ニューヨークに住むデイヴ・リゼウスキ(アーロン・ジョンソン)は、アメコミ好きでスーパーヒーローに憧れるさえない高校生。
「映画やコミックの世界ではこれだけヒーローがいるのに、何で誰もやらないのだろう?」
だったら自分がヒーローになってやる!と、憧れが高じてネット通販で購入した緑と黄色のコスチュームを着て、勝手にヒーロー「キック・アス」となる。
更に高揚したデイヴがヒーロー気取りでパトロールに出かけると、自分も脅されることのある不良コンビが車上荒らしをしている現場に遭遇する。
二人をこらしめるべく立ち向かうが、特殊能力も何も無い「キック・アス」はあっけなくナイフで腹を刺されたうえ、車に引かれて入院するハメに。
しかしケガの治療のために背中に金属板を埋め込まれて神経が鈍くなり、痛みに対して鈍感になって退院したデイヴは、懲りずに「キック・アス」として再びパトロールに出かけた。
そこで若い男が複数の男から追われる場面に出会うと、男を守るために“カッコ悪く”奮闘する。
その様子が現場に居合わせた人々によってYouTubeにアップされると、ヒーロー「キック・アス」としてたちまち人気者になり、なんとかわいい彼女までGetする幸運に恵まれる。
一方、マフィアのボスのダミコ(マーク・ストロング)は、最近組織に起きたトラブルを「キック・アス」の仕業と勘違いし、組織を挙げて彼を追い始めた。
しかし実はヒーローは「キック・アス」だけではなかった。
デイヴとは違って、本格的な訓練を受けた父娘の自警団「ビッグ・ダディ&ヒット・ガール」が、ダミコが率いるマフィア組織を壊滅するため、日々トレーニングと武器の調達にいそしみながら、チャンスをうかがっていたのである。
また、フランクの息子でデイヴの同級生でもあるクリス(クリストファー・ミンツ=ブラッセ)も、「レッド・ミスト」としてヒーローの名乗りを上げ、「キック・アス」に近づく。
そして彼らは、ビッグ・ダディ&ヒット・ガールによる壮絶なバトルへと巻き込まれていく…
ヒーローに憧れる気持ちは男の子なら誰もが持つものだが、自分が本当にヒーローになろうとは思わない。
それは自分には特殊能力など無いし、そもそも“夢物語”として現実の世界とは一線を画して考えるのが常識と言えよう。
しかしデイヴは違う。
ヒーローになるべくネット通販でコスチュームと安っぽい武器を購入し、敢然と街中へと繰り出す。
そして悪いやつらに立ち向かうのだが、特殊能力はもとより運動神経も平均的な高校生ほども持ち合わせず、ボコボコにされてしまう。
それでもヒーロー然として立ち上がる彼は、徐々にそれらしくなっていく。
「そんなアホな!」と言うなかれ。
頭から「できない」と諦めてしまっては何も始まらない。
行動を起こし、それを継続していくことで、コトは成し遂げられていく。
人間の脳ミソとはケッコウ“アホ”な作りになっている。
「できない」と思えば、たとえできることであっても「できない」ようにしむける行動をとり、「できる」と思って行動を起こせば、「できる」ようにしむけるもの。
「信じる者は救われる」とは、「できない」と考えようとする脳の活動を制御し、神の力によって望みが叶うのだと脳をだまして、望みを叶えるための行動をとるようにしむけるための言葉である。
デイヴは、神に祈ることなく、念じれば思いは叶うということを実践してみせる。
不思議なもので、自分の望みを叶えるべく行動を起こしていると、それをサポートするような“流れ”とでもいうべき事象が起こったりするもの。
ビッグ・ダディ&ヒット・ガールの父娘ペアとの出会いも実践の延長線上にあるのだ。
ごくフツウの冴えない人間がヒーローへと変身するというシチュエーションで思い出す映画には、三池崇史監督の「ゼブラーマン」がある。
「ゼブラーマン」では、冴えない主人公が次第に特殊能力を身に付けていき、最後には宇宙人に立ち向かうというファンタジーの要素が多分にあったが、本作は非常にリアルな物語展開になっている。
ビッグ・ダディとヒット・ガールの強さの秘密もキチンと理由付けられていて現実味があり、主人公のデイヴも最後まで特殊能力は身に付かない。
(強いてあげれば「痛みに鈍感」という能力くらいか!?)
しかしデイヴが、戦いを通じて正義を守り悪を倒すという信念が研ぎ澄まされ、力強さを身に付けて成長していく姿は、実に爽快・愉快!
奇想天外な設定と微妙に現実的な要素が融合した、真に等身大ヒーローによる胸がすく活躍が楽しい痛快娯楽活劇♪
「キック・アス」
2010年/アメリカ=イギリス 監督:マシュー・ヴォーン
出演:アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モレッツ、ニコラス・ケイジ、クリストファー・ミンツ=ブラッセ、マーク・ストロング
「映画やコミックの世界ではこれだけヒーローがいるのに、何で誰もやらないのだろう?」
だったら自分がヒーローになってやる!と、憧れが高じてネット通販で購入した緑と黄色のコスチュームを着て、勝手にヒーロー「キック・アス」となる。
更に高揚したデイヴがヒーロー気取りでパトロールに出かけると、自分も脅されることのある不良コンビが車上荒らしをしている現場に遭遇する。
二人をこらしめるべく立ち向かうが、特殊能力も何も無い「キック・アス」はあっけなくナイフで腹を刺されたうえ、車に引かれて入院するハメに。
しかしケガの治療のために背中に金属板を埋め込まれて神経が鈍くなり、痛みに対して鈍感になって退院したデイヴは、懲りずに「キック・アス」として再びパトロールに出かけた。
そこで若い男が複数の男から追われる場面に出会うと、男を守るために“カッコ悪く”奮闘する。
その様子が現場に居合わせた人々によってYouTubeにアップされると、ヒーロー「キック・アス」としてたちまち人気者になり、なんとかわいい彼女までGetする幸運に恵まれる。
一方、マフィアのボスのダミコ(マーク・ストロング)は、最近組織に起きたトラブルを「キック・アス」の仕業と勘違いし、組織を挙げて彼を追い始めた。
しかし実はヒーローは「キック・アス」だけではなかった。
デイヴとは違って、本格的な訓練を受けた父娘の自警団「ビッグ・ダディ&ヒット・ガール」が、ダミコが率いるマフィア組織を壊滅するため、日々トレーニングと武器の調達にいそしみながら、チャンスをうかがっていたのである。
また、フランクの息子でデイヴの同級生でもあるクリス(クリストファー・ミンツ=ブラッセ)も、「レッド・ミスト」としてヒーローの名乗りを上げ、「キック・アス」に近づく。
そして彼らは、ビッグ・ダディ&ヒット・ガールによる壮絶なバトルへと巻き込まれていく…
ヒーローに憧れる気持ちは男の子なら誰もが持つものだが、自分が本当にヒーローになろうとは思わない。
それは自分には特殊能力など無いし、そもそも“夢物語”として現実の世界とは一線を画して考えるのが常識と言えよう。
しかしデイヴは違う。
ヒーローになるべくネット通販でコスチュームと安っぽい武器を購入し、敢然と街中へと繰り出す。
そして悪いやつらに立ち向かうのだが、特殊能力はもとより運動神経も平均的な高校生ほども持ち合わせず、ボコボコにされてしまう。
それでもヒーロー然として立ち上がる彼は、徐々にそれらしくなっていく。
「そんなアホな!」と言うなかれ。
頭から「できない」と諦めてしまっては何も始まらない。
行動を起こし、それを継続していくことで、コトは成し遂げられていく。
人間の脳ミソとはケッコウ“アホ”な作りになっている。
「できない」と思えば、たとえできることであっても「できない」ようにしむける行動をとり、「できる」と思って行動を起こせば、「できる」ようにしむけるもの。
「信じる者は救われる」とは、「できない」と考えようとする脳の活動を制御し、神の力によって望みが叶うのだと脳をだまして、望みを叶えるための行動をとるようにしむけるための言葉である。
デイヴは、神に祈ることなく、念じれば思いは叶うということを実践してみせる。
不思議なもので、自分の望みを叶えるべく行動を起こしていると、それをサポートするような“流れ”とでもいうべき事象が起こったりするもの。
ビッグ・ダディ&ヒット・ガールの父娘ペアとの出会いも実践の延長線上にあるのだ。
ごくフツウの冴えない人間がヒーローへと変身するというシチュエーションで思い出す映画には、三池崇史監督の「ゼブラーマン」がある。
「ゼブラーマン」では、冴えない主人公が次第に特殊能力を身に付けていき、最後には宇宙人に立ち向かうというファンタジーの要素が多分にあったが、本作は非常にリアルな物語展開になっている。
ビッグ・ダディとヒット・ガールの強さの秘密もキチンと理由付けられていて現実味があり、主人公のデイヴも最後まで特殊能力は身に付かない。
(強いてあげれば「痛みに鈍感」という能力くらいか!?)
しかしデイヴが、戦いを通じて正義を守り悪を倒すという信念が研ぎ澄まされ、力強さを身に付けて成長していく姿は、実に爽快・愉快!
奇想天外な設定と微妙に現実的な要素が融合した、真に等身大ヒーローによる胸がすく活躍が楽しい痛快娯楽活劇♪
「キック・アス」
2010年/アメリカ=イギリス 監督:マシュー・ヴォーン
出演:アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モレッツ、ニコラス・ケイジ、クリストファー・ミンツ=ブラッセ、マーク・ストロング