徴兵制を巡る動き
韓国において徴兵制を巡る話題に事欠くことはない。
最近では、世界的な人気を博している男性音楽グループ・防弾少年団(以下、「BTS」)の最新アルバムが、アメリカの音楽チャート「ビルボード200」で2回目となる1位を獲得した。
そうした中、BTSメンバーの1人に徴兵による軍入隊の期限である28歳の誕生日が近づいたことから、アジア圏初という歴史的な快挙が入隊延期に値するものではないのかとの声が国内で上がった。
現在の兵役法では兵役対象となった男性は28歳までに入隊しなければならない。
ただし、国威宣揚に貢献した体育分野優秀者[1]は入隊延期が認められている。
そこで、BTSのような「文化芸術分野」で活躍する兵役対象者も「国威を宣揚している」として、同様に30歳まで入隊延期を可能にする同法改正案が与党議員によって発議されたのである[2]。
そして韓国国会は、12月1日にこの兵役法の一部改正法律案を在席268席のうち賛成253人、反対2人、棄権13人で成立させた[3]。
日本でも韓国が徴兵制を採用していることは周知の事実ではあるが、徴兵制と一口に言っても、徴兵対象年齢となった韓国人男性がすべて平等な負担を負っている訳ではない。
具体的には、韓国人男性は19歳になると兵役判定検査と呼ばれる身体検査などを受けなければならず、ここで「身体等級」1級から4級の判定が出れば合格として兵役対象、5級から7級までが不合格となる[4]。
兵役対象者は陸海空軍・海兵隊で服務期間がそれぞれ異なり[5]、配属された部隊によって任務の危険度が異なる。
一般的に、北朝鮮との軍事境界線で対峙する前線の陸軍部隊や海兵隊、そして陸軍特殊作戦司令部などの各軍の特殊部隊での勤務が最も過酷だと言われる。
同時に社会的評価が高いのも前線部隊勤務の特徴である。
陸軍特殊部隊に所属していた文在寅大統領が大統領選挙に挑戦する前の2011年に、自らパラシュートを背負った徴兵時の写真を公開した理由は、韓国社会における徴兵制に対する社会通念が政治信条を問わず存在することの証左であるに違いない[6]。
軍以外にも、義務警察と呼ばれる警察機動隊や消防・海洋警察に配属される場合もある。
さらに珍しい例として、KATUSA(Korean Augmentation to the United States Army)[7]と呼ばれる在韓米軍の陸軍第8軍指揮下に入る韓国陸軍部隊への入隊機会もある。
KATUSAへ入隊するためには身体等級1級から3級と判定された者の中で、英語能力(例:TOEIC780点以上)といった条件を満たした者だけが志願できる[8]。
毎年多くの志願者を集め競争率は高く、毎回抽選で対象者が決まるほどだ。
人気の理由は勤務地がアメリカ文化あふれる米軍基地で、その多くは米韓連合司令部があるソウル中心部の龍山(ヨンサン)など首都圏地域に所在する。
休暇も韓国軍よりも取りやすいと言われていて、除隊後はその高い英語力と経験を買われて就職にも有利だ。
今夏の韓国政界の話題は、チュ・ミエ法務部長官の息子がKATUSAで兵役を務めていた時期の特別待遇疑惑で一色だった。
ただでさえ羨望の的となるKATUSA勤務において、政治家である親の影響力行使が疑われたため、チュ長官に対する非難の声が高まったのである。
「人口絶壁」…急減していく人口と徴兵制のあり方
現在、韓国では兵役制度を巡る議論が活発になっている。
「女性を徴兵すべきだ…52.8%。志願制にすべきだ…61.5%」。
これは本年10月中旬に韓国公営放送KBSの時事番組が、「志願制?徴兵制?」という特集を組んだ際に実施した世論調査結果である[9]。
「女性を徴兵すべきだ」という意見が半分を超えたことだけでなく、「志願制にすべき」との意見が6割に達したことでも注目を集めた[10]。
このような徴兵制度を巡る世論変化の背景にあるのは、韓国が直面する人口減少という社会問題が存在するからだ。
ここ最近は特に、2018年から2年連続して出生率が1.0を下回り、「人口絶壁」と言われる人口急減の段階に入り、韓国社会に強い危機感が広まっている[11]。
当然ながら将来の徴兵対象年齢人口は減少することが予測されている。
国防部の試算では、2025年には必要兵力とされる30万人を割り込み、2033年以降はそれよりも急激に下落して、2040年以降は必要な兵力の半分にまで減少すると予測されている。
このような背景から、女性も徴兵対象にしなければ必要な兵力が足りなくなると言われる訳だ[12]。
これとは別に、徴兵制を巡る国民認識変化の要因として近年の南北関係の変化が挙げられる。
2018年11月に結ばれた南北軍事合意書によって、名目上は南北間の軍事的緊張が緩和されたこととなった。
そのため、現政権が南北融和をアピールすればするほど、
「韓半島は平和になったと政府が言っているのに、なぜ自分は徴兵されなければならないのか」、
「自分たちが兵役という苦難を味わう最後の世代になるのではないか」といった不満が10代後半から20代男性から漏れるようになったのである[13]。
「国防改革2.0」の進展
このような急激な人口減少は、現在文在寅政権が進めている「国防改革2.0」を後押しする原動力となっている。
同改革は①軍構造、②国防運営、③兵営文化、④防衛産業の4つの分野における国防部・軍・関連機関の改革を進めるものだ[14]。
昨年2月に韓国国防部は「国防改革2.0」という公式文書で改革の中身をよりわかりやすく解説した。
その後、陸・海・空軍も「陸軍ビジョン2050」、「海軍ビジョン2045」、「Air Force Quantum 5.0」と題する2050年前後の各軍のあり方を想定した戦略概念をそれぞれ発表した。
これら三軍の戦略概念は、人口急減に対する強い危機感が共有した上で、
「デジタル強軍・スマート国防」を合言葉に、2050年前後には人工知能を搭載した自立型攻撃兵器が登場することを想定し、そこまでに必要とされる戦力増強を求める内容だ[15]。
特に、人口減少の影響を最も大きく受ける韓国陸軍はドローンなどの新技術活用に最も積極的である。
2018年1月に陸軍教育司令部隷下にドローンとロボットの合成語を冠にした「ドローン・ボット軍事研究センター」を創設した。
同年7月に初めてドローン技術専門の下士官選抜試験を実施し、約28倍という競争率を記録した。
さらに同年9月28日には、ソウル郊外の京畿道(キョンギド)龍仁(ヨンイン)市にドローン専門部隊が創設された。
陸軍は早ければ来年から陸軍隷下の軍団・師団・連隊・大隊級部隊にドローン部隊を編成する予定とされる[16]。
ドローンの種類も従来からの偵察用だけでなく、救難救助や海上用など様々な用途を想定して開発が進められている。
最近では防衛事業庁が初の国内開発による攻撃型ドローンを発表した[17]。
また、陸軍特殊作戦司令部隷下の旅団部隊が、有事に北の首脳部を攻撃するための自爆ドローンを選定する事業ではイスラエル製ドローン二機種に絞られ、年内に選定されるとの報道もある[18]。
こうしたドローンなどの最新無人兵器は軍単独で開発している訳ではない。
民間企業や地方自治体と協力して最新技術を共同開発していくことで、地域経済への波及効果も狙っている。
11月25日に、国防部国防改革室長に科学技術情報通信部情報通信産業政策官を充てる人事を発表した[19]。
異例ともいえる他省庁からの幹部登用は、こうした民軍協力を加速させる意図があるのだろう。
国防部は女性活用にも積極的だ。
今年は1950年の朝鮮戦争勃発を契機に女性義勇軍が参戦してから70年となる節目の年である。
国防部は軍幹部の女性比率を2022年までに8.8%にするとの目標を設定したとされる[20]。
昨年には、韓国軍に初の女性少将が誕生し陸軍航空作戦司令官に任命されて話題となった。
また、韓国軍で最も伝統がある陸軍士官学校では、2012年〜13年、2017年〜20年とそれぞれ連続で女性が首席卒業(大統領賞)を果たしたとされる[21]。
女性の陸軍士官学校卒業生が最も危険で過酷な戦闘職種を選択するケースも珍しくなくなった。
近い将来、前線の戦闘部隊において多くの女性将官が指揮する時代が来ると考えられる。
最後に
筆者が2年前に「国防改革2.0」を紹介した時と現在の状況を比較すると、
韓国は日本以上のペースで少子高齢化が進み、急激な人口減を避けられないものと覚悟した上で、
国防分野における技術革新と制度改革を順調に進めている様子だ。
当面は女性の積極的な活用を推進しつつ、同時並行でドローンなどの無人技術の開発による省人化の実現や、兵士個々人の装備をハイテク化して個々の戦闘力を飛躍的に上げ、減少する兵力で必要とされる戦力を充実させる方針のようだ。
同時に、軍事関連の技術開発で世界の潮流から残されまいとする気概も感じられる。
軍の将来構想を練る上で、自然科学と社会科学の知性を民間・地方自治体・学界と連携して活用していることも注目に値する。
例えば、今回紹介した「陸軍ビジョン2050」は軍単独で作成されたものではない。
国防部傘下の国防科学研究院などだけでなく、民間シンクタンクの峨山政策研究院、ソウル大学国際問題研究所などと共同で、30年後の国際秩序・科学技術・社会・自然環境の変化を研究している。
また、ドローンなどの新技術は経済政策の観点も含めて民間企業などとの共同開発を重視している。
来たる30年後の未来には、世界各国でAIを搭載した自立型兵器が当然のように戦力の一部として運用されているだろう。
その一方で、我が国では憲法9条改正への神学論争の決着がつかない状況をみると、自立型兵器利用の新たな法解釈あるいは立法に際して、国会論争に終始しているのではないかと思えてならない。
隣国の人口減少に伴う軍事分野における改革の動きは、我が国の安全保障政策を考える上でも参考にすべき点が多いものと考える。