苦悩する韓国・文大統領が、国民との対話で放った「うそと言い訳」とは
武藤正敏
2021/11/26 06:00
© ダイヤモンド・オンライン 提供 韓国の文在寅大統領 Photo:Chip So
文在寅大統領は21日、KBS放送の国民との対話に出演した。
対話を通じて文大統領に出された質問の多くは新型コロナに関するものであった。
それ以外にも不動産、青少年の雇用、災害支援金の給付などの問題が取り上げられた。
だが、文大統領の発言は、うそと言い訳、自画自賛、責任転嫁に終始し、国民に真実を告げなかった。
実際、24日に初めてコロナ感染者が4000人を超えたことからも、文大統領の発言が不誠実なことは明らかである。
この国民との対話について、「あまりにも自画自賛一色の意思疎通だった」との批判が上がった。
しかし、青瓦台の朴洙賢(パク・スヒョン)国民疎通首席秘書官は「(そうした批判は)国民が成し遂げたことを批判するもの」と反論した。
しかし、真実を語らず、小手先のメディア対策を行うのは青瓦台の真骨頂であり、文政権の体質を如実に物語るものだ。
この「国民との対話」は青瓦台による巧みな世論対策の一環であろう。
文大統領の国民との対話の発言がいかに事実認識と乖離しているかを検証したい。
文大統領は国民との対話において、新型コロナ感染者について
「感染者数の増加は段階的な日常回復(ウィズコロナ)に入るときに予想した数値」
「われわれの医療体制が対応できないほど重症患者が増えることになれば、その時はやむを得ず非常措置を取ったり、日常回復をしばらく中断したり、距離を強化する措置があるかもしれない」と述べた。
その3日後の24日、1日当たりの新規感染者数は4116人となり、過去最多であった18日の感染者3292人を大幅に上回った。
重症患者数は586人と前日の549人より37人増え、最多を記録した。
また、死者数は35人で7月に第4波が始まってから最も多い。
これを受け、金富謙(キム・ブギョム)首相は24日の中央災害安全対策本部会議で、予想より深刻だとして、
「首都圏だけ見ればいつでも非常計画発動を検討しなければならない状況。何より重症患者病床をはじめとする首都圏の医療対応力を回復させることが急務だ」と述べた。
感染者の増加・累積で重症者用病床が不足し、入院待機のまま病床を割り振ってもらえなかったり、待機中に死亡したりする患者が続出しているという。
また、政府は「(感染者が発生する中でも段階的に日常生活の回復を目指す)ウィズコロナ措置は続くだろう」としながらも、私的な集まりの規制の一時的強化などを盛り込んだ「サーキットブレーカー(緊急計画)」発動可否も同時に検討すると明らかにした。
文大統領は「ワクチン接種を始めたのは遅かったが、(接種率は)今では世界的に最も高い水準だ。
我々よりも接種率が高い国は3カ国ほどしかない。全国民の接種率は79%に上る。
接種対象者に限れば90%を超える。
課題は接種対象を広げて青少年・年少者にまで拡大することだ」とワクチンの成果を誇った。
しかし、直近の新規感染者の年齢帯を見ると60代、30代、10代の発生率が高い。
60代、30代はブレークスルー感染、10代は未接種が原因と推定される。
韓国人が接種したワクチンの多くはアストラゼネカ製である。
英国公衆衛生当局が実施した研究では、同社製のワクチンの防御効果はファイザーよりも早く落ちることが示されている。
さらに30代はブレークスルーに脆弱(ぜいじゃく)なヤンセン製ワクチンを接種した人が他の年齢に比べて相対的に多い。
文政権のワクチン調達の遅れが招いた事態だろう。
金首相は、最近2週間の60代以上の感染者は約8割がワクチン接種完了者だったと指摘。
60代は優先接種対象者であったため、接種の効果が急激に落ちているとして追加接種の実施を急ぐ姿勢を示した。
野党「国民の力」のイム・スンホ報道官は論評で、「新型コロナのために(自殺などの)極端な選択をした自営業者が多いことにさえ言及しなかった文大統領の態度に驚く」
「ワクチン需給の支障と統制式の防疫で生じた苦痛に対し、大統領の誠意ある謝罪は見られなかった」と批判した。
コロナ禍において、飲食店は営業時間の短縮、入店人数の制限、など多くの規制を受けざるを得なかった。
もともと最低賃金の急激な引き上げで苦しかったところに、こうした規制を求められ、人件費はおろか家賃さえ払えない事業者が続出した。
新型コロナ対応全国自営業者非常対策委員会によれば、コロナ禍以降の1年6カ月間で、自営業者は66兆ウォン(約6兆円)を超える負債を抱え込み、1日平均1000店以上が廃業、現在までに廃業した店の数は合計65万3000店にのぼるという。
2021年9月ごろには自営業者が悲痛な遺書とともに自殺したニュースが相次ぎ、ソウルの国会前には合同の焼香所が設けられた。
これは政府与党の無為無策に対する暗黙の抵抗なのだろう。
京卿新聞は「飲食店経営者に対する韓国政府の補助金は大ざっぱに言って日本や世界各国の十分の一程度であり、倒産が多発するのはやむを得ないだろうとし、これは文在寅政権が感染症対策と経済安定を両立させることに失敗した証左である」と指摘している。
国民との対話の中で、与党「共に民主党」と政府が推進していた全国民災難支援給付金を撤回したことを問われ、文大統領は「災難支援金を給付するのか、また給付する場合は対象をどうするのか、全国民に給付するのか、厳しい状況の方々、被害が大きい方々に優先的に支援するのかなどの判断について、私は内閣の判断を信頼する」と内閣に責任転嫁した。
新型コロナで多くの国民が苦しんでいる時に、大統領が決断を下さない。困った時に責任転嫁をするのは文政権の常套(じょうとう)手段であるが、これでは国民の信頼を得ることはできないだろう。
ここに来ての感染者、重症患者の急増。これは文大統領がひたすら隠そうとしてきた事態ではないだろうか。文政権を苦境に陥れる決定打になるのかもしれない。
事実上の総量規制と金利上昇で
不動産バブル崩壊の懸念
青瓦台の朴洙賢国民疎通首席秘書官はラジオ番組で、文大統領は国民との対話で
「何度か謝罪し、また頭を下げたと見ればいい」
「その一方で2.4供給対策(83万6000戸の住宅を供給する不動産対策)のような供給政策が以前から出ていればよかったとまで話した」
「9月第2週以降、首都圏の住宅価格、マンションの価格は上昇幅が減少している」
「下方安定傾向に入ったという予断はできないが、そのような方向に進むことを望みながら政策を調整し、モニタリングしている」と述べた。
しかし、不動産の下落傾向が逆にバブルの崩壊を招かないか不安を感じさせる。
2021年に急浮上してきた問題は、家計債務の急増だ。その「元栓」を文政権は閉めようとしている。
市中金融機関に対して、家計への融資の増加率を年6%増以内に抑える行政指導をはじめた。
事実上の総量規制である。
加えて世界的なインフレ懸念から、金融緩和の見直し、金利の上昇が始まっている。韓国銀行もすでに0.75%引き上げた。
これまで実需以上にマンションを買い上げてきた投資家が、マンションから手を引き始めたら、価格はやがて下がるしかない。
「買うから上がる、上がるから買う」が逆回転すれば「売るから下がる、下がるから売る」に変わる可能性がある。
すでにソウル市内のマンションの需給ギャップはほぼ解消しつつあるという。
経済問題に素人の文政権の下で不動産バブルの崩壊が懸念される状況になってきているのだろうか。
住宅価格の下落をいかにコントロールするか手腕が問われる。
文大統領は「コロナのために減少した若者の雇用が先月までにほとんど99.9%回復した。若者の雇用率は過去になく高い。ただ、量的にそうだということで、実際に若者が望む質の良い雇用かどうかという点については、まだ不足しているという指摘が多いと考える」と述べた。
文大統領の発言(「不足しているという指摘が多いと考える」)というのは若者の置かれた境遇を本当に理解しているのか疑問を抱かせる言い方といわざるを得ない。
最近の統計を見ると、下記の通りだ。
・雇用率67.2%(1.5%増)
・就業者2768万人(67.1万人増)
・失業率2.7%(0.9%減)
・青年失業率5.4%(3.5%減)
・非正規職の割合38.4%(比較の表記なし)
これらの数字を見る限り、若者の雇用状況が改善しているという文大統領の指摘はうそではないかもしれない。
しかし、これはトリックと言われても仕方ない数字である。「非正規職の割合」は前年同期比1.3%上昇し、過去最多の806万人となった。
しかも20代、30代の30.1%が非正規で、その比率は60代より高い。
非正規雇用の増加に伴い、若者層の勤労時間をコロナ前と比較すると、週36時間未満が10.3万人増加し、36時間以上は13.9万人減少している。
それは「望まない雇用」である。
若者層が非正規職しか得られない雇用情勢を改善すべきだが、文大統領はそれを見過ごし、数字のマジックで改善しているという。
このように現実を直視しない政権に、事態の改善は期待できないだろう。
冒頭の国民との対話番組で、司会者が文大統領に「ほかに話しておきたいことは」と尋ねると、
「韓国は経済分野など全ての面でトップ10の国になった」
「このような話をすれば『自画自賛』と批判されるのは知っている。しかし、これは世界の客観的な評価」と語った。
しかし、国民の生活の困窮度合いは深まっている。
韓国のドラマがまたしても快挙を達成した。
「地獄が呼んでいる」がNetflixテレビ番組部門で人気1位に急上昇した。韓国など24カ国で1位だ。
これによって「イカゲーム」は順位を下げ2位となった。
「半地下の生活」「イカゲーム」「地獄が呼んでいる」と次々ヒットを飛ばす韓国ドラマは驚愕に値する。それ自身は評価すべきである。
しかし、こうしたドラマが生まれる背景は韓国社会に蔓延(まんえん)する困窮や国民の不満に根ざしている。
文大統領の言うように韓国がすべての面で世界トップ10になったのであれば、このようなドラマが作られ、人気を博すことはないのではないか。
文大統領は、社会の現象を広い視野で見つめ、事実を客観的に認識できない人なのだろうか。大統領としての姿勢に疑問を抱かざるを得ない。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)