ドンマックのつらつら日記

離職してからの毎日の生活や愛犬モコ助のことを気楽につらつらと書き綴ってみようと思うオジサンなのであります。

不安な日々

2021-04-09 23:05:24 | 間質性肺炎


 お正月あたりから喉、胸の詰まった感じがずっと続いており、特に朝などは激しく咳き込んで胸の筋肉まで痛くなったりします。
 症状が症状だけに間質性肺炎を治療中の身としてはやっぱり気になります。

 この病気にはその原因や経過、治療方法などに関して様々なタイプがあり、私の場合は気管支鏡や肺生検により原因は不明(特発性)だけれどもステロイドの効果が見込めるということで治療を始めました。

 2019年の6月に入院して大量のステロイドを3日間点滴し、4日目からは錠剤に変わり1日35㎎を飲みました。
 退院後は薬の副作用の洗礼も受けながら少しずつ減薬して、2年近く経った今でも、まだ3.5㎎を飲んでいます。
 減薬を急ぎすぎると急性増悪と言って一気に症状が悪化して振り出しに戻ったり、最悪の場合は亡くなってしまうこともあるそうなので無理はできません。

 2月には呼吸器内科を受診して変わりないということだったので肺ではないのかなと思いますが、それでも続くこの胸の違和感がなんなのかということで、今回、やっと耳鼻科に行ってきました。

 症状を話すと、すぐ椅子に座らせられて鼻の穴から細いカメラを挿入され、喉の奥を画面で見ながら観察。

 先生からは「何もないですね、薬もありません」とあっさり言われました。
 ストレスで不安な日々が続くことで起こる食道神経症や食べ過ぎ、寝る前の飲食、前かがみでスマホを見続けるなどで起こる逆流性食道炎も同じような症状が出ることもあるとのこと。
 
 まずはワイドショーを見ないように、夜9時以降のお菓子を食べないようにして生活態度を改め、様子を見てみようと思います。

病は気からといいつつ、薬に頼ろうとする人

2021-03-04 23:17:57 | 間質性肺炎
 今日は国立病院で間質性肺炎の定期検診でした。
 間質性肺炎と言うのは細菌やウイルスなどによる肺炎ではなく、肺の組織自体がだんだん線維のように固くなり、薬が効かない場合は徐々に肺容量が減っていき少し動いただけで息が切れるようになるという難病です。

 診断された時にネットで検索すると「治療法がない、予後が数年・・」とあり、それなりの覚悟をして身の回りの整理なども考えたものでした。
 しかし経過観察をしながら気管支鏡や肺生検などの検査を進めていくうちに、どうやらステロイドの効果があるタイプらしいと判りました。
 副作用に悩まされながらの入院治療から始まり、1年8カ月が経ってステロイドの量は3.5錠(3.5㎎)までに減らすことができました。

 先生は今回も変わりはないと言いますが、自分では写真の白い影が若干増えているような気がするし、炎症の進行度を表すKL-6の値も少し上昇しています。加えてこのところ喉の詰まり感が続いていることも心配です。

 まあ、先生が大丈夫と言っているのに、逆に患者が悪くなっていると思っていたらどうしようも無いのですけれどもね。

 喉の詰まり感はストレスが原因でも良くある症状の一つです。
 若い頃にもそういう事があり耳鼻科で何でもないと言われたらすぐに症状が消えたり、兄が大腸の悪性リンパ腫になってしまった後、自分も下痢が止まらなくなり初めての大腸鏡検査をしてOKだったら、翌日にはすっかり治ったこともありました。

 結局は体調を良くするも悪くするのも知らず知らずのうちに自分自身がやっているのかも知れませんねえ。

 精神的な喉の詰まりなのであればと、ストレスに効果があるという「半夏厚朴湯」や「養命酒」なんかを飲んでみたりしているオジサンです。
(薬でなんとかしようとしていること自体がすでにメンタル弱いのではと気づく午後11時)


治療開始1年半後の検査結果

2021-01-19 23:49:14 | 間質性肺炎
 今回の血液検査と胸部レントゲン写真の結果については前回とほぼ変わらず、「順調ですね」とのことでした。
 毎回、胸の写真を撮りますが僅かな変化は判りにくいですが、最も炎症の強かった入院時と比べると炎症が治まり、肺も容量を戻してきているのが解ります。

 血液検査で大事なのはKL-6という検査で、肺炎の進行度合いを反映しています。
 正常人では500以下なのですが、私の初診時にはすでに4,000を超えており、半年の経過観察後に入院した時は5,000に手が届きそうでした。

 ネットで「間質性肺炎、KL-6」で検索すると、「初診時に1,000を超える場合は予後不良。平均2~3年」とあり、夫婦で落ち込んだものです。
 H先生から、「間質性肺炎と言ってもいろんなタイプがあるし、原因や進行状況も人それぞれで異なるから一概に言えない。ネットの内容を鵜呑みにしないように」と説明され気持ちが楽になったものでした。
 そのKL-6も今回は770まで落ちています。

 私の場合はステロイドが有効だった訳ですが、薬の副作用が強いのでそのまま服用を続ける訳にも行かず、今は少しづつ慎重に長い期間をかけて減量していっている状況です。
 これを失敗すると急性増悪を起こし、一挙に振り出しか、それよりも悪い状態になることが知られているので油断はできません。

 「来月も順調だったら今の4.5mg/dayから3.5mgに減らしましょう」と聞いて、帰りは心もペダルもずっと軽くなりました。
 これが晴れた高原とかであれば、吉永小百合さんを思い出しながら「青い山脈」でも歌うところですが・・
(古すぎる・・若い人は付いて来れない・・)





数か月に1度の診察日、いろんな意味でドキドキでした。

2021-01-18 20:52:23 | 間質性肺炎
 今日は呼吸器内科受診の日でした。
 一昨年の夏に間質性肺炎の治療のために入院し、退院後も定期的に経過を見ながらステロイドを中心に薬の調節をしなければならないのです。

 思い出すだけで苦しいあの気管支鏡検査や初めて全身麻酔で行った肺生検などを経てやっと治療が始まり、なんとかいい方向に回復しているのでありがたいことではあるのですが・・
(詳しくはブックマークに「間質性肺炎日記」を置いておきます。)
 
 今回は少し咳が多くなっているので心配です。
 明け方や人と会話をするとき、外から急に部屋に入った時などに咳き込むことが多いようです。

 療養中の方はわかると思いますが、何かしら今までと違う症状が出たりすると悪化しているんではないだろうかと気になりだして、不安が不安を呼び精神的に参ってしまうことが良くあります。(え、私だけ・・?)

 加えて年末に車を廃車にしたばかりなので、今日は国立病院まで初めて自転車で行くことになりました。
 アシスト自転車なので楽ではあるのですが家を出るのが遅くなってしまい、結構がんばって漕いだので病院に着いた時には息が上がり少しドキドキしてしまいました。

 受付を済ませて外来で血中酸素濃度を測るといつもは98くらいなのに、今日は97と低めに出てしまいます。
 まあ運動したからなあ・・と思って、次に血圧を測ると上が見たことがない158を表示してます。
 そんなはずは・・と、またまたドキドキしながら2回目を測ってもらいましたが結果は同じ。

 厚めのセーターがダメなのかとそれを脱いで、自動血圧計ではなくて看護師さんに測定してもらった結果、いつもの135に落ち着きました。
 やっぱり自転車での通院はちょっと考えものですね。

 いつものとおり採血数本とレントゲン写真を撮り、待合室で呼ばれるのを待ちます。
 主治医は親子ほども年の離れたH先生という女医さんで、初診時からずっと丁寧に診てくださっています。
 しばらくして、先生の優しい声で「ドンマックさん、8番へお入りください。」とアナウンスがありました。
 結果はどうだろう?と恐る恐るドアを開けて、先生の後姿が見えた瞬間はいつもドキドキしてしまいます。
 いや、あの結果が心配だからですよ・・

 今日はドキドキが止まらない・・・続く



入院第6週目 た、退院が決まる!

2019-07-15 10:43:15 | 間質性肺炎
 有難いことに経過が順調なことから長かった入院も7月20日に退院が決まった。

 1ヵ月以上の入院は30歳代の頃にギランバレー症候群とういう極めて稀な疾患に入院以来だった。
 この病気は急激に首から下が完全に麻痺して体を動かすことができなくなる病気で、原因は何らかの病原体により自己免疫が過剰に反応し、自分の神経細胞を攻撃してしまうためらしい。
 運動に関する神経がやられてしまうとなると脳からの命令が体に伝わらなくなるので糸の切れた操り人形みたいにベッドで寝たきりになってしまった。

 ただ体の方から脳に伝わる神経は無事なので、痛みは感じるし、意識もはっきりしているのである。
 これは結構なストレスで、看護師さんにお願いしないと寝返りの一つも打てないし、食事も排便するのもベッドの上で妻に介助してもらわないとならないという大変な経験だった。

 それに比べれば今回の入院は痛いとか苦しいとかの入院ではないので、のんびりと療養している毎日がなんだか心地よくなってさえいる自分がいた。
 最初は仕事が気になり何となく落ち着かなかったが、結局は自分ひとりがいなくなっても世の中は普通に回っていることを実感した。
 そうとなれば、全ての余計なことは気にせず、療養のことだけを考えようという気持ちになった。
 ゆっくり寝た後に朝食を済ませてお風呂に入り、テレビを見ておやつを食べてと、まるで小原庄助さんみたいなぐうたらな生活に慣れてしまった。

 同じ病気でも人それぞれである。
 Nさんの症状はさらに進んでしまい、車イスでの移動になり、部屋もナースステーションの隣の個室に変えられたので姿を見ることができなくなった。
 このところお見舞いの客が頻繁に出入りするようになっているが、「ありがとう・・ありがとう・・ごめんね・・遠くから」と途切れ途切れではあるが、あの大きな力強い声で話しているNさんに真の強さを見たような気がする。