ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

他人には判り得ない内情

2013年07月05日 | 其の他

今から33年前、世間を震撼させた「神奈川金属バット両親殺害事件」が発生。「20歳の予備校生の男が、両親を金属バットで殴り殺すという衝撃的な事件。」は、連日、TVや新聞で詳細が取り上げられた。近所の人達の証言には「仲が良さそうな家族だったのに・・・。」と、其の“意外さ”を口にする物が少なく無かったの覚えている。

 

所謂若貴ブーム”が起こっていた頃、「『優しい御兄ちゃん』と『素直な弟』との美しい兄弟愛」といった報じられ方をしているのに、何とも言えない薄気味悪さを感じ続けていた。彼等の言動を見ていると、「そんなに人間性が良いとは、とても思えないんだけどなあ。仲も良さそうには感じないし。」と思う事が結構在り、「皇族に関して、在り得ない超人伝説を垂れ流し続けている。」のと同様、マス・メディアによる“美談仕立ての報道姿勢”にウンザリさせられていたからだ。だから「若貴の確執」が報じられた際には「矢張りなあ。」と思ったのだけれど、同時に「思っていた以上に、抜き差しならない関係だったんだ・・・。」という驚きも在った。

 

事程左様に余所の家の内情”というのは、他人からは判り得ない面が結構在る物なのだが・・・。

 

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武田鉄矢 憎み続けた兄の『死』と『確執』を告白する」(7月3日、NEWSポストセブン

 

新著西の窓辺へお行きなさい 『折り返す』という技術」(小学館)を上梓した武田鉄矢(64歳)。著書では、2011年3月の東日本大震災、其の半年後の心臓病手術を乗り越えた彼が、自らの体験や出会った人達から学び、辿り着いた“人生の降り方”が紹介されている。そして、其の中で武田は、初めて亡き実兄享年68歳)との確執を明かしている。

 

武田は1949年、5人兄弟の次男として生まれた。一番上の長男は12才年上で、其の間に姉が3人。末っ子の武田にとって、兄は「他人」の様な存在だった。

 

「年の差は、圧倒的でした。だから、僕は兄貴から一歩引いて、『そうですか。』とか『良かったです。』とか、常に尊敬語を使っていました。一緒に遊んだという思い出は、一つも在りません。」。(武田、以下「」内は同様。)

 

兄は早稲田大学卒業後、地元の広告代理店に就職、周りが羨む様なエリート・コースを歩んで行った。

 

「母親は兄を誇りに思っていて、何時も兄貴許り可愛がっていて・・・僕は『自分の事も見て欲しい。』って思ってました。」。

 

其の後、武田は地元の国立大教育学部休学して、フォーク・シンガーを目指し、上京。1973年、自身が作詞した「母に捧げるバラード」(動画)が大ヒットした。此れ切っ掛けに、兄弟の立場が逆転し始めた。兄は、弟に負けまいと会社を辞めて独立。だが、事業悉く失敗し、多額の借金を抱えてしまった。武田は複雑な表情を浮かべて、当時を振り返る。

 

「元々頭の良い男だったし、僕なんかより遥か世渡り上手かったから、『上手く遣るんじゃないか。』という思いは在りました。でも、脆かったよね・・・。」。

 

エリートだった兄の転落は止まらなかった。武田の名前を勝手に保証人にして御金を借りたり、実家を勝手に借金の担保にしたりと、武田家に数々のトラブルを巻き起こした。

 

結局、母・イクさん(享年78歳)が兄の面倒を見る事で落ち着いた。兄は、“武田鉄矢の母”として一躍有名人となり、TV出演や講演に忙しいイクさんのマネジャー代わりとなって生計を立てた。

 

暫く平穏な日々が続いたが、1998年秋、イクさんが肺動脈血栓他界すると、再び兄の荒れた生活が始まった。兄は、武田家の財産は自分が相続するものと思っていたが、イクさんは実家の所有権を娘達に譲っていたのだ。

 

余程腹立たしかった様です。「母を騙して、相続手続きをした。」と妄想混じりで姉達を罵っていました。>

 

身内と遺産問題で揉めてマネジャーの仕事も失った兄は荒み、昼間から酒を飲む毎日。遂には身体も壊し、イクさんの三回忌を前に食道癌患った。手術は成功したものの、酒の量は益々増えて行く。しかし、そんな兄のプライドは変わらず、高いだったと言う。

 

「周りには『鉄矢っていう名前は、俺が付けた。』とか、『彼奴は俺の御蔭で有名になれた。』とか言ってたそうです。」。

 

何方からも連絡を取らなくなり、2人は疎遠になる。そして5年後の2005年冬、武田のに突然、義姉から電話が入り、涙乍らにこう訴えられた。

 

「一度で良いから最後位、仲の良い兄弟でて下さい・・・。」。

 

末期癌だった―武田は兄との別れを直感したと言う。翌日、武田は博多に向かい、兄を訪ねた。病院のベッドに横たわっていた兄は、嘗て面影が無い程に痩せ細っていた。明らかに命が長く無いと判ったが、嬉しそうに武田を迎え入れると、元気に振る舞った。

 

其の2ヶ月後、兄は逝った。から8年。60歳を過ぎた武田は、兄への感謝の気持ちを持っていると言う。

 

「僕は、兄貴にコンプレックスを持っていたんです。母からは可愛がられていたし、優等生だったし・・・兄貴を憎み続けてもいた。でも、『其のコンプレックスが自分を成長させて、此処登る事が出来たんだ。』と思える様になったんです。『兄貴が、今の僕を作ってくれたんだ。』ってね。」。

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作詞家なかにし礼氏が、自身の兄の“破滅的な生涯”を描いた小説「兄弟」。ドラマ化された際、其の惹句として使われていた「兄さん、死んでくれて有り難う。」というのが、非常に衝撃的だった。実際にドラマを見て、彼の兄が如何に周りに迷惑を掛け続けていたかを知り、「彼じゃあ、『兄さん、死んでくれて有り難う。』というのも、判らないでは無いなあ。」と思ったものだが、今回の武田氏の告白には、其れと同程度の衝撃が在った。

 

武田氏に姉が居るのは知っていたけれど、兄が居るというのは今回初めて知った。敢えて口にしない程、根深い確執が在ったのは、上記した内容からも理解出来る。

 

5年前の記事「兄弟仲」でも触れたが、知人に「兄弟間で途轍も無い確執を抱えた者」が居る事を知り、「何で、其処拗れてしまったのだろう?」と不思議でならなかったし、又、ショックでも在った。少なくとも自分の周りで言えば、(自分を含めて)女の兄弟が居る場合には、そういうケースが見当たらず、当該していたのは全てが男だけの兄弟。「男だけの兄弟だと、一旦仲が拗れてしまうと、収拾が付かなくなってしまうのかなあ・・・。」と思ったりもしたのだが、武田氏の場合は男だけの兄弟では無いのだから、必ずしもそうという訳では無い。

 

「家庭に問題を抱えている。」というイメージが全く無かっただけに、今回の武田家の話には、「“余所の家の内情”というのは、他人からは判り得ない面が結構在る。」というのを、改めて感じさせられた。


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6 コメント

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Unknown (透明人間)
2013-07-05 21:27:11
何にでも裏表て有りますよね
外面は良いが家庭内では暴君だったり
人によって態度を変えたり
嫌な人だと思いますがこう言う人物(アベちゃんじゃ無いよ)は中々正体を見せないし処世術に長けてるから始末に悪いです

俺も若貴兄弟がマスコミや世間から理想の若者像と誉められてる時に疑問を感じてました
特に弟の方は相撲に負けた時にインタビューアーが理由を聞いた時にぶっきらぼうに「弱いからです」と返答する態度に誠実さが感じられませんでした
兄貴の方は引退後にどんどん馬脚を現してくれたけどwww

やはり有名人で有ろうと一般人で有ろうと兄弟でも金が絡むと揉めるんですね

しかし武田さんの兄弟間で敬語を使うには違和感を感じます
俺が世間知らずだけで歳が離れた兄弟なら世間的に敬語は当然なんですかね?

また話がズレますがテレ朝で有名な大家族の某ダディーの子供達が親父であるキヨシ氏に対して「キヨシさん」と「さん」を付けて呼ぶ度に親子なのに他所他所しいなといつも見る度に思います(別にそれぞれの家風だから良いんですけどね)
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>透明人間様 (giants-55)
2013-07-06 00:52:36
書き込み有難う御座いました。

私生活でも喋り捲りの明石家さんまさんは例外として、御笑いの世界で生きている芸人さんは概して、家庭では非常に寡黙というケースが多い様ですね。古くは柳家金語楼氏も、家庭では必要最低限の会話以外はしなかったと言われていましたし。仕事で他者を笑わせる事に全力を挙げているのですから、そりゃあ私生活位は黙っていたいでしょう。

消費税増税許りが騒がれていますが、2015年から始まる「相続税の基礎控除の大幅縮小」(http://allabout.co.jp/gm/gc/373816/)も結構大きな問題になると思っています。此れ迄は「相続税なんて大金持ちだけの話で、我が家は関係無い。」と高を括っていた人達も少なく無いでしょうが、此れだけ大幅に基礎控除が縮小されると、一寸した土地&家屋を有しているケースは、殆どが対象になる。政治団体を経由させて相続税を脱税している政治家連中は無関係なのでしょうが、一般庶民には大きな影響が出るし(死亡消費税なる物を設けようなんて話も在りますし。)、其の事で相続時に遺族が大揉めする事も増えるでしょうね。

兄弟間の敬語、自分も違和感を覚えます。唯、武田氏の様に可成り年齢が離れていると、兄弟というよりも「伯父さん」や「伯母さん」みたいな感覚になるのかもしれないし、又、知り合いで実兄と険悪な関係に在る者の様に、「子供の頃から兄より、精神的に抑圧され続けたケース。」だと、反抗しても無意味という諦めも在って、“嫌味的な感じ”で敬語を敢えて用いているケースも在るのかも。

親に対して“タメ語”で話している子供というのも嫌ですが、某ダディ―の様なケースも、個人的には好きじゃないです。
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Unknown (悠々遊)
2013-07-06 06:42:40
相続税の基礎控除の大幅縮小は、確かに大きな問題になるでしょうね。特に大都市圏の路線価の高いところでは。
相続税の本来の趣旨は、親が莫大な資産を築いたらその子孫は、よほどの放蕩をしない限り遊んで暮らせる・・・のは社会的に不公平だから不公平感を緩和しましょう。だと思っています。
課税の線引きをどの辺りにするのかが難しいですね。

貧乏人のやっかみから言えば、一代で財を築くような凄い親のDNAを受け継いでいるだけで十分じゃないか、なんて。まさかDNAに相続税はかからないでしょうから(笑)。

家族の協力もあって努力で築いた財産。その協力者に財産を残すのに課税なんて。という考え方も有りましょうが、それならその協力の度合いによって、そのつど財産の名義を分割しておくべきとも思いますが。
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>悠々遊様 (giants-55)
2013-07-06 09:39:24
書き込み有難う御座いました。今回は、此方にレスを付けさせて貰います。

「DNAに相続税は掛からない。」、其の通りですね。

「社会の活性化」という観点からも、相続によって土地を手放す(他の人間が、其の土地を購入出来る訳ですし。)というのは必ずしも悪く無いと思っています。「不公平感の緩和」という意味でも同様。唯、問題なのは政治家等が政治団体を経由させて、其れこそ“不公平な相続”をしている事でしょうね。そんな疑いの濃い人物が「美しい国」なんて主張しているのですから、笑止千万です。

実際に追い込まれる迄、騒ぐ事をしない我が国の人々。相続税の問題も、2015年にならないと、全く無関心な人が多いのでしょうね。
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よくわからないが (AK)
2013-07-06 13:48:05
家庭内争議というのは家庭の人の数ほど増えます。
昔は兄弟姉妹数多かったですし、更に武田家の様に「母が犠牲になって息子を立身出世」させようという気質の家庭だと子供の中の誰かが犠牲になりますし(娘さんに相続させたのは罪滅ぼしでしょう。基本的に息子は上の学校にやるが娘はやらない時代ですから)、末は博士か大臣の息子と、地方国大出で末は田舎教師か田舎役人の道と比べられたり貶められれば面白くもない。
実は私の義父の家庭とソックリだなあと感慨深く読みました。義父の兄は東大出官僚。義父は地方国大(でも旧帝大)、姉は医師。義父は弁護士成り損ね。とにかく義父の父に兄弟姉妹間で比較され義父は辛い目にあっていたようです。私、結婚した際、義父の父親も兄も存命だったはずですが、一回も会うことなかったです。それぐらい義父は実親、兄弟を嫌っていたようです。なぜか一方的にどこで番号を知ったのかその兄の人から私の元に電話がかかってきたことはありますが、なんとも傲慢な雰囲気の人で、「なるほど…」と思いました。しかし官僚様がダメ弟の婿の卑しい田舎者の私の元にわざわざ電話をかけてきたのか未だによくわからんのですが。

実の親の縁の薄い人だったからか義母の両親や私の親にはやさしいよい人でした。しかし認知症になってから突然スイッチが入ったように実親・実兄への恨みを毎日毎日口にしてわめき暴れるようになり、ビックリしたことがありました。
自分自身は兄弟姉妹少なく、せいぜい田舎の中で末は博士か大臣なんて人とも疎遠に育ちましたので、更に義父とは育った時代も違いますし、なんとも驚かされる日々でした。もちろん私自身にも親とは相容れないこと、確執はありましたし、今もないわけではないですが、義父や武田さんに比べれば単なるありがちな世代間対立に過ぎません。

>敬語
仲の悪さ、心理的な距離もありますが、昔の九州の方なので「惣領息子」が「絶対」というような儒教的なものもあったのでは。
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>AK様 (giants-55)
2013-07-06 14:23:05
書き込み有難う御座いました。

言葉は適切では在りませんけれど、AK様の書き込みを興味深く拝読させて貰いました。自分の場合、幸い乍ら“身内間のトラブル”というのを経験した事が無いので、拗れ切った身内間のトラブルというのが、今一つ実感が無くて・・・。

唯、父方の祖父の兄弟達は“起業家”が多く、最初は兄弟で一緒に企業を営んでいたのですが、子供や其の連れ合いの代が経営に関わって来た辺りから、険悪な状態になったという話を聞いています。「家庭の人数が多いと、家庭内葬儀は増える。」というのは、結構在るのでしょうね。

「母が犠牲になって息子を立身出世させようという気質の家庭だと、子供の中の誰かが犠牲になります。」という点、嘗て“ケンちゃん”として人気だった宮脇康之氏の家庭が思い浮かびます。(http://ameblo.jp/mathichen17/entry-11326727487.html)子役として尋常では無い大金を稼いでいたケンちゃんを、両親はステージ・パパ&ステージ・ママとして寵愛し、其の結果として“身の置き場”の無くなった実兄は自殺を図ってしまう。未遂に終わったものの、其の後は父親が愛人を作って家出し、家族は崩壊してしまった。一時の幸せを得た一方で、家族を失ってしまったというのは、何とも遣り切れない話です。
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