あっちこっち歩いて楽しむおタケさん

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山に登ったかと思えばメタボな食事、お花、キノコ、いろいろ~

国分け伝説の旧跡を散策・珍布峠ウオーキング

2012-12-14 23:46:51 | あっちこっちの街道歩き(^^)
2012.12.08 (土)
 
珍布峠と書いて‘めずらしとうげ’
なんだか面白そうと興味津々でやってきたのは
三重県松阪市飯高町
 
「道の駅・飯高駅」でバスを降りて歩き始めたのはたった5人のツアー客です^^
添乗員さんが二人
雨も奈良県宇陀市榛原を出る時は止んでいましたが三重県に入り高見トンネルを越えて
フロントガラスにポツポツと雨粒が落ち始め道の駅に着いたらそぼ降る雨になりました
 
最初に尋ねたのは「小津安二郎監督の資料館」
老人福祉センターの一角でボランティアガイドのオバサマがいろいろと説明してくださいました
もう一方のオバサマは教え子さんでした
説明してくださったオバサマの案内で和歌山街道ウオーキングへと出発
雨でも5人なら和気藹々と歩けます
傘を差してなかなかいいじゃないですか
 
小津氏が下宿していたという家の前を通り宮前宿の名残の旅館跡やお店跡を見ながら
ゆっくりと歩きます
 
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現在の飯高町を横断する国道166号線はかつての‘‘和歌山街道’’とほぼ一致しているようです
伊勢と大和、和歌山を結んだ街道ですね
この宮前地区も宿場町として栄えたようで街並みや道標に面影を見ることができます
 
花岡神社の前から西に和歌山街道の本街道が始まります
 
道標には「左れいふ道」直進方向は「紀州道」
 
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暫く歩くと「木戸の一軒家」の案内板
時季桜が氷雨の中満開でした
 
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ここから舗装されていますがうっそうとした林の林道歩きです
 
 
死人谷、石灰爺さん、道行橋(義経と静御前が落ち延びて行ったらしい?)と過ぎて
いよいよ珍布峠
 
ここから男性のボランティアガイドさんと交代
 
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昔の道は切り通しではなく山の上を通っていたのでしょうね
 
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ここが「国分け伝説」の峠です
 
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神代の昔、伊勢の神様である天照大神と春日の神様の天児屋根命(あまのこやねのみこと)が
ここで<あら珍しや>と出会い、伊勢の国と大和の国の国境を決められたという面白い伝説が残る峠だ
 
林道から外れて旧道を下れば流れの美しい櫛田川が見えてくる
 
 
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川の中ほどに大きな石がポツンと見える
あれが伝説の「礫石(つぶていし)」だろう
珍布峠で出会い国境を決めることになり天照大神が傍にあった大石を軽々と川の中に投入れたそうだ
その時大量のしぶきが上がり逆巻く水は高見山を越えて大和の方まで押し寄せて
「過ぎたる・・・・」と言ったとか、今でも残る奈良東吉野側の「杉谷」のあたりであったとか・・
以来、高見山を伊勢の国と大和の国との国境と定められたらしい
今でも、礫石に小石を投げて見事命中すれば男子を授かるとか?
 
 
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暫く奇岩の続く櫛田川に沿って歩き橋の袂から車道へと出て
集落の外れの小高い丘に閼伽桶の井戸がある
この井戸から神水を汲んで春日大社へ奉納したそうである
700mほど離れたところにある水屋神社の御水送りの行事がその昔あったようだ
春日大社の正月の暦を刷るのに使用された御神水だったと言われているようだ
その後の兵乱から途切れていたのを平成14年(2003)11月9日に450年ぶりに復活されたとある
 
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さてそれでは水屋神社へと歩きます
 
かねてこの国道を通過するときいつも気になっていた赤桶
今日、やっと判りました
水屋神社の閼伽桶(赤桶)だったんですね
 
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国道を挟んで閼伽桶の向かいに水屋神社はありました
 
鳥居を潜って真っ先に目にするのが立派な巨木‘椋の木’
 
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雨を避けて社殿の後ろでお昼にしましょうと回り込むと
まだまだ、古木があります
千年杉は身を捩じらせながらもすっくと直立
 
 
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樹齢千年の大楠
根回り 29メートル
 
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まだまだ、大きな欅の根っこがごろりん、鹿児の木も栴檀の木も
とにかく大木が凄いパワーを醸し出している
 
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なんだか凄い気を頂き丁寧にお礼して
氷雨の中を今度は倭姫命が姿を映してお化粧をしたと伝わる
姿見の池へと歩く
 
池はどこかと行けば櫛田川の岩壁に出た
岩場の窪みが小さな池のようになっていた
淵に立ってみるが自分の姿は一向に映らず周囲の山が映る
よっぽど大きな女性だったのか
そりゃそうね、命様だものね
 
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その池の淵は櫛田川への絶壁
この水の流れといい奇岩といい伝説を感じさせる
 
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岩の間に愛くるしい紫色の花が咲いていた
神代の昔から咲いていたのかな
倭姫命の髪飾りになったかな
残念ながら近世の花のようだな
 
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予定では山道を少し分け入り
信長に暗殺された北畠具教の首塚へと歩くはずだったが
雨が止まないのと体が冷えてきたのでウオーキングはここで中止
予定より1時間早くバスの待つ道の駅へと戻った
 
その道すがら
厚かましくも
飯南町のサザンカの巨木を見に行くことを提案した
他の4人の方にも了解を得て
運良くサザンカも見ることが出来
ほっこりと温泉にも入り
ばんざぁ~い♪
 
・・・・サザンカの巨木・・・・
 
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・・・・桜・・・・
 
 
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・・・・竜胆・・・・
 
 
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・・・・大きな柚子?・・・・
 
 
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♪♪  雨に濡れても  ♪♪ 
 
まだまだ見所いっぱいの飯高町
 
次は月出の中央構造線にまつわる丹生の話しでも伺いたいですね~ ☆





 

東京物語がこんなところに~!!

2012-12-14 16:50:28 | 日記
2012.12.08 (土)
 
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ここは三重県松阪市飯高町の老人福祉センター内
 
小津人形さんもお出迎え
 
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道の駅「飯高の駅」から歩いて10分程
 
老人福祉センターはもともと宮前尋常高等小学校だった場所だそうです
 
ここに若かりし小津安二郎氏は故意に失敗した大学受験で浪人し
一年間という約束(父、兄との間)で代用教員として赴任しておられたようです
狭い展示室には自筆の英語のノートや昔の有名な俳優さん、女優さんの色紙も沢山あります
 
外に出れば駐車場に彼の生誕100年記念碑
1903(明治36年)12月12日誕生
1963(昭和38年)12月12日没
60年の映画人生
こよなく愛したこの地のシンボル「局ケ岳」が映る様に立てられていた
 
 
 
 
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記念碑の寄贈者名、順不同の中に見覚えのある名前や教え子さんたち一同も
 
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振り向くと「局ケ岳」が良く見える
 
 
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大正11年頃はまだここは和歌山街道(伊勢街道・吉野街道)の宿場町
宮前宿として賑わっていたようです
 
 
本日の和歌山街道・珍布峠(めずらしとうげ)歩きの前に立ち寄りました
 
「東京物語」はもう数十年前に深夜だったか9時からのゴールデンタイムだったか
すっかり忘れましたがテレビで見たことがあります
 
まぁ、親は大切にしないといけませんよね~
若いときには気付きませんが・・・・・・