「徴用工」請求却下 2度前倒しされていた判決言い渡しに見る文在寅の「対日融和」
国際 韓国・北朝鮮 2021年06月10日
日米関係悪化を懸念
韓国人の元徴用工やその遺族ら85人が日本企業16社を相手取り、1人当たり1億ウォン(約985万円)の損害賠償を求めた訴訟で、ソウル中央地裁は今月7日に原告側の請求を却下した。
これは大法院(最高裁)が、新日鉄住金(現:日本製鉄)と三菱重工業に賠償を命じた2018年の判決を覆す判断となる。
日本にとって真っ当な判断が下された今回の請求却下。
実は判決言い渡しは2度前倒しされるという異例の経緯があった。
その背景にある文在寅大統領の腹のうちをレポートする。
今回、原告側の請求を却下する決め手とされたのが、日韓の請求権問題を「完全かつ最終的に解決した」とする1965年の日韓請求権・経済協力協定であった。
これにより判事らは、「原告側が訴訟を起こす権利の行使は制限される」と判断した。
大法院判決では、「日本の不法な植民地支配への賠償を請求するものではなく、両国間の債権・債務に関する政治的合意だ」、「日本企業の不法行為を前提とする請求権は協定の適用対象外だ」と協定の位置付けがされていたため、この時と今回の判決では、日韓請求権に対する解釈が180度異なるものとなった。
今回裁判長を務めたソウル中央地方法院の民事34部に所属する金亮澔(キム・ヤンホ)部長判事は、国際司法の場に発展して敗訴する可能性に触れ、「日本との関係が損なわれ、これは安保と直結した米国との関係の毀損にもつながる。
そうなれば憲法上の安全保障を損ない、司法信頼の低下により憲法上の秩序維持を侵害する可能性がある」と指摘している。
「親日裁判官」
金亮澔判事が民事34部に配属されたのは、今年2月の人事異動を受けてのことだった。
判事による1つ目の判断は3月の元慰安婦損害賠償訴訟で、前任者は元慰安婦らに日本政府から賠償金を支払うよう命じていたが、彼は「日本政府資産の差し押さえはできない」とし、判決内容を覆した。
日本側の主張する主権免除や慰安婦日韓合意も尊重している。
今回の判断だけでなく、4月の元慰安婦損害賠償訴訟においても元慰安婦の賠償請求が却下されたこともあり、韓国民の間に少し苛立った雰囲気が漂っているのは事実だ。
一部から、
「親日裁判官」、
「本当に韓国人なのか。国籍を剥奪し、国外追放せよ」
、「政治的側面から判決を下すのではなく、法的側面で判決を下せ」などと、金亮澔判事に対する批判のコメントが寄せられている。
さらには、大統領府ホームページの国民請願掲示板に「反国家、反民族的判決を下した金亮澔判事の弾劾を要求します」という請願文が掲載され、掲載わずか1日で13万人(8日23時時点)近くが同意する事態となっている。
韓国では、大法院判決で原告側勝訴の判決を下した判事のように、
「日本企業の不法行為を前提とする請求権は協定の適用対象外だ」、
「個人の請求権は消滅しない」と信じてやまない人が少なくない。
加えて、金亮澔判事の主張する内容は、日本における反韓勢力が主張する内容と同一だと捉えられており、これらのことから請求却下の判決が受け入れられないようだ。
判決当日に通達のバタバタ
「却下判決」は韓国でももちろん大きく取り上げられた。
左派系のハンギョレ新聞は「荒唐無稽な論理で組み立てられた異例の判決」と非難する一方、
保守系の朝鮮日報は「歴史問題を政治利用してきた文政権と超法規的判決を出した大法院の責任」と断じている。
例えば、原告側は65年の請求権協定で日本が提供した無償3億ドルが少なく、それゆえに協定で元徴用工の請求権は解決されなかったと主張したが、判決は「世界的に漢江の奇跡と称される経済発展に寄与した」と一蹴。
さらに、原告の請求を認めた場合の不利益に言及し、「自由民主主義という価値を共有する西側勢力の代表国家のひとつ・日本との関係が傷付き、さらに米国との関係まで悪化し、その結果、安全保障が損なわれる」と踏み込んだ
「日本や米国に配慮した判決」である点が注目されている。
今回、日本に有利な判決が出たとはいえ、訴訟はまだ1審の段階である。
韓国には、国民世論次第で司法の判断がどうとでもなるという厄介な風習(「国民情緒法」などと呼ばれる)もあるため、現政権が支持率確保のために2審、3審で韓国側に有利な判決を下させるかもしれないし、政権交代の後に前政権を否定する目的で判決が覆る可能性も十分に予想される。
そもそも今回の判断は日本にとって真っ当なものではあるが得られる果実は限定的であり、その一方で、大法院で敗訴が確定した日本企業の資産現金化については手続きが着々と進んでいることは非常に憂慮される。
実は、判決言い渡しはもともと今月11日に予定されていた。それが10日に前倒しとなり、さらに7日に再度前倒しされた。
しかも7日への前倒しは、その当日に原告・被告双方に通達されるという異例の進行具合だった。
このバタバタの背景にあるのは、文大統領が今月11日から開催される先進7カ国首脳会議(G7)に参加すること。
G7参加がほぼ固まったのを受け、直前に日本側に有利な判決を出し、これを手土産にG7に乗り込み、米国の手を借りてでも日韓首脳会談を実現させる――。
韓国政府はそんな青写真を描いているようだ。
現段階で日韓首脳会談が行われる予定はないが、韓国側は以前から関係改善のために会談の実現を切望してきたという経緯がある。
国内からの判決への激しい突き上げと整合性をどう取るのか、難題が降りかかっているのは間違いない。
羽田真代(はだ・まよ)
同志社大学卒業後、日本企業にて4年間勤務。2014年に単身韓国・ソウルに渡り、日本と韓国の情勢について研究。韓国企業で勤務する傍ら、執筆活動を行っている。
同志社大学卒業後、日本企業にて4年間勤務。2014年に単身韓国・ソウルに渡り、日本と韓国の情勢について研究。韓国企業で勤務する傍ら、執筆活動を行っている。
デイリー新潮取材班編集
2021年6月10日掲載
掲載者意見 韓国司法は政治的情勢で司法判断が左右される後進国である。