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不登校だったけれど、
周囲の大人に見守られて育っていった
ケンタくんの話から
母親が難物であり、たしかにこれは痛かったが、それをカバーするだけの豊かな関係が身近にあった。ケンタは、大家族の中で育ち、大人たちからはよい塩梅に許されてた。戦後昭和の家庭には、このように、子どもに対する大人たちの健全な無関心があった。「子どもってこんなもん」「子どもの頃にはいろいろある」という大雑把なものの見方、大人どうしの合意があった。
せめて子どもたちを急かすのをやめようではないか。
いろいろな不登校があるということは、いろいろな人生があるということと同義である。不登校は、それを経験する子どもにとって、おそらく人生最初の大ピンチである。(小略)長く生きていれば、人は色々な形で危機的な状況にめぐりあうものだ。それが早いか遅いかだけと思えば、なにも不登校だけが特別な体験ではない。
昭和生まれの私にとって、
昭和時代と聞くと、
単に自分のノスタルジー
単に自分のノスタルジー
(懐かしむ気持ち)
に過ぎないと
思っていました。
改めて
昭和の良さを
文章で読むと
確かに、夕暮れまで
どろんこで遊んでいると
隣近所のおばさん達が
「あら~いいわね」とか
「一杯遊んだね」
なんて、
汚しちゃダメとか言わず、
些細なことまで
褒めてくれたりしたもんだなあと
思い出すのです。
がんや難治性疾患と
診断される体験も
人生のピンチだと思うのです。
攻める治療と
緩めるケアとの
バランスは
この昭和の眼差しに通じるようにも
感じ、改めて、
そのあり方を見つめなおしていきたいと思いました。
(写真はパブリックドメイン画像)
(写真はパブリックドメイン画像)
考えさせる内容と感じてくださり、感謝です!
aruga
いつも考えさせられる内容をありがとうございます
これまでの様々な病気や特性との関わりをシェアしてくださり、本当にありがとうございます。きっと多くの方の励ましになったことだと思います。
そして、良い本に出会えたと言ってくださり感謝にたえません。
温かな気持ちで今週も頑張れそうです。
コメント、ありがとうございました!
aruga
私も早速図書館から借りる事が出来て、5月30日から返却日の明後日まで、何度も何度も読み返しております。
この本のご紹介の始め、病気や障がいについて読み換えをしてくださり、慌てて読み始めた次第です。私はまもなく69歳、こちらの本で示される障がいや病気との関わりの変遷を歩みました。そして説明の工夫の章で、胸の中にあった辛さが解けました。
先生が通勤時の愛読書とされる所以、うっすらですが理解させて頂きました。
お陰様で私は孫や娘の病気や発達の問題を通じて振り返るチャンスをいただき、お仕事とは違う 温かな気持ちで暮らしております♪
本当に良い本に出会えました。
断捨離で本は買わないと決めていましたが‥(*´꒳`*)
学校の介助員をなさっているのですね。
親のように近すぎる関係ではなく、子どもたちにとって良い塩梅に関わってくれる大切な存在ですね!
本を手に取ってみようと思ってくださり、本当にありがとうございました。
ブログでご紹介させて頂いた甲斐がありました。
そんなsasukechanさんと過ごせる子どもたちは幸せだなあと思いました。
aruga
同じ感覚ですよと言ってくださり、嬉しいです!
コメント、感謝です!!
aruga
いつも興味深く記事を拝読させて頂いています。
私は、小学校で介助員のお仕事をしています。クラス運営をスムーズに行う為に、先生方のサポートを週に2、3日程度行っています。なので、私が担当するクラスは大体学校でいうところの問題のある子がいるクラスです。
今、まさに、学校の枠から外れてしまいそうな子がいて、私に何ができるのか悩んでいます。でも答えは、側で見守ることくらいです。
もっと寛大な社会や学校だったら、「問題のある子」というレッテルをはられないで済む子が沢山いるのに…ともどかしい気持ちでいっぱいになります。
お勧めして頂いた本、図書館で予約がとれました。早速読んで参考にしたいと思います。
ありがとうございました😀
この写真も、とても懐かしいものでした。