やっと感想書ける・・・(笑)
5巻、6巻は図書館で予約したら1年近く待つ羽目になってしまったので、今回は発売日が決まったら即予約したら、発売1ヶ月で手元に届きました。でもそんなときに限って周囲に「貸してあげるよ」という人が結構いたりして・・・(5巻、6巻の時は、5巻を途中で挫折したために、そのまま6巻が出ても買わない人が多かったのでした)
実は私は原書が発売された直後くらいに、アメリカで原書のエピローグだけ読んでたんですよね(汗)いや、誰が死ぬのか気になって。
というわけで、確実に生き残る人はわかっていたんですが、なまじ中途半端な情報を入れてたんで意表を突かれたことも・・・
ルーピンは、当初は「まあ死ぬだろうな」と思ってたんですが、エピローグで子供が出てきてたんで、「あ、生き残るのか。意外」と喜んでたのですが・・・
読み始めたら、かなり早い段階で子供ができてたんで「あれー死ぬかも・・・」と・・・結果はやっぱり、でした。うーむ、なまじ期待してしまっただけに予想外にショックでした(笑)
スネイプも、校長がどうのとか書いてあったので「まさか死なないとか?」とちょっとだけ期待していたのですが(でもまあ9割方死ぬと思ってましたけどね・・・)、これもかなり早い段階で校長になったので「やっぱだめか・・・」と(笑)
エピローグに出てこなかった人としては、フレッドとジョージとルーナが危ないかな・・・と思ってたんですが、ジョージが耳をなくした時点でジョージはないなと。フレッドだけってのもあるかな・・・と思ったらやっぱりフレッドでしたね。合掌・・・
ルーナは死ななくて良かったなあ。ルーナの最後のシーンはなかなか良かったですねえ。映画で観るのがちょっと楽しみです。
あと心配してたのは、ダンブルドアとかシリウスとかが生き返ったりとか「実は死んでなかった」とかいう展開だったらやだなあと・・・でもそのあたりはさすがに大丈夫でしたね。
ダンブルドアはハリーの夢の中?に出てきましたが、あれは解釈によってはハリーが自分の頭の中で作り出したこと、とも取れなくはないですから。(私はそういう風に考えたい方です)
4巻で初めて人が死んだ時から、ローリング氏は人の死をとてもあっけなく描くなあ、と思ってました。今際の際にカッコイイ台詞を吐くとかそんなのはなしで、あっけなく死んでしまうという。
それは死を美化していないということで、私の感覚では非常に高評価な部分でした。死ぬのはあっけないことで、一度死んだら二度と戻っては来ないんだという。
ハリポタにはゲームっぽい要素も多々あると思いますが、この「死」についてはゲームとは明らかに一線を画していると思います。
この「死」は、巻を重ねるごとに重要なテーマになって行って(ハリーの両親が死んでいるということを考えると、実は最初からそうだったのかも)、そのあたりも最終巻まで来ると感慨深かったです。5巻の終盤のルーナとの会話は良かったなあ。映画では変わってしまっていてちょっと残念でしたが。
最終巻ではついにハリー自身が死を受け入れることで、「死を克服した者」になるわけですが、そのあたりの「死」の捉えかたも興味深かったですね。
ハリーが両親やシリウス、ルーピンの亡霊?に、「(死ぬのは)苦しいの?」と訊く場面も印象的でしたね。このあたりの会話はちょっとうるっと来ました。シリウスとルーピンは若い頃の姿で出てきたことになってますが、映画でやる時はゲイリー・オールドマンとディヴィッド・シューリスでやって欲しいな・・・
4巻終盤のセドリックの死あたりから、「もしかしたらこの話は7作かけて『影との戦い』が1作で描いたことを描こうとしているのかも」と思いましたが、7作読み終えて、やっぱりそうだったな、という感想でした。
7巻かけているだけあって、ハリーの成長もかなりゆっくりでしたけどね・・・(汗)6巻でシリウスの死の後もたいして成長していないことに愕然としたものでしたが。
もちろん全く何も成長していないというのではないんですが、たとえば「影との戦い」でのハイタカのような、いわゆる主人公の最終的な成長が・・・
7巻でも、ダンブルドアの死ですらあまり変わっていないハリーにちょっとびっくりしてしまったのですが、終盤一気に・・・でしたね。
実は今回初めて読んでいて泣いてしまったのですが、そのひとつがドビーの死のあたりでした。
泣けたのは、ドビーがかわいそうとかいうことよりも、ドビーの死によって初めてハリーが成長した、と感じられたからでした。
それまで、シリウスの時もダンブルドアの時も、大切な人の死に出会ったハリーは、どちらかというと「大切な人が奪われた」「何で僕を置いて死んでしまったの」というような、子供が甘えるような嘆きだったんだ、ということが、ドビーの死でわかりましたね。
自分よりも弱い存在、甘える存在ではない存在、実を言えばとても大事な存在というわけではなかった存在・・・それが自分のために死んでしまったことで、ハリーは一気に壁を乗り越えて成長し、ダンブルドアの意図を理解することができるようになったんですね。
もう一箇所泣けたのは夢の中のダンブルドアとの会話でしたが。ダンブルドアに対するわだかまりも解け、ダンブルドアをようやく理解することができたハリー。ダンブルドアはもういなくて、ハリーが独りでここまでたどり着くことができた、ということにもぐっと来るし、ハリーがやり遂げたことで、初めて心の底から晴れ晴れと、そして対等にハリーに対するダンブルドアの姿にも・・・
ダンブルドアが、家族に会いたいと呪われていると知りつつ指輪を嵌めてしまったというあたりも来ましたね。
ダンブルドアは、大義のためにある面非情とも思えることができる、ある意味高みから見下ろすことができるような人で、そういう点はガンダルフにかなり近いなあ、と思います。
けれど、ダンブルドアはかつては傲慢さから過ちを犯した経験を経た上で・・・というところが、最初から清廉潔白なガンダルフとは大きく違うし、より人間的に深みがあると思いました。(でもガンダルフは清廉潔白な故にああいうちょっと子供っぽい、せっかちで癇癪もちなところがあるのかな、とも思います。そういうガンダルフも好きなんですけどね(笑))
あとは、スネイプかな~。スネイプが裏切ってないというのは最初から疑ってませんでしたから、どう動くのか・・・というのに期待してたんですが・・・結構あっけない最期にちょっとショック。もうちょっと役に立って死ぬかと思ったんだけど・・・まあこのあたりも、死を美化しないローリングらしいとも言えますが。
しかし、スネイプがリリーを好きだったのでは、というのは5巻の回想シーンでちょっと思ってたんですが、まさかそれだけが理由だったとはなあ・・・
しかも、純愛というよりはストーカーっぽい・・・(汗)いや、当初はそれでも年月が経つにつれて本当の愛情になっていれば良かったんですが、ほぼ全く成長しないまま、そのまんまだったんですね・・・まあ、ハリーを苛め続けた理由は納得できましたけど。
うーん、ダンブルドアは感動してたけど、私にはただの妄執にしか思えませんでしたね・・・(汗)手紙と写真を持ち去った件に至っては・・・。ちょっと「コレラの時代の愛」を思い出しました。あれも純愛と感動する人もあれば(いや少なくとも日本人でそういう感想の人はあまり聞かないのですが)、妄執だろう、という人もいるので、似たようなものかなあと。
スネイプの秘密が全部ハリーへの思念で説明されちゃったのもちょっとなあ。というか、スネイプそんなに全部ハリーに知って欲しかったんか・・・というのもなんだかちょっと。
しかも、ハリーには自分が死ななきゃならないという事実の方が衝撃で、結構びっくりなスネイプの秘密について考える間がほとんどなかったという・・・スネイプ哀れ(汗)
でも、スネイプの最期とか、ダンブルドアとの会話なんかは、映画でアラン・リックマンの演技で見るのが楽しみですねー。
あ、雌鹿の守護霊はスネイプだろうな、とは思ったんですが、なんで雌?と思ってたんですが、その理由にはなるほど、と思いました。
思えば、6巻のトンクスの守護霊が変わったという話、この伏線だったんですね。なんかどうでもいいエピソードと思っていたけれど(汗)
伏線と言えば、ニワトコの杖の主人がドラコ・マルフォイだったというの、さっぱり理由がわからず、ネットのネタバレでようやくわかった始末。あれ、6巻のダンブルドアが死ぬあたりのシーンを読み返さないとわからないよなあ・・・
ドラコは、もうちょっと何かやってくれるかと思ってたので、かなりがっかりですねー。トム・フェルトンくんかわいそう・・・見せ場ほぼなくて・・・ダドリーすらちょっといい去り方だったのに。
しかし、ドラコの存在自体はかなり重要でしたが。ニワトコの杖のこともそうだし、ハリーが生きてるのがバレなかったのはドラコのおかげとも言えるし。
ナルシッサが嘘をついたあたりもそうですが、ヴォルデモートが知らない、愛情による行為がヴォルデモートを追い詰める原因になったというのも上手くできてるな、と思いました。
あとは、ネビルがグリフィンドールの剣でナギニを倒す場面とか、ウィーズリーおばさんがベラトリックスに勝つ場面とか、予想外の活躍をする人たちが良かったですね。このあたりは映画で見るのも楽しみです。
そういや、分霊箱がちょっとサウロンの指輪みたいだなーと思いました。というか、分霊箱の説明を読んでいて、サウロンと指輪の関係がなんだかすごくよくわかったように思いました。
というわけで、最終巻で結構評価が上がったハリポタですが、じゃあこのシリーズ大好きになったか、というと、やっぱりそうでもないかな。
死についての感覚や、色々と良いなあと思うところはあるのですが、同時にやはりゲームっぽいところがあるのが、「ものすごく好き」にはならない要因かなと。まあ、それがハリポタ人気の大きな要因でもあるのでしょうから、好みは人それぞれ、というところですけど。
6巻では分霊箱があと4つもある、果たしてあと1巻で終わるのか? と思ったのに、7巻に入ったら死の秘宝の話まででてきちゃって・・・アイテム出てきすぎ、と私よは思えたのですが。まあ、死の秘宝は結局ほとんど使ってないですけど。
死の秘宝を使わないことに、というのもまあいい結末なんですが、ずっと引っ張ってきた謎ではなくて、最終巻でぽっと出てきた話、というのがなんだかなあ・・・と思ってしまいました。まあこれも好みの問題でしょうけど。
最後までただの悪い奴、だった人たちもいたし、スリザリンが悪、みたいな取り扱いもなんだか残念でしたね。エピローグでハリーはスリザリンでもかまわない、みたいなこと言いはしますが・・・
というわけで、手放しで絶賛はしませんが、まあ7冊かけてすごいものを書いたなあ、とは思いました。なんだかんだと泣きもしましたしね。
もう次を待つこともないと思うと、ちょっと寂しいような気もしますが、まだ映画が3本残ってますからね。とりあえず「謎のプリンス」のスネイプが楽しみですねー。
5巻、6巻は図書館で予約したら1年近く待つ羽目になってしまったので、今回は発売日が決まったら即予約したら、発売1ヶ月で手元に届きました。でもそんなときに限って周囲に「貸してあげるよ」という人が結構いたりして・・・(5巻、6巻の時は、5巻を途中で挫折したために、そのまま6巻が出ても買わない人が多かったのでした)
実は私は原書が発売された直後くらいに、アメリカで原書のエピローグだけ読んでたんですよね(汗)いや、誰が死ぬのか気になって。
というわけで、確実に生き残る人はわかっていたんですが、なまじ中途半端な情報を入れてたんで意表を突かれたことも・・・
ルーピンは、当初は「まあ死ぬだろうな」と思ってたんですが、エピローグで子供が出てきてたんで、「あ、生き残るのか。意外」と喜んでたのですが・・・
読み始めたら、かなり早い段階で子供ができてたんで「あれー死ぬかも・・・」と・・・結果はやっぱり、でした。うーむ、なまじ期待してしまっただけに予想外にショックでした(笑)
スネイプも、校長がどうのとか書いてあったので「まさか死なないとか?」とちょっとだけ期待していたのですが(でもまあ9割方死ぬと思ってましたけどね・・・)、これもかなり早い段階で校長になったので「やっぱだめか・・・」と(笑)
エピローグに出てこなかった人としては、フレッドとジョージとルーナが危ないかな・・・と思ってたんですが、ジョージが耳をなくした時点でジョージはないなと。フレッドだけってのもあるかな・・・と思ったらやっぱりフレッドでしたね。合掌・・・
ルーナは死ななくて良かったなあ。ルーナの最後のシーンはなかなか良かったですねえ。映画で観るのがちょっと楽しみです。
あと心配してたのは、ダンブルドアとかシリウスとかが生き返ったりとか「実は死んでなかった」とかいう展開だったらやだなあと・・・でもそのあたりはさすがに大丈夫でしたね。
ダンブルドアはハリーの夢の中?に出てきましたが、あれは解釈によってはハリーが自分の頭の中で作り出したこと、とも取れなくはないですから。(私はそういう風に考えたい方です)
4巻で初めて人が死んだ時から、ローリング氏は人の死をとてもあっけなく描くなあ、と思ってました。今際の際にカッコイイ台詞を吐くとかそんなのはなしで、あっけなく死んでしまうという。
それは死を美化していないということで、私の感覚では非常に高評価な部分でした。死ぬのはあっけないことで、一度死んだら二度と戻っては来ないんだという。
ハリポタにはゲームっぽい要素も多々あると思いますが、この「死」についてはゲームとは明らかに一線を画していると思います。
この「死」は、巻を重ねるごとに重要なテーマになって行って(ハリーの両親が死んでいるということを考えると、実は最初からそうだったのかも)、そのあたりも最終巻まで来ると感慨深かったです。5巻の終盤のルーナとの会話は良かったなあ。映画では変わってしまっていてちょっと残念でしたが。
最終巻ではついにハリー自身が死を受け入れることで、「死を克服した者」になるわけですが、そのあたりの「死」の捉えかたも興味深かったですね。
ハリーが両親やシリウス、ルーピンの亡霊?に、「(死ぬのは)苦しいの?」と訊く場面も印象的でしたね。このあたりの会話はちょっとうるっと来ました。シリウスとルーピンは若い頃の姿で出てきたことになってますが、映画でやる時はゲイリー・オールドマンとディヴィッド・シューリスでやって欲しいな・・・
4巻終盤のセドリックの死あたりから、「もしかしたらこの話は7作かけて『影との戦い』が1作で描いたことを描こうとしているのかも」と思いましたが、7作読み終えて、やっぱりそうだったな、という感想でした。
7巻かけているだけあって、ハリーの成長もかなりゆっくりでしたけどね・・・(汗)6巻でシリウスの死の後もたいして成長していないことに愕然としたものでしたが。
もちろん全く何も成長していないというのではないんですが、たとえば「影との戦い」でのハイタカのような、いわゆる主人公の最終的な成長が・・・
7巻でも、ダンブルドアの死ですらあまり変わっていないハリーにちょっとびっくりしてしまったのですが、終盤一気に・・・でしたね。
実は今回初めて読んでいて泣いてしまったのですが、そのひとつがドビーの死のあたりでした。
泣けたのは、ドビーがかわいそうとかいうことよりも、ドビーの死によって初めてハリーが成長した、と感じられたからでした。
それまで、シリウスの時もダンブルドアの時も、大切な人の死に出会ったハリーは、どちらかというと「大切な人が奪われた」「何で僕を置いて死んでしまったの」というような、子供が甘えるような嘆きだったんだ、ということが、ドビーの死でわかりましたね。
自分よりも弱い存在、甘える存在ではない存在、実を言えばとても大事な存在というわけではなかった存在・・・それが自分のために死んでしまったことで、ハリーは一気に壁を乗り越えて成長し、ダンブルドアの意図を理解することができるようになったんですね。
もう一箇所泣けたのは夢の中のダンブルドアとの会話でしたが。ダンブルドアに対するわだかまりも解け、ダンブルドアをようやく理解することができたハリー。ダンブルドアはもういなくて、ハリーが独りでここまでたどり着くことができた、ということにもぐっと来るし、ハリーがやり遂げたことで、初めて心の底から晴れ晴れと、そして対等にハリーに対するダンブルドアの姿にも・・・
ダンブルドアが、家族に会いたいと呪われていると知りつつ指輪を嵌めてしまったというあたりも来ましたね。
ダンブルドアは、大義のためにある面非情とも思えることができる、ある意味高みから見下ろすことができるような人で、そういう点はガンダルフにかなり近いなあ、と思います。
けれど、ダンブルドアはかつては傲慢さから過ちを犯した経験を経た上で・・・というところが、最初から清廉潔白なガンダルフとは大きく違うし、より人間的に深みがあると思いました。(でもガンダルフは清廉潔白な故にああいうちょっと子供っぽい、せっかちで癇癪もちなところがあるのかな、とも思います。そういうガンダルフも好きなんですけどね(笑))
あとは、スネイプかな~。スネイプが裏切ってないというのは最初から疑ってませんでしたから、どう動くのか・・・というのに期待してたんですが・・・結構あっけない最期にちょっとショック。もうちょっと役に立って死ぬかと思ったんだけど・・・まあこのあたりも、死を美化しないローリングらしいとも言えますが。
しかし、スネイプがリリーを好きだったのでは、というのは5巻の回想シーンでちょっと思ってたんですが、まさかそれだけが理由だったとはなあ・・・
しかも、純愛というよりはストーカーっぽい・・・(汗)いや、当初はそれでも年月が経つにつれて本当の愛情になっていれば良かったんですが、ほぼ全く成長しないまま、そのまんまだったんですね・・・まあ、ハリーを苛め続けた理由は納得できましたけど。
うーん、ダンブルドアは感動してたけど、私にはただの妄執にしか思えませんでしたね・・・(汗)手紙と写真を持ち去った件に至っては・・・。ちょっと「コレラの時代の愛」を思い出しました。あれも純愛と感動する人もあれば(いや少なくとも日本人でそういう感想の人はあまり聞かないのですが)、妄執だろう、という人もいるので、似たようなものかなあと。
スネイプの秘密が全部ハリーへの思念で説明されちゃったのもちょっとなあ。というか、スネイプそんなに全部ハリーに知って欲しかったんか・・・というのもなんだかちょっと。
しかも、ハリーには自分が死ななきゃならないという事実の方が衝撃で、結構びっくりなスネイプの秘密について考える間がほとんどなかったという・・・スネイプ哀れ(汗)
でも、スネイプの最期とか、ダンブルドアとの会話なんかは、映画でアラン・リックマンの演技で見るのが楽しみですねー。
あ、雌鹿の守護霊はスネイプだろうな、とは思ったんですが、なんで雌?と思ってたんですが、その理由にはなるほど、と思いました。
思えば、6巻のトンクスの守護霊が変わったという話、この伏線だったんですね。なんかどうでもいいエピソードと思っていたけれど(汗)
伏線と言えば、ニワトコの杖の主人がドラコ・マルフォイだったというの、さっぱり理由がわからず、ネットのネタバレでようやくわかった始末。あれ、6巻のダンブルドアが死ぬあたりのシーンを読み返さないとわからないよなあ・・・
ドラコは、もうちょっと何かやってくれるかと思ってたので、かなりがっかりですねー。トム・フェルトンくんかわいそう・・・見せ場ほぼなくて・・・ダドリーすらちょっといい去り方だったのに。
しかし、ドラコの存在自体はかなり重要でしたが。ニワトコの杖のこともそうだし、ハリーが生きてるのがバレなかったのはドラコのおかげとも言えるし。
ナルシッサが嘘をついたあたりもそうですが、ヴォルデモートが知らない、愛情による行為がヴォルデモートを追い詰める原因になったというのも上手くできてるな、と思いました。
あとは、ネビルがグリフィンドールの剣でナギニを倒す場面とか、ウィーズリーおばさんがベラトリックスに勝つ場面とか、予想外の活躍をする人たちが良かったですね。このあたりは映画で見るのも楽しみです。
そういや、分霊箱がちょっとサウロンの指輪みたいだなーと思いました。というか、分霊箱の説明を読んでいて、サウロンと指輪の関係がなんだかすごくよくわかったように思いました。
というわけで、最終巻で結構評価が上がったハリポタですが、じゃあこのシリーズ大好きになったか、というと、やっぱりそうでもないかな。
死についての感覚や、色々と良いなあと思うところはあるのですが、同時にやはりゲームっぽいところがあるのが、「ものすごく好き」にはならない要因かなと。まあ、それがハリポタ人気の大きな要因でもあるのでしょうから、好みは人それぞれ、というところですけど。
6巻では分霊箱があと4つもある、果たしてあと1巻で終わるのか? と思ったのに、7巻に入ったら死の秘宝の話まででてきちゃって・・・アイテム出てきすぎ、と私よは思えたのですが。まあ、死の秘宝は結局ほとんど使ってないですけど。
死の秘宝を使わないことに、というのもまあいい結末なんですが、ずっと引っ張ってきた謎ではなくて、最終巻でぽっと出てきた話、というのがなんだかなあ・・・と思ってしまいました。まあこれも好みの問題でしょうけど。
最後までただの悪い奴、だった人たちもいたし、スリザリンが悪、みたいな取り扱いもなんだか残念でしたね。エピローグでハリーはスリザリンでもかまわない、みたいなこと言いはしますが・・・
というわけで、手放しで絶賛はしませんが、まあ7冊かけてすごいものを書いたなあ、とは思いました。なんだかんだと泣きもしましたしね。
もう次を待つこともないと思うと、ちょっと寂しいような気もしますが、まだ映画が3本残ってますからね。とりあえず「謎のプリンス」のスネイプが楽しみですねー。