2011.08.20(土)/21(日)
高校を卒業して初めて参加した同窓会
約束の30年目の時には参加表明しながらも
家族の生死のドタバタで止む無くドタキャン
あれから12年、そして卒業してから42年という月日が過ぎてしまった
実家に帰省は度々してもなかなか連絡も出来ずに郷里にいる友にさえ
卒業以来の再会だ
会場は新燃岳の噴火でめっきり観光客が減少した霧島のホテル
幹事達は敢えてこの地を選んで地元に活力をと願ってのことだ
いろいろと事情のあるワタシの為に帰省して先ず立ち寄っていた母の介護施設まで
旧友達が車でわざわざ迎えにきてくれた
車中で先ずは中学も一緒だった友に「誰だか判る?」と笑いかけられて
「もちろん、○○○ちゃんやんか~~」と即座に答えるも
運転している彼女、後部座席の二人、「う~~ん??、旧姓は??」
「そうやね~~、やっぱり面影は変わらないね~~」
「でも皆んなは、スリムになったね~~、メタボはワタシだけやんーー;」
もう瞬間に<高校三年生~♪>にタイムスリップ♪
おしゃべりに花が咲きながら途中でもう一人拾って会場の霧島へと到着
先行組みも今夜の同宿の旧友達も同じく挨拶をして旧姓を告げて
「お~~!!そうだぁ~! 相変わらずだね~or、綺麗になったね~! うっそ~~!!」
賑やかに三々五々到着だ
開宴までまだ時間があるので温泉を楽しむことにした
龍馬の愛した温泉、与謝野鉄幹、晶子も訪れた明礬温泉で露天風呂の女湯は晶子の湯、男湯は鉄幹の湯
大浴場は男女混浴、レディースタイムだけは女性に解放されるが時間が過ぎており断念
18:00 いよいよ還暦同窓会の開宴
参加者、恩師二人を含めて103人の大人数
卒業生433人だから1/4はほぼ参加だ
早くも鬼籍となった友も、、、女性4名男性9名
先ずは亡くなった13名の友と東日本大震災での犠牲者を悼み黙祷
そして、全員での記念撮影
新制高校卒業回数と還暦同窓会の開催記念日と会場のホテル名をプリントした
真っ赤なタオルを首にかけて、、ハイ1+1は?

三年間だけどとても中身の濃い時間を共有した仲間達
進路によって一度も同じクラスになることもなく話もすることもなかった同級生も沢山ある
50人前後のクラスが9クラス
校舎の端から端まで忘れた辞書を借りに走ったなぁ~~
<重いカバンを抱えて通ったあの道>
今もシンボルの老楠はグラウンドを見下ろしている
共学は一年だけで二年、三年と国立大学への進学クラス以外は男子、女子の単独クラスとなり
ワタシは当然、成績が悪くビリだったのと家庭が貧しく国立へ行ける学力がなく就職することになったので
女子組(※決して同じクラスの女子達が成績が悪かったのではありません!!)
ただ、家庭を恨むだけで努力などしなかった根性なし、、、
もうその日々は多分女子高と同じだったでしょう
いや、もっとひどかったのかなぁ(笑)
教科書を立てて先生には丸判りなのに早弁する人、せっせとラブレター書いてる人、他の教科の宿題をする人
思い出せば微笑ましい青春のほんの一コマ
皆、其々の人生を42年過ごして今、ここに集っている笑顔は屈託がありません

幹事を務める人、司会進行を努める人、頭が下がります
そして、ハンドボール部での活躍が光った彼女は
祝儀舞を披露してくれました

男性陣は皆、一様に好々爺になりつつあります
女性陣は益々磨かれて淑女に(^^)
宴もたけなわ3時間は瞬く間に過ぎて2次会も盛り上がります

23:00にほろ酔い加減で部屋に戻り、また一風呂浴びて
久しぶりに飲んだビール1杯で早くも瞼は閉じて1:00頃まで話していたらしい同部屋の彼女達に
時々、何やら返事をしていて不思議がられていたそうです
翌朝(8/21)はゆっくりと起床、6:00に朝風呂浴びて7:30に朝食バイキング

ご多分にもれず、男性陣はゴルフ組が多く姿が減りました
女性陣は、ここで解散はもったいないと級友の経営するお土産やさんに直行して
売り上げご協力、ワタシも面倒ないので宅配便で送ってもらいました
湯煙があちこちで上がる温泉郷です

お買い物も済んで霧島神宮へと地元の級友の運転する車に分乗して向かいます
到着した霧島神宮、参拝に行列が出来ていました
11人で団体参拝をすると一気に列が空いたようです


境内にたった一輪、ホトトギスが咲いていました

雨がぱらついてきました
慌てて駐車場へもどり
近くの食堂で少し早いお昼に、お蕎麦を頂いてお支払い
数学は弱かったけれど、皆、勘定はお手の物、レジとぴったりでした^^
雨足が酷くなったので霧島散策は諦めて解散となりました
級友はありがたいです
また、母の入所施設に戻るワタシを送り届けてくれました
皆んな、<もう古希まで待てないからもう3年後くらいに今度はクラス会をやろうね>
と話が一致して再会を期して別れた
高校を卒業して初めて参加した同窓会
約束の30年目の時には参加表明しながらも
家族の生死のドタバタで止む無くドタキャン
あれから12年、そして卒業してから42年という月日が過ぎてしまった
実家に帰省は度々してもなかなか連絡も出来ずに郷里にいる友にさえ
卒業以来の再会だ
会場は新燃岳の噴火でめっきり観光客が減少した霧島のホテル
幹事達は敢えてこの地を選んで地元に活力をと願ってのことだ
いろいろと事情のあるワタシの為に帰省して先ず立ち寄っていた母の介護施設まで
旧友達が車でわざわざ迎えにきてくれた
車中で先ずは中学も一緒だった友に「誰だか判る?」と笑いかけられて
「もちろん、○○○ちゃんやんか~~」と即座に答えるも
運転している彼女、後部座席の二人、「う~~ん??、旧姓は??」
「そうやね~~、やっぱり面影は変わらないね~~」
「でも皆んなは、スリムになったね~~、メタボはワタシだけやんーー;」
もう瞬間に<高校三年生~♪>にタイムスリップ♪
おしゃべりに花が咲きながら途中でもう一人拾って会場の霧島へと到着
先行組みも今夜の同宿の旧友達も同じく挨拶をして旧姓を告げて
「お~~!!そうだぁ~! 相変わらずだね~or、綺麗になったね~! うっそ~~!!」
賑やかに三々五々到着だ
開宴までまだ時間があるので温泉を楽しむことにした
龍馬の愛した温泉、与謝野鉄幹、晶子も訪れた明礬温泉で露天風呂の女湯は晶子の湯、男湯は鉄幹の湯
大浴場は男女混浴、レディースタイムだけは女性に解放されるが時間が過ぎており断念
18:00 いよいよ還暦同窓会の開宴
参加者、恩師二人を含めて103人の大人数
卒業生433人だから1/4はほぼ参加だ
早くも鬼籍となった友も、、、女性4名男性9名
先ずは亡くなった13名の友と東日本大震災での犠牲者を悼み黙祷
そして、全員での記念撮影
新制高校卒業回数と還暦同窓会の開催記念日と会場のホテル名をプリントした
真っ赤なタオルを首にかけて、、ハイ1+1は?
三年間だけどとても中身の濃い時間を共有した仲間達
進路によって一度も同じクラスになることもなく話もすることもなかった同級生も沢山ある
50人前後のクラスが9クラス
校舎の端から端まで忘れた辞書を借りに走ったなぁ~~
<重いカバンを抱えて通ったあの道>
今もシンボルの老楠はグラウンドを見下ろしている
共学は一年だけで二年、三年と国立大学への進学クラス以外は男子、女子の単独クラスとなり
ワタシは当然、成績が悪くビリだったのと家庭が貧しく国立へ行ける学力がなく就職することになったので
女子組(※決して同じクラスの女子達が成績が悪かったのではありません!!)
ただ、家庭を恨むだけで努力などしなかった根性なし、、、
もうその日々は多分女子高と同じだったでしょう
いや、もっとひどかったのかなぁ(笑)
教科書を立てて先生には丸判りなのに早弁する人、せっせとラブレター書いてる人、他の教科の宿題をする人
思い出せば微笑ましい青春のほんの一コマ
皆、其々の人生を42年過ごして今、ここに集っている笑顔は屈託がありません
幹事を務める人、司会進行を努める人、頭が下がります
そして、ハンドボール部での活躍が光った彼女は
祝儀舞を披露してくれました
男性陣は皆、一様に好々爺になりつつあります
女性陣は益々磨かれて淑女に(^^)
宴もたけなわ3時間は瞬く間に過ぎて2次会も盛り上がります
23:00にほろ酔い加減で部屋に戻り、また一風呂浴びて
久しぶりに飲んだビール1杯で早くも瞼は閉じて1:00頃まで話していたらしい同部屋の彼女達に
時々、何やら返事をしていて不思議がられていたそうです
翌朝(8/21)はゆっくりと起床、6:00に朝風呂浴びて7:30に朝食バイキング
ご多分にもれず、男性陣はゴルフ組が多く姿が減りました
女性陣は、ここで解散はもったいないと級友の経営するお土産やさんに直行して
売り上げご協力、ワタシも面倒ないので宅配便で送ってもらいました
湯煙があちこちで上がる温泉郷です
お買い物も済んで霧島神宮へと地元の級友の運転する車に分乗して向かいます
到着した霧島神宮、参拝に行列が出来ていました
11人で団体参拝をすると一気に列が空いたようです
境内にたった一輪、ホトトギスが咲いていました
雨がぱらついてきました
慌てて駐車場へもどり
近くの食堂で少し早いお昼に、お蕎麦を頂いてお支払い
数学は弱かったけれど、皆、勘定はお手の物、レジとぴったりでした^^
雨足が酷くなったので霧島散策は諦めて解散となりました
級友はありがたいです
また、母の入所施設に戻るワタシを送り届けてくれました
皆んな、<もう古希まで待てないからもう3年後くらいに今度はクラス会をやろうね>
と話が一致して再会を期して別れた