先日、ブログ友yamaさんの記事の冒頭部分に『陽が落ちるのが少し
早くなったような気がする。 』という言葉があった。
我が家でも同じ様なことを話していたが6月の頃は19時を過ぎても
まだ充分明るかったのに最近は晴れた日でもその明るさが19時までは
続いていないことを実感する。
yamaさんの住む関西地方は関東に比べ日の出、日の入りともに
遅く、テレビの野球中継などでも球場上空の様子や照明灯に
灯がはいる時刻などからも私達は実感している。
早く目覚め、今日の天気はどうかな?・・と朝4時過ぎにリビングの
カーテンを開けるとついこの間までは外は明るく、紫陽花などの葉の
葉脈もくっきりと見えていたが最近はまだ薄暗く、葉の形なども
はっきりとは見えないのが何故か寂しく思える。
この明るさの感覚は実際に日の出が遅く、日の入りが早くなっているから
当然のことなのだだろう。
1日にすれば僅かな違いなのだろうがやはり明るい時間が1分でも長く
あって欲しい。
夕焼けの景色には風情があり、あのグラデーションや赤く染まった
雲の中から見える空の色も何故か不思議なくらい子供の頃を思い出させる。
その夕焼けの時間も1分でも長ければ・・・
このコロナ禍ではそんな悠長なことは言っていられない・・・と思う人も
いるかもしれない。
しかし、どこかで何かでひとつでも「ほっ」とするものがあれば・・・
先ずそのほんの少しの心のゆとりを持つことが出来るだけでも
違うのではないだろうか・・・
それはあらためて探さなければならないものではなく、ごく日常の
小さな出来事や自然界で誰もが平等に受けられる恩恵の陽射しや
心地良い風、鳥や花の姿、緑色の景色など様々・・・無理なく目に入り、
何かを感じるだけでも違うのではないかと思う。
特に意味が無くても一瞬目がそこに行き、心が動けば無意識のうちに
違う自分に気づくかもしれない。
時にはゆっくり、ゆったりと無駄とも無意味とも言える時間を
過ごすのもいいのではないだろうか・・・
大袈裟に言えば即効性はないが無害で確実に効く心の治療薬として・・・。