今日のBS日テレでがん哲学外来を紹介する番組がありました。がんと宣告されて悩んでいる患者さんに治療の面でなくじっくり面談して患者さんに生きる勇気を与える言葉の処方箋。順天堂大学医学部教授の樋野興夫先生が提唱するがん哲学外来です。「病気になっても病人にならない」人間は役割を持つことによって生きる勇気が出るということ。幸せな人に目を向けるのでなく困っている人に目を向けること、尽くすこと、ここに生きがいが生まれてくる。正に言葉の処方箋です。慌しい世の中にあって心癒される言葉でした。
今日は栃木県佐野市で行われた「鉱毒悲歌」上映会に参加してきました。「鉱毒悲歌」は足尾鉱毒事件の被害民がその惨状を歌ったものですが、官憲により歌詞は没収され歌詞がないにもかかわらず歌い継がれ、足尾鉱毒事件を風化させない運動のシンボルになりました。「鉱毒悲歌」の内容は渡良瀬川流域の谷中村廃村から北海道へ移住させられた暮しや足尾鉱山労働者の境遇や苦悩、最後まで田中正造と共に闘った被害民の姿とその後の生活が映し出されています。学校で学ぶ歴史は、事件の出来事を時代背景と起こった年号だけですが、その事件の後に当事者のどんな生活があったのかまでは学びません。出来事は断片的に起こるのではなく、当事者は事件を通して一生涯苦悩を負い続けます。そのことが理解されない限り本当の歴史を学んだことにはなりません。薬害問題でも裁判が終わると解決したと世間は見てしまいますが、薬害被害者は被害にあった病気をそのまま抱えながら生き続けなければならないのです。社会問題は被害当事者の生活を追わなければ理解は出来ません。
薬害エイズを考える山の手の会をはじめ渋沢栄一記念がん哲学外来と北区王子での開催が多くなり、最近では北区を中心に活動している方との交流が増えてきました。活動の交流が広がる一方で、身近なところでもがん患者さんや難病患者さん、エイズや肝炎を患っている方々、また、セクシャルマイノリティや様々な境遇が理解されずに悩んでいらっしゃる方が心の安らぐ場を求めていることも感じます。早さや効率ばかりを求める社会にあって生き辛さを感じている人々が多いことを実感しております。人間的に生き辛い社会から生き易い社会へこれからも活動を続けていきたいと思います。
今日は薬害エイズを考える山の手の会。最近うちのメンバーは各自が関心のある団体に参加して積極的に交流しています。エイズに関する国際協力団体のイベントに参加してスタッフと交流したり、がんに罹ったメンバーはがん哲学外来メディカルカフェに参加してがん患者さんと交流したり様々です。今日はそれぞれ参加して気づいたことなどを分かち合い意見交換しました。私は今日の会場である北区NPOボランティアぷらざに登録している団体と交流したりしています。お互いに分かち合いながら活動の輪を拡げています。
今日は赤坂教会のがん哲学カフェから巣鴨のひきこもりの社会復帰の活動をしているリーラのカフェに寄り、夜は広尾の日赤医療センターの緩和ケア研究会に参加しました。緩和ケア研究会のテーマは「セクシャルマイノリティがパートナーを看取るということ」で当事者の話もあり医療の現場での対応について色々考えさせられました。なかなか頭だけ智識だけでは理解できない問題で当事者の生の声を聞きながら現場に関わりのある人との分かち合いの場をつくっていくことが大切だと感じました。