「かなしみは」の方がこれはあうわ。ということで、みんなの前のこの生徒の機転をいたく褒めたことだった。
⑤ かなしみは鼻毛が伸びて切ろうとし手先が狂って肉を切るとき
⑥ かなしみはこいつだけはと信じてた友が女と帰るの見たとき
⑥は自分よりもてないだろうと思っていた友人が彼女と下校していくのを呆然と見送っているシーン、こんなのを思いつくセンスが楽しい。
いずれにしろ、「かなしみは」は「たのしみは」より少し捻りが必要なようだ。
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