*********************************
地方には、光が在る。物語が元気にする、町、人、恋。
高知県庁観光部に突如生まれた新部署「おもてなし課」。観光立県を目指すべく、入庁3年目の25歳・掛水史貴(かけみず ふみたか)は、振興企画の一環として、地元出身の人気作家・吉角喬介(よしかど きょうすけ)に観光特使就任を打診するが・・・。
「馬鹿か、あんた等は。」。吉角から行き成り浴びせ掛けられた言葉に、掛水は思い悩む。一体、何が駄目なんだ!?掛水とおもてなし課の、地方活性化に掛ける苦しくも輝かしい日々が始まった。
*********************************
高知県出身の作家・有川浩さんが、故郷を舞台にして書いた小説「県庁おもてなし課」。「新幹線が無い。地下鉄が無い。モノレールが無い。ジェット・コースターが無い。スケート・リンクが無い。ディズニーランドもUSJも無い。フード・テーマ・パークが無い。Jリーグのチームが無い。ドーム球場が無い。プロ野球公式戦のナイターが出来ない。寄席が無い。2千人以上の屋内コンサートが出来ない。中華街が無い。地下街が無い。温泉街が無い。」と、正に“無い無い尽くし”の高知県。約30年前にヒットした曲「俺ら東京さ行ぐだ」(動画)の歌詞を思い出させる状況の中、「此れではいけない。」と観光立県を目指し、観光部内に「おもてなし課」が誕生するのだが、遣る事が兎に角“御役所仕事”。
一般企業と役所の違いは色々指摘されているが、一番の違いは「コスト意識」だろう。昔に比べたら役人の意識も、大分“良い方向に”変わって来たとは思うが、其れでも一般企業と比べたら、どうしても“温さ”を感じてしまう事が結構在る。生き馬の目を抜かなければ倒産&解雇が待ち受けている一般企業とは異なり、役所の場合は「時間の浪費=金銭の浪費」という概念が、概して希薄。吉角から行き成り、そういった意識の無さを指摘された若手職員の掛水は、強いカルチャー・ショックを受ける。
*********************************
「だって大事ですよ。どればあ立派な施設でも、トイレが汚かったらそれだけで興醒めやし。」。「そのとおりやわ。男はトイレのことに無頓着すぎるがよ。」。意外なことに佐和(さわ)が積極的に加勢し、掛水は佐和の勢いに慄きながら引き加減になった。「お風呂や厨房もそうやけど、水回りが汚いのは女にとって最大のNGで。うちも宿の手入れで一番神経を使うがは水回りやもん。水回りで失格したら、絶対に女性のお客さんはリピーターになってくれんき。チャック下して引っ張り出すだけの男と一緒にせんといて。」。
*********************************
「水回り云々」の記述には、「其の通りだよなあ。」と頷いてしまった。「普段見慣れていて『珍しくも何とも無い。』と思っている事柄でも、“環境が異なる人達”にとっては非常に魅力的に感じる事も在る。」とか、「『利用者が、真に欲している物は何なのか?』が大事で在って、『自分達が此れだけ遣っているんだから、利用者も当然満足してくれる筈。』という思い込みは駄目。」等、改めて認識させてくれる内容が多く、「顧客満足(CS)」を学ぶ良い教科書でも在る。
*********************************
「現実問題としてはな。けんど、イナカには金がないがよ。やき、失敗したら立て直しが利かんがやないろうかと臆病になる。」。
都会には何だかんだで人と金が集まる。住民税や法人税の絶対量がイナカと違う。都会は都会であることを担保に資金繰りができるのだ。
それに、社会の注目度も違う。都会の破綻は日本の中枢を直撃するが、地方の破綻は全体への影響が少ない。同じ破綻でも都会とイナカでは国の対処が変わってくるだろう。少なくとも破綻したイナカが厚く措置されることはない。
*********************************
「『彼も此れも備えなければならない。』となったら、幾ら資金が在っても足りない。→唯でさえ資金が無い田舎では、一寸した失敗でも財政に大きな打撃を与え兼ねない。→だから田舎では、新たに挑戦する事にどうしても消極的になってしまう。→田舎は益々、落ちぶれて行ってしまう。」という悪循環が在る。「金が無ければ、知恵を出せば良い。」とは良く言われる事で、此の考え自体は正しいのだけれど、「上手い知恵」が中々浮かばないというのも現実。(高知県の)馬路村の具体的な取り組みが「県庁おもてなし課」の中で紹介されているが、非常に参考になった。
吉角達により、おもてなし課の職員達の意識がどんどん変わって行く事に、新鮮さを感じた。キャラクターの設定が上手い。又、「『或る人間が、或る時期から、会議で積極的に話さなくなった。』事が、後になって『そういう理由だったんだ。』と読み手に判らせる等、伏線の張り方も実に細やか。そして何よりも、故郷・高知県に対する有川さんの深い愛情が感じられ、読んでいて幸せな思いに包まれる作品だ。
総合評価は、星4つとする。