妻を見上げた
ここから空はうまくみえない
ふふっと、笑いかけて
買い物へと出かけていく背中はすぐに消えた。
わずか数ミリでも間違えれば、首に激痛が走った。動くことも話すこともやっとだった。積極的に何かをしたいという興味や意欲はたちまち恐怖に萎縮していった。
情けない思いがした
触れていたいという気持ちよりも体の痛みに屈したようだった
世界が途端に狭くなった
ベッドのうえは私がこれまで想像していた以上に狭く不自由なものだった
何もできず、あれこれと世話を焼く妻に
せめてもと、なんとか笑顔で感謝を述べるしかなかった
死の淵へと漕ぎだしたとき
いや、生まれたときから人は死に向かっているのだろうが。
穏やかな最期の象徴ともいえるベッドで見まもられる格好さえも
惨めで空しい時間の方が長いのではないかとおもった
尿と消毒臭い病室で、激しくえずく同室の者の隣で、私を見上げていた老人は、
最後になんと言っていただろうか
その後、いつ亡くなったんだろうか
彼の特技も思い出があったであろう場所も、今はどうなってしまったのだろう
私は、大切な人にどんな最期を向かえてほしいだろう。
私は、最期をどんなふうに迎えたいだろう。
答えは未だ見つかっていない
【おわり】