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けいちつ

2015-03-05 | 日本語百科
3月6日頃、いつもこのころになると、2014年、2015年は3月6日となるが、春分までのに太陽黄径345度、雨水から数えて15日となる、啓蟄を話題にする。

啓は、ひらく、蟄、ちつ、は、土中で冬ごもりしている虫の意味である。
虫が、春の訪れを感じ、穴から出てくる頃となる。

そして、菰外しの時期、息吹が見えるようになる。
いかにも、ひらく、であるのか、驚蟄、おどろく、なのか、中国と日本での違いである。

ウイキペディアの解説に、詳しく書かれることになった。
雨水、清明の順に、暦に前後することがあったようだが、啓蟄となり、淳も今のようになっている。

暦便覧には、陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり、とあるそうだ。雨水 → 啓蟄 → 春分、春の動きである。



啓蟄 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/啓蟄
>啓蟄のことを日本以外の漢字文化圏では驚蟄(惊蛰、拼音: jīngzhé)と書く。また日本でもそう書く場合がある。
これは、漢王朝6代皇帝である景帝の諱が「啓」(現代北方音: qǐ)であり、避諱して意味が似ている「驚」の字で代用したことに由来する。同時に、孟春正月の驚蟄と、仲春二月節の「雨水」との順番を入れ換えた。同様に、「穀雨」と「清明」の順次も入れ換えた。
漢初以前 立春 ⇒ 啓蟄 ⇒ 雨水 ⇒ 春分 ⇒ 穀雨 ⇒ 清明
漢景帝代 立春 ⇒ 雨水 ⇒ 驚蟄 ⇒ 春分 ⇒ 清明 ⇒ 穀雨
唐代に入ると、啓の字を避ける必要がなくなったことから「啓蟄」に戻された。それと同時に、順次も孟春正月中に変えられている。しかし、使い慣れないせいもあって大衍暦で再び「驚蟄」に戻され現在に至る。
日本でも、中国と同様に「驚蟄」が歴代の具注暦に使われている。後に日本でも大衍暦と宣明暦を採用したが、驚蟄は、日本では、仲春二月節とされた。日本で「啓蟄」が名称として用いられたのは、貞享の改暦の時である。従来の仲春二月節のまま、文字だけが改められた。二十四節気の名称のうちで日本と中国で異なっているのはこれだけである。


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