ストレート負けで、日本人選手としては初の4大大会制覇は叶わなかったものの、「全米オープン」の男子シングルスで決勝戦に進めただけでも快挙。錦織圭選手、御疲れ様!!
母親が大きな鍋で作ったカレーを、其の日食べ切れなかった分は冷蔵庫で保存して、1週間位の間に何度かに分けて食べ切る。子供の時分、そんな経験をした方も多い事だろう。そんな普通に思える事も・・・。
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諦める前に、踏み出せ。思い込みの壁を、打ち砕け!
児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平(みたむら しんぺい)は、遣る気は人一倍在る26歳の新任職員。「慎平の指導役となった、愛想は無いが涙脆い、3年目の和泉和恵(いずみ かずえ)。」や「陰気でクールな雰囲気を漂わせるも、実は面倒見が良くて熱血漢のヴェテラン・猪股吉行(いのまた よしゆき)。」、「“問題の無い子供”として捉えられている谷村奏子(たにむら かなこ)。」、「大人よりも大人びている17歳の平田久志(ひらた ひさし)。」等に囲まれて、子供達との生活が始まるが・・・。
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有川浩さんの小説「明日の子供たち」は、ソフトウェア会社の営業マンから児童養護施設職員に転職した三田村慎平の姿を描いている。彼が児童養護施設という別世界に飛び込んだのは、何年か前に見た児童養護施設のドキュメンタリー番組が切っ掛けだった。「可哀想な子供達の為に働きたい。」、心優しい彼は、そんな思いで児童養護施設の職員になったのだ。
ネグレクト等、家庭内に様々な問題を抱えている子供達が、児童福祉法に基づいて入所する児童養護施設。自分もそうだが、多くの人達は彼等に対して「可哀想。」と思ってしまうのは事実だろう。決して悪意では無く、自然とそう思ってしまう訳だが、実際に入所している子供達の中には、同情を不快に感じてしまう者も居る。
親からの絶え間無いDVから逃れ、施設で落ち着いた生活を送れる様になった子からすれば、「今の生活は決して不幸では無く、寧ろ幸せ。」と感じるだろうし、「親と一緒に暮らせない事を欠損と見做す風潮が、施設の子供達にとっては親と一緒に暮らせないという事実よりも、彼等を傷付けている。」という記述には、ガツンと遣られた。
三田村も同様で、「可哀想な子供達の為に働きたい。」という善意の思いが奏子の心を傷付けてしまう等、児童養護施設で育った経験が無い事からのギャップに、日々戸惑う。
「大量に作ったカレーを冷蔵庫で保存し、何日かに分けて食す。」という上記の話も、少なからずの人にとっては珍しくない事だろうが、「調理員が毎食改めて作ってくれるという環境の(児童養護施設の)子供達にとっては、未経験の事柄。」というのを読んでカルチャー・ショックを受けた。社会人になった際、冠婚葬祭のマナーで判らない事が在れば、気軽に親に教えて貰ったりする(した)けれど、そういう事も児童養護施設で育った子供達には、必ずしも出来る事では無いというのもだ。自分達にとっては“当たり前”の事が、誰にとっても“当たり前”という事では無い。そんな事実を、改めて思い知らされた。
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・子供たちとの関係をビジネスライクに割り切れと言うんですか。「語弊を恐れずに言えば、そうです。」。猪俣の言葉に揺るぎはなかった。「私たちにとって児童福祉は仕事です。仕事に間違った愛情を持ち込むのはつまずきの元です。」。「わたしの愛情が間違っていると仰るんですか!」。「家族の愛情を与えられるのは家族だけです。私たちは彼らの家族ではない。」。猪俣の言葉は道理だが、自分の理想を間違った愛情だと切って捨てられた岡崎は意地になった。食い下がる岡崎に、猪俣は無慈悲なカードを切った。「家族の愛情を与えたいのなら、家族になるしかありません。岡崎先生は担当の子供たちを全員養子にできますか?」。太刀打ちできない正論に、岡崎は悔しそうに押し黙った。「福祉と奉仕は違います。福祉は職能であるべきです。そうでなければ破綻します。」。岡崎に破綻してほしくないから言っているのだと和泉には分かった。だが、岡崎には分からなかった。分かりたくなかったのかもしれない。
・児童養護施設に入所する子供の多くが貧困家庭の生まれだということは、残酷な現実だ。遡ると両親もやはり貧困家庭出身であることが多い。貧困家庭に生まれる子供たちは、貧困を抜け出すロールモデルを身近に持っていない。貧困を抜け出す最も手軽な手段が学歴だが、高等教育以上の教育を受ける経済力がないのだ。
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「何故、彼等は“今の姿”になってしまったのか?」、登場人物達が抱える過去のトラウマが、次々と明らかになる。「和泉が児童養護施設の職員になった理由」や「猪俣が子供達の進学に前向きで無い理由」等は、過去のトラウマが大きく影響しており、其れ等が明らかとなった時には、深く考えさせられる物が在った。
奏子が有名作家に手紙を送る件は、個人的に蛇足に感じたが、慎平の成長を感じさせる結びは、非常に良かった。自分も含め、多くの人達が持っているで在ろう「児童養護施設や其処で暮らす子供達の漠然たるイメージ」が、より現実的なイメージへと変わって行く。其れは良い面も在り、又、悪い面もだが、きちんと現実を知る事で、我々は社会全体で彼等を育てて行く重要さを思い知らされる筈だ。
「読んで、本当に良かった。」と思わされる作品。総合評価は、星4.5個とする。