色即是空 －空とは－

般若心経はそのはじめに一番伝えたいことを述べています。
すなわち、

　観自在菩薩。
　行深般若波羅密多時。
　照見五蘊皆空。
　度一切苦厄。

観音さまは深いほとけの智慧の修行をされて、この世の全てのものは“空”であるとはっきりとお分かりになりました。そうして一切の苦しみを克服されたのです。

－短く解りやすく言うと、

「観音さまは“空”によって苦悩を克服されました。ですから、あなた方も“空”により苦悩から脱しなさい。」

と、これが般若心経の教えです。そして、この「空」こそが一番大切な教えの心髄なのです。

では、「空」とはどういうことなのでしょう。

「空」の意味は、日常のいろいろなことから先入観や常識や思い込みといった、こだわりを捨て、自由な心でありなさい－ と言うことです。

空といえば、有名な一節がありますね。

　色即是空。
　空即是色。

この文の意味を考えながら、空とは何かをもう少し詳しく見てみたいと思います。

“色”とは、物質のことです。
この文の意味は－

「存在はすなわち“空”です。そして“空”はすなわち存在です」

よくわかりませんね。もう少し噛み砕くと－

「およそ物質的現象と言うものには実体がありません。実体がないと言うことが物質的現象と言うことです。」

という意味になりますが、まだよくわかりませんね。
更に言葉を付け足して理解し易くしてみます。ちょっと長くなりますが我慢して読んでみて下さい。


「私たちが認識する物とは絶対的なものではありません。何故なら、私たちが認識する場合、先入観や固定概念などのこだわりを持った心で認識しようとするからです。
物の実体はそんな私たちの認識とは無関係のところに存在しているのです。

ですから、本当の物の実体・本質を見るためには（知るためには）、私たちは心にあるこだわりを捨て、心を自由にして物を見なければなりません。
（そうすれば、こだわりやわだかまりで窮屈だった心は解放されて、心は穏やかになり、苦悩もなくなります）」

と言うことになります。
どうですか。少し解ったような気がしてきましたか。

尚、般若心経は「空」は物だけでなく、心の働き（受、想、行、識）も空である、つまり世の中の全てが空ですよ、と教えているんです。


具体的な例で考えてみましょう。

　［コップの中のジュース］

ちょっと下品な例ですが（下品と言う概念自体が空の教えに背くのですが、話を進める都合上、ご容赦下さい）

ここに高価なガラスのコップがあります。これにあなたのオシッコを入れます。そのあとコップを綺麗に洗います。殺菌消毒し衛生上も全く問題ありません。
さて、この洗ったコップにジュースを注ぎます。
それではジュースを飲んでください。どうぞ…

どうですか。飲めましたか？　無理して飲んだ！？
大概の人は飲めないですよね。
　「コップが汚い！」
そうですか。でも綺麗に洗って消毒もして衛生上も問題ないんですよ。
仮に、コップにオシッコが入っていたことを知らなかったとしたら、どうです？ 多分、飲んじゃいませんか？
同じコップなのに飲めたり、飲めなかったり－
この違いは…
そうです。私たちの心の中に原因があります。

コップを綺麗に思ったり汚く思ったりするだけでなく、同じ様なことは善と悪や、長い短い、美しい醜い、幸不幸、嬉しい悲しい、楽しい苦しい、などにも言えることです。

このような概念（観念）は私たちの心が自分勝手に作り上げたものです。ですから、そのもの自体に実体は無いのです。つまり「空」です。

不安・安心にも実体はありません。また、不安・安心は別々のものでもありません。表裏一体です。
私たちが勝手に不安に思ったり安心したりしているだけです。
ですから、安心したいのなら、一方で不安を感じる気持ちも常に持ち続けていなければなりません。
逆に、不安になりたくないのなら、安心するという気持ちを捨ててしまえばいい－
不安もない、安心もない、そういう心の状態－　それが「空」です。

私たちは、日頃、先入観や常識や固定概念、思い込みと言った“こだわりやわだかまり”により、心を窮屈にし、無意識のうちにものごとを不自由に考えています。そして“心のこだわり”により自分自身が作った苦悩の影に怯え、くよくよと思い悩みながら毎日を生活しているのです。

ですから「そのようなこだわりやわだかまりを心の中から取り払って、心を自由な状態にしなさい（心を「空」にしなさい）。
そうすれば自由なものの見方ができて、苦しみや悲しみからも解放され、心穏やかに生きていくことが出来ますよ」と。

これが「空」の教えの意味するところです。

　　　　　以上

参考図書：「般若心経 二六二文字の宇宙」ひろさちや著（小学館文庫）