車椅子で卓球@渡邊剛

2013年より車椅子卓球をスタート。備忘録の意もこめてここにブログを綴ります。
内容は基本パラ卓球、時々食文化。

目標設定

2017年10月02日 22時14分17秒 | 日記
先日、お世話になっている健常者の卓球仲間、というか大先輩方からあらためて聞かれた。



「目標は?」



そういえばこれまでそんな風に聞かれたことは少なかったかもしれない。

あまり記憶にない。

期待を裏切らない形でそれとなくの返答はしていたと思う。

でもこの時は違っていた。

自分でも明確に答えた。

すると「おお!」と言ってもらえた。



今までもその思いはずっとあったし、言葉にはしなくても自分の胸にはずっと秘めていた。

それを初めて語った。



「2020年、東京パラリンピックに出場することです!」



というのは僕の目標設定とは異なる。

もちろん出場したい。

その為にどうすべきかも考えながら活動している。

でも僕はそこを目標にはしていない。

結果的にそうなれば良いというものであって、真の目標はそこにはない。



それを初めて公言した。



そこに自分自身の変化を感じる。

夢ではなく目標としている。

目標と言えるだけの自信がついた、と言うと偉そうだし勘違いしていると思われかねないけれど、でも今までの自分に対して内側での変化が生じていることを自分自身実感している。

それは僕を取り巻く環境の変化というか、外的要因によるものなのかもしれない。

現状が完璧でなくてもその将来性というか方向性の確かさ、可能性を実感できているからこそ現在の環境面に満足し取り組めるのだと思う。



器が出来れば、あとは中身を満たすだけ。

中身、それは紛れもなく自分次第。

器を作ってくださるのは自分のことを認めてくれる方がいてくれるから。

そのことを常に感謝し、また期待を裏切らないようにもっとしっかり取り組んでいかなければならない。

感謝の気持ちを表すならば、それは結果でしかない。



目標を公言するというのは自分でハードルを設定することでもあるわけで、それを超える自信のない人が目標設定をすることなく活動するのでしょう。

ハードルを設定するということは自分を追い込むことであり、それによるプレッシャーに対峙し続けなければならなくなる訳ですから、そんなものは無い方が楽でいい。



でも僕が知り得るアスリートというのは「楽」な道を選びはしない。

「楽」というのは「楽しい」ことであり、でもそれは「楽しむ」ということとは別の道だと考える。

目標を設定し、それを達成するために努力を重ねていくのだろうけど、その辛く苦しく、厳しい道は決して「楽しい」ものではなく、「楽」の真逆となるものだと思う。

でも結果的にそれを「楽しむ」ことは出来る。

だからこそ、「楽しい」と「楽しむ」は似て非なることだと考える。



僕は別に楽しく練習がしたいわけではない。

自分が「楽しめる」練習がしたいだけ。

自分が「楽しめる」環境を常に求めてきた。

今はその環境がどんどん広がっていく、そんな気がしている。

だからこれまで胸に秘めていた目標をついに公言することが出来たのだと思う。

それを実現出来た姿をその方々に見ていただきたい、そう思えたからでもあると思う。



様々な選手がいて、その胸にはそれぞれの目標設定があって、それぞれの活動をしているのだと思う。

誰がどういう目標を掲げているのかは定かじゃないし、聞いてみたところでそれが本当のことかどうかも分からない。

でもそういうのは言葉ではなく背中で見て取れるものなのかなと思う。

言葉で嘘はつける。

なんとでも言える。

でも、言葉以外で人は嘘をつけない。

逆の良い方をすれば、言葉以外の部分で本音が見て取れる。



「あいつが言った目標は本物だ」



そう思ってもらえるからこそ応援、協力してもらえるものなのだと思う。



さぁ、ついに風呂敷を広げたので、それが嘘にならないようにしっかりと取り組んでいかなきゃならない。



全てを楽しんでやる!

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