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”Time waits for no one.”(時間は誰も待ってくれない。)
SF作家界の巨匠・筒井康隆氏の代表作の一つで在り、”永遠のジュブナイル小説”と言っても過言では無い「時をかける少女」。幼少時にこの作品を読み、その不思議な世界に何度思いを馳せた事だろうか。そして、今から23年前の1983年に公開された角川映画「時をかける少女」*1(当時のCMがこちらで見られます。)をこれ迄に何度見た事か・・・。
今から4ヶ月近く前、当ブログを覗いて下さったけい様から「『時をかける少女』がアニメとしてリメイクされ、その内容がかなり素晴らしい。」との書き込みを頂戴した。原作の面白さも然る事乍ら、原田知世さん主演の23年前の映画が今でも印象深く心に刻み込まれている事も在り、是非とも観たいと思ったのだが、やっとの事で先日観る機会を得た。
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高校2年生の紺野真琴は踏切事故をきっかけに、時間を跳躍する能力を得る。叔母の芳山和子に相談すると、それは「タイム・リープ」といい、年頃の女の子には良く在る事で、叔母自身も嘗て体験した事が在るというのだ。
過去に飛べる能力を得た真琴は、意に沿わない状況に遭遇する度にタイム・リープを行い、状況を改善する喜びを満喫する。そんな彼女に和子は「貴方が幸せになっている事で、誰かを不幸にしている事は無い?」と尋ねるが、真琴は全く意に介さない。
男子生徒の間宮千昭と津田功介は、真琴が毎日の様につるんで遊んでいる仲間。彼等を異性として意識した事等無かった真琴は、彼等に思いを寄せる女生徒の意を汲んで、タイム・リープを繰り返し何とか仲を取り持とうとする。しかし善意として行なっていたそれ等の行為が、結果的には彼等の心を操っていたに過ぎない事に真琴はやがて気付かされ・・・。
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絵の雰囲気は「わたせせいぞう氏のパステル・カラー調に、大友克洋氏のタッチを加えた感じ」とでも言おうか。全体に淡い感じがして結構心地良いのだが、如何せん原田知世バージョンがどうしても念頭に在る為に、どうしても最初は違和感を覚えた。何でもそうだが、同じテーマを扱った作品が2つ以上在る場合、触れたのが多感な時期により近ければ近い作品程、思い入れが深くなってしまうのは人間の性だと思う。しかし映像を見続けて行く内に、今風の生徒達の姿が不思議と、自分が学生だった頃の姿と同化して行った。時代がどう変われども、学生時代に抱えていたモノというのは、それ程大差が無いという事なのだろうか。
タイム・リープの繰り返しは、ややしつこさを感じた。タイム・リープを終えた段階の表現が、「逆さまのでんぐり返り」というのもベタな感じがする。そして固執してしまって申し訳無いのだが、「『時をかける少女』で主人公が理科の実験室に足を踏み入れた際、意識を失うきっかけはラベンダーの香りじゃないと。」という思いがどうしても在った。
しかし、中盤から後半にかけての描き方は素晴らしかった。「初恋が破れた後の何とも言えない切なさ」というのは誰しも味わった事が在ると思うが、それよりも切ない世界を余す所無く、そして上手に描いていた。「その存在が如何に自分にとって重要で大きかったかは、それを失った時に初めて知らされる。」というのは、第三者として見ていても胸がキュンと来るものだ。
原田知世バージョンを見ていた世代に向けての演出が、終盤に待っているのも心憎い所。「ああ、そうだったのか。」と、この世代なら思う事請け合いで在る。
切ない結末が待っているのは判っていたが、「遣り直せたのに、何故わざわざ自ら終わらせてしまったのか?黙っていれば良かろうに。」という思いはどうしても残ったし、「『未来で待ってる。』と言われても、未来過ぎてどう会いに行けば良いの?」という突っ込みも入れたくなるが、感動の余韻を充分堪能出来た。
総合評価は星4つ。けい様には、素敵な作品を紹介して下さった事を感謝したい。![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kuma_wel.gif)
*1 当時、工藤夕貴さんがこの作品をパロったインスタント・ラーメンのCMで「お湯をかける少女」というのをやっていたのが懐かしい。
尚、1983年公開の「時をかける少女」で原田知世さんの相手役を務めていた高柳良一氏は、その3年後に角川書店に入社。雑誌「野性時代」編集部に在籍時には、赤川次郎氏や吉本ばなな女史等を担当していたそうだ。12年前の1994年、ニッポン放送に転職し、現在は営業促進部副部長との事。(彼自身のサイト情報に拠る。)
SF作家界の巨匠・筒井康隆氏の代表作の一つで在り、”永遠のジュブナイル小説”と言っても過言では無い「時をかける少女」。幼少時にこの作品を読み、その不思議な世界に何度思いを馳せた事だろうか。そして、今から23年前の1983年に公開された角川映画「時をかける少女」*1(当時のCMがこちらで見られます。)をこれ迄に何度見た事か・・・。
今から4ヶ月近く前、当ブログを覗いて下さったけい様から「『時をかける少女』がアニメとしてリメイクされ、その内容がかなり素晴らしい。」との書き込みを頂戴した。原作の面白さも然る事乍ら、原田知世さん主演の23年前の映画が今でも印象深く心に刻み込まれている事も在り、是非とも観たいと思ったのだが、やっとの事で先日観る機会を得た。
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高校2年生の紺野真琴は踏切事故をきっかけに、時間を跳躍する能力を得る。叔母の芳山和子に相談すると、それは「タイム・リープ」といい、年頃の女の子には良く在る事で、叔母自身も嘗て体験した事が在るというのだ。
過去に飛べる能力を得た真琴は、意に沿わない状況に遭遇する度にタイム・リープを行い、状況を改善する喜びを満喫する。そんな彼女に和子は「貴方が幸せになっている事で、誰かを不幸にしている事は無い?」と尋ねるが、真琴は全く意に介さない。
男子生徒の間宮千昭と津田功介は、真琴が毎日の様につるんで遊んでいる仲間。彼等を異性として意識した事等無かった真琴は、彼等に思いを寄せる女生徒の意を汲んで、タイム・リープを繰り返し何とか仲を取り持とうとする。しかし善意として行なっていたそれ等の行為が、結果的には彼等の心を操っていたに過ぎない事に真琴はやがて気付かされ・・・。
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絵の雰囲気は「わたせせいぞう氏のパステル・カラー調に、大友克洋氏のタッチを加えた感じ」とでも言おうか。全体に淡い感じがして結構心地良いのだが、如何せん原田知世バージョンがどうしても念頭に在る為に、どうしても最初は違和感を覚えた。何でもそうだが、同じテーマを扱った作品が2つ以上在る場合、触れたのが多感な時期により近ければ近い作品程、思い入れが深くなってしまうのは人間の性だと思う。しかし映像を見続けて行く内に、今風の生徒達の姿が不思議と、自分が学生だった頃の姿と同化して行った。時代がどう変われども、学生時代に抱えていたモノというのは、それ程大差が無いという事なのだろうか。
タイム・リープの繰り返しは、ややしつこさを感じた。タイム・リープを終えた段階の表現が、「逆さまのでんぐり返り」というのもベタな感じがする。そして固執してしまって申し訳無いのだが、「『時をかける少女』で主人公が理科の実験室に足を踏み入れた際、意識を失うきっかけはラベンダーの香りじゃないと。」という思いがどうしても在った。
しかし、中盤から後半にかけての描き方は素晴らしかった。「初恋が破れた後の何とも言えない切なさ」というのは誰しも味わった事が在ると思うが、それよりも切ない世界を余す所無く、そして上手に描いていた。「その存在が如何に自分にとって重要で大きかったかは、それを失った時に初めて知らされる。」というのは、第三者として見ていても胸がキュンと来るものだ。
原田知世バージョンを見ていた世代に向けての演出が、終盤に待っているのも心憎い所。「ああ、そうだったのか。」と、この世代なら思う事請け合いで在る。
切ない結末が待っているのは判っていたが、「遣り直せたのに、何故わざわざ自ら終わらせてしまったのか?黙っていれば良かろうに。」という思いはどうしても残ったし、「『未来で待ってる。』と言われても、未来過ぎてどう会いに行けば良いの?」という突っ込みも入れたくなるが、感動の余韻を充分堪能出来た。
総合評価は星4つ。けい様には、素敵な作品を紹介して下さった事を感謝したい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kuma_wel.gif)
*1 当時、工藤夕貴さんがこの作品をパロったインスタント・ラーメンのCMで「お湯をかける少女」というのをやっていたのが懐かしい。
尚、1983年公開の「時をかける少女」で原田知世さんの相手役を務めていた高柳良一氏は、その3年後に角川書店に入社。雑誌「野性時代」編集部に在籍時には、赤川次郎氏や吉本ばなな女史等を担当していたそうだ。12年前の1994年、ニッポン放送に転職し、現在は営業促進部副部長との事。(彼自身のサイト情報に拠る。)
これってNHKの少年ドラマシリーズでの主人公の名前ですね。もちろん、「時をかける少女」・原田知世主演版でも・・深町君ことケン・ソゴルとの切ない恋愛がたまらなかったですねえ。
角川映画って「宣伝ばかりに金を掛け、中身は全く無い!」といった批判も結構在りましたが、個人的には好きな作品が多かったです。金田一耕助シリーズは全て観ておりますし、「人間の証明」や「白昼の死角」、「ねらわれた学園」、「里見八犬伝」等々、パッと思い浮かぶ作品も数多。
23年前の「時をかける少女」は御指摘の通り大林宣彦氏が監督されていました。実は大林監督は自分の大好きな監督の一人なんです。彼の作品で最初に見たのは、彼の商業映画としてのデビュー作「HOUSE/ハウス」で、大場久美子さんが主演のホラー物でした。観た当時でも正直言えばちゃっちゃい特撮に感じましたが、ちゃっちゃいながらも魅了される映像が其処には在り、それ以降彼の作品は好んで観ております。
マヌケ様は原田知世さんがタイプでしたか。
いやあ恐れ入りました。。
終盤で落ち込んだ姪っ子の真琴を叔母の和子が諭すシーンが在るのですが、和子の顔からスーッと焦点が横に動いて行き、ガラス越しに映った”ラベンダーの花”を捉え、そして戸棚の中に飾られている写真へと移るのですが、その写真は和子が学生時代に男子生徒2人と一緒に写っているものなんです。男子生徒2人はそう、深町一夫と浅倉吾朗(原田知世バージョンでは「堀川吾朗」という名前に変えられていましたが。)なんですよ。
和子が一夫、即ち未来人ケン・ソゴルと別れて約20年後という設定の様で、彼女が未だ独身を貫いているという状況説明が最初に為されたのも、「ああ、やはり一夫の事が忘れられないんだなあ。」と思わせてくれて、胸がキュンとさせられました。
それにしても、「NHK少年ドラマシリーズ」(http://members.jcom.home.ne.jp/nino-p/)の「タイムトラベラー」も見ていたし、「時をかける少女」の原作や映画も読み(見)まくっていた程好きな作品なのに、”種明かし”がされる迄全く「芳山和子」の名前にピンと来なかった自分が恥ずかしいです。
ビデオテープが見つかって、そこそこ見れる。
ヲジサンは、ただただ、涙する。
この女性は、今は柳ジョージのカミサンだとも・・・。
http://www2.plala.or.jp/ARGONAUTS/time/index.html
原田知世バージョンが男性の視点から描かれたものというのは納得出来ますね。当時彼女と同世代位の野郎ならば「あんな彼女が居たら良いなあ。」という思いを持ったでしょうし、それよりも上の世代ならば「あんな妹が居たら・・・。」といった感じで捉えていたのではないでしょうか。そういった思いが自分にも在ったからこそ、今回の作品で最初の内は”今風さ”に何とも言えない居心地の悪さを感じた様な気がします。けれどマヌケ様も御指摘の通り、表面的な差異は在れども、根幹に在るものってそうは変わらないもので、だからこそ途中からは違和感も無くなってすっとストーリーに入って行けたのでしょうね。
リメイク作品や続編って難しいと思いますよ。少なくともテクニカルな部分では前作を凌駕して当然という風に見られますからね。
「タイタニック」が大ヒットした直後、ハリウッドではこの作品の続編を製作するという噂が上がりました。何でも主人公のジャックが実は生きていたというストーリーになるのではないかというもの。まあこれは噂に過ぎなかった様ですが、最近でも「これがタイタニック2だ!」というフェイク映像(http://www.ifilm.com/ifilmdetail/2717326)がさも真実の如くネットを駆け巡っていましたね(苦笑)。「タイタニック」等も続編、又はリメイクを作るとしたら、限りなく失敗作になる作品の様に思います。
芳山和子の声は知世ちゃんにやってもらいたかったんですがねぇ。
それがちょっと心残りです。
俺は本と映画でしか見たことないので、ちょっと興味ありますねぇ~。
1983年・・・あれから23年ですか・・・。
なんだかずいぶん長いというか早いというか・・・ですね・・・。
当方のブログへのコメント、ありがとうございました。
ところで、先日知り合いが、この「時をかける少女」の評判が良いようだけど、見に行くかどうか迷っていると相談されました。どうやら、なかなか上映している映画館が多くないようで、今回をチャンスとするかどうか、迷っていたとのこと。
そこで、貴ブログの記事を紹介したところ、この記事を読んで、行ってきたとのことでした。最後に背中を押してくれたのは、貴ブログの記事であったようです。知り合いいわく、「すっげー面白かった!」とのことで、大満足されたようでした。
私もナカナカ映画館に足を運ぶことがないので、チャンスがあれば見てみたい気がしております。