6年前、「不思議な経験」という記事を書いた。もう40年以上前に経験し、未だに不思議でならない出来事を3つ記した内容。自身の経験で無かったら、「作り話だろ?」と言ってしまいそうは出来事だが、嘘偽りの無い実話だ。
不思議な経験では無く、不気味な出来事というのも、幾つか在った。自身が経験した事で言えば、小学生の頃に流行った「狐狗狸さん」。「机の上に『はい、いいえ、鳥居の絵、男、女、0~9迄の数字、五十音表等』を記入した紙を置き、其の紙の上に10円硬貨を置いて、参加者全員の人差し指を添えて行く。そして、『狐狗狸さん、狐狗狸さん、御出で下さい。』と“狐の霊”を呼び出し、色々質問をする。そうすると、十円玉が“自然と”動き出し、動きが止まった箇所の文字等を拾い読みして行くと、其れが狐の霊の“答え”。」という物だ。当時はオカルト・ブーム全盛の頃で、其の一環として広く行われていた。
休み時間や放課後、教室で同級生達と何度か「狐狗狸さん」をした事が在る。「同級生の中で、誰が一番早く亡くなりますか?」みたいな“陰湿な質問”も世間では在った様だが、自分が経験したのは「クラスで、誰と誰が恋してますか?」といった他愛無い質問だったが、狐の霊を呼び出すという行為が、幼心に何とも不気味で在った。
そして、此れは自身が経験した(=受け取ったり出したりした)事は無いが、狐狗狸さんが流行った少し後、世間では「不幸の手紙」というのが流行した。「或る日突然、裏面に黒い縁取りがされた葉書が自宅に届く。『此の葉書を受け取ったら、〇時間以内に、△名に対して同じ文面の葉書を出さなければ、貴方の身に不幸が訪れる。』といった内容の文章が“手書き”で書かれており、表面には差出人の情報が一切書かれていない。」というのが一般的。〇や△に入る数字は色々在ったが、「50時間以内に、29名に対して」というのが多かった様だ。
「子供の頃夢中になって見ていた刑事ドラマ『Gメン’75』の全作品をDVDコレクションした『Gメン’75 DVDコレクション』。」を定期購読している。当ブログでも過去に何度か記事にしているのだが、先日発売された第31号に「不幸の手紙」に関する記事が載っており、其れが今回の記事を書く切っ掛けとなった。
1977年2月26日に放送された「Gメン’75」のタイトルは「29の死神の手紙」。当時流行していた「不幸の手紙」に着想を得た内容。其処で、此の作品が収録された第31号で、「不幸の手紙」に付いて触れていたのだ。
今回初めて知ったのは、「『不幸の手紙』は、全く逆の意味を持った『幸運の手紙』から転じて生まれた物。」と言われている事。「此の葉書を受け取ったら、〇時間以内に、△名に対して同じ文面の葉書を出さなければならない。」というシステムは、後の「不幸の手紙」と同じだが、異なるのは「指令された通りに葉書を出せば、幸運が巡って来る。」という点。でも、続きとして「葉書を出さなければ、悪運に見舞われる。」と記されていたそうだから、実質的には「不幸の手紙」と同じ。
興味深いのは、「『幸運の手紙』には差出人の名前、そして差出人の所に『幸運の手紙』が届く迄に、どんな人の所へ届いていたかという“履歴”も書かれていたらしい。」という点。其の履歴等が事実かどうかは別にしても、現代で社会問題化している“悪意の匿名性”は、当時未だ確立されていなかったとも言える。
此の「幸運の手紙」が日本のマスコミで取り上げられたのは、今から丁度100年前の1922年だと言う。そして、其れから凡そ半世紀経った1970年代前半、「幸運の手紙」は「不幸の手紙」と名を変えて、日本で流行したのだ。記憶を遡ると、日本の「不幸の手紙」は、1970年代後半位迄話題になっていた様に思う。
「不幸の手紙」は100年前に始まっているとは初めて知りました。
朧になった私の記憶では当時中学生だった60年ほど昔、クラスメイトの一人からこの「不幸の手紙」なるハガキが届きました。
文面は同じようなものでしたが人数は5人だったか・・・10人以上ではなかったように記憶しています。
そのころにはもう頑固な無神論者だったし、そのまま無視しましたが、迷信とわかっていても気分のいいものではありません。
クラスメートも自身の不安感に負けてしまったのでしょう。
思うに、これは主に小中学生の間で受け継がれていったのではないでしょうか。
悪い冗談としてならともかく。いい年をした大人がまじめにこれを信じて拡散していったとは思えないのですが。
記事の中でも書きましたが、自分の所に不幸の手紙が届いた経験は無く、故に出した経験も無いのですが、自分も悠々遊様同様、子供の頃から無神論者でしたので、仮に届いたとしても出す事は無かったでしょう。でも、不快な思いは残ったと思います。
人間って、根本的な部分は昔からそう変わらない様に思います。「大人なら、こんな馬鹿げた事はしないだろう。」と思うネット上の卑劣な書き込みも、明らかになってみたら「良い年をした大人、其れもとてもそんな卑劣な書き込みをするとは思えない人物だった。」なんて事が在りますから、不幸の手紙に関わった大人というのも、少なからず居たのかも知れませんね。