新説百物語巻之三 1、深見幸之丞 化物屋敷へ移る事
2021.12
備前岡山の近所に、中頃に、深見幸之丞(こうのじょう)と言う武士がいた。
常には詩文を好み、華奢風流の男であって、軟弱な男である、と若いものは評判していた。
その辺に、五六十年このかた、人の住んでいない化け物屋敷があった。
どんな剛毅(ごうき)なものも、二夜とは泊まらず、逃げ帰る所であった。
若い人々が寄会い、
「どんな、剛毅な者でさえ、一宿もしない化け物屋敷であるから、幸之丞などは、門の内へも入れないだろう。」
と言った。
幸之丞(こうのじょう)は、聞かない顔をして、その座を立ち去った。
それから家に帰って、家族にもかくして、独りで弁当や酒などを用意して、かの化け物屋敷におもむいた。
誰も住んでいない事であるので、門には錠もかかっていなかった。
すこし開けて、薄い月あかりにすかして見れば、草はぼうぼうと生えて、茂っていた。
屋根なども荒れ果てていて、縁(えん)もかたむき、畳もなかったので、用意の尻敷を取り出して、台所とおもわれる所に敷き、そこで、たばこを吸った。
秋の末の頃であったので、荒れた庭に吹く風も身にしみ、鳴く虫の声がうるさく、心細く思う頃、奥の方から、メリメリと言う音が聞こえてきた。
これは、と思って、刀を引きよせ、油断せずに、奥の方を見た。
すると、なにかはわからないが、
「たすけてたすけて」
と、泣きながら来る女の声がした。
姿を見れば、顔は青ざめて、髪はぼさぼさで、拾貫目の銀箱と見える物を手に持っていた。
そして、くゎっくゎっと打って、火がもえ出てきた。
しばらくすると、又台所の釜の下から、これも色が青ざめた男が、髪をぼさぼさにし、縄を帯にして、手に鍵とおぼしき物を持ち、
「ここへ来い来い」と言った。
幸之丞は刀を抜く用意をし、
「何ものだ。
この屋敷に住んで人々を迷わして、こんな事をするのか?
狐や狸であるならば、正体をあらわせ。」
と、ハタとにらんだ。
すると、二人の者は、少しもさわがず、そろそろとそばへ来た。
「わたくしどもは、この家につとめていた男女の下人でございます。
主人の目をかすめて、仲良くなりました。
その上に、土蔵にあった銀子(ぎんす)の箱を盗み出して、かけおちをしようと思う所を、主人に見付られてしまいました。
二人とも手打ちにあい、別々に埋められました。
しかし、我が身の罪は思わず、主人の家内を皆々取り殺しました。
こうして、この家は断絶いたしました。
その罪により、二人とも今にいたるまで、成仏出来ておりません。
かわいそうだと、また御慈悲と覚しめして、御とむらい下されば、ありがたく存じます。」と。
このように、熱心に頼んだ。
それで、幸之丞はしっかりと聞きとどけて、仏事を丁寧に行った。
その後は、何も怪異なことはなかった。
藩主が、そのことを聞いて、その屋敷を幸之丞に与えた。
幸之丞がいつもの軟弱な様子とは違って、この度の働き、皆皆が、この度の武勇をほめたたえた。
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