「終身皇帝」を宣言した習近平
中国共産党は、鳴り物入りで第3回の「歴史決議」を行った。
過去2回は、毛沢東と鄧小平のまとめたものだ。いずれも終生の政治的実権を保証するものになった。そこへ登場したのが今回の習近平氏だ。これまでの経緯から判断すれば、習氏も「終身皇帝」を宣言する形になった。
「歴史決議」のコミュニケ(声明書)では、最後に次のように結んでいる。
「中国共産党は中華民族の千秋の偉業を志してから100年で、まさに最盛期を迎えている。過去の100年、党は人民、歴史に優れた回答を出した。今、党は国民を団結させてリードし、第2の100年の奮闘目標を実現する新たな試験に向かう道に踏み出した」。
習近平氏が担うこれからの中国は、経済や外交の面で大きな壁にぶつかることは確実である。
毛沢東が説いた「実践論・矛盾論」によれば、過去の矛盾がこれから噴出し、それと向き合わなければならないのだ。
逃げも隠れもできない。
習氏は、その矛盾と格闘する大役を自ら担うと決断したのだ。
習近平が解決すべき2つの難題
具体的に言えば、共同富裕の実現。
もう1つは、台湾統一問題である。
<共同富裕の実現>
共同富裕は、中国の特色ある社会主義として中国共産党の専売特許になっている。だが、中身はゼロである。
現実は、米国以上の所得不平等(高いジニ係数)という惨憺たる有様である。
高い経済成長の果実は、複数の住宅保有という形で共産党幹部の懐に入った。
政治権力を笠に着た独断的行為は、民主主義社会おいてあり得ない現象である。
それが、中国では正当化されているところに、この社会の後進性がよく表われている。
共同富裕の実現は、共産党幹部の既得権をいかに「回収」するかにかかっている。
習氏は、それを「終身皇帝」という権威で解決しようとしている。一方で、習氏の権力基盤を突き崩し、脆弱化させるリスクを孕んでいるのだ。
中国のような謀反社会では、必ずや強力な反対派が暴力を持って立ちはだかるであろう。危険な道というべきだ。
<台湾統一問題>
台湾統一については、双方の話し合いで実現する道は絶たれた。中国が、「一国二制度」を破って香港へ「国家安全維持法」を導入し本土化した結果だ。
それゆえ、台湾へは軍事侵攻による統一しか道が残されていない。
この台湾への軍事侵攻は、中国にとって諸刃の剣である。侵攻と同時に、先進国は一斉に貿易関係を絶つであろう。
そうなると、中国経済は成り立たないのだ。
食糧とエネルギーの輸入が止まれば、お手上げである。備蓄すればこと足りるという姑息な手段は通じない。
先進国が、事前に見抜いて予防線を張るに違いない。
結局、共同富裕と台湾統一の問題は、中国共産党自身が革命政権から脱しない限り、実現不可能という厳しい現実に直面するはずだ。
毛沢東の『実践論・矛楯論』が指摘するように「正反合」である。
毛沢東は、中国民衆のために共産主義を克服するとさえ言っている。中国共産党は永遠でないのだ。
中国の社会構造は、専制主義のままである。
次の発展段階である封建制はもちろん、資本主義も経験せずに共産主義という「2段階」を飛び越えている。
それだけに、先進国から見た中国はざっと200~300年の時代ギャップを感じるのである。
中国は、その自覚もなく振る舞い、多くの摩擦を生んでいる。
GDP世界2位となった理由
中国は現在、GDP世界2位の座にあるが、これは次の要因によって実現した。
1. 一人っ子」政策による生産年齢人口(15~64歳)比率の急上昇(人口ボーナス期)がもたらした。
2. 環境破棄を放置して、経済成長を続けてきた。
3. 不動産バブルによる地価上昇をテコに、政府の財源をつくりインフラ投資を行ってきた。同時に、住宅投資関連によって関連産業を刺激し、GDPの25%見当を占める最大の産業に成長させた。
以上の3点によって、改革開放(1979年)後の中国経済は40年間で平均9.8%もの高成長を実現させたのである。
逆回転を始めた3つの経済成長要因
これら「3条件」は、すでに逆回転を始めている。
中国にとっては、極めて厳しい条件に追い込まれているのだ。以下で、これらの問題点を取り上げたい。
1)「人口ボーナス期」が終わって、現在は「人口オーナス期」という生産年齢人口比率の低下局面にある。
日本経済が、1991年以来ずっと悩まされてきた状況に、中国も2012年から遭遇している。
それが、これから急激に下がる段階に達したのだ。
日本経済で言えば2000年以降に該当する。後で指摘する中国のバブル崩壊が、これに追い打ちをかける。生やさしい事態でないのだ。
2)中国は、歴史的に環境保全という考えに無頓着である国だ。
黄河中流部に広がる黄土高原は現在、荒涼とした光景であるが、もともとは緑うっそうとした地帯であった。
それが、人々によって破壊されるままに放置されて、現在の無惨な姿になったのである。
日本の江戸時代、幕府天領では無断で樹木伐採が固く禁じられていた。
中国には、そういう自然を慈しむという風情がないのだ。
こうした悪習も手伝い、環境は破壊され尽くした。全土に「ガン村」が発生したが、大気汚染・土壌汚染・水質汚染が重なった結果である。
現在は、情報が隠蔽されており詳細は不明であるが、根絶されたはずがない。
毎年のGDPの3割前後は、環境破壊によるものという試算が発表されたことがある。
この環境破壊は、修復されないままであり、大気汚染・土壌汚染・水質汚染を悪化させたのだ。
大気汚染では、二酸化炭素の発生が異常気象問題と結びつき、世界的な問題になっている。
これについては、後で取り上げたい。
3)不動産バブルは、「共同富裕論」という視点から、もはや継続不可能になっている。
住宅価格高騰が、国民生活を圧迫する事態になってきたからだ。これが、出生率低下要因の一つに上げられている。
政府は、不動産バブルを利用しての景気拡大が不可能になった。
すでに、不動産開発企業に対して3つの財務比率規制を課している。
こうして、業界大手の中国恒大がデフォルト(債務不履行)の危機を抱え、騒ぎを大きくしている。
不動産開発企業100社の売上は、すでに10月まで連続4ヶ月、前年同月を割り込む事態に陥っている。
前述の通り、住宅関連需要はGDPの25%にも達している。
住宅不振の定着は、中国経済へかなりの圧力がかかる事態となった。
「不動産依存経済」が終焉期を迎えたのである。
私は、不動産バブルが中国財政と深い関わりを持っていることを繰り返し取り上げてきた。
中央・地方の政府は、その財源として土地売却益を半分以上も計上する、異常な財政政策を続けてきたのである。
まさに、土地が「打ち出の小槌」となっていたのだ。
こんな不健全財政をよく継続してきたものと、その非常識さに呆れるのだ。
中国は、専制主義から「二段階」も飛び越えて、共産主義社会を目指す。
そういう非理論的主張の一端が、突飛な財政政策に現れていたのであろう。
失敗すべき政策であった。
環境を無視した石炭依存度の高さ
中国の環境無視は、エネルギー源として石炭依存度の大きさに表われている。
現在は、63%である。中国産石炭は、品質面で劣っている。
石炭会社は、多く人々を雇用する一方、多額の債務を抱えている。
「脱炭素」という世界的な流れの中で、石炭企業の整理は、極めて難しい課題となっている。
日本が、エネルギー革命に併せて石炭産業を整理したのは、1963~91年までの8次にわたる石炭政策であった。時代の動きを先取りしたのである。
中国には、こうしたエネルギー革命に背を向けて、GDP成長一本槍で進んできた咎めが現在、重くのし掛っている。時代の動きを読めないというか、歯がゆいばかりの怠惰ぶりである。
今、世界的な「脱炭素」の中で、2030年までは二酸化炭素の排出を増やし、それ以降に減少させるとしているが、実現できるか疑問である。過去、国際的な約束を守った例が少ない国であるからだ。
石炭の使用を早期に段階的廃止に持ち込むには、天然ガスの大幅な輸入拡大がおそらく不可避だろう。
その経路は、海上輸送の場合に地政学的なリスクを抱える。海上覇権を握る
米国と万一、紛争を起すと天然ガス輸入に隘路となるのだ。
中国が、これに対抗して石炭使用に戻れば、どうなるか。異常気象の被害が、最も強く出るのが中国と予測されている。それだけに、自ら被害を大きくするだけである。
人間が生存できない猛暑が中国を襲う
米マサチューセッツ工科大学の研究チームは、中国の華北平原が、気候変動と集中灌漑によって、生命に危険を及ぼすほどの猛暑に脅かされると発表した。
『ニューズウィーク』(2018年8月2日付)が報じた。
華北平原は、中国最大の沖積平野で、人口およそ4億人を擁する人口密度の高い地域であるとともに、灌漑農業が盛んなエリアでもある。
とりわけ、集中灌漑は、温度と湿度を上昇させ、より厳しい熱波をもたらす危険性が高いと警告されている。
研究チームでは、マサチューセッツ工科大学地域気候モデルを使ったシミュレーションによって、気候変動が灌漑という人為的影響にさらなる作用をもたらし、華北平原における猛暑のリスクをどれだけ高めるかを予測した。
それによると、温室効果ガスの排出量が大幅に削減されないかぎり、2070年から2100年までの間に、湿球温度35度以上の猛暑に見舞われる可能性があることがわかった。
研究チームは、暑い天候下での生存可能性を評価する指標として、気温と湿度を複合した「湿球温度」を採用。「湿球温度が摂氏35度(華氏95度)に達すると、健康な人間でさえ屋外で6時間以上生存することは困難」とされている。
華北平原では、気候変動と灌漑との複合的影響による湿球温度の上昇幅が摂氏3.9度で、灌漑による上昇幅(0.5度)と気候変動による上昇幅(2.9度)とを足した数値よりも高くなるという。
中国の政治的主要地帯の華北平原が、夏になれば屋外で6時間以上いると、生存困難な地獄になる。
想像しただけで身の毛のよだつ話だ。これが、環境破壊も顧みず経済成長に励んできた中国への「報い」であろう。
こういう科学予測が出ている手前、中国は石炭依存を続けられないはずだ。
「台湾問題」の対応を間違えれば命取りに
中国にとっては台湾問題も、扱いが極めて難しい問題である。
今回の「歴史決議」では、台湾の平和統一が一度だけ出てくるだけで、武力開放するという荒々しい表現は消えている。
仮に侵攻した場合、どういう事態になるか。
中国は、その弊害が分かっているはずだ。
1)米英豪三ヶ国の軍事同盟である「AUKUS」が出動することは確実である。先に豪州国防長官は、台湾防衛のために米国と共同して戦うと発言している。米国は、台湾防衛について「曖昧」にしているが、米英豪海軍の原子力潜水艦部隊が出動するのであろう。日本も尖閣諸島防衛で共同作戦に出ると見られる。
2)欧州は参戦しないまでも、フランスやドイツが物資の輸送で協力するであろう。当然、EU全体が、中国への経済封鎖に協力すると見られる。NATO(北大西洋条約機構)も動くであろう。
こういう包囲網の中で、中国は台湾侵攻に踏み切るだろうか。台湾侵攻の場合、中国軍は30万の将兵が必要という。
これだけの大軍が、台湾海峡へ殺到する前に、「AUKUS」の潜水艦部隊によって殲滅されるリスクの方が高い。軍事専門家になるほど、中国の台湾侵攻は困難と指摘している。
中国国内の反習近平派の一斉蜂起の可能性も
3)もう1つの危険性は、中国国内にある。人民解放軍の「反習近平派」が、開戦を待っているというのだ。
そうなったら、北京へ出撃するという物騒な動きがあると指摘されている。『日本経済新聞 電子版』(11月14日付)が報じたところによると、10月中旬、中国人民解放軍『解放軍報』の片隅に奇妙な記事が載った。内容は、中国人なら誰でも知る明時代の史実のみ。意図は不明だが、要約すると「退位した皇帝が帝位を奪還した時、臣下は反対せずに受け入れた」というのだ。不気味である。
習氏は、中国人が最も大事にする「恩義」を忘れて、「仇」でかえす人物と見られている。
それだけに政敵からは、相当に狙われていることをうかがわせている。
習氏が、「終身皇帝」にならざるを得ない事情もここにある。
となると、台湾侵攻は自分自身の身の危険をもたらしかねないのだ。
習氏は、11月15日の米中首脳オンライン会談で、「レッドラインを超えたら」と発言している。
台湾が、独立宣言したならば攻撃するという意味だ。
逆に言えば、独立宣言がなければ侵攻しないということになろう。中国は、台湾侵攻による経済リスクを考えると、それでなくとも低迷必死の中国経済が、新たな危険性を冒すことを回避すると見られる。
中国経済は、20年代に3%成長へ落ちると予測する向きが出てきた。
それだけ、薄氷を踏む思いの日々が続くはずだ。