昨日からあの偉大な野村克也さんが亡くなったというニュースで
野球界のみならず日本全国に衝撃が走った。
同じ時代に戦ったり、教えを受けた選手達から野村さんの死を悼む声が
矢継ぎ早に飛び込んでくる。
選手としては勿論、監督としてもその実績、功績は大きく、ID野球を
駆使し、現代野球の礎を築いた誰もが知る野球人であり、私自身にも
弱者の戦い方や弱者が強者に勝つ方法を模索する・・・などという点
からも、いろんな面で少なからず影響を与えてくれた人物だと思って
いる。
子供の頃から野球が大好きだったが高校球児にはなれず、社会人と
なってから61歳まで草野球を楽しんだ私は阪神ファン、2歳下の弟は
国鉄『現ヤクルトスワローズ』ファンで、中、高校生時代は二人の小遣いで
交互に雑誌の「ベースボールマガジン」を買い、お互いに野球の情報、
知識を吸収し合っていた事がつい先日のような気がする。
私が高校生の頃から活躍していた野村さんはその後、南海ホークスの
黄金時代にもその後も活躍を続け、長島さん、王さん、を太陽の下で
咲くヒマワリに例え、自分は他人の見えないところでひっそりと咲く
月見草だという言葉にも人間性を感じるが、報道されている以上に
魅力のある人なのかもしれない。
今や、当たり前のようになっている「ID野球」の基本の一部ともなっている
「ノムラスコープ」なども含め、実績、功績と共に今日はWikipediaで
ゆっくりとその人物像を確認してみたいと思う。