「文在寅大統領の経済政策は間違っていた」ついに財閥系企業の"韓国脱出"が始まった"総額4兆円"対米投資の本当の狙い
PRESIDENT Online
真壁 昭夫法政大学大学院 教授
「期待以上」成果強調の裏で…
5月に行われた米韓の首脳会談にて、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、サムスン電子をはじめとする財閥系の大手企業が、総額4兆円規模の対米直接投資を行うと表明した。
韓国に対して米国のバイデン政権は、北朝鮮と外交を通して関与していく考えなどを示した。文氏は今回の米韓首脳会談を「期待以上の成果をあげた」と評している。
経済の側面から考えた場合、韓国の財閥系大手企業が大規模な対米直接投資を表明した要因は冷静に考えたほうが良い。
一つの見方として、韓国大手企業による対米直接投資の表明は、韓国国内での事業継続の難しさが増していることの裏返しに映る部分がある。
足許の韓国では、労働組合(労組)と経営陣の対立が深刻化しているようだ。
労使対立は企業の事業運営の効率性を低下させる。
その状況が続けば、企業は事業運営に協力してくれる素直な労働者などを求めて海外に生産拠点などを移さざるを得なくなり、韓国の産業空洞化懸念は高まる可能性がある。
1兆8500億円を投資するサムスンの狙い
米韓首脳会談で韓国側が発表した対米直接投資の内容を見ると、サムスン電子の投資計画が最大だ。
同社は米国に170億ドル(約1兆8500億円)を投資し、半導体の新工場を建設するとみられる。
その狙いの一つは、最先端の半導体生産能力の向上に取り組む台湾積体電路製造(TSMC)を追いかけることだろう。
世界最大のファウンドリーであるTSMCは、最先端の回路線幅5ナノメートル(ナノは10億分の1)の半導体生産をいち早く確立した。
TSMCは次世代の回路線幅2ナノメートルの半導体生産ラインの確立に向けた取り組みも加速させているようだ。
それに加えて、TSMCはわが国の企業との協力によって半導体生産技術の向上を目指している。
世界の半導体産業の盟主の座は米インテルからTSMCにシフトし、世界経済への半導体供給者としてのTSMCの存在感は増しているといえる。
サムスン電子はTSMCとの競争力格差の拡大を食い止めるために、米国に工場を建設し、より多くの生産需要を取り込もうと考えているのだろう。
また、スマートフォンなどに用いられるICチップの設計、開発、生産の力を高めるためにもサムスン電子は米国事業の強化を重視しているとみられる。
バイデン政権の経済政策はチャンス
半導体に加えて、自動車関連の分野でも韓国企業は対米直接投資を発表した。
今後5年間で、現代自動車は74億ドルを投じEV生産能力の増強などに取り組む方針だ。
車載バッテリー分野ではLGグループがGMと、SKグループがフォードと合弁会社を設立してバッテリー生産を行う予定だ。
以上は、半導体、EV、車載バッテリーという世界経済にとって重要性が高まる先端分野で、韓国の財閥系大手企業が事業体制の強化を目指していることを示唆する。
他方で、政権が発足して以来、米国のバイデン大統領は、半導体や高容量バッテリー、医療資材、鉱山資源などに関して自国を中心とした供給網の整備を重視しているようだ。
そのために、バイデン政権が米国に直接投資を行う海外の企業に補助金を出す可能性もある。それは、韓国財閥系大手企業が対米直接投資を表明した要因の一つだろう。
「経済政策は間違っていた」与党からも批判
そのほかにも、韓国の財閥系大手企業が対米直接投資を表明した要因は考えられる。
その一つとして、韓国国内の事業環境がより厳しくなっていることは軽視できない。
左派の政治家として市民団体や労働組合などから支持されてきた文大統領は、過去の政権下で蓄積された経済的な格差などの解消(積弊清算)を重視した。
その具体的な取り組みに、最低賃金の引き上げや労働関連の法律改正などがある。
2018年に韓国では最低賃金が前年から16.4%引き上げられ、2019年も最低賃金は同10.9%上昇した。
また、法律の改正によって、解雇された人や失業者の労組加入も認められる。
文大統領の経済政策は韓国経済にマイナスの影響を与えている。
最低賃金の引き上げによって中小企業などの経営体力が低下し、雇用は減少した。
与党「共に民主党」の宋永吉(ソン・ヨンギル)代表は、「最低賃金引き上げによって経済底上げを目指した文氏の経済政策は間違っていた」と批判している。
サムスングループにもストライキの波が
労組を重視した法律の改正などは、労使の対立を激化させた要因と考えられる。
現代自動車をはじめとする自動車産業では、労組側から経営者への批判が強まり、ストライキも起きている。
これまで深刻な労働争議を回避してきたといわれるサムスングループでも、ここにきて労使の対立が深まっているようだ。
サムスンディスプレイでは賃上げをめぐって労使が対立し、はじめてのストライキ実施の可能性が高まっていると報じられている。
その状況に関して、ソウル在住の韓国経済の専門家は、「韓国の労使対立は1950年から60年代の日本の労働争議を思い起こさせる」と指摘していた。
その状況下、企業の経営者と労働組合が協力関係を目指すことは容易ではないだろう。
韓国の企業(組織)が一つにまとまり、より効率的な事業運営や、新しい、高付加価値の商品の創出を目指すことは難しくなっていると考えられる。
その影響を回避するための手段の一つとして、財閥系大手企業が海外での事業運営をより重視し始めた可能性がある。
足許の景気回復は一時的か
足許、韓国経済は主に外需に支えられて相応に堅調だ。
ワクチン接種や経済対策などによって米国や中国の経済が急速に回復する状況下、半導体や車載バッテリーなどの外需をサムスン電子などの財閥系大手企業が取り込んだ。
それが景気回復を支えている。
その一方で、韓国国内や東南アジア新興国などで新型コロナウイルスの感染が続いているため、非製造業の業況は不安定と考えられる。
韓国経済における製造業と非製造業の二極化は鮮明といえる。
当面、半導体の輸出などに支えられて、製造業を中心に韓国経済は回復基調を維持するだろう。
ただし、中長期的な展開は楽観できない。
やや長めの目線で考えると、韓国経済の停滞感は高まる可能性がある。
そう考える要因は複数ある。最低賃金の引き上げなどによって、韓国の雇用・所得環境は不安定化している。
不動産価格の高騰などによって家計の債務残高も増加した。
それに加えて、韓国では少子化問題も深刻化している。
経済が縮小均衡に向かう可能性が高まる中、労働争議は激化する恐れがある。
米への投資は「産業空洞化」の予兆
そうした展開が想定される中、サムスン電子などのように、自力で新しいモノを生み出すことのできる韓国企業は、海外進出を一段と重視する可能性がある。
その展開が現実のものとなれば、韓国国内から海外に雇用と所得の機会が流出し、経済全体での付加価値創出力は低下するだろう。
文大統領は米韓首脳会談を自画自賛している。
しかし、文政権下での労働争議の激化や中長期的な韓国国内経済の展開予想を加味すると、韓国の財閥系大手企業にとって5月の米韓首脳会談は、海外進出の足場を築く重要な機会となった側面があるように見える。
今後も韓国国内で労働争議が激化するなどすれば、海外進出を重視する企業は増えるだろう。
その展開が現実のものとなった場合、韓国は産業空洞化というかなり厳しい状況を迎える恐れがある。
5月の米韓首脳会談にて財閥系大手企業が対米直接投資を表明したのは、そうした変化の予兆に見える部分がある。