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江戸、千駄木町の一角は心町(うらまち)と呼ばれ、其処には「心淋し川(うらさびしがわ)」と呼ばれる小さく淀んだ川が流れていた。川のどん詰まりには古びた長屋が建ち並び、其処に暮らす人々も又、人生という川の流れに行き詰まり、藻掻いていた。
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第164回(2020年下半期)直木賞を受賞した小説「心淋し川」(著者:西條奈加さん)を読了。読む本の9割近くはミステリーで、残る1割程は歴史小説やノンフィクション物という感じの自分。「歴史上の人物を描く。」のが歴史小説だが、「過去の時代の架空の人物を描く。」という時代小説は、余り読む機会が無い。「心淋し川」は時代小説に当たり、直木賞を受賞しなかったら、読む事は無かったかも。
「心淋し川」は6つの短編小説から構成されているが、描かれているのは市井の人々、其れも“社会の底辺で生きている人々”の生活だ。
全6作品に共通して登場するのが長屋の差配・茂十(もじゅう)という男性。50代半ばと思われる彼の素性に付いて、第4話の「冬虫夏草」で或る女性が“匂わせの言葉”を口にしているが、最後の「灰の男」で意外な正体が明らかとなる。其れ迄の5作品にばらばらで登場して来た人物達が、「灰の男」で繋がって行く。不自然さの無い繫がり方に、「設定が上手だなあ。」と感心。
「はじめましょ」及び「明けぬ星」という作品が、特に印象的。共に心に染み入る物が在り、「はじめましょ」は「良かったなあ。」という思いが、そして「明けぬ星」は何とも言えない切なさが在った。
総合評価は、星3.5個とする。