羽生選手は、「蒼い炎Ⅱ」の最後に、こんなことを書いていました。
「人が思いを伝えようとする時には、インターネットだったり電話や手紙など、何か道具が必要です。
例えば僕という人間を道具として、僕という人間を通して、皆さんが自分の気持ちを伝えるきっかけになればいいいな、と。
僕というネットワークを使って、いろいろな気持ちを発信してほしいと思っています。」
「(略)… 震災に対する思いというものを、少しでも寄せて頂けて、少しでも増えていけば、
被災地、ひいては日本という国にとっていいものになっていくと思うんです。
そういうものが一つずつ集まって、素晴らしい光になってもらえたらなと思っています」
このお言葉に甘えさせてもらい、「大震災関連その2」として、このページを書いてみます。
22年前の阪神大震災のことを思う時、私には今でも忘れられないことが幾つかあるのですが、
そのうちの一つであり、これから書くことは、
一部タブーだとされてきたりして、伝えることを躊躇し悩む人も多く、本当のことを知っている人はあまり多くはないだろうと思います。
しかし、最近では災害のたびに、危機感をもった真剣な人々によって、少しずつ語られるのを見ることができるようになり、ちょっとずつ知られてきているようにも思うし、
今後も大災害が何度も起こり得る日本では、実際起きること、起きたことを、きちんと「知っておくこと」はとても重要だと思うので、
当時の証言として、書いてみたいと思います。
22年前の阪神大震災の時。
現地の様子に心をとても痛めた友人の一人に誘われ、私はその時、ボランティアに行くことにしたのです。
ところが、私はその直前に、どうしても自分の都合では絶対に変えられない、緊急の用事が入ってしまい、
その回のボランティアに行くことを、土壇場でキャンセルしなければならなくなりました。
彼女は、「それは仕方がないよ」と、事情に深い理解を示してくれて、
「次回、また一緒に行こうね」と話して、他のボランティア志願者たちと一緒に、被災地に向かいました。
帰ってきた彼女と話した私は、彼女の声がとても沈んでいて、明らかに様子がおかしいことに気が付きました。
「どうだった? 次回は私も一緒に行けるよ。」と告げた私に、彼女は一言、
「○○(←私の名)は、行かなくて正解だった。 ○○は、行けなくて良かったんだよ。 行けなくなったことで、守られたんだよ!
次はない。 もう行くべきではないし、今後も行ってほしくない。」と言ってきたのです。
行く前は、「ボランティアに行く人が少なすぎる!」、などと憤ってさえいた熱いその友人が、
全く正反対のことを言ったので、私は驚きすぎて、何か言葉を聞き間違えたのではないかと思ったほどです。
理由を聞いたら、
「ごめん。話したくない。 でもお願いだから、行かないで。 誘って悪かったと思う。 お願いだから、絶対に行かないで!」
などと答えたので、ますます訳がわからずに混乱した私は、
「いや、私は行くよ。 もう予定に入れているし…」
と答えてしまったのです。
すると、彼女は泣き出しながら、本当の事情を話してくれました。
彼女の口から出てきたのは、
被災の現場にやってきていたボランティアの女性たち(色々なところから来ていたそうですが)の間で、
性犯罪被害者(レイプ被害者)が何人も出た、という、衝撃の言葉でした。
年齢には関係なく、何人もの被害者が出て、深い心身の傷を負ったのだ、と。
手口は様々で、物陰に隠れていた集団に襲われたり、色々と卑劣だった、と。
たとえ高齢の女性でも関係なく、襲われたと彼女は語りました。
若ければそれだけリスクは高まるわけですが…。
ものすごくショックだった、と彼女は言いました。
被災地では、強盗などはもちろんですが、強姦(新聞等では、婉曲表現のために「婦女暴行」または「暴行」と表現される)を含む性犯罪被害なども起きている、などという話やニュースは、
当時確かにあり、それを一度は、彼女も私も先に聞いたことはあったのです。
私の父はそれを理由に、一度は私がボランティアに行くことに反対してきたくらいでした。
でも、その後で、「それはデマだ」という話やニュースを聞いて、「あれはデマらしい」ということで話は収まっていき、
彼女も私も、その時はそれを信じていたのです。
「あれはデマだ、というのこそが、デマだったんだよ! 実は本当に本当のことだったんだよ!」
と、彼女は私に訴えるように言いました。
「真実は隠しちゃいけない。 ちゃんとした情報が知れ渡り、先に知っていたら、正しい対策も取れただろうし、被害も防げただろうに…」
彼女は怒り、泣いていました。
そして、そのことにまつわる、様々なことがあって、酷い人間不信になりそうだ、とも語ってくれました。
私のその友人は、ある武道をやっていて、普通の人とは違って護身には長けていたほうだったので、
本人曰く、自分は大丈夫だった、とのことでした。
でも、ボランティアとして滞在中、それなりの恐怖を味わったそうです。
だからこそ、私が直前で行けなくなったことは本当に良かったし、本当に助かったと思う、とさえ言いました。
私は衝撃で言葉もありませんでした。
「今現在の被災地の環境はかなり悪いし、対策取れるような状態じゃないから、もし誰かが行かなければいけないのだとしたら、
せめて女性ではなく、今は体力のある、襲われる心配のない男性こそが行くべきなんだ」と、何度も彼女は説得してきて、
他にもいろいろな話を聞かされた私は、最後にはそれに同意しました。
その時の、「被害者が何人も出たという事実」は、やはりその後も、表では語られていくことはありませんでした。
被害者の側としてはとてもデリケートな問題ですし、
ただでさえ心身がズタズタになっているところへ、さらなる心の傷を深めるようなことは、やはり普通は出来ないからです。
私の友人も、最初は色々とショック過ぎて、私にさえ、とても話せる気分ではなかったと言います。
何もしゃべりたくなかった、と。
思い出したくもない、と。
でも、私が行こうとしていたので、焦って、本気で止めるために、泣きながら真剣に語ってくれたのです。
その時の私は、語らせてしまって悪かったという思いと、語ってくれて有り難うという感謝の思いとの、二つの思いで複雑でした。
でも、とても苦しい思いをしながらも、本当のことを話し伝えてくれた友人に、心から感謝しています。
尋常ではない大災害に見舞われたり、戦争のような異常事態にさらされ、人の生死を沢山間近で見たり、
悲惨な現場を見続けたりした時、
精神が普通の状態ではなくなってくるのは、ある意味では当たり前でもあり、
その影響で、普段は理性がある人間でも、普通の状態ではなくなる人たちが、それなりに出てきます。
そして、その結果、
暴行・性犯罪全般を含む、酷いレベルの人権侵害や、財産侵害の犠牲者が多数出ることがある、という「紛れもない事実」は、
やはり黙っていたり、隠してはならず、「そういうことはあるのだ」と伝え、知っておくことは、とても重要だろうと思います。
知っていて初めて、対策をとることが出来るからです。
もし、泊まり込みでボランティアに行くときには、特に女性なら必ず、安全な宿泊場所というものを確保した上で、行くべきだと思います。
地震対策・津波対策、などと同じように、教訓として生かして、語り継ぎ、
今後、似たような状態になった時、さらなる犠牲者が出ないようにしていく必要があると思いますし、
実際、そのような視点で少しずつ、22年前よりもは、最近は情報が流れるようになっているようにも思います。
震災が起こるたびに、「そんなことはあるのか」「デマではないのか」「現地の人に失礼だ」「ボランティアが減ってしまう」
「余計なことを言うな」 などと言われ、
本当のことを話した人がかえって精神的に攻撃されたり、
真実を話した人がさらに心傷つけられたりすることがないといいなと、本当に強く思います。
22年前に、泣きながら真実を語り、私を引き留めてくれた友人の思いを無駄にしないために、
ここに書かせてもらいました。
「あったか」「なかったか」などという不毛な議論の対象として終わるのではなく、
事実は事実として、
真実は真実として、
リスクはリスクとして、正しく認知され、
情報としては隠されることなく、
きちんと対策が取られ、
いつか、どなたかの助けになり、守りにつながっていくこと、
そして、より良い対策がとられるようになって 被害が減っていくことを、
心から願っています…
以下、その内容と関連する記事へ、幾つかリンクを張っておきます。
避難所で心配される卑劣な「性被害」 熊本市が啓発チラシを配らざるを得ない被災地事情
徳島新聞 「震災と女性(1)性被害」 混乱・困窮につけ込む/避難所、身近な相手から
NHKハートネットTV 明らかになったDV被害 ─東日本大震災後の女性たち─
東日本大震災女性支援ネットワーク 調査チーム報告書 Ⅱ 東日本大震災 「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」 に関する調査報告書
性暴力犯罪被害者の手記等、被害者証言の書籍紹介ページ (性暴力被害者支援情報サイトより)
私は、羽生選手をずっと見ていて、普通の人より特別に強いな…と思えるところの一つとして、
「恐れずに、目を逸らさずに、真実をきちっと見据えようとする力・ その意志」 があると、ずっと思ってきました。
それはある意味、とても勇気のいることです。
人間ですから、最初から完璧なわけではありませんし、間違えないわけでもありません。
辛いことや嫌なことからは逃げたいという思いだって、当然のようにあることも、時々率直に語ってくれます。
でも、何か失敗しても、自分の状態を出来るだけ正しくありのままに見つめ、見極めようとし、
そこから、現状を改善するにはどうすれば良いのかを、絶えず試行錯誤しながら、きちんと反省しつつ、徹底的に追究しようとする。
その姿勢が、本当に徹底しているので、
見ていて安心できるし、たとえ何かで失敗があったとしても、見ていて希望を感じられるのです。
最近(昨年の秋)も、つい先日も、インタビューで、努力は努力でも、「正しい努力の仕方」「努力の正解」というものを見つけていくことが大事なんじゃないか、と、語っていましたね。
災害対策のあるべき姿も、まさに同じではないかと…。
そのためにも、まずは何が真実で、何が起きたのか、どんなことが起こり得て、どんな被害があったのか、
それらを避けるためには、一体どうすれば良かったのか、本当のことを知っておくことは、何よりも大事になるはずです。
特に、女性の性犯罪被害というものは、ただでさえ表には出にくいし、被害者本人はもちろん、周囲も本当に語りにくいだけでなく、
そのあまりの深い傷や辛さゆえに、被害者がなかなか「語ることさえ出来なくなる」のが実態で、だからこそ本当のことは滅多に表に出てこないものです。
でも、だからこそ、長期にわたって被害者の心を苦しめ、人生を狂わせていく、
そういうものだということを、多くの人が認識しておく必要があるだろうと思います。
東日本大震災後の、原発事故絡みのことでも、本当は紛れもない真実だったのに、
あるいは、目撃者も目撃証言も体験者も沢山あったのに、
「それはデマだ」とされてしまい、真実を語った人たちがかえって傷つけられ、そのまま口を閉ざさざるを得なくなった、
「真実をデマということにしたデマ」というのが、私の知る限りでも、いくつもありました。
真実の情報をデマだということに変えていくウソほど、恐ろしいことはないと、
東日本大震災を経験してから、私はより強く、思うようになりました。
決して教訓にならず、その犠牲や過ちが、未来に全く生かされなくなるだけでなく、被害が広がっていくからです。
それは一体、未来にどれだけの犠牲者を増やしてしまうのでしょうか。
様々な理由から、嘘で誤魔化された情報のほうを信じてしまい、
あるいは、真の情報が共有されずに、
決して取り返しのつかない被害へとつながっていき、
本来なら防げたはずの被害者・被災者が出るようなことが、今後日本から、少しでも減っていきますように…
心の底から、願っています。