こんばんは、白黒茶虫です。
6月あたりの梅雨の時季には波狛日記に毎年登場するのですけど、白黒茶々家の庭にはアジサイが植わっています。
旬の時季にはたくさんの花をつけ、多湿で憂鬱な中でも、私たちに清涼感を与えてくれます。 しかし、梅雨が終わって夏真っ盛りになる頃には………
花は萎れて、見ため的にもみすぼらしくなってしまいます。 こうなったら、その花をバッサバッサと刈り取っていくしかないのですけど、よく見てみたらその枝の間にアシナガバチが巣を作っていました。
アシナガバチといえば………
私が小学校の低学年の頃に、友達のなかでアシナガバチの巣に石つぶてを投げて逃げるという遊びがおこなわれていました。 ハチの平穏な生活を脅かすとは、なんて悪い遊びなのでしょうか
そのようにしたら、やはりハチは怒って群れをなして追いかけてきました。
足の速い子はうまく逃げきったのですけど、遅い子は1、2ヶ所刺されていました。
私はというと……… 運動がニガテということもあって逃げるのが最も遅く、ハチにボコボコに攻撃されてしまいました。
その直後に鏡で自分の姿を見たら………
顔の形が変わるほど腫れていましたよ。 特に唇はいかりや長介さんのようになっていて、思わずギョッ
としてしまいました。ギャグ漫画でハチに襲われたあとの姿は誇張し過ぎで、現実離れしているようですけど、あれはあながちウソではありませんでした。
それよりもいかりやさん、ヘンな例えに出してしまって、申し訳ございませんでした。
「もう同じ目には遭わない 」
その後、子供たちは反省してハチの巣に悪さをしなくなったと思いきや、またしても石つぶてダッシュをしていました。 私のほうは、過去の経験から何を学習したのかというと……… みんなとは逆方向に逃げてみました。
そうじゃないだろ
しかし、ハチは足が遅い私を襲い、前回ほどではなかったのですけど、またしてもやられてしまいました。
私は小さい頃から虫が好きで、昆虫図鑑だけではなく、このような実体験からも虫の特性を学んでいったことから「虫博士」とも呼ばれていました。なので今回の日記に限っては、手塚治虫さんのように名前の一部を「虫」に変えさせていただきました。
アシナガバチを目の前にして、つい「少年の日の思い出」に浸ってしまいましたけど、巣をこのままにしておいたら、うっかり近付いてしまった波や狛が刺される恐れがあります。 こうなったら、やむを得ません。殺虫剤とビニール袋を使って巣の撤去を………
いや、彼らは危害さえ加えなければ襲ってくるようなことはないので、お互いの距離を取りつつ共存していくことにしましょう。 私は小さい頃にたくさんの虫を捕まえたり死なせたりしたこともあって、虫ケラ1匹も殺せない大人になっていました。
そんなある日のこと、私はアジサイの枯れた花の刈り取りの続きをやっていました。 そうしつつ、アシナガバチの巣の様子を見たら、いつもなら必ず見張りのハチがいるのに、その時はたまたま無人、いや、無蜂状態でした。
そこで私に魔が差し、手に持っていた鎌でその巣を切り落としました。これで、殺虫剤などの手荒い方法以外でハチにお引き取りしてもらうことができましたよ。
めでたしめでたし。
それから間もなくして、巣がなくなって困った様子でそのまわりを飛んでいるハチの姿を見かけたので、心の中で謝っておきました。
その後も私は毎日少しずつ、枯れた花の除去を続けていきました。 もうアシナガバチのことは気にしないで、勢いよく刈っていったら、突然私の左手の指にズキッ
と激痛が走りました。
姿は見えなかったのですけど、これはハチの仕業です。
巣はなくなっても、ハチはアジサイの陰に隠れて、私への復讐の機会を窺っていたようです。 ハチに刺されたら、小便を……… なんてことは迷信で、絶対にやってはいけないということは、さすがの私でも知っていました。
応急措置として、患部を水で洗い流して様子を見ることにしたのですけど、ズキズキとした痛みはなかなか治まりませんでした。
手には脂汗がにじんできましたし。さらに、心拍数も上がって息苦しくなってしまいました。
これは………
ハチに刺された人には抗体ができて、次に刺された際にはアナフィラキシーショックを起こすこともあると聞いたことがあります。 最悪の場合は、死に至るとも。いや、まだなんとか意識があるので、大丈夫です。たぶん、きっと………
そんな私を目の前にして、箔母さんとたつぴは動揺しまくっていました。 「今からたつぴを駅まで送っていかなきゃいけないのだけど、私が戻ってくるまでの間に何かあったらいけないし………」迷った挙句、救急車を呼ぶことにしました。
「私より先に(救急車が)来たら、状況を話して乗せてもらってよ。私はあとから追うから」
それから間もなくして、海沿いの静かな集落に救急車のサイレンが鳴り響きました。 一緒にレスキュー車まで来ていて、大ごとになっているではありませんか
私のほうはというと、先程よりは症状は落ち着いてきたような気がするのですけど、それでもまだ心配なので、心電図などを取りつつ病院まで搬送してもらいました。
救急車の中からは外の景色は見えないようになっていたので、どのあたりを走ってどのように道を優先してもらったのかは、わかりませんでした。
そうしているうちに、病院に到着。私はストレッチャーに乗せられたまま処置室に通されました。 当直の医師たちに看てもらった結果……… アナフィラキシーショックの心配はないとのことでした。心拍数が乱れたのは、痛みやショックから動揺したからでは?と推測されました。
その頃には私はすっかり落ち着き、手を手当てして痛み止めなどの処方箋を出してもらって帰されました。そこに、ちょうど箔母さんが迎えに来たのですけど、彼女の前で私は超反省モードになっていました。
「ただでさえコロナ禍の大変な中なのに、病院の方たちの手を煩わせてしまって、申し訳ない気分だよ」 そのような中でも、彼らは真摯に対応してくださって、頭が下がる思いでもありました。「こんなことなら、もう少し様子を見てからでもよかったのでは?」そんな私に対して、彼女は「いや、そのようにして手遅れになったら大変だったし。何にもないのが一番だよ」と言ってくれました。その言葉に、私は救われました。
その後、アシナガバチはアジサイのまわりを浮遊していたのですけど、今は耕作放棄地となっている家庭菜園の藪の中に新たな巣を作って落ち着いたみたいです。 そんな彼らと私は言葉を交わさない紳士協定を結び、お互いの領域を侵さないことで平和を維持することができています。
最後に。あとになってから気付いたのですけど、私がハチに刺されたのは8月8日の「ハチの日」でした。