かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 339(スイス)

2019-09-20 23:29:11 | 短歌の鑑賞
 馬場あき子旅の歌47(2012年1月実施)
   【アルプスの兎】『太鼓の空間』(2008年刊)170頁~
    参加者:N・I、K・I、井上久美子、崎尾廣子、鈴木良明、T・S、
    曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:藤本満須子 司会とまとめ:鹿取 未放
    
   
339 クールといふ街は週末の夜の深さ月下の美人咲かんと動く

          (レポート)
 「かりん」2006年9月号に次の7首が載っている。参考までに挙げる。
      雨深き一夜さかのぼる闇の中月下美人の白きところあり
      月下美人二つ咲きたり床の辺に寝ななといへど匂ひて寝(い)ねず
      一夜花咲くを見てをりゆるやかに咲ききりたれば心乱るる
      一夜見てきぬぎぬのごとしをれなばいかにかせまし月下の美人
      月下の美人こよひ床の辺にかをれるを明けなばひとりわが寝ねてあらん
      対きあひて酌むゆたけさもさびしけれ人去りてわれと月下の美人
      アンデルセンの夢にもなかりし月下美人咲かんとゆらぐ白に觸れたり

 スイスは国土の半分以上が山岳地、四千メートルを超える峰峰と切り立った深い谷、鉄道路線が網の目のように広がり、登山電車が繋いでいる。さて、どういうルートで到着しただろうか、ここからはスイス最古の町クールだ。オーストリアに接するこの町は歩いてまわるのにちょうどいい大きさという。小さい町の小さいホテルに作者は一泊した。ホテルの観光客や登山客は旅の疲れ、列車の疲れで寝静まっている。しかし作者は今まさに咲こうとしている月下美人を夜のしじまにじっと待っているという情景だろう。2、3句の「週末の夜の深さ」結句の「咲かんと動く」の終止形が今まさに咲こうとしている月下美人、その瞬間をじっと待っている作者の期待と興奮を伝えている。臨場感あふれる一首。(藤本)


     (まとめ)
 「ホテルの観光客や登山客は旅の疲れ、列車の疲れで寝静まっている。」というのはレポーター の想像で、そうも言い切れないのではないか。冒頭に挙げられた7首の歌を読むと、3首めに「床 の辺に」とあるので、ホテルの個室なのだろう。それぞれの部屋に月下美人があったのか、作者 は先生の立場だったので特別置かれたものかは分からないが。たとえ、他の部屋から賑やかな声 が聞こえていたとしても、この歌では捨象されているのだろう。「動く」という動詞によってス ローモーション画像のように花弁が開いていく様子をよく伝えている。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠 338(スイス)

2019-09-19 18:58:52 | 短歌の鑑賞
 馬場あき子の外国詠46(2011年12月実施)
     【氷河鉄道で行く】『太鼓の空間』(2008年刊)167頁~
     参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、たみ、藤本満須子、渡部慧子
     レポーター:崎尾 廣子 司会とまとめ:鹿取 未放
    

338 永世中立の国にもとびきりの産業なしはるかなる憧れとして天にある山

     (当日意見)
★よく分からない。「国にも」の「も」が不思議だ。上の句は傲慢な感じがする。肯えない。
  (藤本)
★作者は平和に強い関心がある。地球のみんなが憧れる平和を体現すべくスイスは永世中立を宣言
 している国である。にもかかわらずそれを支える産業がないことへの驚きがこの歌にはある。ま
 た、中米にも永世中立国は在る。スイスは中立とはいえ武力は持っている。永世中立であること
 も、「天にある山」も世界の人々の憧れである。(たみ)
★藤本さんの発言の「国にも」の「も」の説明は、「たみ」さんの「にもかかわらず」の意見で解
 決する。また、「永世中立の国にもとびきりの産業なし」という上の句は事実を言っているだけ
 なので傲慢だとは思わない。トルコ詠の「苦悩なき顔もて貧しき老爺たち夕べのチャイを道にゐ
 て飲む」とか「宗教が貧しさを苦とせざることトルコの旅に憩ひさびしむ」という歌い方に会員
 から異議が唱えられたこともあったが、この歌はそれらの歌とはまた違うようだ。永世中立とい
 うすばらしい立場を保っている国にして、それを支える経済力を持つための産業がないことを作
 者は惜しんでいるのだろう。「はるかなる憧れとして」人間の思いの届かない「天にある山」だ
 けがあるのだ。だから、この山を観光資源として金を儲け、国を富ませればよい、という次元の
 話ではない。国の富と関係なく、ただただ美しい雪山が眼前に在る。この歌、結局その山への賛
 美にかえってゆくようだ。9・9・6・12・7と大幅な字余りになっているが、結句7音で引
 き締めているので、それほど字余りが気にならない一首だ。(鹿取)


      (まとめ)
 国民を豊かにする産業はないので、スイスは相対的には貧しい。そして雪を被った美しいアルプスだけがあっけらかんと聳えている。豊かな産業は何もないが、永世中立の国として世界から憧れをもって見られている。そして「天にある山」は人間や国のおもわくを超えて、ただ在る。その「ただ在る」状態にこそ作者は崇高さを感じ、讃美しているのだ。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠 337(スイス)

2019-09-18 18:24:20 | 短歌の鑑賞
 馬場あき子の外国詠46(2011年12月実施)
     【氷河鉄道で行く】『太鼓の空間』(2008年刊)167頁~
     参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、たみ、藤本満須子、渡部慧子
     レポーター:崎尾 廣子 司会とまとめ:鹿取 未放
    

337 美しく遠く思ひのとどかざるアルプスの雪ゆめならず見る

      (まとめ)
 「とどかざる」は現在形だから、あこがれていた以前に届かなかったのはもちろん、実際に眺めている今も思いは届かないというのだろう。もし現実に見て思いが届いたのなら、ここは「届かざりし」と過去形になるはずだ。だから「遠く」は物理的な遠さのみではなく、精神的な距離を含んでいるのだろう。憧れていたアルプスにやってきて、夢ではなく目の前にその雪山を見ている。しかしその余りにも美しいアルプスの崇高さにはとても思いは届かない。人間には触れることを許さないような圧倒的な神々しさがそこに在ったのだろう。「とどかざる」と人間の思いを拒絶することで、賛美を際だたせている。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠 336(スイス)

2019-09-17 18:59:04 | 短歌の鑑賞
 馬場あき子の外国詠46(2011年12月実施)
     【氷河鉄道で行く】『太鼓の空間』(2008年刊)167頁~
     参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、たみ、藤本満須子、渡部慧子 
      レポーター:崎尾 廣子 司会とまとめ:鹿取 未放
    

336 風景は人間を抱き暮れゆけどグリンデンワルドの山夜を圧倒す

      (当日意見)
★街は人間くさいところで、人間のいとなみと自然を対比し、自然への畏敬を詠っている。
   (N・I)
★グリンデンワルドに降りると突然屹立して現れるというから、山はアイガーであろう。(藤本)
★「グリンデンワルドの/山夜(さんや)を圧倒す」とレポーターは読まれたが、そこは「グリ
 ンデンワルドの山(やま)/夜を圧倒す」だろう。(鹿取)
★人間の営みとか業を拒絶して山は屹立している。自然の山の前では人間は何ものでもない。上の
 句との対比で下の句の怖さがよけいに際だっている。(たみ)  


      (まとめ)
 たみさんの意見に同感である。335番歌(氷河渉るマンモスの足の重さもて佇めば襲ひくる白きアイガー)の続きで、夜の暗闇にあってますます山の持つ神秘的な恐ろしさを感じとっているのだろう。もちろん、民家やホテルに明かりは点いているが、人工の明かりなどは遙かに凌駕した圧倒的な山の力なのだろう。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠 335(スイス)

2019-09-16 20:19:59 | 短歌の鑑賞
 馬場あき子の外国詠46(2011年12月実施)
     【氷河鉄道で行く】『太鼓の空間』(2008年刊)167頁~
     参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、たみ、藤本満須子、渡部慧子
     レポーター:崎尾 廣子 司会とまとめ:鹿取 未放
    

335 氷河渉るマンモスの足の重さもて佇めば襲ひくる白きアイガー

         (まとめ)
 マンモスは氷河時代に棲息していた哺乳類動物だが、作者は獲物を求めて氷河をさまよう巨大なマンモスを思っている。空想しているうちに、餓えて氷河をわたりながら重い足を一時休めて佇むマンモスに作者がなりきってしまったのだ。その時、アイガーが「襲ひくる」のは、獣の本能的な実感であろう。「白き」という何でもない形容が、ここでは山の魔の恐ろしさをあますなく伝えている。ちなみにアイガーは標高3,970メートルで、切り立った峻険な北壁を持つ。(鹿取)


      (当日意見)
★作者は疲れてはいないが、自意識を出された。(慧子)
★雪崩が押し寄せて押しつぶされたマンモスが化石化している山。作者はマンモスと一体化してい
 る。前半字余りでずっと続く部分(氷河渉るマンモスの足の重さもて~佇めば)には、足を引き
 ずり引きずり息もたえだえにやっと登ってきた様子がよく伝わってくる。富士登山をしたときの
 ことを思い出しました。(たみ)

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