2021年9月以来、大手開発業者を抱える中国恒大集団(本拠地深圳)が債務危機で揺れている。
不動産業界全体の債務膨張が深刻な問題であることは以前から指摘されており、恒大自体も1年前、同社が広東省政府に救済を求めたとされる文書がネット上に流出し、破綻の噂が流れた。
中国当局の対応、不動産業界全体やマクロ経済への意味合い、そして政治的要因が事態を複雑にしているという中国特有の問題を探る。
緊迫した状況下、現地報道は「抑え気味」
応急策?
(出所)中国地元経済誌騰訊財経2021年8月8日付記事より転載
恒大上期財務報告では負債総額2兆元弱だが(1元=18円弱)、その他簿外・偶発債務が1兆元(ゴールドマンサックス推計)。
10月末時点、遅延していた債務返済の履行や住宅工事再開(珠江デルタ40カ所)といった動きもあるが、今後も満期を迎える債務が相次ぐ予定で状況は予断を許さない。
中国内でも投資家や住宅購入者の関心は高く、海外華字誌によると某関連サイト閲覧数は1.6億以上。
ただ新華社や人民日報など官製メディアは社会不安定化要因とみてか関連報道は少なく、騰訊や網易などのサイトや経済専門誌も抑制的に報道している。
「恒大が倒産?」「倒産したら購入した住宅や投資したカネはどうなる」といった投資家の懸念に対し、
「負債を超える2.3兆元の資産があり倒産はない」
「万が一倒産しても、資産整理で債務返済され投資家が損失を蒙ることはない」など、
混乱を抑えようとする報道が多い。
2016年以来、米経済誌フォーチュンが世界を代表する企業の1つに挙げている恒大の「カネは一体どこに消えたのか?」との一般投資家の素朴な疑問に対し、恒大の株主への巨額利益還元(分紅)は有名で、その大部分は恒大創業者の許家印氏とその「友人の重要株主」に流れ、許氏への分紅は17年以降400億元と報道。
許氏は騒ぎが起こる1カ月前に恒大集団の中核をなす恒大地産の法定代表人を降りて後任に責任をかぶせ(背黒鍋。
背中に黒い鍋を背負う→罪をひっかぶる)、自身は400億元を持って逃げた(脱身)など、同氏を非難する書き込みも目に付く。
許氏は10月下旬恒大復工復産専門内部会議で、債務リスクを克服する戦略として、不動産開発・建設規模を圧縮し(販売額2020年7000億元強→10年以内に2000億元)、新エネルギー自動車産業を核とする集団に転換するとした。
直後、恒大関係の株価は一時的に急騰したが、中国内で同市場の競争は激しく、資金・技術・販売面でうまくいくのか市場で懐疑的な見方が多い一方、中央国有企業(国企)が恒大を引き取ることで当局と合意したうえでの発言との憶測もある。
すでに8月、騰訊は
「許家印は王健林が関連会社の投げ売りをして自らを救ったことに学べ」として、
「東の壁を壊して西の壁を補強」、
つまり応急策として資産売却を提唱(図表1)。
王健林氏は恒大と並ぶ開発業者を抱える万達集団(本社北京)創業者。
万達は2017年経営危機に陥ったことがある。
他方、
「資産の60%は不動産で1000以上の子会社に分散。すぐに現金化できるわけではなく楽観できない」との指摘もある。
恒大は筆頭株主だった盛京銀行(本拠地瀋陽)の持ち株の一部を国企に売却した他、グループの恒大物業の株売却計画もあった。
交渉先は事前に噂のなかった広東省の5大開発業者の1つで私企業の合生創展だったが、交渉は不成立。
合意していた文書の支払い条項修正をめぐって双方が対立した。
(1)伝えられた持ち株比率51%の取得には合生手元現金の約半分の200億香港ドルが必要、
(2)国際格付け機関が最近合生格付け見通しを引き下げ、
(3)一部恒大幹部・株主の反対など、複雑な要因がからんだと推測される。
その他、広東省国企などに接触し広州サッカー倶楽部グラウンドやその関連住宅、香港本社ビルの売却も検討。
ただ、恒大の複雑な債務状況をみて躊躇する企業が多いという。
上記、許氏の長期戦略にもかかわらず、2019年に買収したスウェーデン自動車メーカーNEVS(前身サーブ)の売却についても欧米投資家に接触しているとの話がある。
「恒大債務危機」に垣間見る、中国特有の政治経済上の問題点
11/26(金) 8:01配信
ジレンマに直面する中央当局は、本問題に一定の距離
[図表2]2021年不動産市況抑制策 (出所)
中国現地報道より筆者まとめ
社会安定を最優先する当局は、恒大は大きすぎて潰せないが、高債務体質の象徴を単純に救済もできないというジレンマに直面しているというのが市場の見方。
当局は、(1)かつての米国のサブプライムローン危機と異なり、住宅購入頭金比率が高く、大きなリスクに繋がる恐れは低い、
(2)債務を超える資産がある、
(3)不動産業界の高債務体質改善の大方針から、いまのところ冷めた態度(淡定)で、地方政府や国企を表に出し本問題に一定の距離を置いている。
人民銀行(PBC)と銀行保険監督管理委員会(銀保監会)は9月までの恒大への行政指導(約談)のなかで、「不動産市場の健全で安定的な発展という国家政策を着実に実施する必要」「恒大は経営安定化に努力し、債務リスクを主体的に緩和し不動産市場と金融の安定を維持すること」と発言。監督当局の言いぶりとして、
前者は当局の政策は高債務体質の不動産企業は淘汰しシステミックリスクの発生を防ぐこと、
後者は恒大に対し、速やかに資産の売却を通じて債務問題を解決し、リスクが業界、金融全体に波及しないようにすることを求めたものと解されている。
PBCが9月に開催した第3四半期貨幣政策委員会例会は、
「不動産市場の健全な発展と住宅購入者の合法的利益を擁護」と個別業界に異例な形で言及。
厳しい市況抑制策(図表2)を緩和するシグナルかと注目された。
他方、直後のPBCと銀保監会による不動産金融工作座談会では「房住不炒」、つまり「住宅は住むもので投機するものではない」が再度強調されたため、
政策の急激な転換はない(非急転弯)、
市場は守るが1企業を守るわけではない(保房不保企)との方針を示しただけなど、市場はその都度敏感に反応している。
また10月、PBC、銀監会は記者会見などの場で質問に答え、
(1)市場情勢を踏まえず、やみくもに事業を多角的に拡張した恒大の経営がこうした事態を招いた、
(2)恒大固有の問題で大半の不動産企業の経営は安定、
(3)関係部門や地方政府が恒大に資産処理加速を促している、
(4)金融負債は総負債の3分の1以下で、債権者は分散し個々の金融機関のリスクエクスポージャー(リスクを有する金融資産)は大きくないため、金融全体のリスクに繋がることはないとの見解を示した。
4大銀行や中堅銀行も自行のエクスポージャーは小さく、制御されているとしている。
10月24日付新華社は「10問中国経済」と題する包括的な経済論評記事を配信。
現在内外が関心を持つ10大問題として、2021年の下期にかけての成長率鈍化や電力不足などと合わせ金融リスク防止を掲げ、上記PBCや銀保監会と同じ見解を示したが恒大の名前への言及はなかった。
中国の事務官僚や学者のあいだでは、次の点を考慮するとリスクの波及はないとの見方が強い。
(1)債務は住宅購入者からの販売仮受金と銀行・金融会社債務、対外借入から成るが、仮受金は当局が厳格に管理、その他は一般に担保付きで、法に基づく資産整理の下で自己責任の範囲で各債権者が損失を負担
(2)資金供給を担う銀行や国企を当局が厳格に管理
(3)資金の国境を越える自由な移動はなお制限
(4)欧米ほどレバレッジの高いデリバティブ(金融派生)商品はまだない
(5)党が破産や債務整理の手続きを決める裁判所(法院)を支配 欧米が常々中国の特異性として批判している要因も多く、これらがアジア金融危機やリーマンショックの再来を防ぐとすれば皮肉なことだ。
上記(1)について、多くの地方政府がすでに8月末から、
仮受金が他の債務返済など住宅建設以外に流用され、住宅建設工事が中断または手抜き(烂(ラン)尾楼)になって購入者に影響が及ぶことを防ぐため専担チームを設置し、
仮受金を指定口座で管理強化。
恒大の場合、全国280以上の都市で1300以上の不動産プロジェクトがあるが、2020年末時点仮受金1455億元、うち少なく見積もっても数百億元が流用された
(地元経済誌)。当局の意向を受けた銀行が他の開発業者にも同様の措置を採る動きがある。
金森 俊樹