20年以上前のことになりますが・・
婦人科がんの患者さんの症状のことで依頼を頂いていました。
婦人科がんの患者さんの症状のことで依頼を頂いていました。
骨盤底にがんが広がって、両側の尿管に浸潤し、両側水腎症となり、内瘻化(腎から膀胱までカテーテルを入れて尿の流れを確保する方法)していましたが、それをも閉塞し、外瘻化(背中の皮膚から腎盂(腎から尿管に尿が流れ出るロートのような形をしたところ)にバルーンチューブを挿入して尿を外に出す方法)していました。
これで、腎機能は維持できるようになり、退院されました。
暫くすると、がんの広がりが腸管も閉塞をはじめ、イレウスとなりました。
食事をとると吐いてしまうため、短期入院して、カロリーやビタミンなどを、腎機能に合わせて調整した高カロリー輸液がポートから点滴できるようにし、在宅医療下で継続できるポンプをそろえ、退院されました。
少したって、腹水が貯留し始めて、腹水管理が必要となってきました。
短期入院し、ステロイド、オクトレオチド、点滴量を入れすぎないようにし、退院されました。
最初の入院の時だったでしょうか、在宅医療の訪問診療医、訪問看護を導入する時、ご主人とお子さんが病院にいらっしゃって、ケアの方法や自宅の体制整備について色々話し合うことができました。
最初の入院の時だったでしょうか、在宅医療の訪問診療医、訪問看護を導入する時、ご主人とお子さんが病院にいらっしゃって、ケアの方法や自宅の体制整備について色々話し合うことができました。
お子さんはしえなちゃんと呼ばれていました。
とても愛らしいお子さんでした。
そして、新婚旅行で行ったイタリアのシエナがとても素敵な所で、そこから取ったのだと教えて頂きました。
その時の患者さんのいきいきとした表情を今も思い出します。
最期の時まで、ご自宅で過ごされました。
これだけの医療機器が沢山つけた状況でしたから、けして楽なケア体制ではないかったと思います。
ご主人をはじめご家族も、在宅スタッフの皆様も、本当に頑張られたと思います。
何よりも、お子さんの傍で過ごすことを希望された患者さんの強い意思がありました。
その後、何年もしてからですが・・
私の子ども達も成長し、家族全員でそろってできる海外旅行は最後かもしれないからと、夏にイタリア旅行をすることにしました。
ずっと心の中にあった、トスカーナ地方、シエナの街を訪れてみたいと思っていました。
それは、それは、本当に素敵な街でした。
それは、それは、本当に素敵な街でした。
石畳の街は、ロミオとジュリエットの世界のようでした。
街の中心には、カンポ広場という世界で一番美しい広場と称えられた広場がありました。
古くは競馬の広場だったようで、すり鉢のように中心は窪み、
夜になると多くの人がその緩やかな斜面に横になって、涼み、空を見上げ、過ごしていました。
Gerhard BögnerによるPixabayからの画像
そうした景色を見つめつつ、その患者さんが何年も前に見た景色を見ていることに、心の中に患者さんを感じたことを思い出します。
今も沢山の医療機器を必要としていても、負担に思わず過ごせる方法を工夫して提案してくださいねって、時々、微笑みかけてくださっているように感じます。
それぞれの人は希望が異なります。
また、始めてから変わることもあります。
その時々の、その人が望んだ場所で、過ごせることの幸せを教えてくれた患者さんでした。
本当にイタリアには素敵な街が沢山ありますね。
その人その人に思い入れがあるように、私にとって特別な意味がある街でした。
自由に旅が出来ることのありがたさが、改めて感じられますね。
〝しえな〟ちゃん。。
わたしもイタリアに行った時、シエナの街並みに感動したのを今でも忘れられないでいます。
お写真を拝見し本当にまた気持ちをリセット出来た気がしました。
いつも素晴らしいブログに感謝です🌈
シエナを訪問されたことがあるのですね。
フィレンチェと戦争してきた歴史があるとか深堀すると色々な発見がありますね。
ブログに感謝とお書きくださり、元気を頂きました。
ありがとうございました!
aruga