「天草島民俗誌」河童記事 その6からその10
2021.12
河童と相撲をした子供 「天草島民俗誌」河童記事 その6
大江村の桑津留での話。
赤崎という少年が、桑津留の淵の傍を通っていると、河童から声をかけられた。
それで、水中でしきりに相撲を取って、泡を吹いてしまった。
そのところを、村の人が折よく発見して、救い上げて、連れ帰った。
家へ帰って来ても、絶えず「河童と相撲をとりに行く」と言って、仕方がなかった。
それで、神官を呼んで祈祷をしてもらったら、次第次第によくなった。
大江では、河童の腕は、ちょうど蕎麦稈を束(たば)ねた様で、頭に皿の様なものを載せていると云う。(木田円作君談話)
河童に礼をさせて、皿の水をこぼさせる 「天草島民俗誌」河童記事 その7
今から百年も昔の話。
今の牛の首、農学佼の門前から二十間ばかり奥の方から、谷まぎった(谷を横ぎった)ところに、山下金三という勇士があったと云う事である。
その人は、相撲が強くて百姓であった。
或る日、今の山口村の奥の方の山に薪とりに行き、夕方家へ帰って来ようとした。
その途中、荷の上に一羽の鷹が来て止った。
そしてそのまま家の戸口まで来て、それから飛んで行ったので、不思議に思った。
ふりかえって見ると、龍神様の松の木に行ってとまった。
その木を、今でも龍神様といって拝している。
また、この人がある時、何時ものように広瀬の白岩に行って田の中で働くいていると、どこからか、
「金三、相撲とろう」と言う声がした。
顔をあげて見ると、河童があぜに、腰かけていた。
金三も一緒に腰を下して、
「おー、わる(汝)が田ん草ば取って、加勢したらとろうだ」と言った。
すると、「ほんとうか?そんなら。」と言った。
見ている中に、じゃぶじゃぶと田の草をとってしまった。
そして又「相撲をとろう」と申し出た。
ところが金三は、
「昔から、相撲をとる時には、両方から頭下げて、礼をしてからとるごて(事に)なっとるけん(なっているから)。礼ばしてから、むかって来い。」と言った。
すると、河童はペコペコ頭をさげて向かって来た。
二人は、投げたり投げられたりして、日の暮れるまで遊んでいたと云う話であった。
河童は、頭に皿があって、その中に水が入っていると、力が限りなしに出て来る。
それで、相手に先づ礼をさせ、皿の水をこぼさせてから、取り組むのである。
(金沢国吉氏談。金沢国彦君報)
河童の頭に小便をした話 「天草島民俗誌」河童記事 その8
或る時、一人の相撲の強い人が、どこかに相撲に行くのに、途中に川があって、そこは、飛び石になっていた。
家を出る時に、母親が仏飯を食べさせて送り出した。そして、その川を渡るとき、小便がしたくなったので、その川の中にした。
すると、川の中から「誰だ?おれの頭の上に、小便をするのは!」と言う声がした。
「何だ。おれだ」と言い返した。
すると、水の中から、一匹の河童がポカリと浮き上って来た。
そして、互に口論をはじめた。
河童は、
「お前は相撲取の様だが、おれと相撲をとって勝てば向うへ行ってもよい」と言い出した。
そこで相撲をとると、河童は又「あなたは、眼が光って、恐ろしい。」と言って、遂に降参した。
眼が光るのは、仏飯を食っているからである。
(池田瑞穂君の報告)
河童を見た 「天草島民俗誌」河童記事 その9
或る百娃が、朝、田を見に行くと、向うの川で、小さな子供がジヤブジャブやっていた。
それで、近づいて見ると、驚いたのか、川の中ヘドブンと入ってしまった。
河童であった。
(池田瑞穂君の報告)
馬が河童を引きずって来た話 「天草島民俗誌」河童記事 その10
ある時、一人の百娃が、馬を田の中で働かせたので、泥で大へん汚れてしまった。
それで、川に連れて行って、洗って、岸の木に繋いでおいた。
すると、馬のたづなを、誰か牽いて海の中へ引っぱって行こうとした。
馬は驚いて、一目散に、家へ逃げ帰った。
よく見ると、たづなの先には、一匹の河童が巻きついていた。
それで、捕らえて、縄で縛って馬小屋の天井につるしておいた。
翌日、下男が馬の「はむ}にかける水を持って行って見ると、昨日のカッパは、しなびていた。
その水を頭からさっとかけてやったら、たちまち勢いづいて縄を振り切って逃げて行ってしまった。
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