「変わり者」と自認しているが、其の根っ子は幼少期に在る。何しろ、中学年の時だったと思うが、夏休みの自由研究で「拷問」に付いて調べた位だから。
人並み以上に好奇心が強い子だったとはいえ、普通ならば「此の子は何なんだ!?」と、周りから不気味に思われる所だろうが、当時の担任は鷹揚で、「色んな事に好奇心を持つのは、非常に良い事。こんなに詳しく、良く調べたな。」と良い評価をしてくれた。もし「こんな馬鹿な事を調べるな!」なんて怒鳴られていたら、妙な道に逸れていたかもしれない。
「人を心身共に痛め付けるのが目的で、其の結果として、死に到らしめる事も在る。」というのが、拷問の本来の定義かもしれないが、「残忍な方法を用い、死に到らしめる事を目的とした。」というケースも含めれば、古今東西、数多の種類の拷問が存在。
「人間は誰しも、残酷な部分を有しているのだなあ。」と思ってしまう所以だが、大河ドラマ「黄金の日日」で目にした「鋸挽き」の他に、「石抱」、「水責め」、「“鉄の処女”による串刺し」、「牛裂き」、「蓑踊り」等、「良くもまあ、こんなに残忍な方法を思い付いたものだ。」とぞっとしてしまう。
見聞した瞬間、パッと其の残忍さに思いが到る物が在る一方、後からじわーっと残忍さが判る物も在る。江戸時代に行われていたそうだが、「手足を縛り上げ、身動きが取れない状態で、只管、一定間隔で水滴を額に垂らす。」という拷問なんかも、そういった1つだろう。
肉体的な苦痛は全く無いが、延々と一定間隔で水滴を額に垂らされるだけという単調さは、精神に途轍も無いダメージを与え、最後には狂ってしまうのだとか。「真綿で首を絞める」という表現が在るけれど、正に其れだ。