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「作詞家の岩谷時子さん死去 『愛の賛歌』、『恋の季節』」(10月28日、朝日新聞)
日本レコード大賞を受けた「いいじゃないの幸せならば」(佐良直美)等、数々のヒット曲で知られた作詞家で文化功労者の岩谷時子(いわたに・ときこ、本名トキ子)さんが25日、肺炎の為、東京都内の病院で死去した。97歳だった。通夜と葬儀は、親族のみで行う。後日、偲ぶ会を開く予定。
1939年に宝塚歌劇団の出版部に入った。友人で宝塚スターだった越路吹雪さんが、1951年に退団して東宝の専属女優になった際に、一緒に上京。1980年の彼女の死迄約30年、マネージャーを務めた。
訳詩・作詞の道に入ったのは、NHKラジオ「愉快な仲間」にレギュラー出演していた越路さんが歌う外国曲を訳したのが切っ掛け。「愛の讃歌」、「ラストダンスは私に」、「サン・トワ・マミー」等は、越路さんの代表曲として親しまれた。
1964年にはザ・ピーナッツ等が歌った「ウナ・セラ・ディ東京」や岸洋子「夜明けのうた」、1966年に園まり「逢いたくて逢いたくて」、加山雄三「君といつまでも」で日本レコード大賞作詩賞に。他に、ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」、フランク永井の「おまえに」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」、島倉千代子「ほんきかしら」、郷ひろみ「男の子女の子」等、数多くのヒット曲が在る。
ミュージカルの訳詩も多く、代表作に「ジーザス・クライスト=スーパースター」、「王様と私」、「レ・ミゼラブル」等。訳詩の功績で1979年度の菊田一夫演劇賞特別賞、2006年に渡辺晋賞の特別賞を受けた。
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実際に舞台を観に行った事は無いのだが、6年前の記事「御手並み拝見」でも触れた様に、何故か「宝塚出身の女優」を好きになる事が多い。そんな事も関係しているのか、越路風吹さんの曲も結構好きで、「愛の賛歌」やら「ラストダンスは私に」、「サン・トワ・マミー」、「ろくでなし」(此の曲を聞くと、どうしても梅垣義明氏が歌う姿【動画】を思い出してしまうのだが。)、「誰もいない海」、「ビギン・ザ・ビギン」等は、此れ迄に何度口遊んだ事か。
越路さんと言えば、其の同志・岩谷時子さんの存在無くしては語れないだろう。宝塚の大スターだった越路さんだが、岩谷さんが居なかったら、宝塚を離れて以降も大スターで在り続けられたかどうか。其れ位、岩谷さんは越路さんにとって大きな存在だった。否、「大きな存在」だったのは、越路さんにとってだけでは無いだろう。
1960年代から1980年代に掛けて、我が国は「歌謡曲全盛の時代」に在った。(自分の中で「歌謡曲」とは“老若男女が等しく口遊める曲”で在り、1990年代以降のJ-POPに代表される、“特定の世代しか知らない曲”とは全く違うイメージを持っている。)そんな歌謡曲全盛の時代を作詞家として支えた大きな存在が6年前に亡くなられた阿久悠氏で在り、又、今回亡くなられた岩谷さんだと思っている。彼女達の存在が無ければ、歌謡曲全盛の時代は無かっただろう。
岩谷さんが手掛けた主な作詞&訳詞が、此方に紹介されている。知っている曲の余りの多さに改めて驚かされるが、個人的に印象深い曲を抜粋してみる。
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=岩谷時子さんの主な作品=
≪作詞≫
「恋のバカンス」【動画】
「ウナ・セラ・ディ東京」【動画】
「夜明けのうた」【動画】
「逢いたくて逢いたくて」【動画】
「君といつまでも」【動画】
「恋の季節」【動画】
「誰もいない海」【動画】
「ベッドで煙草を吸わないで」【動画】
「おまえに」【動画】
「いいじゃないの幸せならば」【歌】
「男の子女の子」【動画】
「幸わせを呼ぶリミットちゃん」【動画】
「空がこんなに青いとは」【歌】
「ともしびを高くかかげて」【歌】
≪訳詞≫
「愛の賛歌」【動画】
「ろくでなし」【動画】
「サン・トワ・マミー」【動画】
「ラストダンスは私に」【動画】
「アメイジング・グレイス」【動画】
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落ち込んだ時、気分を盛り上げる意味で口遊む事が多かった「サインはV」も、岩谷さんが作詞していたとは・・・「本当に凄い人だったのだなあ。」と再認識。今頃は天国で同志の越路さんと、久し振りの再会をしている事だろう。合掌。