緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

死すべき定め(2)

2023年02月05日 | 医療

2018年7月の記事に加筆した記事です。
Susanne Jutzeler, Schweiz 🇨🇭 💕Thanks for LikesによるPixabayからの画像

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序文から・・

作者のガワンデ医師がレジデント3年目の時のこと。


緊急放射線治療抵抗性の前立腺がんの患者さんに、脊髄圧迫症候群による両下肢麻痺が突如起こり、かなりリスクが高い状態でした。


脊髄の転移腫瘍切除術を受けるか、受けず症状緩和のみに留めるか・・

いずれかを患者さんが選択をしなくてはいけなかった話がつづられていました。

研修医のガワンデ医師に与えられた役割は、手術のリスクを理解してもらい
受けることの同意書にサインをもらうことでした。



その患者さんは、
かつて、自分(患者)に何かあった時は、ICUで人工呼吸器治療下に亡くなった妻のようにはなりたくないと言っていた患者さんでした。

でも、息子さんと説明を聞いていた患者さんは、

息子さんの心配を遮り、なんでもやってほしいと答えます。





ガワンデ医師は、それは誤っていると感じながら、手術へと進んだことが記述されていました。

手術は
技術的には脊髄腫瘍の除去について問題なかったこと、

でも、ICUで
呼吸不全、敗血症、血栓に対する抗凝固療法や人工呼吸器装着で対処することが続きました。
最期はガワンデ医師が人工呼吸器から抜管し看取って行ったことが書かれていました。
(アメリカでは、人工呼吸器を外すことは法的に治療の中止としてみなされ、訴追されることはありません)



手術という治療のこと、リスクの説明は問題なかったけれど、

手術という選択肢について正直に話すことを、医師が避けていたと明言し、

「でも、病気そのものの事実には、
 一度も触れていなかった。
(中略)
 彼の状態についてのもっと大きな事実、
 すなわち医療の究極的な限界について
 医師の間で話し合うことはまったくなかった。

 人生の終焉に近づいてきたとき
 彼(患者)にとってもっとも大切なものは何かも取り上げなかった。

 もし、彼(患者)が妄想をおいかけていたとしたら、
 それは私達医師も同じだ。」

アトゥール・ガワンデ(原井宏明訳);死すべき定め.みすず書房,2016年初版. 序,ⅵ





そして、医療のまみえて最期を迎える患者さんの状況を

「命が尽きて行く日々は治療によって乗っ取られてしまう。」

と。






私が医師一年目、移植外科に所属していました。
医師になってすぐに3か月間ICUに泊まり込んで診療にあたった患者さんのことを思い出しました。

40年前頃、新規に登場した様々な免疫抑制剤と感染症や合併症とのはざまの移植医療の現場でした。

生きるための移植治療ですから、医療者として諦めは許されません。
当時の医療で考えられることはすべて行う努力をし、心臓が動き続けること、臓器が生き続けることに必死でした。

(40年の少し前の頃、ちょうど新しい免疫抑制剤が出てきたばかりで、医療的データの蓄積が乏しい時期でした。ガイドラインもまだ発出される前のことです。今の移植医療は驚異的に進歩しています。現在、移植を受けた方や受けようと思っていらっしゃる方におかれましては、どうぞ、安心してお受けください。)

そのICUの看護師さんから

「死ぬまで、とことん医療尽くしにされ、
 死ぬに死ねない先生の診療科には
 お世話になりたくないわ」

と、言われたほどでした。


人工呼吸器下での治療が続けられ、意識はなく、ただただ人工呼吸器の音だけが響く空間。医療者は血中酸素、尿量、血圧の数字を見つめ続け、誰もこの患者さんの人生のことを話そうとしていませんでした。

機械的に胸部は上下しているけれど、この方はどんな仕事についていて、家族とどんな時間を過ごし、何が好きで、何は嫌いで、どんなことに笑ったりしたのだろう・・

医師になって2か月という時期だったからこそ、私は疑問を感じることができたのかもしれません。

ああ・・死の周辺医療に関わろうと心に刻み、私が進みたいと感じていた道とは違う・・
一方で、そう感じる自分は、今の辛さから、ただ、逃げたいだけでそんな風に感じているのではないかと自問していました。
今でこそ、働き方改革の医療現場ですが、当時は、24時間ICUに居続け、張り付いてこそ、医師の研修だと言われ、そういうものなのかと思っていた自分がいました。

でも、この本のこの一文を見た時、まさに、あの時ICUで感じたことがここにありました。

(つづきます)


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